再生医療の課題は法規制により解決したのか?
まず論文の筆頭著者である一家綱邦氏(国立がん研究センター研究支援センター生命倫理部部長)より研究の背景と成果が発表された。 冒頭に一家氏は、治療実施前に法規制がかかっている(審査が必要である)点で、再生医療は非常に例外的な治療であることに言及。その背景には、日本において自由診療による不適切な再生医療が横行し、2014年に再生医療法が施行された経緯があると説明した。 しかし、本当にこれで再生医療の課題が解消されたのか、と一家氏は疑問を呈したという。そして、この疑問を明らかにし、対応策を検討すべく厚労省の委託事業の一環で行われたのが今回の調査である。不適切な治療をなくすための審査のはずが…
今回の調査は、再生医療法の中心的な役割を担う認定再生医療等委員会の審査に焦点を当て、大きく3つのテーマ、5項目で実施された。まずは審査の質について、2項目が調査された。 治療計画の安全性の科学的根拠の有無 351件の治療計画と添付されている文献2495件を対象に行われた調査では、添付文献のないものや内容が判別不能であるもの、Predatory Journal(いわゆるハゲタカ・ジャーナル)掲載論文が引用されているものなどが散見。合計で88件(全体の25.1%)の治療計画において、安全性の科学的根拠が不十分であることが確認されている。 治療計画に関与する医師の専門性 続いて391件の治療計画を対象に、治療対象とする疾患とその治療を担当する医師の専門性の適合が調べられた。その結果、合計117件(全体の30.0%)に治療対象である疾患と、治療する医師の専門性との間にミスマッチが分かったとのことである。 では、このような科学的根拠に乏しい治療計画が社会に出てくる背景には何があるのか、更に下記の2項目の調査が実施された。 公開説明文書の調査 治療計画371件を対象に、計画名と説明文書の内容を調査。その結果、複数の再生医療提供機関の間で、説明文書や治療計画が複製利用されていること、また審査を実施する委員会に偏りがある不自然な状況が見えてきたとのことであった。 審査の独立性・公正性の調査 独立・公正な審査こそが重要であると一家氏は強調したうえで、実際には再生医療提供機関と、その審査をする委員会の間に、両者を結びつける企業の存在を指摘。その企業が、再生医療提供側に計画作成の支援などを行い、一方の審査委員会側にも運営支援などの形で関与することで、法律が定める審査の独立性や公正性が失われている可能性が高いとのことであった。 最後に、ここまでの現状を受け、再生医療がどのように宣伝されているのか調べられた。 宣伝広告内容の調査 治療計画を実施する医療機関のウェブサイト254件を調査した結果、132件(51.9%)で「厚生労働省の承認を得ている」「国が認定した委員会の厳しい審査をクリアして行う」など、誇大な宣伝が見受けられたと一家氏。 科学的根拠に欠け、正しく審査されていない状況にもかかわらず、患者の理解を間違った方向に誘導するような不適切な広告が散見されている現状に、一家氏は懸念を示した。患者に正しい再生医療を届けるために
質疑応答では、本研究に共同著者として関わった、藤田みさお氏(京都大学iPS細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定教授/ヒト生物学高等研究拠点 主任研究者)も加わり、議論が展開された。 現状の再生医療において患者が受け得る実害として、適切ではない治療に高額な治療費を払う経済的なリスクや、標準治療を受ける機会を逸してしまうこと、更には、治療に関する正しい理解がないままに、インフォームド・コンセントしてしまうことなどが挙げられた。 これらの被害は、病院側の公表や患者からの訴えがない限り顕在化しないため、実際の被害数の把握は難しいとのこと。しかしながら今回の調査を実施した2019年から更に再生医療の計画数が増えていることを考えると、事態が悪化している可能性もあることが指摘された。 また、「未確立医療」の解釈の難しさも課題に挙がった。患者の治療目的で、かつ安全性・有効性も確立している「治療」に加え、安全性・有効性が未確立であっても、特定の条件を満たすものに限り、患者の治療目的で「未確立医療」として実施することが認められている。しかし、その条件を満たしていないどころか、安全性・有効性が未確立な医療を「治療」と称して実施している実態があるとのこと。このような間違った治療を排除するためにも、公正で独立した審査委員会の重要性が改めて強調された。 なお、同日発表されたプレスリリースでは今後の展望として、再生医療に留まらず、今後はがん治療や難治性疾患等の分野でも、「科学的エビデンスの不明な医療」に関する調査・研究を進めていく計画があると述べられている。 参考:国立がん研究センター プレスリリース