ゲノム医療を目指した遺伝子パネル検査の今とこれからバイエル薬品がメディアセミナーを開催


  • [公開日]2022.10.03
  • [最終更新日]2022.10.08

9月28日、バイエル薬品株式会社主催の「がん遺伝子パネル検査の現状と課題」と題したオンラインセミナーが開催された。

日本におけるパネル検査の現状と課題

はじめに、名古屋大学医学部附属病院 化学療法部 安藤雄一 教授が本セミナーのテーマに関して講演を行った。

がん治療における個別化治療を目的に、日本では2017年にがんゲノム医療体制が掲げられ、2019年にパネル検査が保険適用となった。現在のパネル検査は、標準治療がない、あるいはすべて終了した症例が対象である。網羅的な検査から見つかった遺伝子変異に戻づいて薬剤を探すため、エビデンスによる裏づけのあるひとつの薬剤と紐づいた特定の遺伝子を検査する従来のコンパニオン診断薬とは意味合いが大きく異なり、いわば標準治療後の研究を目的とした検査と言える。

パネル検査の特徴として、①実施施設が限定されていること、②がんゲノム情報管理センター(C-CAT)への臨床情報提供が義務付けられていること、➂検査結果ではなくエキスパートパネルの検討結果がレポートとして返却されること、④治療以外にデータ収集・解析目的があるため患者さんの同意が必要であることが挙げられる。

現時点では、全国で約5%(月1500件程度)がパネル検査を受けているという計算になる。パネル検査が始まった当初の目標値が月約2000件であったことから、今後更に検査数が増える可能性もある。

しかしながら、日本ががんゲノム医療を掲げてから5年という短いスパンで検査体制が大きく前進してきた一方で、様々な問題・矛盾も生じていると安藤教授は言う。

まず、検査数薬剤への到達率は8.1%であり、(数値引用元:第4回がんゲノム医療推進コンソーシアム運営会議より)パネル検査が実施できたからと言って治療選択肢が得られる症例ばかりではないという現実がある。また、パネル検査は保険適用内であり、コンパニオン診断として必要な承認薬があるにもかかわらず、どこでも受けられる検査ではないという問題がある。さらに、がん医療の均てん化が叫ばれる中、治療選択肢となる治験などは首都圏に集中しており、治療へのアクセスに偏りが出ているという課題も残されている。

また病院側が抱えるジレンマとして、パネル検査をコンパニオン診断として標準治療終了(見込み)前に実施する場合、コンパニオン診断分の保険点数のみしか算定できないことから、パネル検査をコンパニオン診断としての利用が現実的には難しいことにも言及があった。

以上のとおりパネル検査に残された課題はまだまだたくさんあるが、「研究と診療の明確な境界がなくなり、研究としての治療薬が実臨床における治療選択肢になり得る点で、パネル検査の導入は非常に意義深い」と安藤教授は講演を締めくくった。

グラフィックレコーディングから見えてきた、がん患者さんのパネル検査への想い

続いて、過去に実施された「がん遺伝子パネル検査に関するグラフィックレコーディング*・ワークショップ」の動画の解説が行われた。

このワークショップでは、3人の体験談をもとに、グラフィックレコーディングを使いながら、がんと診断されてからパネル検査により新しい治療選択肢と出会うまでの患者(やご家族)の気持ちの変化がまとめられた。

具体的には、パネル検査と出会う前は、再発を繰り返すショックや普段と違う自分の体調への不安、また小児がん患者のご家族においては、当たり前の生活ができない辛さなど、誰もが苦しみを抱えて治療と向き合っている状況がうかがわれた。しかし、患者会での情報収集や医師からの紹介により遺伝子パネル検査の存在を知り、わずかな可能性に賭けて検査を実施。そして新たな治療選択肢が見つかり、安堵の気持ちや希望を取り戻していった経験が語られた。また、3人の参加者全員が、より多くの患者がパネル検査を受けられる体制づくりを強く望むコメントを残した。

「医療従事者や患者さん同士のコミュニケーションの大切さ、そして可能性がゼロでない限りパネル検査を受けたいという強い思いを感じた」とワークショップ当日にファシリテーターを務めた和田氏(グラグリッド株式会社)は言う。

これに対し安藤教授は、「選択肢が増えるという点で喜ばしい反面、検査結果を待っている間に患者の治療の機会を逸してしまう懸念があること、治療薬までたどりつける症例は1割にも満たないこと、更に治療選択肢があることとそれが効果のあるベストな治療かどうかは分けて考える必要があることなどを忘れてはならない。医療者側は、パネル検査が万能な解決策ではないという冷静な視点を常に持っているべきである」と強調した。

*グラフィックレコーディングとは、会議やインタビューなどの議論の内容を、 イラストと文字を使ってリアルタイムで可視化し記録する手法のこと

図は「がん遺伝子パネル検査に関するグラフィックレコーディング・ワークショップ」当日の記録より

パネル検査について今考えるべきこと

最後に質疑応答が実施され、パネル検査をめぐる重要なポイントがディスカッションされた。

-検体に関して
古い検体(術後何年も経ってから再発したときに手術検体を使うケースなど)に関しては、検査の成功率が落ちる可能性がある。その場合には、再発時の再生検による腫瘍組織を使うか血液を使うかの2択になる。この点に関し安藤教授は、「パネル検査が医療保険制度下では一生に一度しかできないという制限があり、感度が(組織検査と比較して)低い血液を使った検査で偽陰性となるケースをできるだけ避けるため、可能な限り再生検による組織検体を使った検査を実施したい」とコメントした。

-“標準治療”の定義に関して
パネル検査は“標準治療”終了(見込み)症例が対象であるため、“標準治療”の解釈によりパネル検査のタイミングが変わってくる。完全に“標準治療”が終わった段階で検査をした場合、無治療で検査結果を待つ間に状態が悪化する懸念があるため、実際にはパネル検査はなるべく初期段階で実施する傾向がある。また判断にあたっては、保険適用のある治療が必ずしも“標準治療”ではない、という点も重要だと言及された。

-中核拠点病院以外の施設での対応について
自施設でパネル検査ができない場合でも、患者さんができるだけパネル検査の機会を得られるよう情報提供することが重要である。特に前立腺がんや膵がん、胆管がんなどにおいては、コンパニオン診断としてパネル検査が必須の薬剤もあるため、パネル検査ができないことで保険適用のある薬剤を使う機会も逸してしまう懸念がある。このような事態を避けるためにも、パネル検査の実施は重要であり、安藤教授の所属する名古屋大学では、近隣の病院に広くアナウンスが実施されている。

-パネル検査の課題克服に関して
パネル検査が広く実施され治療対象となり得る遺伝子変異が見つかっても、次のステップである治験へのアクセスにハードルがあるのが現状である。受けられる治療に地域差がでないよう、地方の病院まで治験を拡散させることなど、企業努力にも期待したい部分である、と安藤教授は強調した。
また安藤教授は、「今後より早期のパネル検査が保険適用になることで、治療初期段階から個々の腫瘍の特性を網羅的に知ることができるようになり、治療シーケンスを判断する上で非常に有用である」、と将来展望を語った。

関連リンク:
バイエル薬品株式会社 ウェブサイト

×

リサーチのお願い


この記事に利益相反はありません。

会員登録 ログイン