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日本がん支持療法研究グループ・J-SUPPORTが、10月18日、東京・築地の国立がん研究センターで「がんと向き合える世界をつくろう!!! ~支持・緩和・心理研究の最前線から~」をテーマに、患者・家族や市民を対象にした研究成果報告会を開催した。「がん治療中の吐き気症状の対処について考えよう」のセッションでは、静岡県立静岡がんセンター婦人科医長の安部正和氏が、J-SUPPORTで行った遅発期の吐き気の予防法に関する臨床試験の成果を報告。NPO法人がんノート代表理事でがんサバイバーの岸田徹氏らとディスカッションした。
遅発期の吐き気を抑える治療を開発する臨床試験を全国30施設で実施
抗がん剤治療の代表的な副作用の吐き気には、薬の投与後24時間以内に起こる急性期の吐き気と、投与後2~5日目くらいに起こる遅発期の吐き気がある。シスプラチン、ダカルバジンなど、何もしなければ90%以上の患者が吐いてしまうような「高度催吐性」の抗がん剤では、国際的に標準治療となっている3剤の制吐剤の併用によって、急性期の吐き気の8割程度は抑えられるようになってきた。
安部 正和 氏「しかし、遅発期の吐き気は半分程度しか抑えられないのが現状で、その改善が課題となっていました。この課題を克服したいと考え、国立がん研究センター中央病院の橋本浩伸薬剤師(薬剤部副薬剤部長)と一緒に、遅発期の吐き気も抑える制吐療法を開発すべく臨床試験を立ち上げました」。安部氏は、そう説明した。
安部氏と橋本氏が行った臨床試験は、全国30病院でシスプラチンを含む高度催吐性化学療法を受けた22~75歳のがん患者710人を対象に実施したJ-FORCE試験(J-SUPPORT1606)。710人を無作為に2群に分け、3剤併用の標準制吐療法に抗精神病薬であるオランザピン5mgを加えた群(オランザピン群)と、3剤+プラセボ群(プラセボ群)の急性期、遅発期の嘔吐完全抑制割合を比較した。
なお、シスプラチンのような吐き気が起きやすい高度催吐性化学療法に対して、現在、国際的にベストな標準治療となっている制吐療法は、NK1(ニューロキニン)受容体拮抗薬のアプレピタント(または、ホスアプレピタント)、5HT3(セロトニン)受容体拮抗薬のパロノセトロン、ステロイド薬のデキサメタゾンの3剤併用療法だ。
オランザピン5mgを併用すると嘔吐・吐き気が抑えられ夜も熟睡できる
J-FORCE試験の結果、急性期の嘔吐完全抑制割合はオランザピン群95%に対しプラセボ群では89%、遅発期の吐き気もオランザピン群で79%、プラセボ群が66%。標準的な制吐療法にオランザピン5mgを加えると、有意に遅発期の吐き気の発生率も抑えられることが明らかになった。嘔吐完全抑制割合は、吐かなかったばかりか頓服も服用しなかった人の割合を示す。
さらに、安部氏は、「オランザピンを加えると、昼間に眠気が出るのが弱点ではないかと言われていたのですが、実は、それがいい方向に働くこともわかりました」と話した。
昼間に眠気を感じた人の割合はプラセボ群とほぼ同等だったが、夜よく眠れた人の割合がオランザピン群で有意に高かったのだ。また、食欲が低下した人の割合も、オランザピン群では、プラセボ群より有意に少なかった。
「吐き気予防にオランザピン5mgを併用するとほとんどの患者さんは吐きません。『抗がん剤=吐く』というイメージは、令和では“ねーわ”という感じで、これからも吐き気予防に取り組んでいきたいです」と安部氏は強調した。
なお、同試験の結果は、橋本氏が2019年6月の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表し、ベストオブASCO賞を受賞している。
昼間の眠気はプラセボ群と同等で食欲増加も注目ポイント
このセッションのまとめとして、NPO法人がんノート代表理事の岸田氏が、安部氏と共同研究者で国立がん研究センター中央病院支持療法開発部門ディレクターの全田貞幹氏とともにQ&Aトークセッションを行った。
岸田氏は、原発不明胚細胞腫瘍・精巣腫瘍で抗がん剤治療を受けた経験から、「オランザピン5mgを加えれば、遅発期の吐き気が抑えられるというのは患者にとって朗報です。この制吐療法が世界のスタンダードになってほしいです」と指摘した。
「1年後くらいには、国内外のガイドラインに載ってくるのではないでしょうか」。安部氏は、そう見通しを示しつつ、「シスプラチンなど吐き気の出やすい抗がん剤治療を受けるときには、オランザピンを使ってくれませんかと患者さんが担当医に言ってみてもいいかもしれません」と提案した。オランザピンは、抗がん剤投与に伴う吐き気・嘔吐の治療薬としても保険適用になっており、すぐにでも取り入れることが可能だ。
一方、全田氏は、「ASCOでは、現在の標準制吐療法にオランザピン5mgを加えても、昼間の眠気は増大しないのに夜よく眠れることに注目が集まりました」と言及した。海外の研究で、オランザピン10mgを標準制吐療法に加えると遅発性の吐き気の副作用が抑えられると報告されているが、昼間の眠気が強過ぎるのが難点だったという。
今回のJ-FORCE試験では、オランザピンを5mgと少量にし、橋本氏の提案で1日1回夕食後内服するようにしたことがポイント。夕食後にオランザピン5mgを服用したことで21時頃に眠くなり熟睡できた患者が増えたとみられる。
トークセッションでは、臨床試験に使ったプラセボ錠は砂糖が原料だが、オランザピンと見分けがつかないように橋本氏が一つひとつ手作りしたものだったという秘話も明かされた。
「特に入院中は食べるのが唯一の楽しみなので、食欲が落ちないのも患者にとってはありがたいです」と岸田氏。
最後に、安部氏が「1年半で700人以上の患者さんがこの臨床試験に参加してくださったお陰で、日本発のエビデンスの確立につながりました。参加してくれた患者さんとご家族にお礼を言いたいです」と話し、このセッションを締めくくった。
(取材・文/医療ライター・福島安紀)
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