がん治療開発の最新動向 AACR 2019 マイクロバイオーム/免疫療法バイオマーカー/免疫療法の新標的などCancer Research Institute 科学ライター Arthur N. Brodsky氏のブログ


  • [公開日]2019.05.07
  • [最終更新日]2019.05.07

我々の腸内に常在するマイクロバイオーム(腸内細菌叢)の存在感が増している。近年、がんをはじめとする様々な疾患の発症や進行、治療効果、治療抵抗性など、腸内で生息しながら全身の状態や免疫反応などに影響をおよぼしている証拠が数多く発見されている。米国がん学会(AACR 2019)4日目最初のシンポジウムは、「免疫とがん免疫療法の調整役としてのマイクロバイオーム」というタイトルで注目を集めた。マイクロバイオームに関する研究をはじめ、Cancer Research Institute(CRI)の科学ライターArthur N. Brodsky氏が選んだ同シンポジウムのトピックスをいくつか紹介する。

マイクロバイオームと免疫・がん免疫療法の関連を模索する最新研究

大腸がんなど腸の病気に関与する自然リンパ球(ILC)に注目

米国Weill Cornell MedicineのGregory F. Sonnenberg氏は、消化管の機能維持やホメオスタシス(恒常性)に関与する免疫システムの研究の中で、免疫シグナルの伝達に重要なサイトカインであるインターロイキン2(IL-2)に着目。IL-2が存在しない腸管では、全体に炎症が引き起こされることから、IL-2による制御性T細胞(Treg)を介した腸管状態の調節、キラーT細胞活性のコントロールを解析している。中でも、Treg活性に影響を与える因子について、大腸に関する研究報告が多くあるものの、小腸でのTreg活性に影響する因子についての研究は少ないという。

しかし最近、小腸を含む腸管のホメオスタシスに自然リンパ球(ILC)が重要な役割を果たしていることをSonnenberg氏が明らかにした。炎症性腸疾患(IBD)や大腸がんの患者ではILCの活性が変化していることを突き止め、発生してくるがんのタイプをILCが決めている可能性があると語った。

免疫療法の有効性を最適化するマイクロバイオームの調整

米国立がん研究所(NCI)のGiorgio Trinchieri氏は、PD-1標的の免疫チェックポイント阻害薬有効性に対するマイクロバイオームの影響を解明する研究を行っている。PD-1標的免疫チェックポイント阻害薬の治療を受けた悪性黒色腫や肺がん、腎がんの患者の治療反応に関連していると思われる様々な菌種が浮上しており、それらは複数の異なる施設で行われた別々の試験に参加した患者から検出された。

その中で、治療効果に有益な菌種として、大腸に生息するフィーカリバクテリウム・プラウスニッツイ(Faecalibacterium prausnitzii)と呼ばれる菌種が、地理的な生活圏の異なる患者から共通して検出された。だが菌株は異なっていたことから、Trinchieri氏は細菌系統の地理的な偏りの可能性を示唆した。この現象を踏まえ、菌株特異的遺伝子を同定すること、免疫療法の有効性に好ましい働きをする細菌の分子メカニズムを明らかにする必要があることを提案した。そして、マイクロバイオーム関連バイオマーカーの特定につなげたいとしている。そうしたバイオマーカーがあれば、細菌の地理的要因とは無関係に有効性予測を可能にし、治療対象患者の合理的な選抜ができる。

さらにTrinchieri氏は、免疫療法の有効性に好ましい働きをするマイクロバイオームの組成を明確にすることが急務としている。これは、健常ドナーや免疫療法が効いた患者からの糞便微生物叢移植(FMT)の方向性を決める重要な情報となる。また、好ましい組成のマイクロバイオームに誘導する食物など、新たな因子を特定することも、実臨床の現場では貢献度が高い。こうした説明をした上で、Trinchieri氏は米国ピッツバーグ大学で行われている試験を紹介した。それは、PD-1標的免疫チェックポイント阻害薬による最初の治療で効果がなかった患者を対象として、有効性が得られた患者をドナーとするFMTを実施した後、改めて免疫チェックポイント阻害薬の治療を行っているという。マイクロバイオームが整えられることで、再治療により有効性が得られるかどうかを評価する。別の試験では、Trinchieri氏らが登録患者のマイクロバイオームの組成を同定している。マイクロバイオームの状態を予め把握しておくことで、免疫療法の有効性に好ましい状態に誘導することが可能かどうかを検討している。

免疫療法の実用的バイオマーカーの探索、二重標的免疫療法など

腫瘍遺伝子変異量(TMB)を血液で測定、免疫療法バイオマーカーの有力候補へ

スイスLausanne大学のSolange Peter氏は、転移性非小細胞肺がん(mNSCLC)患者を対象に免疫療法と化学療法を比較する第3相試験(MYSTIC)を実施する中で、有効性バイオマーカーとして血中の腫瘍遺伝子変異量(bTMB)を測定し、有効性評価項目との関連性を解析した。その結果、bTMBが多い患者集団では、化学療法よりも免疫療法の方が効きやすいといえるいくつかのデータが得られた。

MYSTIC試験では、化学療法群、PD-L1標的免疫療法群、またはPD-L1標的+CTLA-4標的免疫療法併用群の3つの治療群に分けられた。全体で800例を超える患者からbTMBサンプルを取得できたことで、この解析が可能になった。侵襲的な腫瘍組織生検と異なり、採血のみで検査に協力できることが多くのサンプル数確保につながった。しかも、腫瘍組織中のTMBよりもbTMBの方が転移病巣を含めた状態が反映されると考えられている。

生存ベネフィットの解析で、TMBを考慮しない治療群同士の比較では、生存期間に差はほとんどなかったが、bTMBがDNA 100万塩基対当たり16変異(16m/Mb)以上であった患者を抽出し、2年生存率を群間比較すると、免疫療法併用群(39%)と化学療法群(18%)で明らかな差が認められた。そこで、bTMBカットオフ値を20m/Mbと規定して同様の比較をしたところ、免疫療法併用群(48%)と化学療法群(19%)との差はさらに開いた。

bTMB 20m/Mb以上の患者集団については、治療開始後2年での他の評価項目も、免疫療法併用群は化学療法群と比べ明らかにすぐれることが明確であった。すなわち、2年後における無増悪生存(PFS)率は、免疫療法併用群が39%、化学療法群が2%、奏効率はそれぞれ48%、21%で、免疫療法併用群は化学療法群と比べ、死亡リスクが51%低下、増悪リスクが47%低下すると算出された。PD-L1標的免疫療法単独群でも、bTMB 20m/Mb以上の患者集団では同様の傾向が認められたが、化学療法群との差は併用療法群におよばなかった。

MYSTIC試験の上記解析からは、bTMBが免疫療法の効果を予測する有力なバイオマーカーとなり得ることが強く示唆された。だがPeter氏は、現実的にはTMBが高い患者はごく一部であることを念頭に置くべきとしている。また、免疫療法をTMBが高い患者に限って実施するという方針も今のところ現実的ではない。TMBが低い患者でも効果が得られる可能性はゼロではないから、と締めくくった。

肝細胞がんに対するPD-1標的免疫チェックポイント阻害薬のバイオマーカー候補に炎症シグネチャー

スペインNabarra大学のIgnacio Melero氏は、肝細胞がん患者を対象とするPD-1標的免疫チェックポイント阻害薬の第1/2相試験の結果を発表した。これまでも報告されているように、PD-L1陽性の腫瘍の方が効きやすいということは肝細胞がんでも検証した上で、別のバイオマーカーとしてT細胞受容体TCR)、炎症の度合いや痕跡を示す特徴的な遺伝子符号(シグネチャー)を挙げた。

PD-L1、CD8A、LAG3、およびSTAT1の発現を指標として炎症シグネチャーをスコア化したところ、無効、または病勢安定と判定された患者集団と比べ、奏効した患者集団の方が、同スコアが有意に高く、それに伴い全生存期間が延長したという。

TGF-βとPD-L1の二重標的免疫療法でPD-L1発現の有無によらずHPVがんが持続的奏効

ヒトパピローマウイルスHPV)関連の子宮頸がんや肛門がん、頭頸部がんは、全世界で毎年63万人が新たに診断されている。米国立がん研究所(NCI)のJulius Strauss氏は、ヒトパピローマウイルス(HPV)に関連するがんを対象として、TGF-βとPD-L1の両方を認識する二重機能性融合蛋白M7824の有用性を評価している。

M7824の治療を受けた43例のうち、HPV陽性が確定診断されたのは36例であった。腫瘍組織にリンパ球が浸潤することで見かけの腫瘍増殖があり、奏効が現れるのが遅れた患者も含めた奏効率は、HPV関連がん患者集団で35%、HPV陽性がん患者集団で39%であった。解析時点で奏効持続期間が最も長かった症例は2年を超え、PD-L1陽性、または陰性の差は認められなかった。1年生存率は、HPV関連がんで56%、HPV陽性がんで62%であった。

キイトルーダの新適応症候補に小細胞肺がん(SCLC)

韓国Yonsei大学のHyun Cheol Chung氏は、進行性小細胞肺がん(SCLC)患者を対象に3次治療以降としてのペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)の有用性を評価した2本の試験(Keynote-028、Keynote-158)の結果を発表した。

83例中16例で奏効が得られた(奏効率19%)ほか、15例(18%)は病勢安定(SD)が認められた。Chung氏が特に強調したのは奏効持続性で、奏効16例中9例が少なくとも1年半を超えて持続した。全体の生存期間中央値は7.7カ月で、2年生存率は21%に達した。

免疫療法の新標的分子としてGITRの適性を解析中

Memorial Sloan Ketteringがんセンター(MSKCC)のRoberta Zappasodi氏は、グルココルチコイド誘発性腫瘍壊死因子受容体(GITR)を介した免疫シグナル経路ががん免疫療法の標的となり得るか、新たな治療戦略としての可能性を評価している。免疫細胞に局在するGITRは、抗腫瘍免疫を抑制する制御性T細胞(Treg)を抑制して免疫反応を増強するシグナルを仲介する分子である。

Zappasodi氏は、GITRを介した抗腫瘍免疫反応を増強するモノクローナル抗体であるTRX518を用い、がん免疫療法としての合理的妥当性を検証。TRX518は理論通り、がん患者の腫瘍、末梢血双方のTregの数を減少させた。Zappasodi氏はこれまでの研究結果を踏まえ、PD-1標的とGITR標的の併用免疫療法が実現する可能性を示唆した。実際、前臨床試験ではPD-1、GITRを標的とする併用免疫療法で、それぞれの単独療法と比べキラーT細胞がより活性化され、キラーT細胞の消耗が抑えられ、これらのキラーT細胞の殺腫瘍活性が増強した。この前臨床試験の結果を踏まえ、進行性固形がん患者を対象としてGITR、PD-1を標的とする併用免疫療法の試験が行われているという。

×

この記事に利益相反はありません。

会員登録 ログイン