目次
- 1 転移性膵がんへの免疫療法組み入れで治療成績の改善を目指す
- 1-1
- 1-2
- 2 キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T)療法の治療抵抗性克服戦略、固形がん適応への試み
- 2-1
- 2-2
- 3 がんワクチンの最新の臨床開発、新規ワクチン標的候補の探索
- 3-1
- 3-2
- 3-3
「免疫チェックポイント療法は、手術、放射線療法、化学療法と並ぶがん治療の柱に新たに加わった」と米国テキサス大学MDアンダーソンがんセンターのPadmanee Sharma氏が宣言した2018年の米国がん学会(AACR 2018)プレナリーセッション。それからさらに1年が経過し、併用療法も含めたがん免疫療法が治療の主流に近づいてきた。そしてAACR 2019プレナリーセッション。Cancer Research Institute(CRI)の科学ライターArthur N. Brodsky氏が選んだがん免疫療法に関するトピックスをいくつか紹介する。
転移性膵がんへの免疫療法組み入れで治療成績の改善を目指す
免疫療法と化学療法の4剤併用で奏効
膵がんは、治療が難しいがんの1つであることがよく知られている。米国ペンシルバニア大学のMark O’Hara氏が発表した第1b相試験(PRINCE)の中間解析結果で、転移性膵がん患者に対する一次治療として標準的な化学療法2剤と免疫療法2剤の計4剤を併用したところ、早い時期の評価ではあるが、24例中20例の腫瘍縮小が確認された。投与された免疫療法薬は、PD-1を阻害するモノクローナル抗体のニボルマブ(商品名オプジーボ)とCD40経路を活性化するモノクローナル抗体APX005Mであった。
治療抵抗性を付与するゲノム、エピゲノムの仕組み
ペンシルバニア大学のE. John Wherry氏は上記の結果を踏まえ、がん免疫療法が患者個別の免疫細胞におよぼす作用を理解することの重要性について指摘した。例えば、免疫療法は免疫細胞に記憶を与えるため、薬剤が体内から消失した後でも有効性が持続する可能性がある。しかし、免疫療法が効くのは一部の患者に過ぎないことは周知の事実で、効かない場合、つまり治療抵抗性を考える上では、免疫システムにおけるエピジェネティック因子を無視することはできない。
DNA塩基配列の変化に依存せずに蛋白質発現のスイッチをオン/オフするエピジェネティック因子は、DNAのメチル化やヒストン修飾といった目印を後成的に付与するが、それに伴い、T細胞は疲弊するという。疲弊して機能不全状態にあるT細胞が再プログラム化されることはなく、一時的に再活性化するものの、すぐに機能不全に立ち戻ってしまう。ということは、免疫療法による臨床効果は、T細胞の再活性化と腫瘍負荷量のせめぎ合い、すなわち両者の規模のバランスによって決まり、腫瘍負荷量が大きいほど、除去するためにはそれを上回るT細胞の再活性化力が必要になる。その上でWherry氏は、治療抵抗性にかかわるメカニズムとして、これまでも研究されてきている腫瘍抑制遺伝子p53の変異に加え、がん細胞表面の抗原提示に関与するβ2ミクログロブリン(b2M)遺伝子の変異に言及した。治療抵抗性のメカニズムは複数あり、患者個別に異なる。各患者の免疫システムの状態から治療に抵抗している分子を突き止めることが出発点である。
キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T)療法の治療抵抗性克服戦略、固形がん適応への試み
CAR-T細胞のデザインに治療抵抗性要因を探索
CAR-T療法は、患者のT細胞にがん抗原を認識する受容体を発現させ、腫瘍を攻撃させるように改変した後、体内に戻す治療法で、白血病やリンパ腫など血液がんの適応ではチサゲンレクル(商品名キムリア)が欧米で承認され、日本では2019年2月に厚生労働省が承認を了承した。従来の治療法を大幅に上回る効果が期待されているが、やはり、治療成績の限界をいかに引き上げるかが課題である。
米国スタンフォード大学のCrystal Mackall氏は、CAR-T療法の治療抵抗性克服戦略を紹介した。治療抵抗性のメカニズムを、(1)がん細胞がCAR-T細胞の攻撃から逃れるため、がん自身が発現していた抗原(通常はCD19)を消す、または機能を低下させて、CAR-T細胞が標的を認識できないようにする、(2)CAR-T細胞自体が疲弊して機能不全状態になることで、がん細胞を攻撃・除去することができなくなる、と仮定して戦略を考えた。
(1)の克服戦略は、CAR-T細胞を二重標的にして、CD19とは別の抗原も同時に認識するようにデザインする。B細胞性の血液がんであれば、CD19のほかに、CD22も認識するCAR-T細胞を作るというのである。Mackall氏らは、CD19とCD22を認識するCAR-T療法を、小児、ならびに成人のB細胞性血液がん患者に試みる試験2本を実施したところ、CD19のみを認識するCAR-T療法でみられるような、CD19抗原が消失して再発する症例は認められていないという。Mackall氏は、より多様な抗原を発現する固形がんにも、このアプローチが活用できるのではないかと語った。
(2)の克服戦略として、Mackall氏らは常時安定したシグナル活性を発揮するCAR-T細胞を作製したところ、一貫して疲弊した。そして、疲弊したCAR-T細胞にc-jun蛋白質を過剰発現させると、T細胞の増殖刺激に重要な環境が整った。そして、c-jun過剰発現のCAR-T細胞は、骨肉腫に対する抗腫瘍活性とその持続性が増強された。骨肉腫細胞は、抗原密度が低い白血病細胞と同様、CAR-T細胞が認識しにくいタイプの1つである。
CRI Scientific Advisory CouncilメンバーであるAnjana Rao氏の研究室では、CAR-T療法の治療抵抗性の要因として、Nr4aファミリーに属する蛋白質に着目している。腫瘍に浸潤したナチュラルT細胞やCAR-T細胞は、Nr4aファミリーメンバーの複数の蛋白質や他の抑制性受容体を発現し、それが抗腫瘍効果の低下につながることを突き止めた。そこで、Nr4aファミリー蛋白質を発現しないようにデザインしたCAR-T細胞を作製し、マウスの腫瘍モデルに投与したところ、抗腫瘍効果が増強し、延命効果が認められたという。
さらにもう1つ、Rao氏の研究室が注目しているのはTOXファミリーの蛋白質である。TOXは、固形がんの組織に到達しても機能しないCAR-T細胞に特徴的に発現する転写因子である。そこで、CD19を標的とするCAR-T細胞から、TOXファミリーのうち2つの遺伝子を欠失させ、マウスの悪性黒色腫モデルに投与したところ、腫瘍の除去と生存延長が認められたのみならず、T細胞活性を抑制するチェックポイント分子として知られているPD-1、TIM-3並びにLAG-3の発現が抑えられたという。
CAR-T療法の標的をメソテリンにした固形がん治療
米国Memorial Sloan KetteringがんセンターのPrasad Adusumilli氏は、胸膜悪性疾患の治療標的であるメソテリンを認識する局所送達のCAR-T療法を試みた第1相試験について紹介した。CAR-T療法に加え、シクロホスファミド、PD-1標的免疫療法を組み合わせた治療で、11例中8例(72%)で部分奏効(PR)以上が認められた。PD-1標的免疫療法を組み入れなかった患者でも効果が得られた。
それだけでなく、Adusumilli氏は安全性の高さに驚いたとしている。グレード2以上では、CAR-T療法特有の神経毒性なども含め、治療関連毒性は認められず、CAR-T療法でやはり注意を要するサイトカイン放出症候群(CRS)はグレード1が3例のみに発現しただけであった。この治療法では、腫瘍の活動がコールド状態からホット状態へと転換し、すなわち免疫細胞がより攻撃しやすいように目覚めさせられたと考えられた。
がんワクチンの最新の臨床開発、新規ワクチン標的候補の探索
子宮頸がん予防ワクチンの治療への応用
CRI Scientific Advisory Councilメンバーで、オランダLeiden大学メディカルセンターのCornelis J.M. Melief氏らは、子宮頸がんを対象として、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンと化学療法の併用療法を考案した。子宮頸がん予防の目的で実用化されているHPVワクチンは、濃縮HPV抗原として合成した長鎖ペプチド(SLP)を樹状細胞に送達し、HPVに感染した細胞に対するキラーT細胞反応を強力、かつ持続的に誘導するものである。このワクチンは、外陰部の前がん病変には有効であるが、進行した子宮頸がん患者に強力な免疫反応をもたらすことはできない。これは、骨髄細胞による免疫抑制が免疫反応を妨害するためと考えられる。
そこでMelief氏らは、化学療法が免疫抑制性骨髄細胞の数を減らすことを利用し、この併用療法アプローチをマウスモデルで試した。そして有効性を確認した。現在は、再発または転移性の子宮頸がん患者を対象とするパイロット試験で、化学療法の後にHPVのSLPワクチンを投与する治療を行っている。最後に、まだ正式発表の段階ではないことを前置きした上で、Melief氏は、実施中の進行子宮頸がん患者を対象とする第1/2相試験で、早期から有望な徴候が認められていることを明らかにした。さらにMelief氏は、HPV陽性の頭頸部がん患者を対象として、HPVワクチンとPD-1標的免疫チェックポイント阻害薬の併用療法試験も実施していること、その結果を今から楽しみにしていると語った。
患者個別の複数抗原を標的とするNEO-PV-01ワクチンの可能性
米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のSiwen Hu-Lieskovan氏は、個別化ネオアンチゲンワクチンNEO-PV-01の治療成績を解説した。NEO-PV-01は適応がん種を問わず、患者個別に最大20種のがん抗原を標的とすることができるオーダーメイドワクチンである。
悪性黒色腫患者10例にNEO-PV-01の治療を行ったところ、CD4陽性ヘルパーT細胞、CD8陽性キラーT細胞の両方のT細胞反応が確認され、ワクチン標的とした蛋白質の56%に対する免疫反応であった。こうした免疫反応は持続性に優れ、1年にわたり維持されている患者もいるという。それらの免疫反応のほとんどは多機能で、殺腫瘍活性や関連するT細胞反応が引き起こされた可能性があるという。さらに、ワクチン標的ではなかったネオアンチゲンにまで免疫反応が広がったことが分かったという。
がんワクチン標的分子のレパートリーを拡大する
がんワクチンは、標的抗原の特定や優先順位を根本的に考える必要があるとして、ワクチン標的を探索しているのは、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)&ハーバードのBroard研究所のTamara Ouspenskaia氏らである。現在のゲノムシーケンシングの手法では、解析が進んで一定の機能が分かっている遺伝子の配列を調べている。その遺伝子を基にして蛋白質を発現する優勢な遺伝子のワンセットをカバーするのみである。こうした遺伝子はゲノム全体のわずか1%から2%に過ぎず、遺伝子変異が多い悪性黒色腫のようながんであればその程度でも十分かもしれないが、血液がんのように変異が少ないがんの場合は、シーケンシング対象の遺伝子セットが、がんの発生や進行に関与していない可能性がある。
現実とのこうしたギャップを埋めるため、Ouspenskaia氏らの研究室では、細胞内ですべての蛋白質を合成しているリボソームやオルガネラという細胞内複合体に着目したRibo-seqと呼ばれる解析手法を用い、ワクチン標的候補となり得るネオアンチゲンの潜在的レパートリーを拡大することに成功した。標的とする優先順位を決定する根拠が得られれば、より合理的ながんワクチンの開発につながると考えられた。