終末期のがん患者はいわゆる身体能力の低下により外出が困難となる一方、造血幹細胞移植のために無菌室加療中の患者も部屋を出ることができない。昨今、ヘルステックを活用し、そのような活動制限がある患者の精神的苦痛の軽減が注目されている。
8月31日から9月1日に開催された第3回日本がんサポーティブケア学会学術集会にて、VR(Virtual Reality)やプロジェクトマッピングを活用した疑似体験に関する2つの探索研究結果が発表され、患者の満足度をあげるだけではなく、痛みや不眠などを軽減する可能性が示唆された。
Google Earth VRが終末期がん患者の症状や生活の質を改善する?
一つ目の研究は、終末期がん患者にGoogle Earth VRを使用し、症状やQOLの改善を確認した前向き臨床研究となる。大阪大学大学院薬学研究科の仁木一順氏が発表した。
Google Earth VRは、Googleが開発したVRである。仁木氏によると、患者の自宅付近も再現されていることも多く、病院ベッドから自宅付近を体験することが可能だ。
https://youtu.be/SCrkZOx5Q1M
研究に参加した20名の平均年齢は72.3歳、12がん種と多岐にわたる種類の患者が参加した。また、18人が歩行困難であり(PS3:14名、PS4:4名)、殆どが自立生活できない状態であった。
評価は、終末期によくみられる、9つの症状(痛み、だるさ、眠気、吐き気、食欲不振、息苦しさ、気分の落ち込み、不安、全体的な調子)を0(なし)から10(もっともひどい)の11段階で行った(エドモントン症状評価システム日本語版(ESAS-J))。その他、VR前後における「楽しみ」や「幸福感」といった感情に関わるものや、VR体験でよく報告される副反応となる「めまい」や「頭痛」について、0(全くない)から10(かなりある)の11段階で評価した。
結果、痛み、だるさ、眠気、息苦しさ、落ち込み、不安、全体的な調子の7項目において、VR体験前後で統計学的に有意に回復し(p<0.05)、中でも、不安と全体的な調子は顕著に回復した(p<0.001)。また、VR前後で、楽しみや幸福感が4ポイント台から7ポイント台へ上がっており、統計学的に有意に回復した(p<0.001)。
一方、参加者の1名が、だるさ、眠気、吐き気、めまいを訴えたが、軽微なものであった。
仁木氏は「今回の研究は、重篤な副反応を起こすことなく、終末期のがん患者の症状・QOLを改善しうる可能性が示唆された」と語った。
なお、本研究は痛みや息苦しさといった身体的症状について回復が認められているが、「何らかのの介入」を行うと精神的苦痛や身体的苦痛が改善することが一般的なため、VRの直接的な効果と考えるのは時期尚早である。仁木氏は「今後、試験デザインを検討して、ランダム比較試験のようなデザインを検討していきたい」と語った。
いずれにせよ、VRによる疑似体験が終末期のがん患者に対して、よい方向に働く可能性が示唆されたことは非常に大きいのではないだろうか。
無菌室生活のストレス解消にインタラクティブ動画やプロジェクトマッピングを活用
疑似体験を360°インタラクティブ動画やプロジェクトマッピングなどアプローチする探索研究も発表された。大阪国際がんセンターと大阪工業大学大学院との共同研究(演者:多田 雄真氏)のタイトルは「デザイン思考を用いたユーザー視点からのコンセプトメーキングによる、閉鎖空間で治療を受ける造血細胞移植患者のための心身賦活システム開発」と、腫瘍関連学会にて『デザイン思考』という言葉が使われるのは非常に珍しいことである。
造血幹細胞移植は血液がん患者に対して必要となり得る治療となるが、移植前に大量化学療法を行うために無菌室生活を1か月以上余儀なくされる。血液がんは小児に多く、そうでなくとも無菌室生活は、閉鎖空間かつ化学療法の副作用でのストレス負荷が大きいため、その緩和の目的にて無菌室に360°インタラクティブ動画、リアルタイム動画、プロジェクトマッピングおよびHMD(Head Mounted Display)などを施す試みが行われた。
今回は、造血幹細胞移植を行う(行った)3名の患者が、無菌室使用中にそれぞれを試してみての感想を述べるという極めて初期段階の研究となるが、感想は「気分転換になった」「家族とつながれることがうれしい」「無菌室で使えそう」「HMD装着が面白い・楽しい」など良好であったが、「コンテンツが少ない」「画質が悪い」「HMD装置が重い」などの課題も残った。
いずれにせよ、無菌室生活者のストレス緩和に有用な可能性が示され、特にリアルタイム動画は、誕生日会や運動会などのイベントなどの体験共有できるため期待される。
画質向上や相手がどこを見ているかなどの機能追加などの技術面の課題も残るが、近い未来、無菌室にいながら遠方の相手と密にコミュニケーション取れるのが当たり前になる日も来るのかもしれない。
文:可知 健太