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日本の肝細胞がん(HCC)の診断と治療は進歩している~3つの医学文献より~

[公開日] 2017.01.27[最終更新日] 2017.01.27

目次

肝がん撲滅の取組みに蓄積された成果

過去28年間で、日本における肝細胞がん(HCC)患者の生存期間は大幅に延長し、生存率は向上している。HCCの診断と治療が確実に進歩していることが、1978年から2005年までの28年間で計17万3378人の患者を追跡した調査から明らかとなった。診断と治療の進歩には、全国規模のHCC調査プログラムを確立したこと、その取組みに創意工夫を重ねてきた歴史が反映されている。 近畿大学消化器内科の工藤 正俊氏らの報告(Liver Cancer Online 2016年5月10日)で、肝細胞がん(HCC)患者の5年生存率が確実に上昇し、生存期間中央値が有意に延長したのと並行して、腫瘍の最大径が有意に減少したことが示された。 日本肝癌研究会(LCSGJ:事務局 近畿大学消化器内科)は1967年、肝細胞がん(HCC)患者を対象とする全国規模の前向き臨床研究(LCSGJレジストリー)を開始した。「肝腫瘍に関する研究と診療の進歩・普及を図ること」を目的とし、疫学的、診断・治療学的解析、ならびに予後調査と生存率の算出をするための協力施設は700を超える。臨床現場でのHCC診断、および治療の状況を2年毎に調査しており、登録患者数は着実に増加してきた。 17万3378人すべてを対象に算出された5年生存率は37.9%、10年生存率は16.5%であった。5年生存率、および全生存期間(OS)中央値の算出は、1978年から1980年は3年間、以降は2005年まで5年毎に行った。その結果、1978年から1980年までの3年間(解析対象2323人)の5年生存率は3.7%、OS中央値は3カ月であったのに対し、いずれも2005年まで右肩上がりに上昇し、2001年から2005年の5年間(解析対象43852人)ではそれぞれ42.7%、50カ月であった。5年生存率、およびOS中央値とも直前の5年間と比べ有意に増加していた。 1978年から1980年までの3年間と以降5年毎の解析対象人数、5年生存率、ならびに全生存期間中央値は次のとおり。 1978年~1980年 2323人 3.7% 3カ月 1981年~1985年 5891人 13.5% 8カ月 1986年~1990年 18739人 22.5%  22カ月 1991年~1995年 33923人 30.1%  32カ月 1996年~2000年 43433人 36.8% 41カ月 2001年~2005年 43852人 42.7%  50カ月 切除術、焼灼療法、肝動脈化学塞栓療法(TACE)、および肝動注化学療法(HAIC)の治療歴別でも、5年毎解析対象の5年生存率も直前の5年間との有意差が認められた。また、腫瘍マーカーのα-フェトプロテイン(AFP)高値(400ng/mL以上)の患者集団における5年毎の5年生存率も同様で、カプラン-マイヤー曲線を見ると、2001年~2005年は1996年~2000年より、1996年~2000年は1991年~1995年より、というように、直前の5年間よりも曲線は必ず上を走り、2001年~2005年の解析対象で72カ月(6年間)生存している患者の割合は約20%で、1980年代の解析対象のおよそ2倍に上昇した。 28年間のうちに調査方法も改善され、診断・治療法も進歩した。 1981年、全国調査プログラムに超音波検査と腫瘍マーカーのα-フェトプロテイン(AFP)の血清中濃度測定が導入された。 1985年、治癒、および対症療法としての切除術や肝動脈化学塞栓療法(TACE)が始まった。 1990年、新しい診断法としてらせん状の断層像が得られるヘリカルコンピューター断層撮影(CT)/磁気共鳴画像(MRI)検査が導入された。肝細胞がん(HCC)患者に対する経皮的エタノール注入療法、C型肝炎ウイルス(HCV)の慢性感染状態にある患者に対するインターフェロン治療が取り入れられた。 1995年、HCC患者の診断・経過観察には異常プロトロンビン(DCP、またはPIVCA2)、およびAFPレクチン分画(AFP-L3)が新たな腫瘍マーカーとして加わった。HCCに対 する肝動注化学療法(HAIC)が導入された。 2000年、治癒治療としてラジオ波焼灼療法(RFA)が始まり、多検出器列CT(MDCT)の登場で診断・経過観察の精度が向上した。 2009年、HCCを適応とする分子標的薬ソラフェニブ(商品名ネクサバール)が承認された。 これまでの診断や治療の進歩の歴史が早期発見、早期治療に大きく貢献したことは言うまでもないが、LCSGJが使命に掲げる肝がん撲滅への道筋としてのLCSGJレジストリーそのものが、診断と治療の進歩を反映したものでもあり、臨床研究の成功モデルといっても過言ではない。工藤氏らは諸外国へも調査プログラムの確立を呼びかけている。 Survival Analysis over 28 Years of 173,378 Patients with Hepatocellular Carcinoma in Japan.(Liver Cancer. 2016 Jul;5(3):190-7. doi: 10.1159/000367775. Epub 2016 May 10.)

日本人肝細胞がん(HCC)患者は初診から約2年でソラフェニブ開始、ソラフェニブ後の全生存期間は1年超

工藤氏らは、ソラフェニブの治療を受けている患者を対象とする市販後観察研究(GIDEON、NCT00812175)のサブグループ解析を報告した(J Gastroenterol Online 2016年4月22日)。GIDEONの登録患者は計3202人、日本は508人で全体の15.9%を占めた。米国は563人、中南米は90人、欧州は1113人、日本を除くアジア太平洋地域は928人であった。日本人患者の年齢中央値(70歳)は最も高く、その他は54歳から67歳の範囲であった。 解析により、日本人患者は諸外国と比べ診断時期が早く、ソラフェニブの治療を開始する前に実施した肝動脈化学塞栓療法(TACE)の頻度が高いことがわかった。そして、初回診断時の病期ステージ分類BCLC(Barcelona Clinic Liver Cancer)ステージに関わらず、諸外国の患者と比べ全生存期間(OS)が長かった。その理由は、日本では早期ステージで発見されている患者が多く、治療機会が他国より多いことが挙げられた。一方、ソラフェニブの治療開始から病勢進行(PD)と判定されるまでの時間は、諸外国と比べ日本人患者集団で短かった。その理由は、精度の高い画像診断装置を用いたモニタリングを治療開始後早くから実施していることが挙げられた。 具体的には、日本人患者集団の肝細胞がん(HCC)初診からソラフェニブ治療開始までの期間(24.1カ月)は他の地域(1.2カ月から3.7カ月)と比べ大幅に長かった。治療歴別の実施割合は、日本人集団の切除術、局所焼灼療法、および肝動脈化学塞栓療法(TACE)(各43.3%、84.4%、71.3%)のいずれも他の地域と比べ最も高いことから、ソラフェニブ開始前の治療機会が多いことがわかる。そして、ソラフェニブ開始からの全生存期間(OS)中央値は日本(14.5カ月)が最も長く、ソラフェニブ開始から病勢進行までの期間(3.4カ月)は最も短かった。

肝がんはウイルス性肝炎からつながっている

GIDEONの地域別の患者背景で特徴的なのは、B型肝炎ウイルス(HBV)、およびC型肝炎ウイルス(HCV)の感染陽性率だ。日本人患者集団はHCV陽性率が53.1%と米国(54.9%)と同程度に高く、日本を除くアジア太平洋地域は5.0%、欧州と中南米はともに35.6%であった。HBV陽性率はアジア太平洋地域が最も高く82.3%、それに次ぐ日本は24.2%であった。 これまでの研究から、肝がんの発生要因は肝炎ウイルスの持続感染であることが明らかになっている。日本では、肝細胞がん(HCC)の約60%がC型肝炎ウイルス(HCV)、約15%がB型肝炎ウイルス(HCV)の持続感染に起因するとされているため、肝炎ウイルスの感染予防、および持続感染者に対する発がん予防が重要な課題であり続けた。ウイルスの持続感染により、肝臓の炎症と再生が反復されるため線維化が進み肝硬変となり、遺伝子変異を繰り返すことで発がんすると考えられている。したがって、C型、およびB型の慢性肝炎状態、ならびに肝硬変の状態がHCC発癌の最大の危険因子である。

C型慢性肝炎治療の進歩が肝がん発症を予防・遅延

GIDEONでも明らかなように、日本人集団は肝細胞がん(HCC)発症の主な要因としてC型肝炎ウイルス(HCV)の高い感染陽性率がある。国内でのHCV感染は、対策が講じられる以前の出産や手術時の大量出血の際のフィブリノゲン製剤、または血液凝固第IX因子製剤に起因するものが多いが、主な感染経路は血液であるため、感染者の血液に直接触れることがない限り二次感染の危険は少ない。果たしてC型肝炎ウイルスの対策は講じられただけでなく、近年の治療の飛躍的に進歩した。インターフェロンと抗ウイルス薬リバビリンが長く標準治療とされていたが、今ではHCVそのものに直接作用し、しかも経口投与で治療可能な直接作用型抗ウイルス薬(DAA)と呼ばれる抗HCV薬が複数登場し、短期間の治療でHCVをほぼ完全に抑え込むことも不可能ではなくなった。こうしたC型慢性肝炎の治療成績が向上したことで肝炎から肝硬変、そして肝がんへの道を遠ざけることができている患者は少なくない。 Safety and efficacy of sorafenib in Japanese patients with hepatocellular carcinoma in clinical practice: a subgroup analysis of GIDEON.(J Gastroenterol. 2016 Dec;51(12):1150-1160. Epub 2016 Apr 22.)

最大規模のグローバル臨床研究開始

2005年1月、世界規模の肝細胞がん(HCC)グローバル臨床研究BRIDGEスタディが開始された。韓国国立がんセンターのJoong-Won Park氏らは、2005年1月1日から2012年9月30日までの初回解析データを報告し(Liver International 35巻2155頁~2166頁 2015年)、患者背景とHCC危険因子、治療アプローチの地域別傾向を確認、そして、全世界においてHCC早期診断の必要性を強調し、ガイドライン策定へのデータ活用も期待している。 BRIDGEスタディは世界規模、実臨床下での肝細胞がん(HCC)の診断と治療のグローバルパターンを理解するため14カ国、42施設が参加する臨床研究で、初回解析対象は計18031人であった。地域別患者数は、北米が2326人、欧州が3673人、中国が8683人、台湾が1587人、韓国が1227人、日本が534人であった。予想された通り、HCCの危険因子は北米、欧州、および日本ではC型肝炎ウイルス(HCV)感染、中国、韓国、および台湾ではB型肝炎ウイルス(HBV)感染であった。診断時の病期ステージBCLCスコアは、北米、欧州 、中国、および韓国ではCが最も多く、台湾と日本ではAが最も多かった。最初の治療として採用されたのは、北米と欧州、中国、および韓国では肝動脈化学塞栓療法(TACE)が、日本では経皮的エタノール注入療法またはラジオ波焼灼療法、台湾では切除術が最も多かった。初回治療開始からの全生存期間(OS)中央値は、台湾は特定に至っていないが、日本(60カ月)が最も長く、次いで北米(33カ月)、韓国(31カ月)、欧州(24カ月)、中国(23カ月)であった。 Global patterns of hepatocellular carcinoma management from diagnosis to death: the BRIDGE Study.(Liver Int. 2015 Sep;35(9):2155-66. doi: 10.1111/liv.12818. Epub 2015 Mar 25.) 記事;川又 総江 & 可知 健太
ニュース 肝臓がん ネクサバール(ソラフェニブ)

3Hメディソリューション株式会社 執行役員 可知 健太

オンコロジー領域の臨床開発に携わった後、2015年にがん情報サイト「オンコロ」を立ち上げ、2018年に希少疾患情報サイト「レアズ」を立ち上げる。一方で、治験のプロジェクトマネジメント業務、臨床試験支援システム、医療機器プログラム開発、リアルワールドデータネットワーク網の構築等のコンサルテーションに従事。理学修士。

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