様々な種類の抗がん剤治療にて悪心・嘔吐が発現
統合失調症、双極性障害の適応で処方されているオランザピン(商品名ジプレキサ)が、がん化学療法による消化器症状(悪心・嘔吐)の予防に有効で、化学療法剤投与後24時間に悪心が認められなかった患者の割合は75%、全く嘔吐がなかった患者の割合は86%に達し、比較対照群より大幅に高かった。
米国インディアナ大学のRudolph M. Navari氏を筆頭著者とする論文がN Engl J Med誌(375:134-142 2016.7.14)に掲載された。
米国の177施設で2014年8月に開始された第3相無作為化二重盲検試験(
NCT02116530)で、化学療法の経験がなく、初めてシスプラチン、もしくはシクロホスファミド(商品名エンドキサン)+ドキソルビシン(商品名アドリアシン)の投与を受ける患者をオランザピン10mg群、または対照群に割り付け、1~4日目まで化学療法の前後に経口投与した。欧米で標準的な支持療法とされている3剤併用療法にオランザピン10mgを追加し、悪心・嘔吐予防の上乗せ効果をプラセボと比較した。3剤併用療法とは、ステロイド、セロトニン5-HT3拮抗薬、ならびにニューロキニンNK1拮抗薬である。
ステロイド:デキサメタゾン
セロトニン5-HT3拮抗薬:オンダンセトロン(商品名ゾフラン)、グラニセトロン(商品名カイトリル)、パロノセトロン(商品名アロキシ)
ニューロキニンNK1拮抗薬:アプレピタント(商品名インメド)、ホスアプレピタント(商品名プロイメンド)
オランザピン(ジプレキサ) 抗がん剤使用後24時間後の悪心割合を45%から75%に改善
その結果、解析対象はオランザピン群192人、プラセボ群188人で、主要評価項目である化学療法剤投与後24時間の悪心予防割合(各74%、45%)はオランザピン群の方が有意に高かった(p=0.002)。25時間から120時間の同割合(各42%、25%)、および全120時間における同割合(各37%、22%)もいずれも有意差が認められた(ともにp=0.002)。副次評価項目も全て達成し、化学療法剤投与後24時間、25時間から120時間、および全120時間において嘔吐が全くなく、かつレスキュー薬を使用しなかった患者の割合(完全反応率)は、オランザピン群(各評価時間順に86%、67%、64%)がプラセボ群(同65%、52%、41%)より有意に高かった(各p<0.001、p=0.007、p<0.001)。グレード5の毒性は認められなかったが、オランザピン群で2日目に鎮静を示す患者を認め、重度の鎮静は5%に発現した。
NK1拮抗薬は嘔吐を、オランザピンは悪心をコントロール
催吐性化学療法後の悪心・嘔吐コントロールにおけるオランザピンの有益性は他の試験でも確認されている。また、支持療法に含まれるアプレピタント、またはホスアプレピタントなどNK1拮抗薬が中~高度催吐性の化学療法後の急性、遅発性の嘔吐をコントロールするのにすぐれているのとは対照的で、オランザピンは悪心のコントロール効果にすぐれるのが特徴的だという。そもそも、オランザピンの作用は多彩で、複数の標的に対するアンタゴニスト(拮抗薬)として抗精神病効果を発揮することがわかっている。複数のセロトニン受容体、ドパミン受容体、α1受容体、ムスカリン受容体、ならびにヒスタミン受容体に拮抗するマルチレセプターブロッカーとして働くが、制吐剤としてみた場合、悪心・嘔吐の発現に関与するドパミンD2受容体、およびセロトニン5-HT3受容体に対する拮抗作用が寄与している可能性が考えられる。
安全性精査の必要性
オランザピンは1996年に米国で統合失調症治療薬として発売されたのをはじめ、日本では同適応で2001年6月に販売開始、2010年には双極性障害の躁症状、2012年にはうつ症状への適応拡大で承認された。剤形もフィルムコート錠、口腔内崩壊錠、筋注剤と豊富だ。長い期間にわたり国内外で使用されているぶん、データの蓄積も充実していることから、安全性への不安も少ないと考えられる。ただ、がん化学療法を受ける患者は言うまでもなくがん患者だ。今回の試験の解析対象では、オランザピンの好ましくない鎮静作用による傾眠の症状スコアが2日目にプラセボ群より上昇した。しかし、3日目、4日目、5日目と投与を継続しても傾眠症状は軽減していったことから、オランザピンの鎮静作用に患者が適応したことがうかがわれる。この一時的な傾眠症状については、より詳細な情報収集が必要であり、同時に、例えばより低用量(5mg)での制吐効果を探索していく必要もあると考察されている。
医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議に要望
日本緩和医療学会、ならびに日本消化器病学会は、厚労省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」に、オランザピンの要望書を提出している。2016年2月に開催された同検討会議において、「医療上の必要性に係る基準」への該当性について、専門作業班による評価が提示された。「抗悪性腫瘍剤投与に伴う消化器症状(悪心嘔吐)」を効能・効果とする要望内容に対し、適応疾病の重篤性の判定は、「日常生活に著しい影響をおよぼす疾患」で重篤性あり、医療上の有用性の判定は、「欧米等で標準的療法に位置づけられており、国内外の医療環境の違い等を踏まえても国内における有用性が期待できると考えられる」で有用性ありとされた。
国内臨床試験ではオランザピン5mgのエビデンスしかなく、海外の現状はオランザピン10mgが使用されているため、プラセボ、オランザピン5mg、または10mgを比較する試験、さらに、既存の3剤併用療法による予防投与にもかかわらず嘔吐が出現する突出性嘔吐を対象とし、3剤併用療法へのオランザピンの上乗せ効果を検討する二重盲検法の第2/3相試験が要望されている。
一方、
特定非営利活動法人日本がん研究・治療機構(JORTC)は、がん患者における不完全消化管狭窄による悪心予防として、オランザピンが予防効果を示せるかの臨床試験を実施しており、抗がん剤治療の副作用予防ではなく、特に消化器・婦人科系のがん患者の進行期に発現しやすい、不完全消化管狭窄へのオランザピンの予防効果を検討する臨床試験を実施している。
がん患者における不完全消化管狭窄による嘔気に対するオランザピンの有効性についてのランダム化比較試験(UMIN000010317)
Olanzapine for the Prevention of Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting(N Engl J Med 2016; 375:134-142July 14, 2016)
記事:可知 健太 & 川又 総江