写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:ながちゃんさん(ニックネーム)
年代:30代
性別:女性
家族構成:1人暮らし
仕事:無職
がんの種類:子宮体がん、卵巣がん
診断時ステージ:ステージ1A(子宮体がん)、
ステージ1B(卵巣がん)
診断年:2026年
現在の居住地:北海道
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
2025年に皮膚線維肉腫と診断され、経過観察中だったながちゃんさんは、不正出血をきっかけに、2026年7月に子宮体がんと診断されました。子宮内膜掻爬手術後のホルモン療法中に卵巣がんの疑いも浮上し、急遽、子宮と卵巣の全摘出手術を受けました。現在は手術を無事に終え、経過観察に入っています。30代という若さで2度のがん告知を受け、計3種類のがんに罹患するという過酷な状況に直面しながらも、前を向いて歩みを進めるながちゃんさんに、現在の思いについてお話しいただきました。
※1度目の皮膚線維肉腫の体験記事はこちら
https://oncolo.jp/mystory/experience-0088
長引く不正出血をきっかけに2度目のがんが判明
私は留学を目前に控えた2025年の6月、皮膚線維肉腫と診断されました。幸いにも手術だけで治療は終了しました。手術跡もケロイドにもならず、経過観察を続けていますが、特に異常はありませんでした。皮膚線維肉腫の治療が落ち着いた後、2026年の1月からは派遣社員として事務やデータ入力の仕事に就きました。4月からは正社員として登用される予定になっており、お金を貯めて海外へ語学留学をするという目標に向かって、新しい生活をスタートさせたばかりでした。
しかし、ちょうどそのころから、不正出血が続くようになりました。1か月半ほど血が止まらない状態でしたが、私は元々1か月近く出血が続くことがあったため、最初はあまり気にしていませんでした。しかし、親から「一度病院へ行った方がいい」と強く勧められ、3月に入ってから近所の小さな婦人科クリニックを受診しました。クリニックでの診察の結果、「子宮内膜増殖症の疑いがあるが、ここでは詳しく見られない」と言われ、総合病院への紹介状を書いてもらうことになりました。
前倒し受診で判明した子宮体がん疑い
総合病院の診察予約が取れたのは4月でした。しかし、予約日を待つ間に血が止まらなくなり、貧血の症状がひどくなってきました。不安になり「#7119(救急安心センター)」に電話で相談したところ、「すぐに救急車を呼んだ方がいい」とアドバイスを受けました。救急車を呼ぶのはためらわれたため、予約日よりも早めに自分で総合病院を受診しました。
前倒しで受診した総合病院では、MRI検査、CT検査、採血、子宮鏡検査などの詳しい検査を1週間に1回のペースで受けました。その結果、4月の段階で「子宮体がんの疑い」と診断されました。それまで、クリニックで言われていた子宮内膜増殖症という病名すら知らず、細胞に異型があるタイプだとがん化する可能性があることも全く知りませんでした。初期症状である不正出血の他に、熱が出たり体がだるくなったりといった自覚症状がなかったため、知らないうちに体の中で病気が進行していくことに不安を感じました。
子宮内膜掻爬手術後に起こった右下肢麻痺
医師からは、まだ若いこともあり、まずは子宮内膜を削り取る「掻爬(そうは)手術」を行い、その後ホルモン治療を試してみようと提案されました。4月末に掻爬手術を受けました。手術前には29mmあった子宮内膜を、手術によって1mm程度まで薄くしたと説明を受けました。
しかし、この手術の直後、予期せぬトラブルが起きました。麻酔から覚めた後、なぜか右下肢が麻痺して全く動かなくなってしまったのです。医師からは「手術中に同じ体勢を長く続けていたことや、麻酔の覚醒が遅かったことが原因ではないか」と説明されましたが、はっきりとした理由はわかりませんでした。
そのため、本来であれば2泊3日程度で退院できる予定の手術でしたが、この麻痺の影響で入院期間は約1週間に延びました。幸いにも麻痺は退院して1週間ほどで治りましたが、退院前の最後の検査では、せっかく1mmにした内膜がすでに7mmにまで増殖しており、「掻爬手術の効果はあまりなかったかもしれない」と告げられました。
腫瘍マーカーの急上昇を機に行った検査で卵巣がんも判明
退院後の5月中旬から、飲み薬によるホルモン治療が始まりました。抗がん剤のような目立った副作用はなかったため、決められた通りに薬を飲み続けていました。
しかし、治療開始から1か月後の検診で、状況が一変しました。さまざまな検査を受けた翌日、病院から電話がかかってきたのです。「検査結果が良くないから明日病院に来てほしい」という内容でした。親と一緒に病院へ行くと、医師から「腫瘍マーカー(CA125)が900 U/mL台まで上がっている」と告げられました。さらに、画像検査で卵巣にも怪しい影があることがわかり、「もしかしたら卵巣がんも重複しているかもしれません。そうなると子宮も卵巣もすべて切除することになります」と説明されました。ホルモン治療で様子を見るはずが、急転直下で子宮と卵巣を摘出することが決まり、6月末に入院することになりました。
摘出手術で確定した同時性重複がん
7月に入り、手術を受けました。事前の説明や同意書にはきちんと記載されていたのだと思いますが、当時の私は「子宮と卵巣を失う」というショックが大きすぎて、他の部分のことまで頭に入っていませんでした。そのため、手術で取るのは「子宮と卵巣だけ」だとすっかり思い込んでいたのです。しかし、手術を終え、退院する2日前の診察時に、医師から改めて「子宮と卵巣だけでなく、卵管と骨盤・傍大動脈のリンパ節、大網もすべて切除しました」と聞かされました。そのとき初めて自分が思っていた以上に広範囲の臓器を取っていたことを知り少し驚きました。
摘出した臓器の病理検査の結果、がんは子宮体部と卵巣の2か所に発生している「同時性重複がん」であることが確定しました。子宮体がんはステージ1A、卵巣がんはステージ1Bでした。どちらも原発性がんであり、転移ではありませんでした。 手術前は、看護師さんから「抗がん剤治療になる可能性も考えておいてね」と言われており、覚悟をしていましたが、結果的にがんは手術で取り切れており、抗がん剤治療は不要で経過観察となりました。
子宮を失う喪失感と病室で感じた孤独
抗がん剤治療を免れたことは幸いでしたが、私にとって一番つらかったのは「子宮と卵巣を失い、子どもを産めなくなったこと」です。私は子どもが好きで、将来は子どもを持ちたいと思っていました。手術前に「もしホルモン治療が効かなければ手術になる」と言われたときも、「抗がん剤治療は髪が抜けても後から生えてくるけれど、子宮は取ってしまったら子どもを産めなくなるから取りたくない」とずっと医師に訴えていました。しかし、病気の進行を止めるためには摘出するしかなく、最終的には自分で決断しました。
入院中、私の病室は消化器内科の患者さんと同じ部屋でした。そこに入院している高齢の患者さんたちが、面会に来た家族と「孫がどうした」といった話をしているのがカーテン越しに聞こえてきました。それらを聞いていると、「自分はもう子どもを持つことができないのだ」という現実を突きつけられているようで、病室で一人、非常につらい思いをしました。パートナーがいれば、手術前に卵子凍結などの選択肢もすぐに相談できたのかもしれませんが、当時の私にはそうした状況もなく、ただ子宮がなくなることの悲しみに耐えるしかありませんでした。
術後に起こった下肢リンパ浮腫と関節痛
現在は、手術の後遺症によって日常生活に不便を感じています。リンパ節を切除した影響で、足にむくみ(リンパ浮腫)が出ており、着圧ソックスを履いてケアをしています。また、体温調節がうまくできなくなり、朝起きると全身の関節がこわばって痛み、1時間ほど横になっていないと起き上がれない日もあります。医師からは、ひどくなるとリウマチ症状のようになる可能性があるとも言われています。
私は元々接客の仕事が好きで、体調が良くなったら接客業に戻りたいと考えていました。しかし、今は開腹手術の傷跡が痛むため、早く歩いたり走ったりすることができません。立ったり座ったりという動きも以前のようにはスムーズにできないため、今の状態では接客業に戻るのは難しいと感じています。1月から派遣社員として働き、4月から正社員になる予定だった事務の仕事も、病気の治療のために3月で退職してしまいました。派遣会社には事情を伝えてあるため、体力が回復したら、まずは体に負担の少ないデータ入力などの事務職から再出発できないか、改めて相談してみようと考えています。
TikTokを使った情報収集と発信
病気がわかり、治療の情報を集める際、私はインターネットで検索して長い文章を読むことを避けました。自分ががんであるという事実を文字でじっくりと読まされ、病気のことを考えている時間が長くなるのが嫌だったからです。
そのため、主にTikTokを使って情報を探しました。TikTokであれば、実際に治療を体験した人が短い動画で簡潔に副作用やその対策を話してくれるため、リアリティがあり、早く理解することができました。また、私自身もTikTokでVlog(ビデオブログ)形式の動画を作ったり、Instagramのストーリーに病院食の写真を載せたりして、自分の現状を発信し始めました。
これには2つの理由があります。1つは、4月以降、友人からの食事や遊びの誘いをすべて断っていたため、自分が今どういう状況にいるのかを知らせる必要があったからです。もう1つは、同じような婦人科の病気で悩んでいる人と情報交換をしたかったからです。短い動画を発信したことで、実際に同じような経験をした人とSNS上でつながり、話を聞くことができたのは、孤独な治療期間におけるひとつの支えになりました。
日常を取り戻すため体の回復を優先
皮膚線維肉腫、子宮体がん、卵巣がんと短い期間で3つのがんを経験したことで、私の人生の計画は大きく変更を余儀なくされました。お金を貯めて海外留学するという目標がありましたが、今は海外へ行くことは考えていません。もし海外にいるときにがんが再発したり転移したりして、抗がん剤治療が必要になった場合、すぐに対応することが難しいと考えたからです。少なくともこれからの5年間、日本でしっかりと経過観察を続け、何事もないことを確認できてから、改めて自分のやりたいことを考えようと思っています。
現在はまだ手術から1か月しか経っておらず、体力的にも精神的にも本調子ではありません。しかし、治療がひと段落した今は、無理をせずに体の回復を最優先にしながら、自分にできる仕事を見つけ、少しずつ日常を取り戻していきたいと考えています。
今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
つらいときは同じ境遇の人とつながってみてください
病気になり、誰にもわかってもらえない孤独を感じることがあると思います。私はSNSを使って発信することで、同じ病気を経験した人と情報を共有し、一人ではないと感じることができました。周りの友人に話しづらいことでも、同じ境遇の人であればわかり合えることがあります。自分に合った方法で、話を聞ける相手や場所を見つけてみてください。
自分の体の声を聞き、無理をしないでください
治療の後遺症や副作用は、人によって違います。私自身も、関節の痛みやむくみなどで思うように体が動かない日があります。以前のようにできない自分に焦ることもありますが、まずは治療を乗り越えた自分の体を労わることが大切です。焦って元の生活に戻ろうとせず、自分の体の状態に合わせて、無理のないペースで生活を立て直していってください。
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