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オンコロライブ2026 アウェアネス・アンバサダー 現役看護師アイドル・月埜みみ(煌めき☆アンフォレント)×がんサバイバー<相徳夏輝編:悪性リンパ腫サバイバー>

[公開日] 2026.08.10[最終更新日] 2026.07.31

オンコロライブ2026のアウェアネス・アンバサダーを務める月埜みみさん(煌めき☆アンフォレント)が、さまざまな立場の方々の想いに向き合うインタビューシリーズ。8回目のゲストは、悪性リンパ腫サバイバーの相徳夏輝さんです。 27歳の時、突然見つかった胸の大きな腫瘍――。 悪性リンパ腫と診断され、治療や入院生活と向き合う中で、相徳夏輝(あいとくなつき)さんは自身の体験をメディアプラットフォームの「note」に綴り始めました。時にユーモアを交えながら、時に率直な不安や葛藤を言葉にし、多くの読者の共感を集めています。花に関わる仕事をしながら生きてきた相徳さんが、なぜ自身の闘病を“残す”ことを選んだのか。そして病気を経験した今、どんな景色が見えているのか――。 さらに相徳さんは、昨年(2025年)開催されたオンコロライブにもトークゲストとして出演。自身の経験を“人前で語る”という新たな挑戦を通じて感じたことや、患者同士・来場者との出会いも印象深い経験になったといいます。 今回のインタビューでは、診断当時のこと、治療中に感じたリアルな思い、発信を続ける理由、そしてオンコロライブ出演時のエピソードについて、オンコロライブ2026 アウェアネス・アンバサダーの月埜みみが伺います。 インタビュイー:相徳夏輝さん(悪性リンパ腫サバイバー) インタビュアー:月埜みみ(オンコロライブ2026 アウェアネス・アンバサダー)

突然の診断 〜“まさか自分が”から始まった日々〜

月埜みみ(以下、月埜):オンコロライブ2026のアウェアネス・アンバサダーで、煌めき☆アンフォレントというアイドルグループに所属している、現役看護師アイドルの月埜みみです。本日は、よろしくお願いします。 相徳夏輝さん(以下、相徳さん):よろしくお願いします。僕は、相徳夏輝と申します。去年のオンコロライブの啓発セッションに登壇させていただきました。現在28歳で、2024年に悪性リンパ腫に罹患しました。今は定期的に検査を受けながら、お仕事しています。 月埜:では最初に、相徳さんの普段のお仕事や、ご自身について教えてください。 相徳さん:もともとはお花屋さんで働いていたのですが、体調のこともあって続けられなくなってしまって…。今はフリーターとして、アルバイトを掛け持ちしながら生活しています。1つは、商店街の八百屋さんです。本当に昔ながらの家族経営の八百屋で、野菜を売っています。それと夕方からは、家の近くの古着屋さんでもアルバイトをしています。あとは単発でいただいたお仕事をやりながら生活をしています。
お花屋さんで働いていた時の写真。
お花屋さんで働いていた時の写真。
月埜:お花屋さんに、八百屋さんに、古着屋さん、全然違うジャンルのお仕事に挑戦されていてすごいですね。 相徳さん:八百屋さんに関しては、もともと農家さんや漁師さんといった一次産業がすごく好きだったんです。ドクターストップがかかって、お花屋さんができなくなったとき、野菜も同じ「植物」だし、やっぱりそういう自然に関わる仕事がしたいなと思っていたところ、たまたま家の近所の八百屋さんで「人手が足りないから手伝って」と言われたのがきっかけで、そのまま雇ってもらうことになりました。もう1つの古着屋さんの方は、実は僕の両親が服飾の仕事をしていて、もともと服が身近にあったのが理由ですね。 月埜:「野菜も植物」という視点や、ご両親の影響など、すべての仕事に相徳さんの素敵なバックグラウンドがあるんですね。 相徳さん:両親が服飾の仕事をしていましたが、もともとは自分自身その道に進むつもりはなかったんです。でも、病気になったことをきっかけに、「家族がずっとやってきた仕事を、自分も少し経験してみるのもいいかもしれない」と思うようになりました。そんなときに、ちょうど古着屋さんがあったので面接に行ってみたら、ありがたいことに雇っていただけました。 月埜:悪性リンパ腫が見つかった時の状況や、最初に告知を受けた時の気持ちを覚えていますか? 相徳さん:はい、覚えています。悪性リンパ腫が見つかったのは、2024年の7月でした。6月25日の誕生日の1週間後くらいに、夜中に突然呼吸困難になってしまって。息が全くできず、ヒューヒューと苦しい咳が止まらなくなりました。夜間だったので病院に連絡したところ、「すぐに救急車を呼んでください」と言われて搬送されました。 翌朝、酸素吸入などで一旦落ち着いたところで、先生に個室へ呼ばれてレントゲン写真を見せられたんです。「ここに大きな影があるでしょ、これ、おそらく腫瘍です」と告げられました。そこから検査を重ねて病名が確定していくのですが、最初に告知を受けたときは、少し変な答えかもしれませんが、「妙な納得感」というか、どこか安心したような気持ちもありました。というのも、実はそれまでずっと原因不明の体調不良が続いていたからなんです。 月埜:原因不明の体調不良が続いていたんですね。 相徳さん:深呼吸ができなかったり、疲れやすかったり、肌荒れもよくしていました。元々アレルギー体質だったので、「肌荒れはアレルギーのせいかな」、「疲れているのは、仕事が忙しいからかな」と思っていました。病院で、「がんです」と言われた時は、これまでの不調の理由が腑に落ちて、どこか安心した気持ちさえありました。ただ、少し時間が経ってから、「あ、これはただ事じゃないんだ」と、じわじわと実感が湧いてきましたね。 月埜:27歳という若さでのがん診断でしたが、当時どんな不安や葛藤がありましたか? 相徳さん:「将来どうなるんだろう」という不安はありましたね。あとは、「なんで自分なんだろう」と思いました。実はちょっと不思議な話があって、がんが分かる半年ほど前に、保険会社に勤める友人から生命保険を勧められたんです。その時の私は、「まだこの年齢だし、自分には関係のない話」と、どこか他人事のように捉えていました。その当時は、その半年後にがんに罹患するとは思ってもいませんでした。がんになった人が周りにいなかったので、抗がん剤がどのくらいキツいのかもわからない。その先が見えない怖さが、とにかく大きかったです。 実は、当時の様子をちょっと文章に書き残していたんですけど…。学生時代に放課後、先生から、「ちょっと職員室に来い」って呼び出されたことってありませんでした?なんか、そういう時って、5時間目くらいからずっと嫌な気分が続いてるじゃないですか。あんな感じです。これから確実にしんどいことが待っているらしい、っていう。その、少しずつ確定していく嫌な未来に対して、ただじっと身構えることしかできない…そんな、なんとも言えない嫌な感情でいっぱいでしたね。あとはもう、シンプルに、「ああ、自分は死ぬかもしれないな」とか、そういうことも頭をよぎりました。 月埜:そのノートには、その当時の思いや感じたことを書いていたんですか? 相徳さん:そうですね。人に自分の気持ちを話そうとすると、どうしても感情に任せて言葉が出てしまって、きつい表現になったり、うまく説明できなかったりするじゃないですか。それで後から、「ああ言えばよかった、こう言えばよかった」って後悔するんですけど、入院中なんてずっと1人ですから。だったら、少しずつでも自分の気持ちを整理するために、とにかく書いて残そうっていう感覚でしたね。 月埜:自分の気持ちや思いを書いて、「気持ちを整理して乗り切る」みたいな形で乗り切ったんですか。 相徳さん:書くことで不安が消えることはないんですが、溜まったものを書き出して、また溜まったら書き出して、その繰り返しで乗り切っていました。

闘病生活で見えたもの〜苦しさと支え〜

月埜:治療や入院生活の中で、特につらかったことは何でしたか? 相徳さん:身体面では、とにかく抗がん剤がキツすぎました。僕は、ずっと吐いていました。あとは、4人部屋だったので周囲の物音やいびきが気になって、全然眠れなかったです。寝不足のまま朝を迎えて、また次の抗がん剤が投与される…。あの環境と副作用のダブルパンチは本当に過酷でした。 ただ、それ以上に精神的にこたえたのが人間関係でした。周りの人たちが、どうしても「いつも通り」には接してくれないんですよね。特に親も含めて、自分と関わる人たちの常に不安そうな顔を見たときに、「自分の存在が、この人たちを不幸にしているんじゃないか」っていう感覚に陥ってしまって…。だから当時は本当に冗談抜きで、「このまま死んだ方が楽だな」「死んだ方がマシだな」って、ずっと考えていました。 月埜:そこまで追い詰められて、「死んだ方がマシだ」とまで思っていた当時の相徳さんを想像すると、本当に胸が詰まります。 相徳さん:だから、抗がん剤の2回目が終わった頃、思ったより薬の効きが良くなくて、「腫瘍があまり小さくなっていない」と言われた時、実はちょっと嬉しかったんですよね。「ああ、もうこのまま死んだらいいのかな」って。それくらい、心まで完全に擦り切れてしまっていました。それが、今振り返っても一番辛かったことだと思いますね。
入院中の写真。
入院中の写真。
月埜:その辛さを、どうやって乗り越えてきたんですか? 相徳さん:本と音楽とお笑いに救われました。僕は本を読むのがすごく好きなんですけど、闘病中、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」という本にすごく支えられたんです。第二次世界大戦中、アウシュビッツなどの強制収容所に監禁されていた心理学者の体験記です。僕の闘病なんて比較にならないくらい、人間扱いされない過酷な環境なんですけど、その状況下でも、例えば、「綺麗な夕日を見ると感動しちゃう」とか、看守に分からない言語でちょっと悪口を言って仲間と盛り上がっちゃうとか、そういうことが書かれているんですよね。当時、周りに同じ状況の人がいなかったので、その本を読みながら、「あ、自分と一緒だ」って重ね合わせていました。どんなに過酷な環境でも、ちょっとくらい面白いことはあるし、ご飯は確かに美味いよな、って思いました。 お笑いにも助けられましたね。映画だと1〜2時間集中する体力が持たないんですけど、お笑いなら5分くらいじゃないですか。その5分間の笑っている時間だけは、苦痛から逃れられました。もちろん、そうした本やエンタメの表現だけじゃなくて、身の回りの家族の支えも大きかったです。うちの母親はすごく気遣ってくれて、差し入れに無添加のお菓子とかを持ってきてくれたりしました。僕の叔母は、「病気の時くらい」って言って、こっそり、有名なケーキ屋さんのケーキを大量に買ってきてくれて、すごく嬉しかったです。 月埜:差し入れは嬉しいですよね。 相徳さん:すごく嬉しかったです。当時は、色んな人に支えてもらったなと思います。 月埜:闘病を経験したことで、自分自身の価値観や人生観に変化はありましたか? 相徳さん:最初は、「変化した」と思っていましたが、今振り返ると、「あれ? 意外と変わってなくない?」って思ったり、いや、やっぱり変わったこともあるか…って、今もずっと頭の中で二転三転しているんです。 例えば、特に去年なんかは、「人間、本当にいつ死ぬか分からないな」っていうのを痛感したので、逆にすごく生き急ぐようになっちゃいました。「生きてるだけで幸せ」じゃなくて、「本当にすぐ死んじゃうんだから、今のうちにやりたいことを全部やらなきゃ!」みたいに考えていました。本当はもっと体を休めなきゃいけない時期なのに、ブレーキが利かずに突っ走っちゃって、また体調を崩すっていうのを、結構繰り返していましたね。 月埜:いつ死ぬか分からない怖さを知ったからこそ、のんびり休むことが逆に怖くなってしまったんですね。 相徳さん:ふとした瞬間に、「このままじゃダメだ」と我に返るんです。「生きてるだけで幸せなんだから、もっとのんびりしていいんじゃない?」って。でも、そう思った途端に「いや、でも…!」って、もう一人の自分が焦り出す。自分の中に矛盾がたくさんあって、今はまだ「こう変わりました」とは、はっきり言えないですね。 ただ、去年、SNSで繋がっていた同じ病気の若い方が2人亡くなったんです。それを見てから、「あの子たちは生きたくても生きられなかったのに、自分はこのままのんびり生きていていいのか?」って思いました。のんびり生きたい、でも、何かやらないと申し訳ない。だけど、無理をしたらまた体が壊れる…。その矛盾がずっとぐるぐる回っている感じです。

なぜ“書き残す”のか〜noteとオンコロライブで伝える理由〜

月埜:闘病記を書き始めたきっかけを教えてください。 相徳さん:自分の感情を整理するために書き始めました。ずっと1人だったので、誰かと繋がりたい、自分の存在証明をしたいという思いが心の中にあったので、noteを公開することにしました。自分のために闘病のことを少しずつ書いてみたら、思った以上に反響があったんです。同じ病気の方から「すごく共感しました」って言ってもらえたりしました。もともと書くことは好きだったので、花屋で働いていたときも、Instagramのストーリーズで花の魅力を伝えたりしていました。 月埜:書くことがお好きだったとのことですので、ご自身の得意なことでメッセージを伝えられるというのは、すごく素敵なことだと思います。 相徳さん:病気という経験は決して楽なものではありませんでしたが、自分の中にある「書く才能」に気づく大切なきっかけとなりました。それまで「好き」と「得意」が一致した経験が少なかった僕にとって、闘病の記録を綴る中で周囲から評価されたことは、新たな発見でした。どうすれば面白く伝わるかを模索する毎日は、いつしか楽しさに変わり、「不謹慎だけど笑ってしまった」という感想が1番嬉しかったですね。 月埜:私は書くことが本当に苦手で…。例えば、Instagramのストーリーズに載せるときも、何を伝えたいか考えるのですが、途中で結局何を伝えたかったのか分からなくなってしまって諦めてしまうことが多いです。 自分の言葉でしっかりと、しかも上手に伝えられている発信者の方々を見ると、すごいなって感動します。 相徳さん:実は、僕この1年で書けなくなったんですよ。伝えたいことや湧き上がるような衝動がなくなってしまったんです。もしかしたら、あの極限状態に追い込まれていたからこそ、感情がブワッと走るように書けたのかもしれないです。「伝えたい」という強い想いがあって初めて、それが文章や歌、何かしらの表現として消化できるんだと気づきました。それがなくなると、驚くほど何もできなくなるんだっていうのが、この1年の発見です。書けなくなった今は少しもどかしい気持ちもありますが、あの時に闘病記を書いて本当に良かったと思っています。 月埜:私も、「あの時こう思ったな」と感じることがよくあるので、今の気持ちを忘れないように携帯にメモしています。 相徳さん:当時の僕は、あの辛い状況の中でも、自分の発信が誰かの役に立てたら、と思っていました。読む人の生きる希望でも、人生を見つめ直すきっかけでも、あるいは単純に「面白い」でもいいんです。人は孤独になると、つながりを求めて外へ意識が向くのかもしれません。この1年でそのエネルギーが落ち着いたのは、燃え尽きのような状態かもしれません。 月埜:昨年のオンコロライブでは、実際にステージでご自身の経験をお話しされました。出演してみて、どんなことを感じましたか? 相徳さん:あんなに大勢の前で自分の闘病体験を語ることは初めてだったので緊張しましたが、とても良い経験になりました。人々を笑顔にする音楽やアイドルの存在に触れ、その影響力の凄さを改めて実感しました。 実は、今年の2月に「奇跡の5分間~1曲に夢を託すリアリティショー」という番組に出させていただきました。全員が音楽初心者の男女8人が即席で2つのバンドを結成し、3週間後のライブで観客100人を感動させるミッションに挑むというものです。勝利チームのメンバーには「テレビの力で夢を叶える」という特典がありました。私はオーディション時、「オンコロライブのお笑いバージョンをプロデュースしたい」という夢を提案しました。笑いを通して闘病体験を伝えることで、より多くの人に届けられないかと考えたのです。オーディションには見事合格したものの、本番の勝負では負けてしまいました。 しかし、この挑戦を通じて「エンタメを通じた伝え方」の重要性を強く確信しました。なぜなら、単なる闘病記の発信では、すでに病気に関心を持っている人にしか振り向いてもらえないからです。関心のない層の心をも動かすために、オンコロライブのようなアプローチに今、強い可能性を感じています。
昨年オンコロライブに出演した時の写真。
昨年オンコロライブに出演した時の写真。
月埜:オンラインで文章を書くことと、リアルな場で“声で伝えること”に違いや発見はありましたか? 相徳さん:リアルな場では、言葉の響きやその場の空気感によって、自分の意図とは違った形で相手に受け取られてしまうことがあるので、言葉選びがとても大切だと思います。文章であれば、時間をかけて何度も見直し、「丁寧な言葉」を届けることができます。オンコロライブに出演して、リアルな場で思いを伝えることは難しいなと実感しました。 月埜:今戦っている方々の姿を見ているからこそ、私も言葉選びを意識しすぎて何も出てこなくなることがあります。相手を傷つけたくないからこそ感じる「伝えにくさ」を、感じることがありますね。 相徳さん:闘病中であれば、シンプルに、「今、僕も頑張っています!」と声を届けるだけで、周りにも伝わりやすかったと思うんですが…。

これからの人生と伝えたいこと〜病気の先にある未来〜

月埜:今、病気と向き合っている若い世代に、伝えたいことはありますか? 相徳さん:僕自身、病気になって失ったものもありますし、健康だったら考えなくてよかったことまで考えてしまって、自己肯定感が下がりました。自分の言葉に自信が持てなくなって、「自分なんて生きていていいのかな」と卑下してしまうこともありました。 でも、自分と同じように闘病している人たちの話を聞いた時、「この人たち、めちゃくちゃ強いな。」って思いました。それは、結果的に病気が治ったか、治らなかったかということは関係ありません。過酷な現実と戦っている、あるいは戦ったというその経験そのものが、すごいことなんですよね。自分自身が同じ痛みを経験したからこそ、表面だけじゃなくて、もっと奥の方まで共感できるし、すごくリスペクトを感じるようになりました。 もしかしたら、「アイドル」という存在とも似ているのかもしれません。人が何かに向かって必死に戦ったり、懸命に励んだりしている姿って、本人はものすごくしんどくて余裕なんてないはずなのに、それを見ている周りの人間は確実に大きな影響を受ける。その懸命な姿が、誰かの生きる活力になっていく。人生って、そうした「命の輝きの連鎖」でできているんじゃないかと思うんです。だから、「自分なんて…」と思う必要は一切ないんです。今、すごくしんどいと思うけれど、あなたが必死に生きているその存在自体が、確実に誰かの励みになっているということを伝えたいです。 月埜:本当にその通りだと思います。 病気を経験したからこそ、“大事にしたい”と思うようになったことは何でしょうか? 相徳さん:「ご縁」ですかね。僕、周りの人にすごく恵まれていると思うんです。実は病気になる前の自分って、「人生とは自分の力で切り開くものだ」っていう思想がめちゃくちゃ強い人間でした。だけど、人生って本当に思い通りにはいかなくて、自分が昔想像していた28歳、29歳の自分には、今全然なれていません。ただ、それでもこうして生きられているのは、人生の要所要所で、大きな出会いがあったからなんです。その繋がりや巡り合わせは、これから先の人生でも本当に大切にしていきたいなと思っています。
月埜:そうやって周りの人に恵まれていると言えること、本当に素敵だと思います。 最後に、これから挑戦してみたいことや、今後の夢について教えてください。 相徳さん:憧れたものや好きになったものは、とにかく一度はやってみたいので、実は去年、芸人の養成所に通っていたんです。この前、ドクターストップで花屋ができなくなった当時のノートを見返したんです。そこには、「じゃあ、お前が花みたいになればいいじゃん」って書いてありました(笑)今思うとすごいことを書いてますよね。でも僕にとって花って、それを見たお客さんがみんな自然と笑顔になるような、本当にすごい存在なんです。だったら、花に触れない代わりに自分がそういう存在になろうって、お笑いに挑戦してみました。 その後、番組の企画でギターが弾けるようになってボーカルもやらせてもらいました。それに、昔ずっと演技をやっていたこともあって、最近「もう一度、演技をやってみないか」というお話もいただいたんです。「花みたいに」人に良い影響を与えられる人間になりたいな、と今は思っています。今はまだ、具体的な目標はありませんが、5年後、10年後、20年後も、自分の信念に従ってちゃんと動き続けていられることが、今の夢ですかね。 月埜:素敵な夢をお聞かせいただき、ありがとうございます。応援しています。本日は、ありがとうございました。 【インタビュー後記/月埜みみ】 今回のお話を伺い、一番心に残ったのは、相徳さんが病気のつらさだけでなく、その時に感じた葛藤や弱さも率直に言葉にされていたことでした。看護師として患者さんと接する中でも、治療そのものだけでなく、「自分らしく生きたい」「誰かとつながっていたい」という気持ちが、どれほど大きな支えになるのかを改めて感じました。 また、闘病記を書くことやオンコロライブで自身の経験を伝える姿からは、「自分の経験を誰かの力にしたい」という強い想いが伝わってきました。その言葉は、今まさに治療と向き合っている方だけでなく、多くの人の心にも届くのではないかと思います。 相徳さんのお話が、病気と向き合う方やそのご家族、そして支えるすべての方にとって、「ひとりではない」と感じられるきっかけになれば嬉しいです。 【相徳夏輝さん情報】 note:https://note.com/natsuki_aitoku Instagram:https://www.instagram.com/natsuki_aitoku/ 【Remember Girl’s Power !!(オンコロライブ)2026】 現役看護師アイドルがアウェアネス・アンバサダーを務めるRemember Girl’s Power !!(オンコロライブ)2026は、例年通り、豊島区との共催で、2026年9月17日(木)、18日(金)、19日(土)、20日(日)の4日間に渡り池袋西口公園野外劇場 グローバルリングシアターにて開催します。詳細情報は、公式ホームページや公式SNSをご参照ください。 オンコロライブ2025ダイジェスト動画:https://www.youtube.com/watch?v=wc0lxrPdwE0 オンコロライブ2026 HP:https://oncolo.jp/rgp/2026/ オンコロライブX:https://x.com/ONCOLO_LIVE オンコロライブInstagram:https://www.instagram.com/stories/oncolo_live/ オンコロライブTikTok:https://www.tiktok.com/@oncolo_live 煌めき☆アンフォレントHP:https://kirafore.com/ 煌めき☆アンフォレントX:https://x.com/kirafore_info 月埜みみX:https://x.com/mimi_kirafore
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西塚真帆

広告代理店、IT業界などを経たのち、通信業界でライターとして従事。 2022年4月にオンコロに参加。オンコロでは、コンテンツ企画、記事執筆、編集を担当。

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