オンコロライブ2026のアウェアネス・アンバサダーを務める月埜みみさん(煌めき☆アンフォレント)が、がんを経験した方々の「その後の人生」に向き合うインタビューシリーズ。第3回目のゲストは、AYA世代で軟部肉腫を経験した鳥井大吾さんです。
仕事に打ち込み、将来のキャリアを思い描いていた矢先に告げられた「がん」の診断。治療による生活の中断、周囲との距離感、そして「この先、自分はどう生きていくのか」という問い。
不安と向き合いながらも、自分なりの答えを探し続けてきた鳥井さんの歩みを、看護師として医療の現場に立ち、同世代の若者でもある月埜みみさんが、医療者と当事者、二つの視点から丁寧に聞いていきます。
がんは人生を止める出来事ではなく、人生を見つめ直すきっかけになることもある――。
同じAYA世代の患者さんはもちろん、今まさに治療と向き合っている方、支える立場の方にとっても、大きなヒントとなる時間になるはずです。
インタビュイー:鳥井大吾さん(会社員/軟部肉腫サバイバー/オンコロライブ実行委員)
インタビュアー:月埜みみ(オンコロライブ2026 アウェアネス・アンバサダー)
鳥井大吾という人 – これまでの人生と大切にしてきた価値観
月埜みみ(以下、月埜):私は約4年間、看護師としてがん病棟の患者さんを見てきました。現在は「現役看護師アイドル」として活動し、現場の方へうまく伝えられる発信者になりたいと思って頑張っています。本日は、よろしくお願いします。
鳥井大吾(以下、鳥井)さん:よろしくお願いします。
月埜:まず、これまでのご経歴や、どんな学生時代・社会人時代を過ごしてこられたのか教えてください。
鳥井さん:中高時代は柔道をやっていて、活動的に過ごしていました。大学に入ってからはバンドサークルに入り、ドラムをやっていました。卒業後はITベンチャー企業に就職しました。立ち上げ2年目の会社で、新卒第1期生のような形だったので、毎日夜の10時、11時まで仕事をするようなバリバリ働く生活をしていました。がんになる前はそんな生活を送っていました。

中高の友達と大学の卒業旅行で台湾に行った時の写真
月埜:とてもアクティブだったんですね。ドラムって、すぐ叩けるようになるんですか?
鳥井さん:周りは高校の頃から続けている人が多かったのですが、僕は未経験だったので個人レッスンを受けて、叩けるようになりました。最初はコピーバンドでしたが、その後オリジナルバンドとして活動し、ライブを行ったりしていました。
月埜:私自身もアイドルとして活動しているので、音楽好きとのこととても親近感を覚えます。病気になる前、仕事や人生において「これは大事にしたい」と思っていた価値観はどんなものでしたか?
鳥井さん:がんに罹患したのは社会人2年目でした。当時は早く一人前になって会社で結果を残すこと、バリバリ稼ぐことを重要視していました。そのためにも、いち早く仕事を覚えて、成果を上げて、早く成長したいという欲を強く持っていました。

社会人1年目に中高の友達と山中湖に行く道中で富士宮やきそばを食べた時の写真
月埜:周囲の方からは、どんな性格だと言われることが多いですか?
鳥井さん:オンコロライブでの活動も通して、「鳥井らしいよね」と言われることが多いです。普通の人とは、違う選択をすることが多いかもしれません。
月埜:当時の生活習慣や健康面で気をつけていたことはありましたか?
鳥井さん:正直、何も気をつけていませんでした。自分の健康について考えたことは一切なく、元気に動けているのが当たり前だと思っていました。
軟部肉腫の罹患 – 気づき・診断・治療、人生が止まった感覚
月埜:最初に体の異変に気づいたのは、どんなきっかけでしたか?
鳥井さん:がんだと告知を受けたのは社会人2年目の時ですが、大学3年生の冬頃から左足のふくらはぎに違和感がありました。
月埜:その時は、気になる程度でしたか?
鳥井さん:そうですね。左足のふくらはぎだけ「使いすぎて足がだるいな」という状態がしばらく続いていました。
月埜:そこから、どうして病院に行こうと思ったのですか?
鳥井さん:大学3年生の時に一度、整形外科に行きました。大学病院を紹介されて行ったのですが、当時はリウマチを疑われて血液検査などをしましたが「異常なし」と言われ、様子を見ることになりました。その2年後、社会人になってから再度病院でエコー検査をした際に別の病院を紹介され、そこから治療につながりました。
月埜:なかなか診断に至らないというのも不安ですよね。 軟部肉腫と診断されたとき、正直どんな気持ちになりましたか?
鳥井さん:どんな病気なのか全く分からなかったので、自分ががんだと告知を受けたという意識がありませんでした。例えば、肺がんや胃がんのような、自分でも知っているような病名だったらショックが違ったかもしれませんが、軟部肉腫と言われてもピンとこなかったのが正直なところです。
月埜:軟部肉腫は希少がんの一種で一般にはなじみがないですよね。治療方針を聞いた時に不安や恐怖はありましたか?
鳥井さん:一番怖かったのは、腫瘍の状況によっては手術中の判断で「足を切断するかもしれない」と言われた時です。入院や手術自体への怖さは特になかったです。

手術後、まだ強い痛みを伴い車椅子生活での入院生活の様子
月埜:足の切断の可能性、とても辛かったのではと思います。そんな中、医師や看護師さんの説明・関わりの中で、「救われた」と感じた場面はありましたか?
鳥井さん:正直、あまり記憶にないです。というのも、私自身が自分の感情を積極的に医師や看護師さんに伝えていなかったからだと思います。
月埜:不安な気持ちは、親や友達には伝えましたか?
鳥井さん:「なっちゃったものはしょうがない」と思っていたので、親や友人にも不安な気持ちは特に言いませんでした。
失った日常と向き合う – 治療中の葛藤と心の変化
月埜:治療が始まってから、生活や考え方はどのように変わりましたか?
鳥井さん:五体満足でいられること、元気に仕事ができること、友達と遊べることは当たり前じゃないんだな、と強く思いました。仕事に関しても、当時はIT系の仕事をしていましたが、もっと幅広く、人の役に立てる仕事をしたいと思うようになり、大きな価値観の転換期だったと思います。

オンコロアドバイザーの勝俣医師と設立当初のオンコロスタッフ
月埜:私も看護師、アイドルを続けるのも人の役に立ちたいという思いがあります。一方で、仕事や将来について、「もう以前のようには戻れないかもしれない」と感じた瞬間はありましたか?
鳥井さん:ありました。「2年以内が再発しやすい」という話を聞いた時です。当時25歳で、今後40〜60年生きるのが当たり前だと思っていたのが、短期的なスパンで考えなくてはいけなくなった時に、長期的に過ごせることが当たり前ではないと感じました。
月埜:不安や孤独を感じたとき、どんな存在や出来事が支えになりましたか?
鳥井さん:同じ20代で罹患した方の闘病ブログが非常に励みになりました。当時はSNSで積極的に発信している人が少なかった時代だったので、ブログでポジティブに治療に臨んでいる様子を見て安心感を覚えました。
月埜:今では、たくさんの体験者がSNSで発信していますよね。看護師の立場から伺いますが、入院生活や治療中に「もっとこうだったら良かった」と思ったことはありますか?
鳥井さん:看護師さんたちが忙しそうで、迷惑をかけてはいけないと勝手に思っていました。「何でも言ってくださいね」と言われても、そもそも何を相談していいのか分からなかったので、「例えばこんなことでも相談してください」と具体的に言ってもらえると違ったのかなと思います。

手術後の母親の付き添いの様子
月埜:看護の中で、そう言ったことを聞く機会は少ないので、私も今後意識して、患者さんに伝えてみようと思います。
未来への選択 – 病気の先に見えたもの、伝えたいメッセージ
月埜:病気を経験したことで、ご自身の人生観や「幸せ」の定義は変わりましたか?
鳥井さん:変わりましたね。当時、私の周りには、がんに罹患した人はあまりいなかったのですが、若くしてがんに罹患する方もいたり、そんな中でも何かしらの課題意識を持って、それを解決するために活動する人がいたり、実際に治療と両立しながら日常生活や仕事に励んでいる人たちがいるということを知れたのが大きかったかなと思います。
月埜:そういった影響を受けて、今、鳥井さんはそれらを伝える立場になっておられるんですね。社会復帰や仕事に戻るとき、不安だったこと・決意したことは何だったでしょうか?
鳥井さん:不安だったのは、足の治療でしばらく車椅子生活もあったので、元通り歩けるようになるのか、仕事ができるのかという点です。決意したことは、「丁寧に生きていこう」「丁寧に仕事をしよう」ということです。3週間の入院生活と、その後1か月半の休職期間があったことで、社会との繋がりがなくなったと感じたので、復帰後は一つひとつの仕事を大切にしようと思いました。

肺がん患者の会ワンステップ理事長:長谷川さんとオンコロスタッフ
月埜:今あることを大切にすることは、大事なことですよね。再発への不安とは、今どのように向き合っていますか?
鳥井さん:罹患して2年目までは再発の不安がありましたが、5年経過時にも再発はないと言われ、今は罹患してから11年経ったので、不安はほぼありません。年に一度の定期検査の時は少し不安がありますが、基本的には不安はなく生活しています。
月埜:同じようにAYA世代でがんと向き合っている方、そしてこれから病気と向き合うかもしれない若い世代へ、伝えたい言葉をお願いします。
鳥井さん:がんになったことで「人とは違ってしまった」「大変な状況だ」と思う方もいると思いますが、同じ立場の人はたくさんいます。それをひとつの事実として受け入れる努力も必要かと思います。また、実際にがんを体験した「先輩」のような人たちもいるので、そういった人たちに頼るのも一つの大切なことだと思います。
月埜:今日は貴重な体験をお聞かせ頂きありがとうございました。
【インタビュー後記/月埜みみ】
鳥井さんのお話を伺いながら、「がんは人生を止める出来事ではなく、人生の向き合い方を変える出来事なのかもしれない」と強く感じました。
看護師として病棟に立っていた頃、私は“治療中の時間”に寄り添ってきました。でも今回の取材では、その先の人生をどう歩んできたのか、そしてどう歩み続けているのかを知ることができました。
「丁寧に生きる」「丁寧に仕事をする」という鳥井さんの言葉は、とても静かで、それでいて力強く、今も心に残っています。
同じAYA世代として、そして医療に関わる一人として、病気を経験してもなお前を向いている姿から、私自身が勇気をもらいました。
今まさに不安の中にいる方へ。あなたと同じ立場を経験し、今を生きている“先輩”がいるということを、どうか忘れないでほしいです。
オンコロライブ2026でも、こうした一つひとつのリアルな声を、エンタメの力で優しく、そして確かに届けていきたいと思います。
【Remember Girl’s Power !!(オンコロライブ)2026】
現役看護師アイドルがアウェアネス・アンバサダーを務めるRemember Girl’s Power !!(オンコロライブ)2026は、例年通り、豊島区との共催で、2026年9月17日(木)、18日(金)、19日(土)、20日(日)の4日間に渡り池袋西口公園野外劇場 グローバルリングシアターにて開催します。詳細情報は、公式ホームページや公式SNSを参照下さい。
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