
櫻井 英幸(さくらい ひでゆき)先生
筑波大学附属病院 放射線腫瘍科 教授、陽子線治療センター 部長。放射線腫瘍学を専門とし、「切らずにがんを治す」放射線治療の将来性に魅力を感じて本領域へ。約20年前に筑波大学へ赴任して以来、研究段階であった陽子線治療の社会普及と保険収載に向けたエビデンス構築に尽力。日本における陽子線治療の第一人者として臨床・教育・研究の先頭に立っている。
日本の陽子線治療の「パイオニア」としての歩み
当センターが扱う「陽子線治療」は、がんに対する放射線治療の1つです。一般的な放射線治療ではX線が主流ですが、粒子(重粒子や陽子など)を用いた治療をがんに応用できないかと古くから研究されてきました。粒子を用いる利点として、がんの病巣に放射線を集中的に照射できるという点があります。周囲の正常組織に余計な放射線があたると副作用や身体への負担につながりますが、そうした影響を抑え、なるべくがんの病巣だけをメスで切り取るようなイメージで照射することを目指して研究が進められてきたのです。 日本で陽子線治療を導入するにあたり、つくば研究学園都市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)という物理の研究所の先生方と協力してプロジェクトを立ち上げ、1983年に開発目的で研究所内での治療を開始しました。当時は大学病院内に装置があったわけではなく、研究所の加速器から陽子線ビームの提供を受けて患者さんを治療してきた経緯があります。その後、2001年に大学病院へ併設する形で施設が完成し、日本初の大学病院に設置された陽子線治療センターとして本格稼働を開始しました。 当センターは日本における陽子線治療の先駆けとして長い歴史を持ち、教育や研究の中心的な役割を果たしてきたといえます。多くの医師や医学物理士、診療放射線技師が当大学で研修を受けて全国の施設で活躍していることも特徴です。陽子線治療に関する英語論文も数多く発表しており、世界的にも高い水準の研究・教育に取り組んでいます。「QOLを保ちながら治す」ことを目指して
国内で最も長い歴史を持つ陽子線治療センターとして、当センターでは、他施設に先駆けて治療装置を更新する必要がありました。莫大な費用がかかることもあり容易な決断ではありませんでしたが、研究・教育で日本の陽子線治療におけるリーダーシップをとってきた歴史を継続すべきだという大学としての強い方針から、2025年に新たな装置を用意した形で新しい陽子線治療棟を開設しました。 旧施設と新施設では、放射線の照射方法が異なります。旧施設は限られた部位へ集中して照射することは得意でしたが、例えば頭頸部がんで「喉の病変に加え、首のリンパ節にも広がりがある」といった一定の広がりを持つ病態への照射は少し苦手な面がありました。新施設では、広い範囲に対して強弱をつけながら照射する「強度変調陽子線治療(IMPT)」が可能となり、ひとつの治療プランの中でトータルに強弱をつけて照射できるようになりました。これにより、正常組織への線量を抑えながら、より適切な線量分布での照射が可能になることが期待できます。 私たちが目指すのは、単にがんを治すことだけではありません。前立腺がん治療後の夜間排尿回数をできるだけ抑えることや、頭頸部がん治療後の味覚の維持など、「QOL(生活の質)」を保ちながら治すことです。生きていければ多少の影響は我慢するという段階から一歩進み、美味しくご飯を食べ、日常を楽しく過ごせる状態を守る点において、陽子線治療は貢献できると考えています。 そして、患者さんの生活を支えるうえでは、治療そのものに加えて、スタッフとの関わりも重要です。当センターでは現場の技師や看護師を中心に、患者さんが安心して治療を受けられる環境づくりに取り組んでいます。診療を終えた後も、スタッフに会うために外来を訪れてくださる患者さんもいらっしゃいます。そうした姿を見ると、日々、患者さんを大切に接してきたことが伝わっているのだと感じます。子どもたちの恐怖心を和らげる工夫
当センターには、小児がん治療のために全国から多くのお子さんが来られます。しかし、幼いお子さんにとって1人で広い照射室に入り、治療を受けることは大きな恐怖を伴うでしょう。当センターでは、できる限り麻酔を使わずに治療を受けられるよう、スタッフが熱心に工夫を重ねています。 新施設の内装は、大学病院としては初めてウォルト・ディズニー社から壁紙をご提供いただきました。小児の患者さんの場合は、「病気を治すための魔法をかけようね」と優しく説明し、まずは待合室で遊び、照射室に入り、治療台に横になる、固定マスクをかぶる、といった練習を丁寧に行っています。照射中に天井でYouTubeを見られる仕組みや、治療が終わるたびにシールを貼って達成感を得られるような台紙なども用意し、治療をサポートしています。 小児期に治療を受けた患者さんが成人し、「看護師になりました」と報告に来てくれたこともあります。治療後時間が経っても外来に顔を出してくれたり、就職や結婚の報告をしてくれたりすることがあると、患者さんの成長を長年見守ってきたことを実感するとともに、大きなやりがいを感じます。
他科との連携で合併症管理にも対応
総合病院内に併設されている当センターでは、他科との連携が欠かせません。例えば膵臓がんや肝がんで胆管炎を起こした際には、消化器内科の先生に迅速に対応してもらっています。心臓ペースメーカーやICD(植込み型心臓除細動器)が入っている患者さんの場合には、放射線による機器への影響が懸念されるため循環器内科との連携が必要ですが、何かあった際にもすぐに診てもらえる環境があります。透析が必要な方の対応も含め、高齢の患者さんが増える中で、合併症を管理しながらがん治療を進める総合診療体制が非常に重要だと考えています。 センター内でも多職種の連携を大切にしています。医師だけでなく、医学物理士、診療放射線技師、看護師、チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS:医療環境における子どもの心理的・社会的支援を行う専門職)などがチームとなり患者さんをサポートしているのです。多職種でカンファレンスを行い、意見を出し合って治療計画を作成していますが、当センターで提供する治療方針や計画はすべて私が目を通していますので、担当医によるばらつきを心配することなく受診していただけます。 患者さんへの治療の説明では、分かりやすい冊子や30分程度の動画を活用し、説明後には必ず看護師がフォローに入って疑問や不安を解消する体制を整えています。「切らずに治す」可能性を患者さんへ還元したい
私が放射線治療医の道を選んだ原点は、「切らずに、手も触れずにがんを治療できる」という将来性に魅力を感じたことにあります。約20年前に筑波大学へ赴任した当時はまだ研究段階の色合いが濃い時代でしたが、巨大な肝がんが陽子線治療で治っていく姿を数多く目にし、この治療法を社会に普及させなければという使命感を抱きました。現在、当センターで確立された肝がんの治療方式は、韓国など国際的にも活用されています。



