笹野 哲郎(ささの てつお)先生
東京科学大学 循環器内科 教授。循環器専門医として、不整脈の基礎・臨床研究に加え、約10年前から心電図AIを用いた発作性心房細動の早期予測研究に取り組む。現在は、がん治療による心臓への影響や循環器疾患を抱えるがん患者さんを診療する「がん循環器外来」にも携わっている。
がん治療のその先まで見据えた、がん循環器外来
当院のがん循環器診療ユニットは、循環器内科の中に「がん循環器外来」という専門外来を設けて活動しています。2019年に開設した同外来では、抗がん剤による心臓への副作用(心毒性)の予防・治療や、循環器疾患を抱えるがん患者さんへの心臓・血管の専門的な管理などを通じて、安全ながん治療を支えています。 基本的には院内のがんの主治医の先生からご連絡をいただき、そこから診療がスタートする体制です。他院で治療中の方であっても、主治医の先生からの「紹介状(診療情報提供書)」をお持ちいただければ、原則としてどなたでも受け入れています。「心臓のことが心配で診てほしい」という方は、まずは現在かかられているがんの主治医の先生にご相談いただき、紹介状をお持ちいただくのが基本的な受診ルートとなります。 近年は治療の進歩によって、がんと診断された後も長く生活される方が増えている一方で、がん自体は落ち着いても、その後に心不全や不整脈などの循環器疾患を抱えて生活されるケースがよくみられます。「がんは治ったものの、重い心不全で日常生活に支障が出るようになった」といった状況をできる限り防ぎ、患者さんのその後の生活まで支えていくことが私たちの役割だと考えています。治療前から心臓を守る「早期介入」を大切に
患者さんができるだけ安心してがん治療に臨むためには、本格的な抗がん剤投与や手術が始まる前の段階から循環器の専門医が介入し、心臓のトラブルを未然に防ぐことが重要になります。 その際に活用しているのが、心エコー検査における「GLS」という心筋のゆがみを評価する指標です。GLSを測定することで、従来の評価方法では捉えにくい、心収縮力が低下する前段階の「超早期の心機能障害」を捉えることができます。がん患者さんにGLSの低下がみられる場合は、がん治療の開始初期や治療前の段階から主治医の先生と連携し、患者さんの経過を丁寧にフォローするようにしています。 私がこれまで循環器診療に携わる中で、特に印象に残っている発作性心房細動という不整脈をお持ちの患者さんの事例があります。その方は、不整脈自体はすぐに命に関わるような状態ではなかったのですが、まずはしっかりとカテーテルアブレーション治療を行うことになりました。そして、治療が無事に終了した直後の精密検査において、偶然にもがんが発見され、すぐに化学療法を始めることになったのです。 がんの手術や化学療法などが始まると、患者さんの体は非常にデリケートな状態になります。特に化学療法中は免疫力が低下するため、カテーテルを体に入れるような処置を行うことは極めて難しくなります。心房細動を治療せずに化学療法に突入すれば、副作用や全身へのストレスで心房細動の発作が頻発し、激しい動悸や心不全の急激な悪化に悩まされる可能性があります。がん治療に臨むための体の状態を整え、心臓への不安をできるだけ減らした状態で治療を受けていただく。そのために、循環器疾患がある場合は、可能な限り早く介入することが重要だと考えています。患者さんの声に耳を傾ける診療
診察室で私が心がけているのは、患者さんのお話をしっかり最後まで伺うことです。当外来に来られる方は、がん治療という大きな闘いの中で、さらに心臓の不安という二重の困難を抱えていらっしゃいます。循環器を専門とする医師として、必ずしもその場ですべての問題を解決できるわけではありませんが、抱えている不安や疑問点にトータルで寄り添い、丁寧にお答えする姿勢を常に大切にしています。 一人ひとりの診察時間をしっかりと確保するため、外来全体の待ち時間が延びて患者さんをお待たせしてしまうというジレンマもあります。それでも、特に初回などは、必要に応じて1時間ほどじっくりお話しすることもあります。受診のたびに強い不安を口にされる方もいらっしゃいますが、そうしたお話を遮らずに傾聴し、一つひとつ丁寧にお答えしていくこと自体が、患者さんの安心につながると信じています。 また、今後の課題としては、がん治療を続けていく中で状態が悪化してしまい、緩和ケアへと移行せざるを得ない患者さんへのサポートがあります。そういった局面において、循環器の管理をいかに途切れさせず、地域の在宅医療やかかりつけ医、訪問看護などへとスムーズにつなぐことができるか。この移行期における地域医療との連携システム作りも、重要な課題だと考えています。



