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患者さん一人ひとりに寄り添い、その人にとっての最善を考え続ける――慶應義塾大学病院 消化器内科腫瘍グループの取り組み 慶應義塾大学病院 消化器内科腫瘍グループ長 平田 賢郎 先生

[公開日] 2026.08.28[最終更新日] 2026.08.28

がん患者さんやご家族が抱える悩みは、治療の選択だけでなく、その後の生活や将来への不安など多岐にわたります。慶應義塾大学病院 消化器内科腫瘍グループでは、消化器がんをはじめ、原発不明がん、肉腫、希少がんなど幅広い疾患に対応しています。 同グループでは、抗がん剤治療だけでなく、症状を和らげ生活の質を保つための医療も含め、患者さん一人ひとりの価値観や生活背景を踏まえて、その時々における最善の選択をともに考え続けることを大切にしているといいます。今回は、消化器内科腫瘍グループを率いる平田賢郎先生に、消化器内科ならではのがん診療、大学病院としての取り組み、そして患者さんへの思いについて伺いました。
平田 賢郎先生

平田 賢郎(ひらた けんろう)先生

慶應義塾大学病院 消化器内科腫瘍グループ長、同院腫瘍センター副センター長・外来化学療法ユニット長。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医・指導医をはじめ、総合内科、消化器病、肝臓、消化器内視鏡など、幅広い内科領域の専門医・指導医資格を有する。JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)やWJOG(西日本がん研究機構)などの全国規模の臨床試験グループにおいて、消化器がんに対する新たな治療戦略の開発を推進する一方、WJOGの若手消化器がん研究者グループ「FLAG」の代表として、次世代の臨床研究者の育成にも力を注いでいる。幅広い内科領域の専門性を基盤に、多診療科・多職種をつなぐチーム医療を牽引しながら、患者さん一人ひとりの人生に寄り添う診療を大切にしている。

専門性を結集し、幅広い症例に対応

当院の消化器内科腫瘍グループは、がん薬物療法を専門とすると同時に、消化器内科が有する幅広い専門性を生かした包括的ながん診療を行っています。患者さんを中心に、消化器内科の各専門グループに加え、関連診療科や多職種と緊密に連携しながら診療方針を検討し、一人ひとりの病状や価値観、生活背景に応じた治療を提案しています。胃がん、食道がん、大腸がん、膵がん、胆道がんなどの消化器がんを中心に、原発不明がん、肉腫、希少がんなど、幅広い疾患に対応していることも当グループの特徴です。 がん患者さんの診療では、がんそのものへの治療に加え、合併症やがん薬物療法に伴う副作用・有害事象への対応も重要です。当グループは消化器内科の一部門としてがん診療を担っているため、必要に応じて消化器内科の各専門グループと迅速に連携できることが大きな強みです。例えば、早期がんでは内視鏡グループ、膵・胆道領域の病変では胆膵グループと連携しています。また、免疫チェックポイント阻害薬によって腸炎が生じた場合には炎症性腸疾患グループ、肝炎が生じた場合には肝臓グループと協力して対応するなど、患者さんの病状に応じて各分野の専門性を結集しています。診断から治療、治療中の合併症や副作用への対応まで、一貫した診療を行えることが、消化器内科の腫瘍グループである私たちの大きな特徴です。 こうした消化器内科内での連携や、多診療科・多職種による診療体制を整えてきた結果、この15年間で当グループが担うがん薬物療法の診療件数は約12倍に増加し、現在では国内でも有数の診療規模を有する消化器がん薬物療法の拠点となりました。多くの患者さんに当院を選んでいただいていることを大変ありがたく感じると同時に、それだけ大きな責任を担っていると受け止めています。患者数が増えても一人ひとりに質の高い医療を提供できるよう、今後も診療体制のさらなる充実に取り組んでいきます。 がん患者さんにとって、適切なタイミングを逃さずに診断や治療を受けられることは非常に重要です。私たちは、地域の医療機関に限らず、大学病院やがん専門病院を含む全国の医療機関からご紹介いただく患者さんも、原則としてお断りせず、まずは速やかに診察することを大切にしています。他の医療機関で治療が難しいと判断された場合にも、消化器内科の各専門グループや院内の関連診療科と連携し、当院で提供できる治療や臨床試験を含め、どのような可能性があるかを検討します。必要な検査を行った上で、できる限り早期に治療方針を提示できる体制づくりに努めています。 さらに2027年には、外来診察室や外来化学療法ベッドを増設し、より多くの患者さんを受け入れるとともに、受診や治療までの待ち時間を短縮できる診療体制を目指しています。

患者さんにとっての最善を考え、治療の可能性を広げる

私たちは、患者さん一人ひとりにとって何が最善かを考え、治療の可能性を丁寧に検討し続けることを大切にしています。例えば、遠隔転移がある場合でも、病変の数や広がりによっては、当院のオリゴ転移センターと連携し、薬物療法などの全身治療と、手術や放射線治療などの局所治療を組み合わせることで、治癒の可能性を追求できないか検討します。がんが大きな血管や周囲の臓器に及び、他の医療機関で手術が難しいと判断された患者さんについても、当院の大血管浸潤腫瘍治療センターにおいて複数の診療科や専門家が治療方針を検討し、薬物療法によって腫瘍を縮小させた上で手術を目指すなど、新たな治療の可能性を探っています。 こうした治療の可能性を広げる取り組みに加え、患者さんへ新たな治療選択肢を届けるため、臨床試験や治験にも積極的に取り組んでいます。標準治療を基本としながら、患者さんの病状や治療歴、期待される効果とリスクを慎重に検討し、参加いただける臨床試験や治験がある場合には、選択肢のひとつとして丁寧にご説明しています。 また、JCOGやWJOGなどの全国規模の臨床試験グループにおいて中心的な役割を担い、現在の標準治療を提供するだけでなく、将来の標準治療となる新たな治療戦略の開発にも取り組んでいます。適応外薬の使用や自費診療についても、安全性、有効性、倫理性を院内の専門委員会で十分に検討し、妥当と判断された場合には、患者さんへ選択肢として提示できる体制を整えています。
化学療法室
化学療法室(ご提供写真)
また、抗がん剤治療の有無にかかわらず、患者さんが少しでも元気に、その人らしく生活できるよう支えることも、私たちの重要な役割です。症状を和らげ、生活の質を保つための医療は、抗がん剤治療が終了してから始めるものではなく、必要に応じて治療の早い段階から並行して行います。 当院での専門的な治療を終えた後や、療養の場を地域へ移す際には、医療ソーシャルワーカーや地域の医療機関、訪問診療、訪問看護、緩和ケア病院などと連携し、患者さんやご家族の希望に応じた切れ目のない支援につなげています。抗がん剤治療も、症状を和らげ生活の質を保つための医療も、患者さんが少しでも元気に過ごすための大切な治療であると考えています。

患者さんの人生を支える「個別化医療」の推進

当院は「がんゲノム医療中核拠点病院」として、がんゲノムプロファイリング検査によって明らかになった遺伝子の特徴を、治療薬の選択や臨床試験・治験の提案につなげるプレシジョン・メディシン(精密医療)を推進しています。一方で、私たちが考える個別化医療は、ゲノム情報に基づいて薬剤を選ぶことだけではありません。病状やこれまでの治療経過、年齢、生活の質(QOL)、仕事や子育て、ご家族との関係なども含め、その患者さんが何を大切にしているかを共有しながら、一人ひとりの人生に寄り添った医療の提供に努めています。 患者さん一人ひとりにとって適切な医療を実現するためには、医療者が一方的に治療方針を決めるのではなく、患者さんが十分な情報を得て、ご自身の価値観や希望を伝え、納得した上で治療を選択できることが重要です。当院では、SDM(Shared Decision Making:共同意思決定)を支援するための動画や資料を作成し、患者会の方々にも内容を確認していただきながら、より分かりやすく、患者さんの視点に立った情報提供のあり方を検討しています。 また、関連診療科とも連携し、治療の選択肢やそれぞれの利点・注意点を患者さんやご家族と共有しながら、ともに方針を考える診療を進めています。さらに、院内の手術室や放射線治療装置などを紹介する病院見学や、小学校・中学校に出向いて行う「がん教育」の講演などを通じ、院内外でがん医療への理解を深める活動にも取り組んでいます。 当院には、ご高齢の方からAYA世代(15歳から39歳までの思春期・若年成人世代)の方、小児の患者さんまで、さまざまな年代の患者さんが来院されます。必要とされる支援は、病状だけでなく、年齢や仕事、学業、子育て、ご家族との関係などによっても異なります。そのため、患者さんの生活背景やご家族の状況にも目を向け、それぞれに適した支援につなげることを大切にしています。その一環として、当院では医療環境における子どもと家族への心理社会的支援を専門とするチャイルド・ライフ・スペシャリストが、医師や看護師などと連携し、小児の患者さんだけでなく、がん患者さんのお子さんを含むご家族の支援にも取り組んでいます。

未来を見据えた治療戦略で、がん診療を発展させるために

患者さんにより良い治療の選択肢を届けるためには、新たな治療法を開発し、医療の進歩を支える大学病院の存在が欠かせません。大学病院には「診療・研究・教育」という3つの使命があります。日々の診療から生まれた疑問を研究につなげ、その成果を新たな診断法や治療法として患者さんへ還元する。そして、その経験や知識を次世代の医師や研究者へ受け継いでいく。この循環を絶やさず発展させることが、大学病院の重要な役割であり、将来の患者さんを含め、より良い医療につながると考えています。 がん医療が急速に進歩する中、大学病院には、現在の標準治療を確実に提供するだけでなく、数年後にどのような治療が主流になるのかを見据え、次の治療戦略を準備しておく役割があります。臨床試験の動向について、グループ内はもちろん、国内外の研究者や他施設の先生方とも継続的に議論しています。得られた知見をいち早く診療体制へ取り入れ、適切な患者さんへ安全に届けられるよう、将来を見据えた準備を重ねています。 私たちが目指しているのは、消化器内科の幅広い専門性と、診療科の垣根を超えた連携を生かし、「慶應義塾大学病院だからこそ受けられるがん診療」をさらに発展させることです。現在の標準治療を質高く提供することはもちろん、臨床研究や治験を通じて新たな治療戦略を開発し、その成果をできるだけ早く患者さんへ還元することで、より多くの治療選択肢を提案できる体制を築いていきたいと考えています。 当院には、関東近郊だけでなく北海道や九州をはじめとする全国各地、さらに海外からも患者さんが受診されます。海外からの患者さんに対しては、院内の国際診療部と連携し、安心して診療を受けていただける受け入れ体制を整えています。また、遠方にお住まいで来院が難しい方に向けて、オンラインによるセカンドオピニオンも実施しています。まずは現在の診断や治療方針について専門的な立場から検討し、当院で受けられる治療や臨床試験を含め、新たな選択肢をご提案できる機会を広げています。 こうした診療や研究を支えているのは、互いに支え合い、患者さんと仲間を大切にするスタッフの存在です。当グループには、職種や世代を越えて気軽に相談し、互いの専門性を尊重しながら協力できる文化があります。当グループの若手医師たちも全国規模の臨床研究を企画・主導するなど積極的に挑戦しており、経験豊富な医師がその成長を支えています。一人の医師の力だけに頼るのではなく、チーム全体で学び、成長し、その成果を患者さんへ還元していくことを大切にしています。

診察室を笑顔あふれる空間に――遠慮なく相談してほしい

私自身、患者さん一人ひとりに寄り添い、病気だけでなく、その方の人生全体を見つめることを何より大切にしています。医師になった当初は基礎研究にも携わっていましたが、がん患者さんと向き合う中で、診療を通じてその方の生活やご家族、人生の大切な部分まで関わることができるこの仕事に、医師としての大きな意義を感じ、がん診療の道を選びました。患者さんの人生の一部分をともに歩み、支える力になれることに、今も大きなやりがいを感じています。 がんという病気は、患者さんやご家族に大きな不安をもたらします。だからこそ、診察室はなるべく笑顔や笑い声があるような場所にしたいと心がけています。治療や症状の話だけでなく、休日の予定や好きな食べ物、美味しいお店の話など、何気ない会話も大切にしているのです。そうした時間を通じて、患者さんが少しでも安心して気持ちを話せる関係を築いていきたいと考えています。 がん患者さんの中には、症状や不安があっても、「先生は忙しそうだから」「この程度のことを相談して良いのだろうか」と、気持ちを抱え込んでしまう方もいらっしゃいます。しかし、患者さんが感じていることや大切にしていることを知ることは、その方に合った医療を考える上で欠かせません。体調の変化はもちろん、治療への迷い、生活上の困りごと、ご家族のことなど、どのようなことでも遠慮なくお話しください。抗がん剤治療を行うことも、症状を和らげ生活の質を保つことも、患者さんが少しでも元気に、その人らしく過ごすための大切な「治療」です。私たちは、患者さんやご家族と十分に話し合い、その時々で何が最善かを一緒に考え続けます。そして、一人ひとりが納得できる選択をできるよう、その人生に寄り添いながら支えていきたいと考えています。 ※本記事は取材時点の情報をもとに作成しています。 関連リンク: 慶應義塾大学病院 消化器内科腫瘍グループ ウェブサイト
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