がん患者さんやご家族が抱える不安は、治療そのものに対することだけとは限りません。仕事やお金の問題、家族への影響、治療後の生活など、がんと向き合う過程では様々な困り事が生じることがあるでしょう。
がん研有明病院の「トータルケアセンター」は、こうした患者さんやご家族のお悩みや課題にワンストップで対応し、「一回来れば次の一歩がわかる場所」を目指しているといいます。今回は、同センター長の片岡明美先生に、患者さん一人ひとりの生活背景に寄り添った支援の特長について伺いました。
片岡 明美(かたおか あけみ)先生
公益財団法人がん研究会 有明病院 院長補佐・トータルケアセンター長・乳腺外科医長。乳腺外科医師として、乳がん診療を専門としている。患者さんやご家族が抱える治療や療養生活に関する不安や悩みに寄り添うため、多職種による包括的な支援体制の充実に尽力。トータルケアセンター長として、がん患者さんの治療後の生活や長期的なサポート体制の整備を推進している。
患者さん・家族に寄り添い、継続的に支援する場所
当院のトータルケアセンターは、患者さんやご家族が抱える困り事にワンストップで対応するために2021年5月に設立されました。がんと向き合う中で生じる様々な悩みや課題に対し、受診前の相談から治療後の生活まで、患者さんやご家族の人生に寄り添いながら継続して支援しています。一度来ていただければ、その後の流れがわかり必要な支援につながれる。そんな「一回来れば次の一歩がわかる場所」になることが目標です。
初診前の電話相談では、病気だけでなく生活上の困り事についても伺い、その内容に応じて必要な専門職が初診時から関わります。治療中に新たな課題が生じた場合も、多職種で情報を共有しながら院内外の関係機関と連携し、「子どもへの説明方法に悩んでいる」「仕事やお金のことが心配」といった幅広い相談に対応しています。
2026年3月には外来部門2階へ移転し、看護師や薬剤師、医療ソーシャルワーカー、管理栄養士、理学療法士、医療通訳など、多職種のスタッフを一つのフロアに集結させました。日々情報を共有しながら、各職種が診療の流れや患者さんの状況を理解したうえで、相談をお待ちするだけではなく、私たちからも積極的に声をかけ、困り事を早期に見つける姿勢を大切にしています。
トータルケアセンター入口(ご提供写真)見えにくい家庭内の課題を支える――ヤングケアラーへの早期介入も
当院の患者さんには、子育てと親の介護を担う「ダブルケア」など、治療と家庭生活の両立に悩む方も少なくありません。「高齢の親の世話をしながら、どうやって自身の治療を進めたらいいのか」といったご相談も日常的に寄せられています。こうしたご相談に対しては、医療ソーシャルワーカーが介護サービスや自治体の制度などを一緒に確認し、利用できる支援につなげています。
また、患者さんの生活上の課題は、ご家族の中でも特にお子さんに影響を及ぼすことがあります。これはトータルケアセンター設立前の経験ですが、特に印象に残っているのが「ヤングケアラー」への早期介入です。ある乳がんの患者さんは、がんが発見されたときには骨に転移していて、一人で歩けないような状態でした。その方はシングルマザーで、お子さんが学校を休み、お母さんの車椅子を押して受診に付き添ってきたのです。
よく話を聞くと、着替えなどの介助だけでなく、お子さんが日常的な家事全般も担っていることがわかりました。そこで医療ソーシャルワーカーが行政と連携し、低額で利用できる家事代行や配食サービスを利用できるよう支援しました。早い段階で介入できたことで、そのお子さんは学業に専念できるようになり、大学まで進学し無事に就職されたと伺っています。こうした経験を踏まえ、現在は入院前にご家族の状況について必ず確認し、必要に応じて福祉サービスなどにつなげる支援を行っています。
「仕事を続けていく上で気がかりはありますか」と尋ねる理由
生活上の課題は、家庭内のことに限りません。働きながら治療を続ける患者さんへの支援も重要です。特に若い世代の患者さんにとっては、治療に伴う脱毛などのアピアランス(外見)の変化が大きな悩みとなることがあります。髪の毛が抜けることは、その人らしさや社会生活にも影響を及ぼし得るため、ウィッグの選択や外見の変化への対応を含めたアピアランスケアは、重要な支援だと考えています。
また、「がん治療中であることを職場に伝えられない」といった悩みを抱える方も少なくありません。本来であれば、治療による体調の変化や、必要に応じて休みを取ることについて周囲の理解を得ながら働けることが望ましいものの、実際には周囲に言えず、一人で抱え込みながら仕事を続けている患者さんも多くいらっしゃるのです。
そこで当院では、初診時の問診票に「仕事を続けていく上で気がかりはありますか」という項目を設けています。「ある」と答えた方には、初診の段階からがん相談支援センターをご案内し、医療ソーシャルワーカーが職場への伝え方や利用できる休業中の補償制度などについて情報提供を行っています。
以前は相談を受けてから対応していたため、気づいたときには会社を辞めてしまっているようなケースもありました。本来は離職する必要がないにもかかわらず、制度を知らないために仕事を辞めてしまうのは避けたいことです。最終的にどうするかを決めるのは患者さんですが、あらかじめ情報を知っておくことで、自分に合った選択がしやすくなると考えています。
治療後のQOL低下を防ぐための「排便機能外来」と「リンパケア室」
トータルケアセンターでは、治療後の身体機能や生活の質(QOL)を守るための支援にも力を入れています。例えば消化器がんの患者さんに対しては、手術前から管理栄養士や理学療法士が介入する取り組みを始めています。筋肉量や身体の状態を評価したうえで、食事の見直しや運動療法などを行い、できるだけ良いコンディションで手術に臨めるよう支援しているのです。こうした術前リハビリテーションによって、術後の合併症を減らす効果が期待されています。
また、直腸がんの患者さんの術後のQOLを維持・向上させるための支援にも取り組んでいます。直腸がんの手術では肛門を温存し、人工肛門を回避できる術式も可能になってきました。その一方で、術後に排便をうまくコントロールできず、日常生活や仕事に支障をきたす患者さんも少なくありません。「治療後に生活の質が大きく低下してしまった」という状況を改善するため、「排便機能外来」を開設し、骨盤底筋訓練や食事指導など、多職種による機能回復を支援しています。
さらに、乳がんや子宮がんなどの手術後にリンパ浮腫を発症した患者さんに対しては、「リンパケア室」で継続的なケアを提供しています。リンパ浮腫による腕や足のむくみは長期間続く後遺症であるにもかかわらず、十分なケアが継続的に受けられる医療機関は限られており、「リンパ難民」と呼ばれる状況に置かれる方も少なくありません。形成外科とも連携し、リンパ管と静脈をつないでリンパ液の流れを改善する「リンパ管静脈吻合術」を適切なタイミングで行うことで、症状の悪化を防ぐ取り組みも進めています。
がん治療後の後遺症に対する支援は、社会全体としてまだ十分とはいえません。当院では、後遺症に早期介入して長期フォローまで切れ目のない支援を実践するとともに、その成果や蓄積したデータを積極的に発信し、より多くの患者さんが適切な支援を受けられる体制の普及につなげたいと考えています。
患者さんも医療チームの一員である「患者参画医療」の推進へ
私は乳腺外科医として、子育てや仕事、結婚、妊娠・出産など、人生の様々な節目にある乳がん患者さんと向き合ってきました。がんという大きな出来事を経験しながらも、たくましく人生を歩んでいく患者さんたちの姿に、私自身が励まされ、「この人たちの人生をより良いものにしなければ」という思いを強くしてきました。
同時に、患者さんが気がかりや困り事を抱えたままでは、十分ながん治療を受けることは難しいと感じるようになりました。患者さんの生活全体を支えるサポート体制があることで、医療が本来持つ価値や効果が十分に発揮され、ベストながん治療につながる。そうした考えから、有志の職員とともに支援体制づくりを進め、その取り組みが現在のトータルケアセンターへと発展したのです。
私は、チーム医療の真ん中にあるのは「患者さんの困り事」だと考えています。患者さん自身も、医療者と一緒にその困り事を取り囲み、解決に向けて取り組む「チームのメンバー」であり「リーダー」なのです。患者さんはご自身の希望や困り事を医療者に伝え、治療に主体的に参画していきましょう。そして治療を乗り越えた後は、他の患者さんや社会にご自身の経験を伝えていただき、がんと向き合う人を社会全体で支え合う風潮がさらに広がっていくことを願っています。
当院のトータルケアセンターのような取り組みは、患者参画型医療として、今後さらに広がっていくでしょう。社会全体も、がん治療中の患者さんを支え、認める方向へと変わっていくと期待しています。患者さんやご家族には、気後れすることなく、「自分はみんなに支えられ、応援されている」と感じながら、ご自身の治療に向き合っていただけたらと願っています。
※本記事は取材時点の情報をもとに作成しています。
関連リンク:
がん研有明病院 トータルケアセンター ウェブサイト