
宇山 一朗(うやま いちろう)先生
藤田医科大学 医学部 先端ロボット・内視鏡学講座教授。1997年に国内で初めて腹腔鏡による胃全摘出術を実施。2009年にはいち早く手術支援ロボットを導入し、2012年からはダビンチ低侵襲手術トレーニング施設など4施設を総括する、サージカルトレーニングセンター長を兼任。ロボット支援手術の普及や後進の育成にも尽力している。
ロボット支援手術の幕開け――藤田医科大学病院での挑戦
私たちが藤田医科大学病院でロボット支援手術を始めたのは、2009年のことです。実はそれ以前の2000年には、日本でも第1世代の手術支援ロボット(以下、ロボット)を用いた治験が行われましたが、承認には至りませんでした。以降しばらくの間、日本ではロボット支援手術がほとんど行われない「氷河期」のような状態が続いていました。 一方で、お腹に小さな穴を開けて内視鏡等を挿入し、モニター映像を見ながら行う「腹腔鏡手術」は進歩していきました。そのため、日本の外科医の間には「手先が器用な日本人なら腹腔鏡手術で十分であり、ロボットは不要ではないか」という雰囲気があったと感じます。 しかし2008年の夏、私のもとに短期留学し腹腔鏡手術を学んでいた韓国の先生から、第2世代のロボットを導入した記念の公開手術に招待され、私の考えは根底から覆されました。現地で見たロボット支援手術の精度が非常に高く、それまで「日本の腹腔鏡手術の方が進んでいる」と考えていた私にとって大きな衝撃でした。「日本の低侵襲手術が世界から乗り遅れてしまうのではないか」という危機感を覚えたのです。 帰国後すぐに大学側に相談し、当時は薬事未承認だったロボット「da Vinci (ダビンチ)」を医師による個人輸入という形で導入してもらったのが、当院のロボット支援手術のスタートです。最初の10例は当院が全額費用を負担して実施し、少しずつ実績を積んでいきました。その後、胃がんを対象とした臨床研究でロボット支援手術は術後合併症が少ないことが示され、こうしたエビデンスを背景に、2018年には胃がんをはじめとする複数の疾患でロボット支援手術が保険適用となりました。これが大きな転換点となり、日本でもロボット支援手術が普及していったのです。 新しい技術を安全に普及させるためには、指導者を育成しなければなりません。国内では経験豊富な指導者が限られていたため、日本内視鏡外科学会が中心となり、私もロボット支援委員会の委員長を務めてルール作りに奔走しました。専門医資格を持ち、病院全体が手術に慣れていることなどを条件とし、学会主導で指導者を育成するシステムを構築しました。「サージカルバリュー」を追求する理由
現在、当院には4種類、6台のロボットが導入されており、国産ロボット「hinotori(ヒノトリ)」をさらに改良していくための共同研究も行っています。このように複数機種を運用し、国産ロボットの開発に協力する意義のひとつは、日本の「知的財産」を守り育てることです。ロボット支援手術のログ情報(デジタルデータ)は、外科医の精緻な使い方のノウハウそのものといえます。私には、自国の外科医が持つ技術データを国産ロボットの発展に活かし、日本の医療産業に還元したいという思いがあります。適正な価格で、腹腔鏡手術の欠点を補完するような良質な国産ロボットが育っていくことを願っています。 ただし、優れたロボットがあれば、それだけで患者さんにとってより良い手術が実現するわけではありません。私がロボット支援手術で重視しているのは、「サージカルバリュー(手術の価値)」という考え方です。これは「患者さんの利益 ÷ コスト」で評価されます。開腹手術から腹腔鏡手術への移行は「傷が小さくなる」という明確なメリットがあったため、治療成績が同等であれば、その価値は十分だといえます。 しかし、ロボット支援手術はさらにコストがかかるため、腹腔鏡手術と同等の結果では意味がないと考えています。高いコストを凌駕するだけの患者さんの利益、すなわち「入院期間の短縮」「痛みの軽減」「生存率の向上」「合併症の減少」などを出さなければならないのです。漫然とロボットを使って手術するのではなく、従来の腹腔鏡手術では難しい角度で操作できる関節機能や、手ぶれ防止といったロボットの長所を最大限に引き出し、腹腔鏡手術を明確に上回る結果を出すこと。そのための技術を身につけ、伝承していくことこそが重要だと考えています。



