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妊娠・出産の選択肢を残すために――聖マリアンナ医科大学病院の「がん・生殖医療」の取り組み 聖マリアンナ医科大学病院 生殖医療センター センター長 鈴木 直 先生

[公開日] 2026.07.10[最終更新日] 2026.07.10

がんと診断された患者さんにとって、将来の妊娠・出産の可能性をどう残していくかは、特に若年世代において重要な関心事のひとつになるでしょう。がん・生殖医療は、がん治療を最優先にしながら、妊孕性(子どもを授かる能力)の温存や治療後の妊娠・出産を支える医療です。 今回は、2010年に聖マリアンナ医科大学病院で「がん・生殖医療外来」を開設し、日本のがん・生殖医療の発展に尽力してきた鈴木直先生に、外来設立の背景や患者さんの希望を支える院内外の連携体制、今後の展望などについて伺いました。
鈴木直先生

鈴木 直(すずき なお)先生

聖マリアンナ医科大学病院 副院長・婦人科部長・腫瘍センター副センター長・生殖医療センターセンター長、聖マリアンナ医科大学大学院産婦人科学 主任教授。婦人科がんを専門とし、卵巣組織凍結などの研究に取り組む。2010年に聖マリアンナ医科大学病院にがん・生殖医療外来を開設し、日本がん・生殖医療学会(当時研究会)の設立にも携わる。がん・生殖医療の普及やAYA世代支援、妊孕性温存医療の推進に尽力。

がん治療医が牽引する「がん・生殖医療外来」の誕生

私たちが「がん・生殖医療外来」を開設したのは、2010年のことです。背景には、2006年に知ったベルギーからのある報告があります。それは、悪性リンパ腫の一種であるホジキンリンパ腫の25歳の女性に対し、抗がん剤治療の前に卵巣組織を採取して凍結保存し、5年以上後に体内へ移植した結果、無事に出産に至ったというものでした。この報告に大きな可能性を感じた私たちは、日本でもがん治療によって妊孕性を失う患者さんのために、新たな選択肢を提供したいと考えるようになりました。そこで、まずはこの技術を日本にも導入すべく基礎研究を開始しました。そして、「ガラス化凍結法」の臨床研究としてスタートさせるとともに、患者さんの相談や支援を行うための「がん・生殖医療外来」を開設したのです。 当時、すでに一部の生殖医療団体では、若い白血病患者さんなどに対して未受精卵子凍結を行う研究が始まっていました。しかし、がん治療医である私から見ると、適応の考え方や主治医との連携について、さらに議論が必要ではないかと感じる場面もありました。また、妊孕性温存の問題を生殖医療だけに委ねるのではなく、がん治療医自身が主体的に関わる必要があるとも感じていました。 私たち婦人科がんを専門とするがん治療医は、時に子宮や卵巣を摘出せざるを得ず、患者さんの妊孕性を守ることが難しい立場にあるといえます。だからこそ、がん・生殖医療の領域は生殖医療の専門家だけでなく、がん治療医がしっかりと牽引すべきだと考えたのです。そうした思いから開設した当院の外来では、「患者さんに寄り添った医療を行うべき」という考えを大切にしています。専門の心理士や生殖医療のチームが同席し、患者さんやご家族のお話をしっかりと伺いながら共同意思決定(SDM)の支援やリスクコミュニケーション(治療のメリットやリスクを共有し、一緒に考えること)を行う体制を整えています。
外来診察室(ご提供写真)
外来診察室(ご提供写真)

がん治療医としての「無力さ」が原動力に

私がこの領域に強くコミットするようになった背景には、がん治療医としての「無力さ」を痛感した原体験があります。かつて、十代の少女の子宮頸部にできた小さなポリープを調べたところ、悪性腫瘍の一種である横紋筋肉腫であることが分かりました。命を救うためには子宮を全摘出せざるを得ませんでしたが、何の自覚症状もない彼女からすれば、「目の前にいる医者のせいで将来赤ちゃんが産めなくなった」としか思えなかったのでしょう。病室から逃げ出そうとしたり、口をきいてくれなくなったりしました。 命を守るために仕方ないとはいえ、こうした経験を通して、患者さんたちの将来の希望に対してあまりに無力だと感じるようになりました。だからこそ少しでも助けになるために、私のようながん治療医が妊孕性温存を「がん治療」の一環として行っていくべきだと決意したのです。正しい情報を、正しいタイミングで的確に伝えること。必要であれば「妊娠や出産は諦めなければならない」という情報もしっかりと伝え、寄り添うことが、我々の宿命だと思っています。 開設当初は医療機関同士の連携が乏しく、がん治療医の説明をしっかりと受けないまま、患者さんが自身で見つけた生殖医療の施設に行ってしまうことがよくありました。こうした状況を打破するためには、国を巻き込んだ啓発と支援が不可欠だったと感じています。日本がん・生殖医療学会(当時は日本がん・生殖医療研究会)の設立に携わり、厚生労働省の研究班代表として長年にわたり国へ働きかけを続けてきました。その結果、第4期がん対策推進基本計画の中に「妊孕性温存」が位置づけられ、現在では一定の国の経済的支援を実現しています。医療機関同士の連携や患者さんへの情報提供の体制も徐々に整備されてきました。

体制を支える強固な院外・院内連携

現在、がん・生殖医療の体制を支える上で欠かせないのが、強固な「院外・院内連携」です。学会活動等を通じて各都道府県に連携ネットワークが構築されたことで、診断確定後すぐに他院の診療科から「こういう患者さんがいる」とご相談をいただくケースが増えました。治療スケジュールの調整やアプローチは、患者さんの年齢やがん種によってまったく異なります。当院では小児とAYA世代(15歳から39歳までの思春期・若年成人世代)を明確に分けて対応していますが、小児に関しては、院外の小児医療機関と定期的にカンファレンスを行い、密な院外連携を図っています。 院内においても、多職種によるサポート体制が欠かせません。当院の強みは、各診療科の垣根が低く、看護師や心理士、生殖医療チームを含めた院内連携が取りやすいことです。AYA世代支援チームとしては、妊孕性温存だけでなく、アピアランスケアや就学支援、メンタルヘルスケアなどにもつなげています。こうした体制を支えるため、看護師や薬剤師、遺伝カウンセラーなどが患者さんへ将来の選択肢を適切に伝えられるよう、「認定がん・生殖医療ナビゲーター」の配置や、「がん・生殖医療専門心理士」の育成にも取り組んでいます。 また、若年の乳がん患者さんなどであれば、診断の段階で「長期間ホルモン療法を行うのか」「最初から抗がん剤治療を始める必要があるのか」といった方針が早期に共有されます。当院では、患者さんご自身に主治医の意向を確認するだけでなく、少しでも疑問があれば主治医の先生に直接連絡を取ります。がん治療が最優先であるという共通認識を持った上で、必要に応じて「いつまでなら待てますか」と直接確認し、迅速にスケジュールを調整しているのです。小児がんなどですぐに治療を始めなければならない場合は、落ち着いたタイミングで患者さんに「もう一度産婦人科を受診してみてください」と声をかけてもらうよう連携しています。

「自分の体の状態を正しく知る」重要性――産婦人科医を味方にする未来へ

若い世代の患者さんをサポートする上で、私が重要だと考えているのが「自分の体の状態を正しく知ること」です。たとえば小児期に高用量の抗がん剤治療を受け、実は卵巣機能が大きく低下しているにもかかわらず、骨の発達やホルモン補充のための薬によって生理が来ている患者さんがいます。本人は自然に生理が来ていると思っているため、自分の体の状態を正しく理解できていないことが少なくありません。その後、大人になって薬をやめた際に初めて生理が止まり、卵巣機能が著しく低下していることを知り、大きな喪失感を抱えるケースがあります。一方で、早い段階で自分の体の状態を知ることができれば、将来の妊娠や健康管理について考えるきっかけにもなります。 私は、がんを乗り越えた方々が長期的に健康を維持していくためにも、定期的に産婦人科で体の状態を確認できる移行期医療の仕組みづくりが重要だと考えています。現在は、小児がん経験者の長期フォローアップの中に産婦人科医療を組み込み、適切な時期に受診や検査につなげるための取り組みも進めています。 患者さんとご家族には、まずは病気を乗り越えていくために、伴走者である主治医の先生と一緒に治療のことをしっかりと考えていってほしいです。その中で、将来子どもを授かる選択肢を残したいという気持ちがあるなら、早めに産婦人科の生殖医療を専門とする先生を紹介してもらってください。治療後の健康管理にもつながるので、早い段階から産婦人科医を味方につけてほしいと思っています。 ※本記事は取材時点の情報をもとに作成しています。 関連リンク: 聖マリアンナ医科大学病院 がん・生殖医療外来 ウェブサイト
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