内藤 立暁(ないとう たてあき)先生
静岡がんセンター 支持医療科部長兼支持療法センター長。2008年より同センター呼吸器内科に赴任し、がん治療に伴う副作用や合併症の診療に携わる。悪液質を中心とした支持療法の研究に取り組み、日本がんサポーティブケア学会(JASCC)理事および国際委員会委員長として、日本の先進的な支持療法研究と国際的な発信を推進している。
「何でも屋にならない」――専門性に特化した支持医療科の誕生
2026年4月、全国のがんセンターで初となる「支持医療科」を開設しました。当院は以前から「がんを上手に治す」という理念のもと、多職種連携で患者さんとご家族を支えてきましたが、近年はがん治療の進歩によって生存期間が延びる一方、副作用や後遺症と長く付き合う患者さんが増えています。皮膚障害やしびれへの対策、口腔ケアなど、支持療法に関する研究が進む中で、それらの知見を患者さんの診療に生かす専門的な場が必要だと考え、支持医療科の立ち上げに至りました。 当科の方針としてまず掲げたのは、「何でも屋にならないようにしよう」ということでした。特に患者さんや医療機関が相談先を見つけにくい分野に力を注ぐべく、「リンパ浮腫」「カヘキシア(悪液質)」「口腔ケア」「皮膚・爪障害」に特化した専門領域と「セルフケア支援外来」を立ち上げ、現在の「漢方外来」を含め支持医療科としました。 また、当科では「元の主治医の治療を邪魔しない」ことも重要だと考えています。紹介による受診を基本としており、治療も主治医の先生と連携しながら進めるようにしているのです。例えば私の担当するカヘキシア(悪液質)外来では、初診の約2週間後に様子をみさせていただいた後は主治医にお任せするようにしています。主治医の先生とは手紙等で密に連携しながら、支持療法のアドバイス役を私たちが担うよう努めています。 現状では、皮膚・爪障害において他院から多くのご紹介を受けています。予想外だったのは、がん治療を終えて10年ほどが経つサバイバーの方が、残存する爪の障害の治療を求めてご相談にいらっしゃったケースです。現在治療中の患者さんだけでなく、症状と共に生きるサバイバーの皆さんを受け入れる窓口となる必要性も感じています。
食べられない、体重が減る――国内でも珍しい「カヘキシア(悪液質)外来」とは?
相談できる窓口が少ない分野にしっかりと対応できることが、当科の強みだと考えています。「リンパ浮腫外来」は、まさにその特徴を体現する取り組みのひとつです。リンパ浮腫に対して外科的な治療ができる医療機関は限られていますが、当院では内科的な治療やリハビリテーションなどの保存的な治療がうまくいかなかった時の外科的治療も含め、総合的な対応ができる場所を設けています。 そしてもうひとつの強みが、私が担当している「カヘキシア(悪液質)外来」です。がんの進行に伴って筋肉が減少し、体重が落ちて食欲が低下する状態である「悪液質」を専門的に管理する外来は国内でも非常に珍しい存在といえます。 以前診察した進行膵臓がんの患者さんは、抗がん剤が効いていたものの、体力を消耗し体重も減少していました。味覚障害や早期満腹感に悩み、「食べる楽しみが失われている」とご相談にいらっしゃったのです。私は治療歴を確認し、症状を改善できる可能性のあるお薬の追加を主治医へご提案しました。さらに、味覚障害があっても食べやすい味付けなどの栄養指導を受けていただき、同時に看護師を中心とした身体活動の指導も行いました。体重が減って外見が変わると引きこもりがちになりますが、動かないとさらに筋肉がやせ細ってしまいます。そこで、「買いだめをせずに小分けに買い物に行く」といった、日常生活の中で無理なく体を動かすための実践的なアドバイスをさせていただきました。こうした提案を通じて、患者さんの生活の質を高めるサポートを行っています。治療が効いているのに体重が減る、というジレンマ
現在、私がカヘキシア(悪液質)外来に力を注いでいる背景には、一人の患者さんとの出会いがあります。私は2008年に呼吸器内科医として静岡がんセンターへ赴任し、がん治療に伴う薬剤性肺炎などの副作用や合併症を数多く診てきました。当院は診療科や職種間の垣根が低く、気軽に相談し合える風通しの良い環境です。こうした風土が後押しとなり、呼吸器の症状を入り口としながら、自然と支持療法の領域へと足を踏み入れていきました。 悪液質に本格的な関心を持ったのは2011年頃のことです。担当していた肺がんの患者さんで、抗がん剤が非常によく効いているにもかかわらず、どんどん体重が減り、やせていく方がいらっしゃいました。ある日の回診で体重が大きく減っているのを確認したとき、「治療は間違いなく効いているのに、体重が減っていく。私たちは患者さんにとって良いことをしているのか、悪いことをしているのか」という素朴な疑問が芽生えました。 データを集めて分析してみると、体重が減少することで最終的に治療の成果そのものを低下させるというトレードオフが生じていることに気づきました。この発見が、悪液質研究の道を切り拓く大きな原動力となったのです。そして「患者さん自身も気づきにくい変化にいち早く気づき、対処する」という視点は、当科が重視する先回りしたサポートへとつながっています。先回りして重症化を防ぐ「セルフケア支援外来」と多職種連携
カヘキシア(悪液質)のような専門外来とは別に、当科の中でより広く患者さんを受け入れ、早期に副作用に対処する窓口が「セルフケア支援外来」です。看護師や薬剤師を中心に運営しています。 副作用が強く現れてから対応するのではなく、患者さん自身が気づいていない早期の介入が重症化を防ぐ鍵となります。例えば、肺がん治療で用いられる特定の分子標的薬は、高い効果が見込まれる一方で強い皮膚障害が出やすいことが分かっています。セルフケア支援外来では、お薬の使用が決定した段階から介入し、正しい皮膚の保湿方法などを指導しながらフォローアップを行っています。 こうした早期発見のハブとして多職種連携を牽引しているのが、専門看護師や認定看護師です。がん診療の現場で長く経験を積んできたスタッフばかりですので、様々な薬剤に関連した副作用を早期に見つけることができる体制が整っています。日々の電話相談の際も、「その症状はお薬の副作用の可能性がある」としっかり説明して受診をすすめるなど、専門的知見から小さな異変を拾い上げ、多職種につなげることで重大な事態を防ぐよう取り組んでくれています。 また、初診時の高齢者総合的機能評価などを通じて、独居や経済的な困窮といった社会的リスクも事前にスクリーニングし、必要に応じて院内の「よろず相談(がん相談支援センター)」とも連携してサポートできる環境を整えています。



