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免疫のポテンシャルを、がん治療の力に――京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センター(CCII)が挑むがん免疫研究

[公開日] 2026.10.23[最終更新日] 2026.10.23

がん治療において免疫療法が重要な治療選択肢として世界的に定着するなか、がん免疫に特化した日本初の研究拠点として設立されたのが「京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センター(CCII)」です。 センター長である本庶佑先生らによるPD-1の発見、そしてノーベル賞受賞という偉業を原点としながら、なぜ日本発の研究を国内で育て上げる組織が必要とされたのか。同センター誕生の歴史的背景から、研究アプローチ、壁のない研究環境、そして未来の医療を支えるための取り組みまで、同センターがん免疫応答制御部門教授である茶本健司先生にお話を伺いました。
茶本健司先生

「PD-1」の発見を背景に日本初のがん免疫センターとして設立

京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センター(CCII)は、日本初となる「がん免疫に特化した研究施設」として、2020年に設立されました。CCIIの原点となっているのは、センター長を務める本庶佑先生らによる「PD-1」の発見です。免疫のブレーキ役である分子PD-1を標的とする「抗PD-1抗体薬」は、紆余曲折を経て2014年に世界に先駆けてオプジーボ(一般名:ニボルマブ)として承認され、がん治療に大きな変革をもたらしました。2018年には、研究成果が認められノーベル生理学・医学賞も受賞しています。 一方で、この画期的な発見を医療へ届けるまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。2000年代は、国内の製薬企業はがん免疫治療の開発に慎重な姿勢を示し、海外の製薬企業との共同開発を進めざるを得ませんでした。その結果、当時は国内での実用化に時間を要し、大学側の特許管理体制も含め、日本発の研究成果を国内で育て、社会へ還元していくための仕組みが十分ではなかったことが浮き彫りになったのです。 2014年に初めてPD-1抗体が認可されましたが、それまでの研究開発の背景もあり日本は欧米諸国に比べ、がん免疫研究や患者さんへの応用研究が遅れています。がん、もしくは免疫に特化したセンターは日本にも存在しますが、「がん免疫」に特化したセンターは日本にはありませんでした。そこで「がん免疫」に特化したセンターCCIIが日本にも創設されました。 CCIIの目的は、「今なお治らないがんに苦しむ患者さんをいち早く救うこと」にあります。過去の悔しさを原動力に変え、日本発の知の結晶を国内で大切に育み、一刻も早く社会へ、そして患者さんの元へ届ける体制を構築する。CCIIは、「がんの克服」という真のミッションを果たしきるための拠点として誕生しました。
センターの様子

「免疫」のポテンシャルに着目する理由と、研究アプローチ

CCIIでは、「ほとんどすべてのがんを制御する」という高い目標を掲げて研究に取り組んでいます。その根底にあるのは、人間の生命活動を支える「免疫」のポテンシャルへの着目です。 私たちの免疫力は、人間が誕生してからの何百万年という進化の過程で体内に蓄積されてきた、「生命の最高傑作」とも言える精巧な仕組みです。普段私たちがそのすごさに気づいていないだけで、実は体内ではがんにつながる可能性のある異常細胞が日々生じており、免疫はそれらを排除して病気を未然に防ぐ重要な役割を担っています。 PD-1という単一の分子をコントロールするだけで劇的な効果が得られたことは、体内にまだ見ぬ免疫メカニズムが数多く眠っていることを物語っています。CCIIでは、人類の進化が育んだ「免疫のポテンシャル」を最大限に引き出し、がん治療に応用する研究を進めています。 がん患者さんには、遺伝的背景、生活習慣、腸内細菌、年齢、性別など、多様な個人差が存在します。免疫の未知なる力を解明し、実際の治療へと応用していくために、私たちは以下二つの方法でアプローチしています。 一つ目は、患者さんごとの細かな差を捉えていくアプローチで、「個別化治療」へつなげていく方法です。がんの遺伝子発現を見てサブタイプに層別化したり、免疫応答のタイプ(フェノタイプ)を細かく分析したりすることで、「このタイプにはこの治療」というように、一人ひとりの患者さんへの最適な治療開発につなげています。 二つ目は、包括的に「生命や免疫の根源的な仕組み」を解明するアプローチです。個人差を超えた根源的なメカニズムや、がんと免疫の根本的な関係性を掘り下げて突き止めることができれば、より多くの患者さんに届く治療法につながります。PD-1の発見もまさにこの根源的な探求にあたり、CCIIではこの二つの視点を両輪として研究を進めています。

壁のない研究環境で「気軽なおしゃべり」を大切に

がん研究において、学問の枠組みを超えた連携は欠かせません。本来、人間の体内には「免疫学」や「代謝学」といった境界線は存在せず、がん組織も多様な要素が複雑に絡み合っています。一つの分野にこだわりすぎると大切な見落としが生じるリスクがありますが、異分野の視点を取り入れることで初めて新たな突破口が見えてくるのです。 こうした考えのもと、CCIIでは免疫学を軸に、代謝学やゲノム医学などさまざまな学問領域を融合させながら研究を進めています。そして、異なる分野の研究者が日常的に交流し、新たな発想を生み出せる環境づくりにも力を入れています。 例えばCCIIでは、日常的な「気軽なおしゃべり」からアイデアが生まれるよう、物理的な構造の面から「壁」を取り払う工夫を凝らしています。2024年に完成した新棟(BMS棟)では、従来の個室型研究室ではなく、欧米の研究施設を参考にした仕切りのないオープンラボ形式を採用しました。
研究スペース
壁を取り払ったオープンな研究スペース
異なる研究室の研究者や学生が同じ空間で研究することで、すれ違いざまに声をかけたり、ふとした疑問を共有したりする機会が自然と生まれるようになっています。こうした日常的なコミュニケーションを大切にしながら、定期的に開催しているのが研究室の枠を超えた合同研究討論会です。普段は異なる研究に取り組む研究者同士が意見を交わすことで、新たな発想や分野を超えた融合研究につなげています。
ディスカッションスペース
日常的な議論やWeb会議に利用されているディスカッションスペース

「オンリーワン」を目指す研究カルチャー

「壁のない空間」で活発なディスカッションが行われる一方、それを支える最先端の設備と研究者たちのマインドにもCCIIならではの特徴があります。 CCIIには質量分析装置をはじめとする最新機器が導入され、細胞内の数千種類におよぶ代謝産物やタンパク質の精密な解析が進められています。代謝産物が細胞機能を制御する仕組みの解明が試みられていますが、体内では数え切れないほどの複雑な反応が起こっており、生命の仕組みには、まだ分かっていないことが数多く残されていることを実感します。 こうした広大な未知の領域に対し、私たちを動かしているのは「患者さんを治したい」という思いと、「誰も知らない真実を世界で最初に突き止めるワクワク感」です。未知の発見が未来の治療につながる手応えこそが、日々の研究の大きな原動力となっています。
最新の研究装置が揃う環境
最新の研究装置が揃う環境
そして、CCII全体に息づいているのが、本庶センター長の掲げる「ナンバーワンではなくオンリーワンを目指せ」という方針です。研究者には、できるだけ「とがった研究」を行うよう伝えています。既にあるゴールに向かって順位を競うのではなく、自ら未開の地に立ち、誰も取り組んでいない独自のゴールを設定して探求を続ける姿勢が、私たちのカルチャーとなっています。 このような研究姿勢から結実した例のひとつが、がん攻撃を担う「T細胞」の疲弊防止に関する取り組みです。抗PD-1抗体薬はT細胞にかかったブレーキを解除する薬剤ですが、がん局所の環境やストレス、老化などによってT細胞自体が劣化(疲弊)している場合、ブレーキを解除しても十分な攻撃力を発揮できません。 そこでCCIIの研究チームは、T細胞のエネルギー代謝を担う「ミトコンドリアの代謝」に着目しました。ミトコンドリアの代謝を制御・活性化させることでT細胞の疲弊を防ぎ、長期間にわたって機能を維持する研究が進められています。すでに既存薬を用いたフェーズ1の治験において期待の持てる成果が得られており、フェーズ2の治験への準備が進められているところです。

患者さんやご家族とともに歩む未来へ

未知の領域を切り拓く研究に加えて、CCIIは社会との対話や正確な発信にも大きな責任を担っています。 現在、オプジーボやキイトルーダ(一般名:ペムブロリズマブ)といった抗PD-1抗体薬は世界中で広く使われていますが、その根幹となる治療法が「本庶先生の発見から始まった」という歴史的背景は、一般の方たちに十分に知られているとは言えません。正しい知見と歴史を社会へ発信し、理解を深めてもらうことも私たちの重要な役割だと考えています。 また、先進的な研究を持続させるためには、企業連携とともに社会からのご寄付が欠かせません。これらの資金は施設の維持管理だけでなく、未来を担う若手研究者を支援する大切な基盤となっています。CCIIでは日本人と外国人の研究者が半々という国際色豊かな環境が整う一方、国内における若手の科学離れが課題となる中、安心して研究に没頭できる土壌づくりが進められています。 長期的・継続的な研究を途切れさせないためには、大口のご寄付だけでなく、月々1,000円から支援できる「マンスリーサポーター」のような継続的なご支援も大きな力になります。一人ひとりの小さなご支援が研究を継続する力となりますので、無理のない範囲から、未来のがん医療につながる研究を応援していただければと思います。 CCIIでは、市民講座やイベントなどを通じて研究成果や活動を社会に発信し、支援してくださる方々の思いを研究の力へとつなげながら、社会との良い循環を築いていくことを目指しています。
1階展示室
センター長である本庶佑先生と、がん免疫研究の歴史を知ることができる1階展示室。
平日9:00~17:00 無料でどなたでも見学が可能
免疫のポテンシャルを100%引き出すことができれば、副作用を抑えたより効果的な治療法や、より多くのがん患者さんを助けることができるような治療法の開発につながると信じています。 現状の治療で十分な効果が得られなかったとしても、「なぜ効かなかったのか」を解析して理由を明らかにすることが、次の世代や未来の患者さんを救う新たな治療法へとつながります。患者さん一人ひとりのご協力こそが、未来のがん医療を切り拓く力です。だからこそ決して希望を捨てることなく、着実に研究を続けていきます。 ※本記事は取材時点の情報をもとに作成しています。 関連リンク: 京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センター(CCII) ウェブサイト
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