今回の「オンコロな人」は、がん情報サイト「オンコロ」で、現役薬学部の学生スタッフとして関わる白石由莉(しらいし ゆり)が担当し、お届けします。
白石:こんにちは。オンコロの学生スタッフをさせていただいている、現役薬学部の3年生の白石 由莉と申します。
今回、MSD株式会社グローバル研究開発本部オンコロジーサイエンスユニット統括部長の嶋本隆司さんに製薬企業の立場からお話を聞かせて頂こうと思っています。
嶋本さんは、臨床医として働かれた後、製薬会社の開発部門に転職されたという経歴をお持ちです。それでは宜しくお願い致します。
嶋本:宜しくお願いします。
臨床医から製薬会社への転職
白石:嶋本さんは臨床医から製薬企業へ転職されたとのことですが、今のこのお仕事に就こうと思ったきっかけはなんですか?
嶋本::私は医学部を卒業した後、血液内科医として患者さんの診療や医学研究に15年間従事しました。治療にあたった患者さんは白血病、悪性リンパ腫といった血液がんの方が多かったです。当時、血液がんにおいては、残念ながら画期的な薬剤が無く、辛い副作用に耐えながらも、亡くなっていく患者さんが多くいらっしゃいました。
私が担当した患者さんの中に、若い慢性骨髄性白血病の患者さんがいましたが、その方は骨髄移植を受けられず亡くなっていました。今であれば、おそらく新薬で元気になれる可能性があったかもしれませんし、臨床の現場での薬剤の限界を感じました。その時に新薬の可能性や重要性を強く認識しました。そういった中、転機になった出来事がありました。
海外に留学した際に、ある種の白血病の新しい薬剤の研究開発を見る機会があったのです。その薬はイマチニブ(商品名:グリベック)と言う薬剤で、結果的には本当に画期的な薬剤となり、自分が目の前で診ている患者さんが劇的に良くなるという体験をしました。
そのような経験から「患者さんの治療をよくするためには、毎日患者さんを見るだけではだめだ」「いくら医師の腕がよくても、治療に用いる薬剤が良くなくてはだめだ」と思ったのです。
当時、がんのメカニズムに基づいた分子標的薬が色々と登場してくる大きな潮流の時期でした。大学病院では新薬の臨床試験(治験)に関わる機会が多くあったのですが、もっと深く関わっていきたいと思うようになりました。
当時はわりと珍しかったのですが、製薬企業の研究開発というものにどんどん興味を持つようになってきて、一大決心ではあったのですが、臨床医から製薬企業へ転職しました。
白石:ほんとに一大決心ですね。現在、どのような想いで仕事をされていますか?
嶋本:現状の治療では、まだまだ治療の恩恵を十分に受けられない患者さんがたくさんいます。そういった患者さんの為に、より画期的なお薬を開発したい、より早く届けたいという思いで仕事をしています。
また、臨床医をやっていた時にがんで苦しんでいる患者さんの姿を誰よりも知っているため、病院勤務のない製薬会社で働く人たちにそれを伝えていくのも私の役目であると思っています。
日本の患者さんの利益に繋がるかを念頭に
白石:それでは、現在、具体的にどのようなお仕事をされているのか教えてください。
嶋本:はい。私は、特にがん領域における新薬の研究・開発をして、それを世の中に出すといった仕事に従事しています。
薬剤を世の中に出すためには、治験といったプロセスを踏むことになります。そこで、薬剤の安全性や有効性を慎重に精査します。
そういったデータを集め、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に申請を行います。審査の過程では規制当局と様々なやり取りを行い、そういった過程を経て承認され、薬価が決まり、新しい薬剤が世に出ていきます。
我々の仕事はそれで終わりではなく、市販後にも安全性を十分にフォローしていかなければなりません。患者さんが、より適切に安全に使用できるように、安全性のデータを収集します。また、新しい使用法や適応を開発していくことも必要です。
白石:事業統括部長としては、どういったお仕事をされていらっしゃるのですか?
嶋本:私の主なステークホルダー(関係先・関係者)は4つあります。
「米国本社」「日本のオンコロジスト」「規制当局」、そして「チームメンバー」です。
米国本社とは折衝を含め様々なやり取りを行い、日本の患者さんのベネフィットにどのようにつなげるかを検討し、治験を計画します。重要な役割を担う医師とは様々な協議を行い、適切な薬剤のあり方等を検討します。
「規制当局」とは、治験計画やデータの解釈等について厳しい折衝も行います。これらのステークホルダーとは、時には協調し、時にはディスカッションを重ね、日本の患者さんに適切に新薬を届けるための検討する訳です。
そして、もう一つ大切な仕事があります。すなわち「強いチーム」を作り、複雑で膨大な業務の新薬開発をベストなパフォーマンスで遂行していくことです。
白石:大変なお仕事ですね。そういった中、もう一度、臨床医に戻りたいと思うことはありますか?
嶋本:やっぱりそれはありますね。この仕事をしていて若干の物足りなさを感じる時は、自分たちで開発したお薬を実際に患者さんに用いる立場ではないことですね。そういった意味で戻ってみたいなと思うことはあります。
大きな潮流をむかえたがん医療
白石:今のがん医療に関するコメントをいただけますか?
嶋本:がんの治療薬は、長年、殺細胞薬という副作用の多い薬を用いてきました。私の受け持っていた患者さんも、多くの方たちが辛い副作用に耐えていました。
その後、分子標的薬というものが登場し、副作用は以前に比べてマイルドになりましたが、まだまだ患者さんのニーズが満たされない点がありました。
近年、登場した薬剤に免疫チェックポイント阻害剤という薬剤があります。この薬剤は患者さんの自然治癒力を最大限に引き出すもので、治すのは患者さん自身です。まだまだ改良の余地はあるものの、患者さん主体の医療を象徴する薬剤だと思います。このように、がん治療はどんどん進化していますし、持てる希望も大きくなってきました。
また、一昔前は医師を中心とした医療でしたが、近年はチーム医療も大きく発展しました。医師以外にも薬剤師や看護師やその他の医療従事者がチームとなりがん医療に大きく携わっています。勿論、患者さんやそのご家族もその一員です。
チーム医療においてコラボレーションしていくには、コミュニケーションがとても重要となります。その時には、学力以外の様々も必要となってきます。
白石さんも薬剤師の卵として、勉強に励むのも勿論大切ですが、学生の時に色々なことに挑戦して、学生の時にしかできない様々な経験を積むことも大切と思います。
白石:私に対しても助言いただき有難うございます、最後に、がん患者さんへのメッセージをお願いします。
嶋本:一昔前では、がんは不治の病であると言われてきました。しかしながら、がん治療は昔と比べてかなり進んでいます。
副作用を抑え、仕事を続けることもできますし、生活の質を保つこともできるようになってきました。がんにかかったからといっていたずらに不安感を持つ必要はありません。真摯に治療に取り組めば、良い展開が望めると思いますし、希望を持ってがんと向き合ってもらいたいと思います。
白石:本日は非常にお忙しい中、お時間とって頂きまして有難うございました。まだ学生の私にとって、非常に貴重なお話しを聞かせて頂きありがとうございました。
インタビューを終えて
今回製薬会社の方にインタビューさせていただいた事は、薬学生としてとても貴重な体験になりました。
お話を聞いた嶋本さんは、臨床医時代の経験から、患者さんが様々な負担を少しでも少なく、QOLを保ちつつ治療に専念出来る事を1番に考えておられました。
思いやりと、努力を重ねて薬を研究しているという姿が本当に印象的で、医療を学んでいる私の心に深く残り、今私が勉強している薬は、このように様々な人の努力で作られたという事にも改めて気付きました。
今回は本当にありがとうございました。