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目的とした遺伝子を体の中に入れる治療法
- 手術や放射線治療が適応とならない進行がんについては、薬剤による治療が選択されますが、主なものとしては細胞傷害性抗癌薬、ホルモン製剤、分子標的薬、そして最近脚光を浴びている免疫チェックポイント阻害薬等があります。一方、全く別の治療法「がん遺伝子治療」を耳にします。本日はその「がん遺伝子治療」ついて教えて頂きたいと思いますが、遺伝子治療というのはどういった治療法なのでしょうか? 中西教授:がんに対する遺伝子治療というのは、目的とした遺伝子を細胞の中に入れることによってがん細胞を抑え込む治療のことです。「がん」は、遺伝子の異常が原因でおこる病気ということが広く認識されています。では、遺伝子の異常というものは何なのか?「働くべき遺伝子が働かなくなってしまった」、あるいは「働かないで欲しい遺伝子が働いてしまった」のどちらかとなります。もし、働かなくなってしまったのであれば、その遺伝子を補充します。遺伝子補充療法とも言います。一方、働き過ぎて暴走してしまったのであれば、「その働きをなだめましょう」といった手法をとります。薬剤療法と遺伝子治療の違い
- ホルモン製剤や分子標的薬も、ヒトで生産できなくなった生体物質を補充したり、暴走してしまった遺伝子を抑える働きすると思いますが・・・ 中西教授:実をいうと、遺伝子治療と従来の薬(抗体や小分子化合物)といった分子標的薬との間には大きな違いはありません。では、何が違うかというと、抗体や小分子化合物は「もの」そのものです。一方、遺伝子治療は「もの」の設計図(つまり遺伝子)を体内に導入する治療法です。設計図をヒトの細胞に導入することで、細胞にこれらの「もの」を生産させるのです。要するに、作られた「もの」を外から入れるのか、それとも体の中で「もの」作らせるのかが異なるだけであり、最終的には、がんを抑える「もの」が抗がん作用をもたらすという意味では他の薬剤と大差はありません。 - 「体の外から作るか、体の内から作るかで、がんに作用する物質は変わらない」ということは腹落ちしますね。たしかに、遺伝子からタンパク質が作られますね。では、がん遺伝子治療の場合、どういった遺伝子を使用するのでしょうか。 中西教授:正常な細胞にはがん化を防ぐ遺伝子が存在し、「がん抑制遺伝子」と言います。先ほど「働くべき遺伝子が働かなくなってしまった」と言いましたが、がん細胞は、何らかの原因で、このがん抑制遺伝子が働かなくなってしまっていることがあります。 そのようなことから、がん細胞にこの遺伝子を入れます。そうすると、がん細胞が増殖を止めたり生存を止めたり起こしたりします。これはあくまで一例で遺伝子治療と一口にいっても様々なアプローチがあります。 ‐ 遺伝子を入れる細胞(がん細胞、正常細胞など)や入れる遺伝子の種類によって異なるのですね。ウイルスが遺伝子を運ぶ
‐ そういった遺伝子をどのように体の中に運ぶのでしょうか。 中西教授:色々なやり方がありますが、最も有効だと考えられているのはウイルスベクターを使用するやり方です。 ウイルスは、遺伝子(DNAやRNA)を自分自身で複製する装置を持ちません。そういった意味で生物としては半端です。では、どのように増殖するかと言いますと、他の細胞に感染し、自分のDNAやRNAを注入し、感染した細胞の自己複製装置を利用して増殖します。ウイルスは自分の遺伝子を目的とした細胞に入れるきわめて巧妙な仕組みを持っています。 したがって、我々が目的とした遺伝子を細胞に入れるといった時に、ウイルスベクターを使用するのは非常に効率的なのです。 - ベクター(遺伝子の運び手)としてウイルスを利用するというのは、非常に使い勝手がいいのですね。しかしながら、ウイルスを体の中に入れるといった手法は「怖い」と感じられる方もいらっしゃると思います。また、遺伝子治療というと体の中で遺伝子を操作するととらえる方もいらっしゃると思います。 中西教授:一部のウイルスは風邪やインフルエンザ、脳炎などの病気を起こします。そこで、ウイルスベクターとして使用するときには人工的にウイルスの病原性を減弱させています。病原性を弱めた上で入れたい遺伝子情報を入れるというのが治療の基本的な考え方です。 遺伝子治療は、ヒトの遺伝子そのものを変えてしまうとか、あるいはヒトの体に危険な遺伝子を組み入れるのではといった懸念があるかもしれませんが、実際は「体の中で目的とした遺伝子産物」を作るといった非常にシンプルな手法なのです。そういう意味で最近の遺伝子治療においては大きなリスクはないであろうと考えられています。 ただし、使用する際には万全な体制にて講じるべきであるといわれていますし、実際は厳密な臨床試験を行ってみないとリスクを完全に払拭できないのも事実です。