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 がんの手術、放射線療法、化学療法による生殖機能の低下、不妊は、小児がんや10代~40代前半の患者さんにとって大きな問題です。不妊になるリスクのある治療を受ける患者に対して、治療前に、生殖機能を温存する方法があることを説明するがん治療医が増えている一方で、病院によっては、治療まで多少時間がある場合でも、その選択肢が事前に知らされないことがあります。そんな現状を変えるべく、がんの治療医と生殖医療医が連携し、小児・若年がんの患者の生殖機能温存に関する相談に応じるネットワークが広がりつつあります。全国に先駆けて「岐阜県がん・生殖医療ネットワーク」を2013年2月にスタートさせた、岐阜大学医学部附属病院成育医療科・女性科准教授の古井辰郎さんに、全国に広がるネットワークの現状と、がんの患者が生殖機能温存を考える際の留意点を聞きました。

――岐阜がん・生殖医療ネットワークとは?

 がんの治療医と生殖医療を行う医師が連携して、がんの治療によって生殖機能の低下や不妊になるリスクのある患者さんをサポートするためのネットワークです。岐阜大学医学部附属病院成育医療科・女性科では、ネットワークの発足と同時に「がん・生殖医療外来」を開設しました。この外来では、がん治療によってホルモンバランスに異常をきたしたり、不妊になったりするリスクのある患者さんとそのパートナーを対象に、カウンセリングを行っています。患者さんの希望に応じて生殖医療専門医を紹介し、できるだけ早く、がんの治療を始めたり再開したりできるようにサポートすることもあります。また、がんの治療が終わった段階で、妊娠・出産のサポートも行っています。

 がん・生殖医療外来を受診する際には、がんの治療の担当医や医療連携室による予約と紹介状が必要です。卵子や精子の凍結保存など生殖機能の温存を行うかどうかの判断は、病状や治療までどのくらい時間があるかによっても変わってくるので、相談に来る患者さんの病状や治療計画を把握することが重要だからです。血液がんなど、すぐに化学療法を受けたほうがいい患者さんもいますから、がん・生殖医療外来は、曜日や時間を限定せず夜間や休日にも実施し、がんの治療医から紹介のあった当日や翌日に対応することもあります。ただ、こういう相談には診療報酬がつかないので、がん・生殖医療外来は自費診療で行っています。30分で1万円(税別)、30分ごとに5000円(同)加算されます。

 2012年に、岐阜県内でがん診療を行う35医療機関の乳腺外科、血液内科、泌尿器科、小児科、整形外科、計57科を対象にアンケート調査を実施したのですが、回答者のあった医師のうち約90%の医師は、生殖機能の低下や不妊のリスクがある治療を受ける患者に、そのリスクを説明していました。しかし、精子や卵子の凍結保存のことまで説明していた医師は6割にとどまり、卵巣や精巣の凍結保存については患者さんに伝えていない医師がほとんどでした。多くのがん治療医は、若年患者さんの生殖機能温存の重要性を認識するようになってきているのですが、ネットワークを作る前には、どこの医療機関でどういうことをやっているのか、がん患者の生殖機能温存も実施しているのか分からない状況だったこともあり、患者さんに対して十分な情報提供ができない状況でした。ネットワークを構築したのは、医師による説明のバラつきをなくし、がん治療医と生殖医療医が連携して、卵子や精子の凍結のような生殖機能温存を受けても、迅速にがん治療が始められるようにする必要があると感じたからです。

 同ネットワークには、岐阜県内でがん治療や生殖医療を行う医師など100人以上が参加し、年に1~2回は会議を行って情報交換をしたり、倫理的に判断が難しいケースなどについて議論をしたりしています。

――何人くらいの患者さんががん・生殖医療外来を利用しているのですか? 

 2013年2月から2016年11月13日までに、15~44歳までの男性46人、9~49歳までの女性106人が、同外来を受診しました。男性は、白血病14人、悪性リンパ腫12人、精巣腫瘍11人、骨軟部腫瘍4人で、消化器がん、縦隔腫瘍、脳腫瘍の患者さんもいました。女性は、乳がんの患者さんが57人と圧倒的に多く、白血病12人、悪性リンパ腫9人、消化器がん5人で、骨軟部腫瘍、脳腫瘍、婦人科がんの患者さんもいらっしゃいました。岐阜県内だけではなく、愛知県、三重県から来た患者さんもいます。

 男性では46人中38人(82.8%)が精子凍結を希望し、28人(60.9%)が実際に精子を凍結保存しています。男性の場合は、精子が採取できれば凍結保存は可能なのですが、病状や全身状態によっては精子が採取できないことがあります。

 一方、女性は、卵子や胚(患者の卵子と配偶者の精子を受精させた受精卵)の凍結を希望した人は25人(23.6%)、実際に凍結できた人は21人(19.8%)と男性より割合が少ない傾向がみられました。温存の方法としては、卵子を凍結した人が6人、配偶者の精子と受精させた胚凍結をした人は10人、卵巣を凍結した人は5人でした。女性の場合は、月経周期に合わせて卵子を採取する必要があるので、すぐに治療を受けなければならない人は生殖機能の温存が難しい面があります。

 また、卵子を採取する前には排卵誘発剤を投与するのですが、特に乳がんに関しては、それががん自体に悪影響を与えないのか分かっていないのが現状です。さらに、卵子や胚、精子を凍結するためにはかなり費用がかかるので、そのために生殖機能温存をあきらめる患者さんもいます。

 ――生殖機能温存の費用はどのくらいかかるのですか?

 生殖機能の温存治療にかかる費用は、医療機関によって異なるので一概には言えませんが、精子の凍結保存は約5~10万円、胚か卵子の凍結保存が約40万円、卵巣結保存が約60万円で、管理料が年間約2~6万円かかるところが多いようです。自治体によっては、卵子の凍結保存などを選択する人に助成金を出しているところもあります。

 ――岐阜がん・生殖医療ネットワークのような動きが全国に広がっているそうですね。

 埼玉県、静岡県、滋賀県、兵庫県、岡山県、福岡県、長崎県、熊本県、沖縄県で、がん治療医と生殖医療医のネットワークが始動しています。また、他にも準備中の県が増えてきています。ネットワークがない都道府県でも、個々の病院で、がんの治療医と生殖医療専門医との連携が進んでいます。
 
 生殖機能を温存する選択肢が出てきたといっても、やはり、最適な治療をきちんと受けて、がん自体を治すことが重要です。そのためにも、がんの治療医と生殖医療専門医が連携して、がんの治療自体に支障が出ないようにすることが大切なので、自分の受けるがんの治療によって将来子どもがもてなくなるのか心配な人、生殖機能を温存する方法について知りたいと考えている人は、まずは、がんの治療を行う担当医に相談してください。

生殖機能温存の選択肢

 ――生殖機能温存を考える患者さんに知っておいてほしいことは?

 がんの患者さんの場合は、どんな理由があっても、がんの治療が最優先だということは忘れないでほしいです。それから、生殖医療が発展してきたとはいえ、生殖機能を温存しても必ず妊娠・出産までこぎつけるとは限りません。日本産科婦人科学会の調査では、2014年に生殖補助医療を受けて出産に至った人の割合(生産率)は39万3745例中4万6008例、11.7%でした。女性の場合は年齢が上がれば流産率が上がり40歳以上の出産成功率は1割に満たない数値です。生殖機能の温存治療を受けるかどうか決める際には、現在の治療計画では、がんの治療が終わるときに何歳になっているのかも重要なポイントです。また、卵巣を凍結保存する方法は、一般的な卵子や胚の凍結保存よりもたくさんの卵子を温存できる可能性が高いものの、臨床研究の段階で、がんの患者さんに対する有効性や安全性が確立しているわけではないことも知っておきましょう。

 厚生労働省の「小児・若年がん長期生存者に対する妊孕性のエビデンスと生殖医療ネットワーク構築に関する研究」班(http://www.j-sfp.org/ped/)が、がんの患者さん向けのパンフレットを作っているので、そういったものも参考にがん治療医にも相談し、納得のいく選択をしていただければと思います。
(構成/医療ライター・福島安紀)

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