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乳がん領域におけるctDNA研究の今とこれから:理想の個別化治療の実現のために

[公開日] 2025.08.22[最終更新日] 2025.08.21

循環腫瘍DNA(がん細胞から血中に放出されるDNA:ctDNA)検査は、低侵襲で腫瘍全体の評価が可能であることから、昨今様々ながん種において研究が進んでいる。 その目的のひとつである「ctDNA検査による再発リスク評価」に関しては数多くの報告があり、術前化学療法後や術後フォローアップ中のctDNA陽性例は、再発リスクが高いことが一貫して示されている。また、「ctDNA検査に基づいた治療介入」を評価する臨床試験も進行中だ。一方で、ctDNA検査の適切な感度や検出方法、また結果に基づく最適な治療法が確立していないことなど、臨床応用までにはまだまだ課題も多い。 そこで今回は、乳がんにおけるctDNAの研究の実態と臨床応用への期待について、尾崎由記範先生(がん研究会有明病院 乳腺内科、リキッドバイオプシーワーキンググループ)にお話しを伺った。
尾崎 由記範 先生 がん研有明病院乳腺内科 医長 先端医療開発科併任 2008年、 慶應義塾大学医学部卒業。 2022年、 東京医科歯科大学大学院卒業。 亀田総合病院、 虎の門病院を経て、 現在はがん研有明病院 乳腺内科医長・先端医療開発科医長・臨床試験支援部 CRC室 副室長・医療品質改善部併任として、乳がん診療と臨床研究に従事している。

ctDNAの活用と実臨床への応用可能性

浅野:まず、ctDNA検査は臨床においてどのような活用の余地があるのか、その実現可能性も含めて具体的に教えてください。 尾崎先生:ctDNAが実臨床において使われる場面は、大きく早期乳がんと転移再発乳がんに分かれます。まず早期乳がんにおいては、「がんの早期発見」や「術前療法の効果判定」、また他がん種も含めて多くのデータが出てきている「術後の再発リスク予測」、そして我々が今一番期待している「再発の早期発見・治療介入」が挙げられます。転移再発乳がんにおいては、「治療選択」、「ctDNA陽転化、あるいは特定の耐性変異の出現による治療変更の判断」がctDNAの使いどころです。 浅野:「再発の早期発見・治療介入」は、まさに先生方がご研究されている部分ですね。 尾崎先生:はい。再発が予想される患者さんの運命を変えること、具体的には再発を遅らせる、再発せずに寿命を迎えられるようにする、生存期間を伸ばすことなどが目標です。まだ今はそれを裏付ける研究データがないことが課題です。 浅野:一方の進行期では、「特定の耐性変異の出現による治療変更の判断」に関連して、今年のASCO(米国臨床腫瘍学会)でSERENA-6*¹試験が話題になっていたと記憶しています。実臨床へのインパクトについて、先生の解釈を教えてください。 *¹SERENA-6試験:ホルモン受容体陽性HER2陰性(=Luminalタイプ)進行乳がんを対象に、アロマターゼ阻害剤(AI)+CDK4/6阻害剤による初回治療中に、ctDNAにおいて耐性機序のひとつであるESR1変異がctDNAで検出された時点でカミゼストラント(次世代経口選択的エストロゲン受容体分解薬)+CDK4/6阻害剤への切り替える群と、画像上の増悪が認められるまでAI+CDK4/6阻害剤を継続する群を比較検討したランダム化第3相試験 尾崎先生:SERENA-6試験は、早期にカミゼストラントに治療を切り替えることで主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)の有意な改善が認められました。この試験はまだ全生存期間(OS)のデータが出ていないため、画像上の増悪後からカミゼストラントに切り替えても変わらないのではないか、という批判的な見解に答えを出せていないという限界があります。ですが、以前に実施された類似のPADA-1試験において、耐性を獲得したがん細胞をより早い段階で抑えることが無増悪生存期間の延長につながる、と考察されているので、その効果がSERENA-6試験でも再現されるかという点に注目していきたいです。 また、初回治療としてのカミゼストラント+CDK4/6阻害剤の使用を検討したSERENA-4試験が進行中です。もしこれが成功すれば、ctDNAに関係なく最初から全例にカミゼストラントを使うのが標準治療、という流れになりますが、逆にESR1変異を持たない大部分の症例には効果が乏しいという結果が出た場合には、ESR1変異のみを対象としたSERENA-6試験の意義が強調されるのではないでしょうか。初回治療中に徐々に出てくるESR1変異症例をctDNAによって拾い上げることで、カミゼストラントの恩恵を最大化できるという解釈ができると思います。 浅野:適切な症例を対象とした過不足ない治療の切り替えが実現できる、という意義があるのですね。

ctDNAによる再発の早期発見・治療介入の検討の現状と課題

浅野:ここからは、尾崎先生のご研究に関連する「再発の早期発見・治療介入」の話題に戻して、お話を進めたいと思います。まずは研究の現状について簡単に教えてください。 尾崎先生:これまでに既に2つの臨床試験(c-TRACK TN試験ZEST試験)で結果が報告されていますが、ctDNAによる早期発見・治療介入のメリットは明確には示されていません。その理由としては、ctDNAの陽性率が低いことや、ctDNA陽性時に既に画像上の再発を来している割合が高いことなどが考えられます。 サブタイプ別に考えると、トリプルネガティブ(TN)タイプは特に予後が悪く、ctDNA陽性率も高いので、早期の治療介入に適していると考えられる一方で、(ctDNA陽性になってから)画像上の再発までの期間(=リードタイム)が短く、ctDNA陽性かつ画像上の再発がない(True Molecular Relapse)症例が少ない、という難しさがあります。 逆にLuminalタイプは、そもそも再発のリスクが全体としては低く、晩期の再発も少なくないため、再発リスクの高い症例に絞って長期間にわたる追跡を続けることが求められ、臨床試験の実施が非常に難しい対象です。 浅野:どちらのタイプもそもそも(画像検査よりも)早期に再発を検出する段階で、まだまだ課題が多いと感じました。課題解決に向けてどのような取り組みがあるのでしょうか。 尾崎先生:まずは検査の感度を上げることです。従来の全エクソーム解析(Whole Exome Sequencing: WES)から、更に高感度の全ゲノム解析(Whole Genome Sequencing: WGS)へのシフトが試みられています。例えば、既に乳がんを含む様々ながん種を対象としたMONSTAR-SCREEN-3試験において、WGSに基づく個別化パネルの作成、およびWESでは検出できなかった低濃度のctDNAの検出に成功したことが報告されています。また、ctDNAのメチル化を基に検出感度を上げる技術も進んでいます。 浅野:高感度の検査でTrue Molecular Relapseを見つけ、治療介入の効果を検討していくのですね。 尾崎先生:検査法と併せて、介入法(治療薬)の最適化も課題です。検査法と治療薬の開発が同時に進んでいる現状で、時間とお金をかけて大規模な臨床試験を実施するハードルは非常に高いと感じています。ですが、ctDNAで絞り込んだ最適な症例に対する最適な治療介入を検討していくべきであることは間違いないと考えていますので、企業や我々研究者を含め、様々なステークホルダーと協力しながら進めていきたいと思っています。

未来の乳がん治療を見据えたJCOG1204/JCOG1204A1試験の意義

浅野:様々な研究が進む中、先生が関わっていらっしゃるJCOG1204A1試験の意義を教えてください。 尾崎先生:JCOG1204A1試験は、JCOG1204試験(再発高リスク乳がんの術後における標準的フォローアップとインテンシブフォローアップを比較した第3相試験)の附随研究としてスタートしたもので、ctDNAを測定し、再発の有無や再発時期、再発部位、全生存期間との関連を探索的に検討することが目的です。ctDNA検出と“インテンシブフォローアップ”との相関を評価できる点は、世界でも類を見ない*²の重要な点です。通常のフォローアップよりもインテンシブフォローアップが、更にインテンシブフォローアップよりもctDNA検出が、より早期の再発発見につながることを期待して研究を進めています。 昨年のASCOで内藤陽一先生(国立がん研究センター東病院 総合内科 科長)が発表した中間解析では、ctDNA陽性率が11.8%、そのうち2.4%が術後5年後以降の晩期に認められたこと、Luminalタイプでは年に約2%の頻度でctDNAの陽転化が認められることなどを報告しました。JCOG1204A1試験は、JCOG1204試験の途中から始まったため、開始時点前に再発が認められた症例は解析対象外であるという制限がありますが、これから追跡期間を延ばして、予後との相関も併せて結果を発表していく予定です。 *²類似の試験として海外で進んでいるSURVIVE試験は、大規模かつ2022年に開始された試験であるため結果が出るまでに時間がかかるが、JCOG1204試験は2013年から10年がかりで進められてきた試験であり、先行してデータが出てくる見込み 浅野:標準的なフォローアップや画像による積極的なフォローアップよりも、ctDNAを使うことで再発をより早期に「発見」できるかどうかが明らかになる、期待の持てる試験なのですね。早期「介入」の部分についても検討の予定はありますか? 尾崎先生:介入試験について企業との交渉なども進めていますが、最初に行われた第3相の臨床試験であるZEST試験が途中中止になってしまったことから、なかなか実現していないのが現状です。 浅野:その場合、JCOG1204A1試験の結果は実臨床にどのようなインパクトがあるのでしょうか。患者目線で考えると、より早い段階から再発を知る可能性があるにもかかわらず、最適な治療タイミングや治療法が分からない、という状態になり、不安宣告だけを受ける事態を少し懸念してしまうのですが。 尾崎先生:今はまだ研究の過渡期なので、批判的な見方が出てくるとは当然かなと思います。ですが、再発リスクが高いことをより早期に把握できることは、意味のある成果だと思いますし、実臨床において少しずつ治療介入に関するエビデンスの蓄積も進むと思います。 また術後の早期治療介入は、通常の術後療法と似たコンセプトなので、予後の改善は個人的には期待できると考えています。通常の術後療法も、体内に残っている(であろう)目に見えないがん細胞を標的としていますが、正確な再発リスクの予測が難しい状況で実施しています。そこにctDNA検査を導入することで、再発高リスク症例をより正確に評価し、必要な症例にだけ術後の治療介入ができるようになるというイメージです。 浅野:現時点では直接的に早期介入のメリットが示されていなくても、術後療法の最適化に向けたプロセスの一環と捉えることで、今の研究の意義が見えてくるのですね。

個々の患者さんに最適な治療を届ける日を目指して

浅野:ctDNAの研究の最終ゴールは、がん治療の個別化だと思います。最後に乳がんの個別化治療が向かう方向性について、教えてください。 尾崎先生:ctDNAを使った個別化にとどまらず、今後は人工知能(AI)の介入の余地があると思います。例えば、病理検査結果をもとにAIを使った予後予測などが既に進んでいます。また、ctDNAの陽性を決めるカットオフ値の決定は恣意的な部分もあるため、今後AIを使った最適化の検討などにも期待したいです。 浅野:今回は、早期治療介入や積極的な治療の切り替えについてお話いただきましたが、逆に治療強度を下げる方向性についても検討は進んでいますか? 尾崎先生:薬物療法に限らず、手術、放射線、腋窩リンパ節郭清、センチネルリンパ節生検などを省略する検討も行われているので、これらの判断にctDNAの評価が使えると思います。 例えば、術前薬物療法によって臨床的完全奏効が認められたHER2陽性乳がんに対する手術の省略を検討したJCOG1806試験や、TNタイプを対象とした類似の試験が計画されています。 治療の差し引きのパターンが多様化し、治療選択が複雑化してきている今こそ、個々の患者さんにとって最適な組み合わせを考える、まさに究極の個別化治療が求められる時代になってきています。 浅野:最後に読者に向けたメッセージをお願いします。 尾崎先生:遠い将来、患者さん毎に個別化された薬を1錠飲むだけでがんを治すことができるような時代がくるかもしれません。がん診療の発展のためには、目の前の研究の現時点でのメリットはなにか、だけを考えるのではなく、将来のもっと大きな展望を見据えて研究を進めていることを忘れないことが大切だと思います。 過渡期の今は、意義が見えにくい研究もあるかもしれませんが、今まで分からなかったことをひとずつ明らかにしていくプロセスに意味があると信じているので、今あるデータを次にどう活かしていくか、ということを社会全体で考えていく必要があると思っています。 この研究のあゆみを止めず、ぜひ皆さんと一緒にこれからも前進していきたいです。
特集 乳がん ctDNA個別化医療

浅野理沙

東京大学薬学部→東京大学大学院薬学系研究科(修士)→京都大学大学院医学研究科(博士)→ポスドクを経て、製薬企業のメディカルに転職。2022年7月からオンコロに参加。医科学博士。オンコロジーをメインに、取材・コンテンツ作成を担当。

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