第66回日本肺癌学会学術集会が、2025年11月6日(木) ~ 11月8日(土)に東京国際フォーラムにて開催される。
そこで今回は、会長を務める高橋和久先生(順天堂大学大学院医学研究科呼吸器内科学)に、本学術集会にかける想いや注目ポイントを伺った。
インタビュアー:がん情報サイト「オンコロ」コンテンツ・マネージャー 柳澤 昭浩
学生時代から研修医までの経験を通して、敢えて厳しい肺がん領域に挑むと決意
柳澤:まずは先生の生い立ち、特に医学に興味をお持ちになった経緯を教えてください。
高橋先生:私は生まれも育ちも東京です。父親が開業医であったことから、ずっと医師としての父の背中を見て育ちました。
山岳部に入って山ばかり登っていた学生時代は、反骨精神のようなものもあって、漠然と父とは別の道を視野に入れていました。特に物理学や工学が好きで、JAXAやNASAなどで働くことに憧れていたんです。ですが、改めて進路を考えたときに、“医学は奥が深い”という父からの言葉を受けて考え直しました。「医学で今分かっていることは氷山の一角に過ぎない、研究も含めて医学の道を考えてみてはどうか」と。ここが方向転換のきっかけとなりました。
柳澤:専門分野はどのように決めたのでしょうか?
高橋先生:やるのであればハードルが高い領域が良いという想いはありました。また、患者さんにメスを入れずに病気を治す時代が来てほしい、という期待から、外科よりも内科に将来性を感じ、内科医として臨床や病因究明の研究をやっていく道を選択しました。
初期研修は内科を選択し、色々な疾患の現状を知る中で、当時“不治の病”という考えが定着していた「がん」に挑んでみたいと考えるようになりました。特に、がんを告知されることもなく、厳しい治療に耐える患者さんの現状を見て、なんとかしたいと感じました。
柳澤:そしてがんの世界に飛び込んだのですね。特に呼吸器内科として肺がんにフォーカスした理由はなんでしょうか。
高橋先生:当時の自分が一番悔しいと感じたのが肺がんでした。特に進行肺がんでは、薬物療法もシスプラチンやビンデシンしかない時代で、患者さんが治療で苦しむ姿を目の当たりにし、呼吸器内科として進行肺がんを研究対象としよう、と心に決めました。
また、医学部の学生は5年生になると病棟実習で患者さんと触れ合う機会があり、そこで呼吸器内科の熱心な雰囲気、特に昼間は臨床、夜は研究に打ち込む姿に興味を持ちました。更に当時の教授 吉良枝郎先生は、患者さんにとてもやさしい一方で、医局員には厳しく、教育への熱意を強く感じました。特に、回診のときのプレゼンや患者さんの退院サマリーに対して考察が不足していると、患者さんに失礼だと怒られました。この熱心な雰囲気が、当時の私にはとても魅力的な景色に映ったのです。
そしてもう一つ、研修医時代に担当した30代の女性の患者さんが忘れられません。あとになってその患者さんはALK陽性肺がんだと分かったのですが、当時は遺伝子変異、融合遺伝子という言葉もない時代。結局、化学療法をやりましたが全く効かず、厳しい現実を目の当たりにしました。この悔しさがずっと自分の中に残っていて、今日までのモチベーションにもなっていると感じます。
柳澤:肺がん治療がここまで進歩するまでに、当時は苦しい時間も長かったのではないでしょうか。
高橋先生:そうですね、とても辛かった時期もありました。唯一の薬剤治療である化学療法はとても苦しい治療でしたので、化学療法をやることが本当に患者さんのためになるのかを考えなさいと、当時の教授 吉良枝郎先生から言われ続けていました。治療をすることで、逆に寿命を縮めてしまうことへの懸念や、残された時間を入院で費やすことへの疑問など、色々な想いを抱えて過ごしていました。
肺がん克服という一つの目標に向かって多科が集う肺癌学会
柳澤:ここからは学会、そして学術集会の話に進んでいきたいと思います。まずは日本肺癌学会とはどのような団体なのでしょうか?
高橋先生:日本肺癌学会は、内科医のみならず、外科医、放射線科医、病理医、そして基礎研究の先生など、多岐に渡る会員が所属しているという特徴を持ち、肺がんという難治性疾患を研究の対象とした日本最大の学会です。
また、患者さんを中心として、多科が連携し意見交換できる学会でもあります。科が違っても皆同じ「ベストな医療を提供し、肺がんを治る病気にしたい」という一つの目標に向かっています。
柳澤:その中で学術集会はどのような位置づけでしょうか。
高橋先生:肺癌学会では、年に1回会員が一堂に会する学術総会が開かれます。研究成果の発表を通して情報や知識を共有し、そこからまた新しい研究テーマや共同研究の発想が生まれる場であると思っています。
多科が参加するシンポジウムでは、治療法に悩む症例について皆で考え、コンセンサスを得、更に学会としてステートメントを出すということも目的のひとつです。
また、学会が開催されている3日間を通して、Patient Advocate Program(PAP:患者・家族向けプログラム)が開かれます。ここでは患者さんの声を聴いて、ニーズに合わせた臨床試験を考案し、製薬企業がやらないような医師主導研究などの実施につなげる環境もあります。まさに患者さんとの距離が近いという肺癌学会の特徴を反映していると思います。
柳澤:学会が患者さんの窓口としても機能しているのですね。がん領域のパイオニア的存在として歴史のある活動だと思います。
肺がん治療が進歩してきた今だからこそ考えるべきこれからの課題
柳澤:テーマは「肺がん新時代における我々の使命とは?」とされています。これに込めた思いを教えてください。
高橋先生:肺がん治療においては、手術や放射線の照射技術が進歩し続け、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤等の新薬が登場し、その様々な組み合わせによる併用療法も開発され、生存期間は確実に改善しています。治療法が限られ、治らない病気とされてきた時代と比べれば、まさに“新時代”を迎えていると言えます。
ですが、これで十分だと満足してはいけないという想いもあります。新時代だからこそ、それぞれの立場で“我々の使命”はなにかを今一度一緒に考え、やり残してきたことやこれから取り組むべき課題について、整理し共有する意義があると感じています。
柳澤:特に想いを込めたセッションをいくつか教えてください。
高橋先生:いち呼吸器内科医として、日々臨床・研究・教育に力を入れていますが、肺癌治療を進化させるには基礎研究が大切であるという想いがあります。基礎研究の発表は、基礎系の学術集会で取り上げられることが多いですが、肺癌学会ならではの質の高い基礎研究にもフォーカスが当たる学会にしたいと思っています。世界を代表するがんの研究者であるCharles Swanton先生を呼んでいます。是非、皆さんにも聴きにきていただきたいと思います。
もうひとつ、「持続可能な治療」が一つの重要なトピックだと考えています。高齢化社会が進み、高価な薬剤や高度な技術の登場によって医療費が高騰し続ける日本では、国民皆保険制度の維持などが問題となっていますので、医療経済の問題は避けて通れないと感じます。私のもうひとつの顔として、日本内科系学会社会保険連合(内保連)の副理事長があり、保険制度をどうあるべきか等を厚労省や医系議員とディスカッションを続けています。今回の学術集会でも、議論する時間を設ける予定ですので、未来に向かったメッセージを出していきたいと思っています。
また、医療開発という視点では、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長の藤原康弘先生の特別講演や、PMDAとの合同企画なども作り、日本における薬剤開発をテーマに皆で考えていきたいと思います。
そしてもう一つ、約21人の海外のトップサイエンティストを呼ぶ予定です。特に、若手医師を対象とした「Meet the Foreign Experts」を企画していて、海外の先生と一緒にテーブルを囲んで直接双方向のコミュニケーションをとれるような工夫をしています。これは肺癌学会では初の取り組みではないかと思います。具体的には、Heather Wakelee先生、Karen Kelly先生、IASLCの現会長のPaul Van Schil先生等をお招きし、研究の面白さ、トップジャーナルへの投稿の秘訣、女性医師の活躍、留学のメリット・デメリット等複数のテーマを設けてディスカッションできればと思っています。
柳澤:医療経済については、高額療養費制度のことが昨今話題になっていることもあり、医師・患者ともに興味が集まる話題ですよね。
高橋先生:高額療養費の話題は難しい問題ですが、避けて通れないと考え、思い切って取り上げました。今回の学会での議論だけでは解決策は出ないと思いますが、課題の共有・認識から始めることに意味があると考えています。
柳澤:最後に読者に向けたメッセージをお願いします。
高橋先生:今回の学術集会を通して、若い学生さんや研修医の皆さんに、肺がんの研究の面白さを伝えたいと思っています。
また、患者さんとご家族の方向けに3日間にわたってPAP(患者・家族向けプログラム)を組んでいます。意見交換の機会になればと思っていますので、ぜひ足を運んでいただけると嬉しいです。
(文責:浅野 理沙)
第66回肺癌学会学術集会開催概要
学術集会ホームページ:
https://conference.haigan.gr.jp/66/
会期
2025年11月6日(木)~11月8日(土)
会場
東京国際フォーラム
〒100-0005 東京都千代田区丸の内3丁目5−1
会長
高橋 和久(順天堂大学大学院医学研究科呼吸器内科学 主任教授)
テーマ
A new era in lung cancer: our mission ―肺がん新時代における我々の使命とは?
