がん治療における放射線療法の意義を考えよう


  • [公開日]2024.02.06
  • [最終更新日]2024.02.05

様々な治療法の進歩に伴い、がん治療の3本柱である放射線治療の可能性も広がりつつあります。そのため、ひとりひとりに合った治療選択を考える上で、最新の放射線治療について理解を深めておくことが大切だと思います。
そこで今回は、放射線治療の普及のために中心となって活動されてきた大西 洋 先生(山梨大学医学部医学域医学系長、副医学部長)に、放射線療法の進歩やリスク・ベネフィット、更には今後の期待についてお話を伺いました。

放射線治療の技術はどこまで進歩してきたか

浅野:まずは従来の放射線治療と比較して、今どこまで進歩しているのか、それによってどんなことが可能になってきたのか教えてください。

大西:放射線の技術は、近年多岐にわたって進歩してきています。例えば、照射の機械や患者さんの固定方法の精度の向上、また臓器の動きや形に合わせて照射の形状や強度を変える照射が可能な高精度放射線治療の登場、さらには粒子線やホウ素中性子捕捉療法(BMCT)などの新規治療法の開発、などが挙げられます。
これらは全て、正常臓器へのダメージを減らし、狙った腫瘍局所に集中的に高い強度で照射することを目的としています。

最近は、一回の線量を増やし少ない回数で治療を完了できる方法(寡分割照射)が普及しつつあり、短期間で治療が終えることができ、通院の負担や感染リスクの軽減などのメリットにもつながります。
更に薬物療法、特に昨今は免疫チェックポイント阻害薬(ICI)との併用による予後余命)の延長も期待できるようになってきました。

放射線治療の高度化・複雑化に伴う課題

浅野:技術の進歩に伴って、放射線のメリットも大きくなってきたことが分かりましたが、一方でリスクを知る必要もあると思います。なにかデメリットなどがあれば教えてください。

大西:開発を進めるにあたり、新規だからこその想定外の有害事象が生じる可能性は否定できませんので、新しい治療法は基本的に臨床試験の中で実施して、治療効果と有害事象を十分に観察していく必要があります。

また、高度な治療になる程、どうしても費用は高くなり、できる施設も限られてきます。これまでは、全国民に平等な医療をという日本の医療方針に則って、均てん化の方向で施策が進められてきましたが、全施設に高価な装置を入れ、医師を配置することには限界があると感じています。均てん化を目指した結果、強度変調放射線治療はがん診療連携拠点病院の6割でしか実施できておらず、アジアでも最低レベルであるのが現状です。放射線治療医数が限られているため、集約化に舵を切りつつ、いかにして効率的に多くの患者さんに高精度放射線治療を提供するのか、という観点で考えていく必要があると思います。また、薬物療法との併用や周術期での放射線療法の実施が進んでいるため、放射線科だけでなく内科や外科などすべての科をセットで集約化していく必要がありますが、全国民に平等な医療を、という日本の医療文化にはなかなかなじまない考え方でもあるため、これは円満な解決策がない課題かもしれません。

浅野:多職種連携(MDT)としきりに言われるように、集学的治療が当たり前になってくると、どうしても全国の病院に同じ体制を整えることがハードルになるのですね。

真の協働意思決定を実現するために

浅野:一方で、科を越えた治療選択肢の多様化が進むにつれて、患者さんが治療を決定することが益々難しくなっていくと思うのですが。

大西:昨今はSDM(Shared decision making:協働意思決定)という単語が頻繁に使われるようになりましたが、実際に言葉の意味を理解して実践できているのは、医者側も患者さん側も一握りだと思います。放射線療法が治療法の一つになり得る場合でも、その選択肢まで辿りつけていない方も少なくないと思います。セカンドオピニオンという考え方もありますが、そもそも最初の治療選択の段階で可能なオプションを全て提示する必要があります。そこで、患者さんの価値観に従って治療を選択していくことが当たり前になるような体制づくり、医師の意識改革が必要です。

また、患者さんにもSDMという考え方をよく理解していただきたいと思っていますので、ぜひそこはオンコロの活動で広げてほしいところです。

まだまだ知られていない放射線治療の可能性

浅野:少し具体的な話に入りたいと思いますが、まさにこんな患者さんにこそ放射線療法を、と先生が考える症例について教えてください。

大西:初回治療から手術と同等に根治を目指して放射線が適用されるべきがん種は、頭頸部がん、前立腺がん、子宮頸がん(扁平上皮がん)、悪性リンパ腫などが挙げられます。また、手術のリスクがある早期肺がんや、また機能温存の観点では食道がんや膀胱がんに関しても、患者さんの希望に応じて放射線療法は検討されるべきだと思います。ただし、手術と放射線を直接比較する臨床試験はなかなか実施しにくいという点で、エビデンス構築のハードルもあります。

浅野:最近早期肺がんでは、放射線+ICIを比較した試験(I-SABR試験)において、標準療法である手術に負けず劣らずの有望な結果出ていたと記憶しています。

大西:今までは手術がスタンダードであった早期のがんを対象に、放射線療法による局所制御とICIによる遠隔転移制御をうまく組み合わせる治療法は、これから様々ながん腫に対して出てくると思います。ただ、臨床試験段階のものが多く、多くのがんに対して実臨床で使えるようになるのはだいぶ先になると思います。早期肺がんは、I-SABR試験に引き続きPACIFIC-4試験やKEYNOTE-867試験が実施中なので、近々また結果が出てくると思います。

浅野:一方で、より進行期に対する放射線療法の可能性はいかがでしょうか。

大西:例えばオリゴ転移は放射線の良い適用だと思います。従来は一つでも転移があるとIV期として全身療法のみが実施されていましたが、オリゴ転移に対する定位放射線治療が保険適応になっています。今後は、局所療法である放射線療法を実施してから全身療法としてICIを使うことで、照射によるアブスコパル効果も期待でき、更に予後延長につながることが期待されています。

実際に患者さんと対峙していると、オリゴ転移の定義には収まらない数の転移巣があり、本来であれば全身療法の適用になる進行症例の場合でも、エビデンスの説明を受けたうえでなお放射線療法を強く希望されるケースもあります。保険診療内で実施できる治療ではないため提供しにくいのですが、個人的にはできるだけ患者さん自身が希望を持てる治療をしたいと考えています。臨床試験の観点では予後延長が一つのスタンダードではあり、そのエビデンスが確立されたものだけが保険適用となっていますが、SDMが重要視されるようになってきた以上は、患者さんの満足感(必ずしも予後延長が第一目的とは言えない)がもう少し評価されてもよいのではないかと感じています。医療費の観点からは完全に制度を変えることは難しいと思いますが、根治可能な症例のみが保険適用上優先されていることには違和感があるのも正直なところです。

浅野:患者さんが受けたいと思う治療こそが最良の治療法であり、それを保険診療内で受けられるようになってこそ、本当に患者さん目線に立ったSDMになるのだと感じました。

もう少し放射線療法の適用について深堀したいのですが、一度放射線療法を受けることで、再発後の治療法に制限はかかることはあるのでしょうか。

大西:臓器には並列と直列という考え方があります。複数の構成要素から成り、それぞれが平行して同じ機能を果たしている臓器を並列臓器と言い、肺や肝臓が該当します。これらは一部の機能が損傷されても他の部分が機能を補うことができるため、再照射も可能です。一方臓器の一部が損傷すると器官としての機能が大きく損なわれる食道や腸管、脊髄などが直列臓器であり、照射による損傷は極力避けるべき臓器です。ただし、例えば脊椎に転移があった場合、従来の放射線療法では脊髄まで当たってしまうために再照射が困難でしたが、高精度放射線療法や粒子線療法を使うことで、脊髄を避けたピンポイントの照射も可能になってきたため、少しずつ再照射の可能な範囲も増えてきています(再照射の教科書が出てきたくらいです)。

また、放射線療法が先行することで、その後の治療選択肢がなくなることを懸念する医師もいますが、照射後に再発した場合でも、手術や再度の放射線療法が可能であることを正しく認識してほしいと思います。

浅野:確かに、放射線療法を選択したあとにもし再発しても、手術や再照射などの選択肢がある、ということは患者さんの勇気にもつながるので、患者さんにもぜひ知っておいてほしいことだと思いました。

患者さんに寄り添う放射線治療を目指して

浅野:最後に患者さんに向けたメッセージや、ぜひ知っておいてほしいことなどがあればお願いします。

大西:“セカンドオピニオン”という単語に囚われて、他の治療選択肢を知りたいということを主治医に言い出しにくい患者さんも多くいると思います。ですが、最初のステップとして十分な説明を受ける必要があり、すべての治療オプションを知ることが当然の権利であること、そしてそれを医師に対して要望して良いということを意識していてほしいと思います。

もうひとつは、日本人は特に“治るためには手術することが必要”という考えが根付いていること、一方で放射線被ばくという言葉のイメージが悪いことなどもあり、日本では放射線治療の正しい知識の浸透がまだまだ足りていないのが現状です。まずは、切除だけが根治への唯一の方法ではないことを認識してほしいと思います。また、年齢問わず有用な情報までたどり着く方法が必要だと思っています。ようやく始まりつつある放射線治療の小中高での教育も重要だと考えています。

浅野:昨年のJASTRO(日本放射線腫瘍学会)2023に参加して、患者会とのコラボなどのプログラムがあまりないと感じたのですが、放射線科というがん種横断的なものでは患者会などの活動は難しいのでしょうか。

大西:患者さんとのコラボに関しては、わたくし自身がまさに重要視しているところであり、自身が大会長を務める次回のJASTRO2024では、患者さん目線を意識したプログラムを組みたいと思っています。それぞれの患者さんの立場でたって役に立つ放射線治療ということを最大の目標に掲げてきたこともあり、今後更に患者さんの声を反映させた活動につなげていきたいです。

大西 洋(おおにし ひろし) 先生
神奈川県小田原市生まれ
1988年3月、千葉大学医学部卒業
1988年4月、千葉大学医学部放射線科研修医
1989年2月、山梨医科大学放射線科助手
1992年7月、成田赤十字病院放射線科
1995年7月、山梨医科大学放射線科助手
2000年1月、米国MD Anderson Cancer Center、Memorial Sloan Kettering Cancer Cener留学
2000年5月、山梨大学医学部放射線科講師
2004年4月、山梨大学医学部放射線科助教授
2007年4月、山梨大学医学部放射線科准教授
2014年1月、山梨大学医学部放射線科教授、山梨大学病院放射線部長
2021年4月、山梨大学医学部医学域医学系長(副医学部長)

専門:放射線腫瘍学(特に肺癌、体幹部定位放射線照射、悪性腫瘍画像診断など)

資格:日本医学放射線学会放射線科認定医、放射線治療専門医、
    第一種放射線取り扱い主任者、

厚生労働省医療技術参与
PMDA特別審査委員
京都府立医大客員教授
日本放射線腫瘍学会理事・高精度部会長
日本医学放射線学会代議員
放射線科専門医会副理事長
内保連理事

表彰:Honorary Fellowship of American College of Radiology (2023)
発明協会山梨県知事賞(2012)
    JJR優秀査読者賞(2012)
日本放射線腫瘍学会阿部賞(2011)
画像診断年間優秀論文賞(2004)
臨床放射線年間優秀論文賞(2006)
日本肺癌学会 篠井・河合賞(2013)
    JRR Award at ICRR 2015 (2015)

特許:胸腹2点式簡易型呼吸位相表示装置(Abches) ⇒山梨大学知的財産 

ガイドライン執筆
・放射線治療計画2004,2008(改定作業委員長),2012
・体幹部定位放射線治療(作成委員長)
・強度変調放射線治療
・画像誘導放射線治療
・呼吸性移動対策
・体内留置マーカ

著書
がん放射線療法 2010, 2017, 2023編著
詳説・体幹部定位放射線治療. 中外医学社. 2006年4月発刊
Cancer Imaging. Lippincott 2007
IGRT book, Lippincott 2010
放射線治療計画ガイドライン 日本放射線科専門医会 2008.
早期のがん治療法の選択101-115.金原出版. 2006年10月発刊
エビデンス放射線治療 中外医学社, 2007.

所属学会・団体:
日本放射線腫瘍学会(理事、健保委員会委員長、ガイドライン委員会委員、将来計画委員、代議員)
日本医学放射線学会(将来計画委員)
放射線科専門医会副理事長
日本癌治療学会、日本肺癌学会、定位放射線治療研究会、高精度外部照射研究会(世話人)、頭頸部腫瘍学会
日本台湾放射線腫瘍学研究会 世話人
ASTRO (American Society of Therapeutic Radiation Oncology)
ASCO (American Society of Clinical Oncology)
IASLC(International Association for the Study of Lung Cancer)

趣味:サッカー、放射線治療の診療報酬改善 

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