「がんをもっと理解するべきだと思った」高校生が描く、がん患者 長谷川一男のストーリー。マンガ動画の制作の裏側を訊く


  • [公開日]2021.06.21
  • [最終更新日]2021.06.21

2021年1月25日 にNPO法人肺がん患者の会ワンステップはマンガ「#私とがん」を公開した。このマンガは関西文化芸術高等学校の高校生が制作した。YouTubeに公開されている動画では、同校の生徒が声優も務めている。そこで本企画の発起人であり、ワンステップ代表の長谷川一男さんに制作の経緯や裏話を伺った。

始まるがん教育、サバイバーの話から気づきを得て欲しい

濱崎:2021年度から中学校で、2022年度からは高校でがん教育が始まります。長谷川さんとがん教育の関わりについて教えていただけますか。

長谷川さん:まず私とがん教育の関わりですが、4年前ほどからがんを小・中・高で教えることになりました。文部科学省はがん教育の目的を「がん教育は、健康教育の一環として、がんについての正しい理解と、がん患者や家族などのがんと向き合う人々に対する共感的な理解を深めることを通して、自他の健康と命の大切さについて学び、共に生きる社会づくりに寄与する資質や能力の育成を図る教育である」と明記しています。そしてガイドラインにはがん患者が外部講師として登用することが推奨されています。

濱崎:そこでサバイバーである長谷川さんも講師として関わっているのですね。授業ではどんなことを話していますか?

長谷川さん:心の面では「人生山あり谷ありで困難がたくさんあります。それに対してどう向き合うか、私の話を通じて考えて欲しい」と伝えています。がんも言い換えるなら人生の谷です。もし自分ががんになったら、もし周りの人ががんになったらと想像してもらうための、いちケースとして経験談を話しています。加えてがんの知識も織り交ぜながら話しています。

濱崎:どうしてがんの知識について話しているのですか?

長谷川さん:2つあります。一つは、知識の偏りをなくしたいと思いがあります。例えば肺がんはたばこが原因で、たばこを吸わないようにすることを学びます。異論ないです。ところが、私はたばこを吸ったことはありませんが、それでも肺がんにかかりました。そういう人もいるということを教科書だけでなく、肌で感じてもらえます。患者の語りで、現実が多様であることが伝わり、それを前提として基本知識を学んでいくことができると思います。もう一つは、少しでも知識があると、もし身近な人ががんになったときに、どう接したらいいか、またがんをどう捉えたらいいのか、少し落ち着いて考えることができるからです。

例えば「がんっていうとどんなイメージを持ちますか?」と生徒さんたちに質問をします。すると「すぐ亡くなってしまう」「怖い病気である」「痩せてしまうイメージ」といった声があがります。そこで、日本人ががんになる罹患率や5年生存率の話をします。また「がんになっても治る人も多く居ます。だからがんに対する社会のイメージと実態は違っているかも知れないよ」と話します。

5年生存率が年々改善されているにもかかわらずがん患者の中には、すぐ亡くなるだろうといった周囲の声に傷付いた方や、就労において不利になった方もいます。知らないことで、誰かが傷つく世の中があるかもしれない。正しく知って、そういう世の中を変えていってほしいと直球で話します。

濱崎:啓発と教育の両方を意識しているのですね。

長谷川さん:はい、ただ個人的な思いを話すというのではなく、基本、がん教育の目的、現場の先生方の意向を組んで組み立てていきます。また、実際に中、高校生の3~4割は身近な人ががんになった経験をしています。多感な時期です。中には「おばあちゃんががんで亡くなって、何もできなかったから後悔している」「お母さんががんになったのは私のせいかな」と思っている子どもたちがいます。がんサバイバーの話を聞くことで、何かしらの気づきを得て欲しいと思っています。

経験談のマンガ化はがん教育の最高の教材

濱崎:マンガ動画の制作はどういった経緯で行われたのですか?

長谷川さん:がん教育に取り組む中で、子どもたちがよりがんのこと、より自分の生き方のことを考える方策がないか考えていました。言い換えると心に深く刻まれて、行動を変えるようなきっかけにしていきたいと思いました。ただ、授業で人の話を聞くだけではない何かを。

ある時、がん教育の授業で講義するのではなく、生徒さんの質問に答える回を設けました。すると各々が主体的に考えて質問する姿がヒントになりました。これをもっと高めることができないかと考えた時に、経験談をマンガ化することはがん教育において最高の教材になると思いました。

制作する過程で、がん患者やその周りの人の気持ちを真剣に考え、時には想像して、それを表現して、社会に発信するからです。しかもその手段は、自分自身が好きなイラストや漫画、アニメ。気持ちが入っていくのは間違いないですよね。

濱崎:そこから今回のプロジェクトに繋がるのですね。関西文化芸術高等学校の生徒さんとはどうやって知り合ったのですか?

長谷川さん:実は、マンガ家であり精巣腫瘍サバイバーである武田 一義さんが制作した私のがん経験のマンガ原案があったので、イラストを制作してくれる方を探していました。すると偶然にも知り合いを介し、関西文化芸術高等学校の校長先生とお話しすることができたのです。

この高校は美術やデザインや音楽や声優などのコースがあり、それぞれの学生が自分の専攻するコースで学んでいます。校長先生から「学びをアウトプットする機会を探している」と言われました。学外の人と関わって、自分自身の好きなことで、アウトプットする、行動すると、生徒たちがより輝いていくことを経験しているそうです。こうしてがんを題材としたマンガの制作が決まりました。

濱崎:制作をした高校生の感想を見て、これこそがん教育の最高のワークショップだと感じました。声優の生徒さんたちは患者さんの気持ちをおもんぱかりますし、イラストレーターの生徒さんたちはどんな心理状況だったのか、それをどう表現したら良いのか考えたと思います。また制作過程がドキュメンタリーとして残されていたことも素晴らしいと思います。

長谷川さん:映像には、真剣に、そしていきいきと取り組んでいる生徒さんが写っていて、こっちが元気になりますよね笑

芸術系の学校と協力して“がんマンガ甲子園”の実施を

濱崎:制作するにあたって高校生とどんなコミュニケーションがありましたか?

長谷川さん:制作にあたって、生徒さんたちに個性を出して欲しいと伝えました。実際にマンガ制作の過程では背景担当と人物の担当がそれぞれのシーンをどう表現するかディスカッションしてくれたのが嬉しかったです。

濱崎:制作にあたっては長谷川さんが細かく指示をするのではなく、大枠を話して、生徒さんに表現は任せたのですね。

長谷川さん:マンガ動画の目的は、私のYouTubeにあげることではなく、あくまでがん教育の一貫です。よって私の経験談から、当事者や家族や周りの気持ちを想像していただきました。

濱崎:制作の裏話を聞かせていただけますか。

長谷川さん:実は私が指摘をして撮り直したシーンがあります。それは治療から6年が経った頃病室に同僚がお見舞いに来たシーンです。カメラで自身のことを記録する私に同僚が「どうだ、そろそろ(闘病ドキュメンタリー制作を)やるか」と言いました。同僚からすると、ずっと仕事をしてきた仲間が病に倒れるんです、治療当初は絶望的な表情でしたが、6年経って目に力が戻っているのです。その時の「どうだ、そろそろやるか」は「お前がやるなら俺も手伝うぞ」の決意の確認です。それが単に疑問系の質問であるとニュアンスが伝わらなかったため1時間くらい撮り直しがありました。

濱崎:このプロジェクトを通じて得た長谷川さんの気づきを教えてください。

長谷川さん:がん教育を行っている理由は、生徒たちががんの正しい知識を得ること、事情を抱えた人との共生、これらを通じて、「生きる力」に役立ってほしいからですよね。でも「生きる力」をもらっているのは僕らの方かもしれないですね。生徒たちのまっすぐな目を見ていると、そう感じるときがあります。

濱崎:今後チャレンジしていきたいことはありますか?

長谷川さん:2022年には全国の芸術系の学校に協力してもらい、がんをテーマにがんマンガ甲子園を実施したいと思います。構想段階ではありますが、様々ながんサバイバーに経験談を話していただき、それをマンガ化して社会に発信していきたいと考えています。生徒たちが学んだことを基に成長し、周りとかかわっていく。その結果として社会が変わっていく。そんな場所の近くにいられるということです。もう最高です。

※現在、神奈川県がん患者団体連合会としてがん教育に取り組んでいます。

『♯私とがん』マンガ動画~がんプロジェクト  ワンステップ×関西文化芸術高等学校

 

高校生によるマンガ制作・マンガ動画制作ドキュメント  がんてなんだろう 生きるってどういうことだろう
私たちができること 2020年8月から3月まで、関西文化芸術高等学校 8か月の記録

(文・鳥井 大吾)

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