日本初!全国規模の食道がん患者会発足の理由と今後の展望


  • [公開日]2021.03.05
  • [最終更新日]2021.03.04

 2020年7月に日本で初めて全国規模食道がんの患者会が立ち上がった。患者の不安の解消と治療後のQOLを上げるための情報発信を行う「食がんリングス」だ。コロナ禍で、インターネットをメインに活動している当団体は2021年4月にはじめてリアルでシンポジウムを実施する。そこで代表理事の髙木 健二郎さんに立ち上げのきっかけや今後の展望について伺った。

5年生存率を調べると当時は3割に満たない数字だった

鳥井:髙木さんの闘病について教えてください。

髙木さん:私は2012年3月に胸部食道がんステージ3の診断を受けました。仕事柄お酒を飲む機会が多かった2012年2月頃に、食べ物を飲み込むのに違和感を覚えるようになりました。ちょうど2週間後に人間ドックがあったので、そこで「原因が分かれば良いな」程度に当時は思っていました。その人間ドックの胃カメラで腫瘍が見つかり、その後食道がんの告知を受けました。

ステージ3で5年生存率を調べると、当時は3割満たない程度と非常に不安でした。そんな時、主治医に「この先希望を持てるのでしょうか?」と質問すると、被せるように「当たり前じゃないですか。そのために治療するのですから」と強く言ってくれ、信頼できると感じました。

鳥井:どのような治療を受けたのですか?

髙木さん術前化学療法として5FUとシスプラチン2クールを2回の期間に分けて投与、その後手術を受けました。食道亜全摘胃管再建術といい、食道を全摘出して、胃を伸ばしてつなげる8時間以上に及ぶ手術です。

また私の場合、転移したリンパ節を切除したあと、声帯を動かす反回神経が麻痺し、声が出なくなりました。人によっては自然と声を出せるようになる方もいるらしいですが、私の場合は数ヶ月経っても声が出せず、発声できるよう声左披裂軟骨内転術を半年後に受けました。

鳥井:半年間声を出せない状態が続いたのですか?

髙木さん:話すと空気が漏れているような感じで、他の人との意思疎通は一切できません。しかし、そこまで落ち込むこともありませんでした。妻とのコミュニケーションはYes,Noで答えられるよう質問の仕方を変えてもらったり、テキスト読み上げツールを使ったりとその状況を楽しむようにしていました。

鳥井:お話を聞くと、とてもポジティブに感じるのですが、元々の性格ですか?

髙木さん:元々の性格もあると思いますが、がん治療を経たことも大きな要因です。告知を受けた時はやはり非常に落ち込みました。朝昼晩と絶えず「食道がんステージ3 生存率」とネットで検索し、少しでも良い数字はないか探していました。結果はどこの情報も変わらず3割弱、それもそのはず、ソースは全てがん情報サービスのがん統計の数値ですから笑

ただ気持ちが変わるターニングポイントがあって、ある時、テレビで野球を見ていたんです。すると打率3割の選手が代打で登場しました。ふと気づくとその3割バッターに非常に期待している自分がいました。見方を変えると「3割」も十分期待できる数字です。だったら良い方向に考えようと思いました。

だから声帯が麻痺した時も、その分多くのがん細胞を摘出したからと思ったり、再発がなく過ごせているのだと思ったりしました。

もちろん大変なこともあって、食道に狭窄がおき、食べることができなくなったことです。よって腸ろうといって、腸から管を通し栄養を補給しました。一気に入れてしまうとダンピングを起こすため、3時間程度、時間を確保してじっと補給をすることが辛い時間でした。その後、食道バルーン拡張術を行い、食事ができるようになりましたが、9年経つ今でも飲み込む際の多少の違和感があります。

食道がんには患者会がないと知った

鳥井:がん治療を経てから、精力的にがんに関わる活動をされている印象ですが、きっかけはあったのですか?

髙木さん:治療してから数年は、がんが理由でパフォーマンスが落ちないように必死に仕事を続けていました。しばらくして2018年にたまたまネットサーフィン中にキャンサーネットジャパンさんのがんナビゲーターを見つけました。

その受講をきっかけに、さまざまながんに関するセミナーに参加をし始めました。当初は自分が再発したときのために情報を知っておこうと思っていました。その後、キャンサーネットジャパンさん主催のがん患者が自身の体験談を話すスピーカー養成イベントOver Cancer Togetherに参加しました。

その際にAYA世代の方々が、自身の体験を活かしてさまざまな活動をしている事実を知りました。若くてもこんなにも志を持って活動している姿が非常に衝撃的で、俺は今まで何をしていたんだろうと思いました。それから漠然とがんに関わる活動をしたいという想いが芽生え始めました。

しかし何をしたら良いかわからなかったので、初めはキャンサーネットジャパンさんや対がん協会さんのイベントにボランティアとして参加していました。

それからしばらくして、2019年12月に食道がんの専門医の先生方と患者さんが交流する機会がありました。そこで先生が「食道がんには患者会がありません。だからこうした交流の機会は非常に大切だと思いました」とおっしゃっていました。初めて患者会がないことを知りましたが、そのときは「誰か立ち上げてくれないかな」と思っていました。

鳥井:それが患者会立ち上げにつながるのですね?

髙木さん:治療当時は先輩患者さんに相談できる患者会の存在も知りませんでした。抗がん剤の副作用や、食道の狭窄で食事ができないことなどの問題は、自分自身で解決しないといけないと思っていました。しかし交流会で食道がんの患者会がない事実を知りました。

それから半年後に前立腺がんの疑いがあり生検を受けました。結果として何もなかったのですが、生検まで受けていたので自分では覚悟していました。生検後にベッドで寝ている時です。天井を見ながら

“今度は別のがんになって気持ちは大丈夫か?

がんになってから今まで、仕事のパフォーマンスを落とさないようにと見栄を張ってきたけどそれはどうだったのか。

いつまでがんになる前の自分に未練を残しているのだろうか。

行動しなければ何も変わらないし新しい自分にもなれない。

だったら行動しよう。食道がんの患者会を作ろう”

と、こう決心しました。6月2日に退院して、1ヶ月後の7月4日に一般社団法人を立ち上げました。

その時に、以前の交流会で出会った消化器の先生方に患者会を立ち上げる旨をメールしました。「がんばってください」程度の返信がくるのだろうと思っていました。

しかし4人の先生とも「ぜひやってくれ!なんでも協力します!」といった想いの込められたメールをいただきました。そうした医療者からの後押しがあり、立ち上げの原動力となりました。

発足当初はWebサイトで体験談を発信しました。というのもネット上にはほとんど食道がんの体験談の情報がなかったからです。

術後の食事などの方法について、医療者から「ゆっくり食べましょう」といったアドバイスを貰います。しかし、医療者は実際に食道の手術を受けてはいないので、体験者が同じ目線で経験を発信することが重要だと思っていました。

そこで、食道がん患者さんにアンケートを実施し、「食道がんを告知された時、聞いておきたい50の質問」を2ヶ月かけて制作して、Webサイトに掲載しました。

今までなかった食道がんに特化したシンポジウムを開催したい

鳥井:運営されてからのやりがいやご苦労を教えてください。

髙木さん:今まで食道がんの患者会がなかったわけです。よって我々の団体を知った時、患者さんから「立ち上げてくれてありがとう」「他の経験者の話が聞けてありがたい」といった喜びの声をいただきます。それがやりがいになっています。

難しいと思った点は、患者さんの問合せ対応です。徐々に問い合わせ数が増えてきて、中には非常に厳しい状況の患者さんもいらっしゃいます。その際にどう対応すべきかわからないことが多々あります。応援してくださる先生方の協力を仰ぎつつ、ひとつひとつできるだけ丁寧に対応しています。

また立ち上げたばかりの団体であるため、活動の財源がありません。よってホームページからチラシから全て自前です。よってやりがいもありますが、運営面での大変さも感じています。

鳥井:今後の展望を教えてください。

髙木さん:会の運営面についてはあくまで我々の考え方ですが、「ある活動にボランティアで参加する」のと「ある活動をボランティアで運営する」のは全くの別物です。我々は患者支援団体という活動を運営しています。これをボランティアで続けることは、持続性がないように思います。持続性を持って活動を続けるためには、ある程度の収益を得て自走する必要があります。そのために収益を得られるようにビジネスモデルの構築をしていかなければなりません。

情報面については、これまでさまざまながんに関するセミナーに参加してきました。しかし食道がんに特化したセミナーは希少でした。消化器系がんのセミナーに参加したときでも、胃や大腸はあれど、食道についてはほとんど語られることはありません。そこに寂しさを感じました。

そこで、食道がん啓発月間である4月に食道がんに特化したシンポジウムを開催いたします。この日は食道がんざんまいです。そもそも「食道がんとは」といった基礎的な内容から外科治療、化学療法、緩和ケアや生活のこと仕事のことなど、さまざまなセッションを設けています。

そして開催に向けて現在にクラウドファンディングにも挑戦中です。立ち上げて半年で活動実績も少なく、企業とのつながりもほとんどありません。正直、持ち出しも覚悟しています。しかし今までなかった食道がんに特化したシンポジウムを開催して、患者さんに届けたいと思っています。

【国内唯一の食道がん患者支援団体が、食道がんに特化したシンポジウムの開催】
https://a-port.asahi.com/projects/shokuganrings/

先輩患者に相談できる環境は非常に重要である

食がんリングスを医療者の立場として応援し、4/17の食道がんシンポジウムに登壇する国立がん研究センター東病院 食道外科 診療科長 藤田 武郎先生に食道がんの特徴や患者会の存在の意義について伺った。

鳥井:他のがん種とは異なる食道がんの特徴を教えてください。

藤田先生:20年以上前は食道がんの手術は命をかけて受けるといった時代がありました。それから、鏡視下手術やロボット手術の普及によって手術の普段や後遺症は徐々に軽減することができました。しかし食道という重要な臓器を治療するため、術後に飲み込みや食べた後のお腹の張りに違いが出てきます。そういった点は他のがんと違った食道がんの特徴です。

鳥井:患者さんはどのくらいの期間、術後の後遺症を抱えるのでしょうか?

藤田先生:患者さんの年齢、持病の有無、がんの進行度によってさまざまです。がんセンター東病院で食道がんの手術を受けられる方の約85%が男性で、平均年齢は68歳。2020年には80歳で手術を受けられる方は全体の14%ほどです。若い方は術後の身体への適応が比較的早い傾向にあり、1年程度で落ち着いてきます。一方でご高齢の方は足腰の筋力に加え、飲み込む力にも影響が及んでいます。よって、食べたものが誤って気管に入ってしまう誤嚥により、肺炎を起こすケースも珍しくありません。

鳥井:こうした日常生活にも大きな影響を及ぼす食道がんにおいて、患者会の重要性をどのようにお考えでしょうか?

藤田先生:食道がんには長らく患者会が存在していませんでした。それは、術後の身体の状態が厳しく、年齢も高齢であった事も一因として想定されます。ただ、誰にも聞くことができず不安を抱えている患者さんが多くいらっしゃいました。よって先輩患者さんに相談できる環境があることは非常に重要だと思います。

鳥井:食がんリングスさんが主催する食道がんのシンポジウムに期待することを教えてください。

藤田先生:まずは治療の正しい知識を学んでいただきたいです。近年はさまざまな媒体を通じて、有効でない治療を実施し高額な治療費を請求するケースをよく耳にします。しっかりと科学的根拠に基づき、どんなことが期待され、さらには臨床試験で検証され、未来に期待される治療が作られるのかをさまざまな専門医から学んでいただきたいと思っております。


国立がん研究センター東病院 藤田先生

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