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1990年に岐阜大学医学部を卒業後、聖隷三方原病院を経て1993年より国立がんセンターに勤務。2010年より、同センターの肝胆膵内科科長。 海外の研究者とともに多くの新治療の開発にも取り組み、我が国での新薬の治験や臨床試験を実施。また膵がん・胆道がん教室を開催し、全国の多職種の医療者とともに研究会を立ち上げて、患者・家族への情報提供の在り方や療養生活の向上にも取り組んでいる。
患者さんや一般市民の声を反映したガイドライン作りに第一歩
浅野:今回のガイドラインは、市民・患者さんの声を反映させた点に新規性があるとのことですが、具体的に教えていただけますか? 奥坂先生:最初は患者・市民から挙がった臨床的な課題や提案を受けてガイドラインの推奨度を検討することを目指しましたが、初めての試みであったため、非常にハードルが高い取り組みでした。 特に患者さんが感じている臨床的課題の特定には、莫大なエネルギーが必要です。今回は4人の方に参加していただきましたが、4人の意見が患者・市民の総意という訳にはいかず、広くアンケートを実施したり、患者・市民参画に重点をおいた論文を集めたりと、試行錯誤を繰り返していました。 今回はその中で、各ガイドラインの項目に対して、患者・市民の意見を受けた文言や項目の修正・追加がなされています。また、患者さんが実際に読んで診断・治療を選んでいくということを意識したガイドラインに近づけたと感じています。 このような試みを通して我々が経験を重ねることによって、徐々に達成されていく、まさに“患者・市民参画は一日にしてならず”ということを実感しました。
患者・市民参画の始まりはガイドライン委員の医師の働きかけから
浅野:今回の取り組みは、患者・市民からの要望によって始まったのでしょうか? 奥坂先生:実はこの活動は、私たちガイドライン委員が、EBM普及推進事業(Minds:質の高い診療ガイドラインの普及を通じて、患者と医療者の意思決定を支援し、医療の質の向上を図ることを目的とした活動)に対して、患者・市民のためのガイドラインの解説書の作成マニュアを作ることを提案したことがきっかけです。そのときのMindsからの返答は、そもそも診療ガイドラインに患者・市民の声が反映されていなければ、その解説書も患者・市民にとって有用なものにはなり得ないというものでした。そこで私たちはまず、診療ガイドライン作成の段階から、一般の方々の意見を取り入れる活動を始めたのです。 診療ガイドライン作成に対する患者・市民参画に対しては、海外をお手本に進めていくことができましたが、解説書の作成マニュアルは国際的にも指針がないため、今後解決していくべき課題として残っています。 浅野:解説書に関しても、2022年の診療ガイドライン改定に合わせて、近々改訂版が作成されるのでしょうか? 奥坂先生:患者・市民向けガイドブックとして、今年(2023年5月26日)発刊予定です。患者さんご自身が読むためのものとしてイメージが湧きやすいようで、患者・市民の皆さんが目を輝かせて参加してくださいました。
患者さんが具体的にイメージできる臨床試験の情報を
浅野:患者・市民からの意見によって作成さられたガイドラインのコラムの中に、情報ニーズの項目がありました。今後我々(オンコロ)のような発信者が患者さんの情報ニーズに対して応えていくために必要なことはなんでしょうか? 奥坂先生:患者さんは(特にセカンドオピニオンでいらっしゃる場合)臨床試験に興味を持たれている方が多いのですが、参加できる治験をタイムリーに紹介できるかどうかは、難しいのが現状です。その際、患者さんから、どうやって自分で情報を調べたらいいのか、今後試験が始まる場合に通知がもらえる仕組みはあるのか、などの質問を受けることがあり、患者さんフレンドリーな情報サイトがあるといいなと感じます。個々の病院からの発信には限界があるため、全国の情報を集約させて分かりやすく伝える媒体が必要と考えます。 浅野:jRCTのWebサイトによって、治験情報の統合は成されつつありますが、患者さんが能動的にアクションを起こさないと情報が取れないことが課題と感じています。今後は、受動的に情報を受け取れるシステムを作っていくことが望ましいのかなと考えています。 奥坂先生:そのニーズは非常に高いと思います。あとは、ハードルは更に高いでしょうが、リアルタイムで各施設の募集人数や登録状況まで分かるものがあるとなお良いと感じます。 浅野:今どこに行けばどんな治験に参加できるのか、患者さんが具体的にイメージできるくらいの情報源が大切なのですね。
プレシジョン・メディスン(精密医療)への期待も
浅野:ここまで、患者・市民参画を中心にお話を伺って気ましたが、今回のガイドライン改訂では他にどのような特徴があるのでしょうか? 奥坂先生:今回の改定にあたり、患者・市民グループに加えて、プレシジョン・メディスングループというものを作りました。すい臓がんは他がん種に比して遺伝子変異に基づく個別化治療はまだまだですが、患者さんの期待は大きいということを反映しています。実際、日本で参加できる臨床試験や使える薬剤が限定的であるからこそ、なんとか治療選択を探すために検査をする患者さんの数は多いです。また、BRCA遺伝子変異が見つかり家族性のがんである可能性が出た場合にどうすべきか、など繊細な問題に関しても、今回はCQ(クリニカルクエスチョン)として取り上げて、答えを出そうと努力しました。 浅野:日本で受けられる治験が少ないことには何か理由があるのでしょうか? 奥坂先生:まずは、早期開発の臨床試験が海外と比較して日本には少ないことがあります。特に対象を絞らずに実施している試験よりも、より魅力的な遺伝子異常に基づいて実施する試験が少なく、患者さんになかなか紹介ができない状況です。 肺がんなどと比較して、当初期待していたように治療標的遺伝子が見つからず、膵臓がんにおけるプレシジョン・メディスンはあまり進んでいませんが、今後少しずつ遺伝子変異に基づく治験が増えていくことで、患者さんの治験に対する理解も深まっていくとよいと思っています。膵臓がんの治療のこれから
浅野:ここからは治療のお話を少し伺えたらと思います。膵臓がんでは手術がカギとなってくると思いますが、有効な薬剤の開発に伴って、これまで手術不能とされてきた症例が、薬物療法後に手術可能になるケース(コンバージョン手術)など増えていくことは期待できるのでしょうか。 奥坂先生:2つの方向性があると思います。ひとつは、今のお話に合った通り、切除不能と判定された症例でも、薬剤を使うことで腫瘍が縮小し、手術可能になるケースが増えていると思います。実際に今回ガイドラインでも、がんの進行に応じた一方通行の矢印ではなく、治療の効果を見ながらもう一度「再評価」に戻る上向きの点線矢印を加え、次の治療を積極的に考える形にしたことも大きな特徴です。