がん治療を行う上で注意しなくてはならない副作用に、口腔粘膜炎をはじめとするお口のトラブルがあります。口腔内の副作用は、そのものが痛みを伴い辛いだけでなく、感染症のリスクが高まることや食事が摂れなくなる、服薬が難しくなるなどの悪影響を及ぼすことも。今回は、こうした口腔内の副作用とその対策、患者さんがとるべき行動について、宮城県立がんセンター 頭頸部内科 診療科長の山﨑知子先生にお話しを伺いました。
山﨑 知子(やまざき ともこ)先生
日本内科学会 認定医、総合内科専門医
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医、指導医
日本がん治療学会 認定医
日本医師会認定産業医
口内炎、感染症、口腔乾燥…口腔ケアの目的はさまざま
茂木:がん治療を行う上で口腔ケアが大切な理由を教えてください。
山﨑先生:まず、定期的な歯科受診は、がんの有無に関わらず大切です。すべてのがん種ではありませんが、歯周病があるとがん発症のリスクが高まるということも示されています。口腔ケアは本当に重要です。
がん患者さんに口腔ケアが必要な理由には、抗がん剤治療による口腔粘膜炎の重篤化を防ぐことや、抗がん剤による骨髄抑制で白血球の数が減り、歯周炎などが感染源となることがあるため、そのリスクを減らす目的があります。また、抗がん剤の副作用は、粘膜だけでなく唾液腺にも影響するため、唾液腺障害による口腔乾燥をケアすることも目的の1つです。さらに、口腔ケアでお口の中がすっきり・さっぱりすることで患者さんの気持ちが前向きになることも期待されます。
治療を完遂させるには、治療後の生活の質を向上させるには口腔ケアは重要です。
医師や看護師だけでなく、歯科医師や歯科衛生士など専門家による口腔ケアを受けることでう歯(虫歯)や歯周病の早期発見につながるなど、口腔ケアはたくさんの目的で必要になります。
抗がん剤治療や全身麻酔による手術の前には口腔ケアを
茂木:とくに注意が必要ながん種はありますか?
山﨑先生:抗がん剤治療を行う場合、口腔ケアはすべてのがん種で必要なのですが、とくに口腔ケアが重要になるのは、治療強度が強い疾患、例を挙げると白血球の数がすごく減るような疾患、たとえば白血病など血液疾患の治療や骨髄移植を行う患者さん、頭頸部がんの化学放射線療法を行う患者さんなどです。
また、全身麻酔を行う患者さんにも、誤嚥性肺炎を防ぐという目的で、術前に口腔ケアが必要になります。
茂木:薬物療法を行わない、手術で麻酔をされる患者さんもお口の中をきれいにしておくということが欠かせないんですね。
山﨑先生:そうですね。全身麻酔の際にも、歯科受診は必要です。歯がグラついているときに、気管内挿管(気管内にチューブを入れる処置)によって歯が折れてしまい窒息に繋がったり、口腔内が汚れていると挿管による刺激で誤嚥することで、誤嚥性肺炎が増えるというデータが食道がんや頭頸部がんで示されています。
茂木:最近では免疫チェックポイント阻害薬など新しい種類のお薬も登場していますが、口腔内の状態やそのケアに影響はあるのでしょうか?
山﨑先生:免疫チェックポイント阻害薬では、口腔粘膜炎はそこまで多く起こるわけではないといわれています。mTOR阻害薬やマルチキナーゼ阻害薬アントラサイクリン系など殺細胞性の抗がん剤、メソトレキセート、フッ化ピリミジン系抗腫瘍薬やタキサンでは口腔粘膜炎がかなり起こりやすいと報告されています。
食後の歯磨きは欠かさずに。できない場合の対処法も
茂木:口腔ケアで欠かせないポイントを教えてください。
山﨑先生:食後に歯磨きを行うこと。歯磨きが難しい場合はうがいを、就寝前に丁寧に歯磨きします。口腔粘膜炎が悪化すると歯ブラシそのものが刺激になってしまうことがありますので、歯ブラシをスポンジブラシに変えるのもよいです。
また、高齢の患者さんも増えており、義歯を使っている方も多いかと思います。義歯の管理も大切で、義歯は自分の歯のように丁寧に扱っていただければと思います。また、無歯顎という、歯が1本もない患者さんは口腔ケアをしなくてもいいのではないかとよく言われますが、無歯顎の方もうがいなどをしっかり行い、清潔に保ちます。
具体的なブラッシングの方法などは宮城県内の関連団体と私たちで「
歯科受診の勧め」という冊子にまとめています。当院では抗がん剤治療を行う患者さんや手術を行う患者さんにこの冊子をお渡しして、「どうして歯医者さんに行かなければならないのか」というところから理解していただいています。
山﨑先生が監修を務めた冊子「歯科受診の勧め」
茂木:こうした冊子は各拠点病院などでは用意されているものなのでしょうか?
山﨑先生:こうした冊子は口腔ケアに関連するメーカーさんも作っていて、各病院やその歯科に置いていることもあります。冊子「歯科受診の勧め」は宮城県内の拠点病院の歯科に置いたり、宮城県歯科医師会のホームページからもダウンロードできたりしますので、手軽に使っていただけます。
茂木:口腔ケアがうまくできているかどうか、自分で確かめる方法はありますか?
山﨑先生:自分で確かめるのはなかなかハードルが高いかと思います。どうしても、歯ブラシ方法によっては磨き残しが出てくるからです。歯科医師や歯科衛生士など専門家の確認を受けるのが一番早道かなと思います。ただ、歯科医院に行くのが難しい場合は、かかっている病院の看護師や医師が口腔内をチェックする習慣があるとよいと思います。
かかりつけの歯科医院?それともがん診療連携登録歯科医?
茂木:がんにかかった場合、まずはどのような行動をとるべきでしょうか?かかりつけの歯医者さんで対応してもらえるのでしょうか?
山﨑先生:歯科医院でがんに関連する口腔ケアを行う際には、医師からの診療情報提供書があるとスムーズです。診療情報提供書には、がんの名前、治療のスケジュールや起こりうる副作用、既往歴、内服薬歯科治療における注意点が記載されていることが望ましいです。がん治療を円滑に行うための口腔ケアですので、治療のスケジュールの記載はとても重要です。
なお、がんに関連する口腔ケアは、全て健康保険の中で賄うことができます。
茂木:「
がん診療連携登録歯科医名簿」というものがありますが、この名簿に記載された歯科医院にかかるほうがよいのでしょうか?
山﨑先生:患者さんにかかりつけの歯医者さんがある場合は、まずそちらに紹介するというのが基本的な流れです。がん診療連携登録歯科医は、患者さんにかかりつけの歯医者さんがなかったり、どこの歯医者さんに行ったらいいかわからない場合に活用します。
茂木:かかりつけの歯科があるかどうかは、病院で必ず聞かれるのでしょうか?
山﨑先生:そうとも限らないのが現状で、がんを診療する医師からすると、口腔ケアのことは二の次三の次になってしまっているという問題があります。血液内科の医師や歯学部を併設しているような大学病院では、歯科に紹介するという流れができているかと思いますが、院内に歯科がないところでは、患者さんへの口腔ケアに関する質問は少しおろそかになりがちかもしれません。
もし、先生から口腔ケアに関する話題が出なかったら、「口腔ケアについてなんですけど…」「歯医者さんに行ったほうがよいという話を聞きました」といった形で伝えると、紹介してもらいやすいかと思います。
患者さんと多職種の連携で口腔ケアを
茂木:最後に、本記事を読んでいる方へメッセージをお願いします。
山﨑先生:がん治療を受けている時は気持ちも沈みがちになり、加えて副作用もあると前向きな気持ちになれないこともあるかと思います。口腔ケアを行うことで口腔粘膜炎の症状が改善することがわかっていますので、是非、口の中の症状で苦しいときには医師や看護師に相談してほしいと思います。また、患者さんだけでなく、医療従事者にも口腔ケアについて知っていただいて、多職種で連携して取り組んでいけたらと思います。
関連リンク
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歯科受診の勧め パンフレットが出来ました
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超実践!がん患者に必要な口腔ケア―適切な口腔管理でQOL を上げる―
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