「いろんな人に支えられている」――みんなの“想い”でつくる無菌室国立成育医療研究センター小児がんセンター長 松本 公一先生インタビュー


  • [公開日]2018.04.13
  • [最終更新日]2018.04.12

 近年、日本の社会貢献への意識に変化が起きています。東日本大震災への支援活動によりNPO(非営利団体)に対する見方が変わり、「寄附」にいたっては、「クラウドファンディング」(Crowd Funding/以下、CF)のような新しい支援の在り方が登場し、多くの関心が寄せられるようになってきました。

 国立成育医療研究センター小児がんセンター長の松本公一先生が、2017年に行なったCFもそのひとつ。松本先生は、「病気の子供たちのための無菌室を作りたい」との思いからCFをスタートし、1,861人の支援を受けて、ゴールとしていた3,000万円を達成されました。

 なぜ、松本先生はCFを選んだのでしょうか。そして、今回の試みから、先生はどんな思いを抱いたのでしょうか。軟部腫瘍体験者でオンコロスタッフの鳥井大吾がうかがいました。

子供たちの命を守る「無菌室」

鳥井:松本先生、3,000万円達成、おめでとうございます!まず、「無菌室」がどんなものなのか、そして、どのくらい必要とされているものなのかをお聞かせください。

松本:ありがとうございます。無菌室とは、常にきれいな空気を循環させることで、患者さんを感染症から守る部屋です。造血幹細胞移植を行なった患者さんなどに必要なものとなっています。

当院では、年間に30件くらいの造血幹細胞移植を行なっていて、それぞれに1ヶ月程度の間、無菌室を使用しなければなりません。現在、当院には2室ありますが、どんどん患者さんが増えていく中で、それだけでは足りなくなっています。しかも、その2室も15年前のもの。メンテナンスはしていますが、シャワーも壊れているし、もう古くてボロボロです。不足を補うために、通常の個室を簡易無菌室として使用していますが、そのための機材を入れなければならないため、病室はとても狭くなってしまいます。そこで、現在の2室を改修し、さらに新規に2室の無菌室を導入したいと考えました。

また、治療する子供たちができる限り辛い思いをしないような環境を作りたいと思っています。
現在、病棟は8階と10階にあります。これまでの無菌室は8階にあるため、10階に入院している患者さんは、8階に移動して無菌室に入る必要がありました。そうすると、看護師さんも変わるし、環境も違ってしまいます。新しい無菌室を10階に作れば、環境を変えずに治療にあたることができ、ストレスを減らしてあげられると考えています。

施設管理に対する国の補助は“ゼロ”……「CFをやってみよう!」

鳥井:なぜ“寄附”で無菌室を作ろうと思ったのか、その経緯をお聞かせください。

松本:当院は国立病院なので、お金がたくさんあるように思う方もいるかもしれません。しかし、国は施設を作ってくれるけれど、その維持についてはとても厳しい。厚生労働省から配分される補助金のうち、施設維持管理に使える資金は非常に少ないのです。

鳥井:えー!

松本:また、当院では小児がんだけでなく、いろいろな病気を診ているため、当然ながらそれぞれの科で必要なものがあります。無菌室は、一応は2室あるので、どうしても優先度が低いと考えられてしまう。本当はいつ壊れてもおかしくないのですけど(笑)。そこで何か資金を集める良い方法がないかと思い、行き着いたのがCFです。

鳥井:CFとは、あるプロジェクトに対してインターネット上で資金を募る、新しい寄附の形ですね。CFを選んだきっかけは何だったのでしょうか。

松本:広報の事務の方が、「CFをやったらどうか」と提案してくれました。当時、長野県立こども病院が、ドクターカーのためのCFで1,500万円を集めたという事例があり、それを見習って「うちでもやろう!」となりました。

スタートから2日で491万円! しかし最初は不安も

鳥井:CFを始めるにあたって、周囲から反対意見などはありましたか。

松本:日本には寄附文化があまりなく、「どこまで成功するの?」という話はありました。海外では寄附が盛んで、小児の病院のうち、何割かは寄附で建っていたりします。そのお金で建てた病棟に寄附者の名前が付いていることもあります。「◯◯さんのビル」のような。

でもそれは日本にはないため、実は私も最初は、「十分に集まらないかも」と思っていました。ですので、当初は目標金額を1,500万円にしたんです。長野のドクターカーもその金額だったので、達成の可能性のあるところで設定しました。

鳥井:しかし、実際始められたら、すぐに達成されたんですよね。

松本:そうなんです。スタートしてから2日で491万円の寄附がありました。1,500万円まで達成したのは4日後くらい。あっという間でした。本当に有り難かったですね。

鳥井:そこからセカンドゴールとして、倍の3,000万円に設定されたと。

松本:そこからはゆるゆるとした伸びでしたが、メディアに出るたびに伸びていきました。有名な写真家さんがSNSで「こんなのがあるよ」と書いてくださったりして。そうするとドンと伸びるんです。いろんな方が支援してくださいました。

鳥井:素敵ですね。これで無菌室の建設は順調に取りかかれるのでしょうか。

松本:本当は、無菌室を2室作るとしたら、3,000万円では全然足りません。1億円くらいかかってしまいます。何もないところに作るなら1室1,500万円くらいですが、今ある無菌室のところに作るとなると、余計に工事費用がかかります。1室5,000万円くらいが必要となるようです。

鳥井:足りない分は、どのように工面されるのですか。

松本:現在、企業からの寄附を募っています。あとは借金で。

鳥井:支援してくれる企業がたくさんあるといいですね。

松本:そうですね。寄附文化がないのは、日本のひとつの問題だと思っています。たとえば、企業が病院に寄附をしたら、より多く減税されるなど、何か世の中に仕組みができれば、もっと企業は公的な病院も支援してくれるのではと思います。企業のイメージアップにもなると思うんですけどね(笑)。

とはいえ、無菌室稼働へ向けて様々なことが加速したのは、寄附をしてくださったみなさんのおかげですし、すごくうれしいことです。ご支援がなければ、あと2〜3年はできなかったと思います。

「いろんな人に支えられている」――CFで感じたのは人の優しさ

鳥井:CFで、心がけていたことはありましたか。

松本:応援してくれている方とのコミュニケーションを大事にしていました。応援メッセージにコメントをお返ししたり、寄附してくれた1,800人全員に返信しました。CFを行なっている間は、毎日返事をしていましたね。

CFは、寄附してくれた人への見返りになるもの(=リターン)を用意することが多いですが、その準備などがとても大変なのかなと思っていました。しかし、CFをお願いしたReady for(※)さんが、「医療のCFの場合、寄附してくれるみなさんはリターンを求めていないことの方が多い。みなさんありがとう、という会を開くなど、手作り感あるものでいい」というアドバイスをいただきました。(※CFサービスの運営会社)

鳥井:なるほど、みなさんの「支援したい」という気持ちに応えるものですね。そのほか、特に良かったと思った点は何でしょうか。

松本:すごく良かったのは、これまで小児がんに接点も興味もなかった人が、「こんな世界があるんだ」と気付いてくれたことです。若い学生さんなどが、おこづかいから3,000円くらいを寄附してくれたこともありました。ものすごくうれしかったです。

三重県の高校一年生が寄附してくれたこともありました。ご自身が小児がんサバイバーというのでもなく、まったくがんに関わりのない子なのですが、記事を読んでチャリティーコンサートの収益を寄附してくれたんです。その後、「子供たちのために」と言って本も送ってきてくれました。

また、ヴィオラの先生をしている方が、寄附集めのチャリティーコンサートを開催してくれたこともありました。その方も、がんでも何でもない人です。そのコンサート会場に来てくださったのも、私の知人ではない方ばかりでした。

近親者に白血病患者さんがいる方が、CFの紹介ページに掲載するプロモーションビデオを作ってくれたこともありましたし。
やっぱり日本人ってすごいんだなと思いました。いい人が多いですね。

鳥井:人の優しさに気付けるのが、CFの良さかもしれませんね。

松本:いろんな人に支えられていると感じました。CFは、「クラウド」(Crowd=群衆)ですから。患者さんたちと医療者だけじゃなくて、みんなが「がんばれ」と応援してくれている。仕事が大変だと思うこともありますが、こんなに支えられているのだからがんばらなきゃいけないと、強く思っています。

「いい無菌室をつくりたい」


※現在、国立成育医療研究センターで使用されている無菌室

鳥井:CFが終了した今、無菌室設置に向けてどのようなことをされているのでしょうか。

松本:現在、無菌室の設計に入っていて、8月あたりには完成し、秋には稼働を予定しています。
いい無菌室を作りたいと思っていますので、「無菌室プロジェクトチーム」を立ち上げて、各地を見学に行きました。埼玉県立小児医療センター、兵庫県立こども病院、大阪大学医学部附属病院、福島県立医科大学附属病院などを訪問し、それぞれの無菌室の善し悪しをうかがいました。

鳥井:無菌室は閉鎖された環境のため、「寂しい」という声もありますね。そのことでの新たな対策はありますか。

松本:現在、いろいろと思案しているところです。従来のものは、お友達が来ても窓から手を振るくらいしかできませんでした。その対策として、無菌室の外とも交流できるようなものを作りたいと思っています。窓の作り方を工夫したり、Skype(※)などで話せるように、ネット環境を作ったりと。(※Skype(スカイプ)は、マイクロソフト社が提供するインターネット電話サービス)

鳥井:着実にいい無菌室作りに向けて進んできていますね。

松本:でも、設置だけできてもダメないんです。新しい2室は、これまで無菌室のなかった10階に設置しますので、その病棟の看護師さんたちはまったく無菌室を使ったことがありません。実際に使えるように学んでもらうために、今から勉強会を開くなどしています。そういった、周囲の環境整備も大切。まだまだやることがいっぱいです。

「全国の小児がんの患者さんが困らないように」――中央機関としての使命

鳥井:それでは最後に、松本先生の今後の夢やビジョンをお聞かせください。

松本:当院は、小児がんの拠点病院であると同時に、中央機関です。目の前にいる患者さんを治すのはもちろん重要ですが、それ以外に、全国の小児がんの患者さんたちが困らない仕組みを作るのが重要だと思っています。地方に住んでいる患者さんが適切な治療を受けられないなどがないように、拠点病院と連絡を取りながらきちんと治療できる仕組みを作りたいですね。

また、長期的なフォローアップも重要です。小児がんを経験した子供たちが大人になるにあたって、何が必要なのか、医療と支援の両方を考えていかなければなりません。夢というか、使命ですね。

鳥井:たくさんの人に支えられた無菌室は、治療のための設備とはいえ、とても温かなものになるような気がします。本日は、素敵なお話をありがとうございました!

(写真・文:木口マリ)

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