【特集記事】非小細胞肺がん治療における血管新生阻害薬の現状と今後


  • [公開日]2017.02.17
  • [最終更新日]2018.12.04体裁修正

オンコロでは、がん治療に関する様々なトピックスについて、全国のオピニオンリーダーにインタビューを実施し、対談形式にて皆さんにお届けしております。

今回は、近畿大学医学部内科学腫瘍内科部門教授 中川 和彦先生に「非小細胞肺がん治療における血管新生阻害薬の現状と今後」について、お話を伺いました。中川先生は、第55回日本肺癌学会学術集会会長、西日本がん研究機構(WJOG)理事長でもあり、がん情報サイト「オンコロ」のメディカル・サポーター代表を務めて頂いております。

肺がん治療における血管新生阻害薬の位置づけ

オンコロ可知(以下可知):非小細胞肺がんにおいては、かねてから「EGFR遺伝子変異陰性」「ALK遺伝子転座陰性」「全身状態が良好な」「75歳未満」「非扁平上皮癌」の患者さんに対する一次治療として、プラチナ製剤併用療法に血管新生阻害薬の一種である抗VEGF抗体ベバシズマブ(商品名:アバスチン)を併用する治療法が肺癌診療ガイドラインにて掲載されており、更には2016年改訂時に「非扁平上皮癌」および「扁平上皮癌」に対する二次治療以降の治療法として、ドセタキセル(商品名:タキソテール)と血管新生阻害薬の一種であるVEGFR2抗体阻害薬であるラムシルマブ(商品名:サイラムザ)が追加されました。そもそも、血管新生阻害薬とはどういった作用を行う薬剤でしょうか。

中川先生:がんは大きくなるために栄養が不可欠です。がんが大きくなっていく過程において、元からある血管から腫瘍血管という新しい血管が作られます。腫瘍血管をとおり腫瘍組織に酸素や栄養が運ばれ、また、腫瘍血管をとおりがん細胞が全身に運ばれて転移がおこります。血管を作る過程において、血管上皮成長因子(VEGF)と腫瘍細胞上の発現する血管上成長因子受容体(VEGFR)が関与しています。VEGFとVEGFRだけが血管新生に関与するわけではありませんが、これらを阻害するための薬剤の開発が進み、非小細胞肺がんにおいては、抗VEGF抗体であるアバスチンが使用され、2015年には新しくVEGFR2抗体であるサイラムザが承認されました。これらの抗体が働くことによって、がん細胞の悪性化を防ぐことが期待されます。

これらの薬剤は、既存の治療法と併用として使用されます。

アバスチンにおいては、非小細胞肺がんの一次治療におけるプラチナ併用療法とアバスチン併用において、様々な臨床試験の結果から奏効率が2倍程度上昇し、無増悪生存期間PFS)も延長しました。しかし、全生存期間OS)においては一部の臨床試験によっては有意差が認められていないため、アバスチンの有用性については疑問視されている部分もあります。

一方、サイラムザは、非小細胞肺がんの二次治療において、ドセタキセルとの併用におけるドセタキセル単剤との比較で、奏効率、無増悪生存期間、全生存期間においてその有効性が確認されています。

アバスチンは出血リスクにより扁平上皮癌に使用ができず。一方、サイラムザは扁平上皮癌でも使用可能

可知:なぜ、アバスチンは扁平上皮癌の方には使用できないのでしょうか?

中川先生:アバスチンの場合、早期の開発試験にて、扁平上皮癌の肺癌患者において大出血での死亡が問題となり、扁平上皮癌は対象から外されてしまいました。そのため、非扁平上皮非小細胞肺癌にのみ適応が承認されることになったのです。また、扁平上皮肺癌でなければ誰でも使えるというわけではなく、腫瘍が大血管に浸潤していると考えられる患者さん、若しくはこれまでの病歴で喀血があるなどの出血リスクの高い方はアバスチンの使用はできません。また、発売当初は脳転移の方についても、脳腫瘍病巣からの出血が懸念されていたため使用できませんでした。その後脳転移の患者さんでも安全に使用できることが臨床試験により証明されたために、現在では使用できるようになりました。それに対して、サイラムザは、扁平上皮癌を対象から外すことなく非小細胞肺がん全体を対象として開発が行われ、その結果においても喀血といったような出血性の副作用が多く認められることはありませんでした。そのため、サイラムザでは2016年の発売当初から扁平上皮癌を除くことなく使われているのです。

実地診療では様々なレジメン(薬剤の組み合わせ)で使用されているアバスチン

可知:なぜ、アバスチンで臨床試験によって全生存期間に差が出たのでしょうか?

中川先生:それはわかりません。米国のECOGというグループが実施した第3相試験では、全生存期間に差がでました(アバスチン併用群12.3か月、非併用群10.3か月、P=0.003)。しかしながら、欧州で実施した比較試験(AVAiL試験)では、全生存期間に差がでませんでした。日本において実施された比較第2相試験(JO19907試験)では、カルボプラチンパクリタキセルにアバスチンを併用するという臨床試験ですが、アバスチン併用群の奏効率は60.7%となり、非併用群の奏効率31.0%に比べて大きな差が示され(P=0.0013)、無増悪生存期間においても明らかな延長効果が認められたにもかかわらず全生存期間には期待する差が出なかったのです。そのため、日本の研究者はアバスチンをプラチナ併用療法に追加しても全生存期間には寄与しないと考えている人も多いようです。ただ、この試験の全生存期間は両群とも23か月程度とものすごく長いものでした。当時の臨床試験にはEGFR遺伝子変異の方も参加されたこともその要因かもしれません。いずれにしてもこの結果は生存期間が長くなると一次治療でのPFSの差が生存期間の全体の差として反映されにくくなることにあるのかもしれません。

ただ、日本ではアバスチンを使用したレジメンを使用してないかというと、そうではありません。ペメトレキセド(商品名:アリムタ)をベースとする場合はシスプラチンを併用しますが、現在の実診療において、入院しながらシスプラチンを使用することがネックとなります。また、ショートハイドレーションを行うことにより通院治療センターで使用することも可能ですが、長く通院治療センターのベッドを抑えなければならないため、実際には調整が中々難しいのです。そのような訳で、現在、ペメトレキセドとの併用としてシスプラチンの代わりにカルボプラチンを外来使用することがありますが、シスプラチンとペメトレキセドより若干効果が弱いように感じられます。どういったレジメンが良いかは明らかになっていませんが、それを補うためにカルボプラチンとペメトレキセドにアバスチンを併用するレジメンが使用されていることが多いようです。西日本がん研究機構(WJOG)の主力臨床試験として、カルボプラチン、ペメトレキセド、アバスチンの3剤併用療法が用いられたことも影響しているかもしれません。

現在、日本では薬価の問題が世間を騒がせていますが、当時は薬価のことをあまり気にしないで、日本の一番良い治療を臨床試験で証明しようと動いていました。維持療法まで高い薬価のアバスチンとペメトレキセドの併用療法を使用するかという財政的な問題は残りますが、外来通院で治療可能なレジメンとして今でもこの3剤併用療法を用いることも多いですね。

長いこと治療法がなかった非小細胞肺がん二次治療に効果を示したサイラムザ

可知:サイラムザについて詳しく教えて頂けませんか?

中川先生:EGFR遺伝子変異やALK遺伝子転座のない非小細胞肺がんの方に、プラチナ併用療法後の二次治療としてドセタキセルにサイラムザを上乗せする治療になります。非小細胞肺がんの二次治療としては、ドセタキセル単剤といわれてきて、かなり久しいものとなるため、サイラムザ併用が認められたことは輝かしい成績であると言えます。

現在、二次治療においては、扁平上皮癌では免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブ(商品名:オプジーボ)を使用することが多いですが、非扁平上皮癌ではドセタキセルを優先する場合もあり、その際にはサイラムザを併用することでその有効性を更に高めることが期待されます。

可知PD-L1陽性細胞1%未満の非扁平上皮癌患者さんに、オプジーボとドセタキセル/サイラムザはどちらを使用することになるのでしょうか?

中川先生:もしかすると、ドセタキセル/サイラムザの方が良いかもしれませんが、そればわからないですね。いずれにしても、使用する順番がどちらがよいか分からない現状では、どちらを先に使用しても構わないと言うしかありません。例えば免疫チェックポイント阻害薬を先に使用しても50%程度の方は全く効果がなく(1回目のCT等で病態進行が確認されるため)、すぐにドセタキセル/サイラムザを使用することになるためです。

EGFRチロシンキナーゼ阻害薬と血管新生阻害薬の併用のポテンシャルは?

可知:EGFR陽性患者さんには血管新生阻害薬を使用することはあるのでしょうか?

中川先生:日本で行われた臨床試験なのですが、タルセバとアバスチンの併用療法とタルセバ単剤治療を比較した第2相試験が発表されています。その結果、奏効率はタルセバとアバスチン併用療法で69%、アバスチン64%と差が示さなかったものの、無増悪生存期間では併用療法で16.7か月、単剤治療で9.7か月と大きな差が付きました(P=0.0015)。ただし、比較第2相試験結果であるためエビデンスとしては弱いものとなります。

現在、タルセバとサイラムザを併用した場合の第3相試験が実施されており、この結果が良いものであれば、EGFR遺伝子変異陽性患者の初回治療として広く用いられることになるでしょう。

なお、EGFR遺伝子変異陽性患者の初回治療として第3世代EGFRチロシンキナーゼ阻害薬であるタグリッソを使用するべきかを問う第3相比較試験が走っており、この結果も気になるところです。この結果が良いものであれば、タルセバ/アバスチン、タルセバ/サイラムザとタグリッソ単剤の中ではどれを選択するべきかという状況になるわけです。更には、タグリッソに血管新生阻害薬を併用した治療法がもっと有効かもしれません。沢山の臨床試験が必要となります。

いずれにせよ、EGFR遺伝子変異肺癌の患者さんについても血管新生阻害薬は重要な役割を担う可能性があります。

参考文献

Paclitaxel-carboplatin alone or with bevacizumab for non-small-cell lung cancer.( N Engl J Med. 2006 Dec 14;355(24):2542-50.)
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa061884

Overall survival with cisplatin-gemcitabine and bevacizumab or placebo as first-line therapy for nonsquamous non-small-cell lung cancer: results from a randomised phase III trial (AVAiL).( Ann Oncol. 2010 Sep;21(9):1804-9. doi: 10.1093/annonc/mdq020. Epub 2010 Feb 11.)
https://academic.oup.com/annonc/article-lookup/doi/10.1093/annonc/mdq020

Erlotinib alone or with bevacizumab as first-line therapy in patients with advanced non-squamous non-small-cell lung cancer harbouring EGFR mutations (JO25567): an open-label, randomised, multicentre, phase 2 study.
Lancet Oncol. 2014 Oct;15(11):1236-44. doi: 10.1016/S1470-2045(14)70381-X. Epub 2014 Aug 27.
http://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045(14)70381-X/abstract

記事:可知 健太

×

この記事に利益相反はありません。

会員登録 ログイン