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はじめに
毎年約2,500人の子供たちが小児がんと診断されています。近年の治療の進歩に伴い、その5年生存率は70~80%と改善しています。一方で、小児がん患者、体験者には大人のがんとは異なる特有の問題もあります。
井本 圭祐さんは、自身も急性リンパ性白血病の体験者として、小児がんやAYA世代(15歳~39歳のがん)の支援活動に取り組んできました。この領域でのパイオニアの一人です。インタビュアーは、がん情報サイト「オンコロ」コンテンツ・マネジャーの柳澤が担当します。
井本さんとの出会い
柳澤:井本さんにお会いしてから随分経ちましたね。
井本:柳澤さんがNPO法人キャンサーネットジャパン(CNJ)で事務局長をされていた時で、福岡で小児がんのイベントをご一緒したのを思い出します。
柳澤:そうでしたね。福岡で小児がん啓発、支援を目的とするレモネードスタンド*もご一緒させて頂きました。今でも毎年開催されているんですね。
井本:はい。昨年も9月に小倉城を小児がんの啓発カラーのゴールドにライトアップし、そこで寄付を呼び掛けるレモネードスタンドも実施しました。
柳澤:オンコロでもご一緒いただきありがとうございました。
井本:小児がん、AYA世代のがん啓発のチャリティーライブ「Remember Girl‘s Power!!」の啓発セッションに登壇したり、笠井 信輔さんの配信番組に出演するなど、良い体験でした。
*レモネードスタンド
中学3年(14歳)の時に急性リンパ性白血病(ALL)*に罹患
柳澤:私が井本さんにお会いしたのは成人されてからでしたが、ALLの罹患と闘病のことを教えて頂けますか?
井本:罹患したのは中学3年になる直前のことでした。ちょうど、小児がんをテーマとした映画をみたばかりでした。
柳澤:中学3年といえば思春期のど真ん中。どんなお気持ちでしたか?
井本:実は、当時はALLとは告げられずに、別の病名として治療を受けていました。ALLと言われたのはすべての治療を終えた高校3年生の時でした。といっても、自分ではなんとなく白血病だとは認識してましたが、自分から聞くことはありませんでした。
柳澤:そうなんですね。今では、小児がんであっても、きちんと病気のことを説明することが多いようですが、まだ子供へのがん告知が難しいと思われていた時期なんですね。告知がない中での治療は、どんなものだったんですか?
井本:ALLは、血液の病気なので、基本的にお薬による治療(化学療法)を3年~4年続け、入院は8か月近くになり、その後、3年は通院していました。
*急性リンパ性白血病
小児がん体験者だからわかったことを形に
柳澤:そんな経験、体験が今のNPO活動につながるんですね?
井本:きっかけは白石 恵子さん(九州がんセンター 臨床心理士、認定NPO法人にこスマ九州* 代表理事)との出会いです。
柳澤:白石さんと出会った当時、小児がんの患者の支援活動などの環境はどんなものだったのですか?
井本:当時も患者会や小児がんの親の会や、小児がんを支援する医療者はいたのですが、小児がんの体験者がメンバーとなり活動支援する会はありませんでした。そんなこともあって、医療者だけでなく、小児がん患者や体験者も一緒に作る会を目指し、スタートしました。始めは任意団体として3年程度活動し、その後NPO法人化、認定NPO法人を取得し、現在、事務局長として活動しています。
*認定NPO法人にこスマ九州
キャンプを通じ小児がん患者の自立を
柳澤:にこスマ九州ではどんな活動をされているんですか?
井本:大きな活動は、もう10年以上続く、現在では年2回開催している小児がんの子供たちを集めてのキャンプ「にこスマキャンプ*」です。小児がんの子供たちは、入院中は同じ病気の友達とのコミュニケーションもあったり、医療者とのコミュニケーションもあるのですが、退院後はそんなつながりも消え、話し相手がいなくなったり、気軽に話せる場所もなくなったりします。そんな子供たちの交流を目的に開催しています。
柳澤:このキャンプはどのような形で運営されているのですか?
井本:私と同じような小児がんやAYA世代のがん体験者が運営に関わっています。他にも医療系の学生さんやボランティアの皆さんに協力いただいています。
柳澤:医療関係の学生さんやボランティアさんにとっても、良い経験になりますね。また、にこスマキャンプならではの決まりもあるそうですね。
井本:はい。心配だとは思うのですが、このキャンプへの保護者のご参加はお断りしています。辛い闘病のこともあり、保護者は子供たちに過保護になりがちと言われています。そのような環境では、子供たちが自立していくことは難しいこともあります。このキャンプを通じて、自立心を養うことも目的としています。また、実際に参加した子供たちからは、保護者のいない環境で、日頃は話せないことを同じ体験を持つ子たちと気軽に話せる良い機会となっていると聞いています。また、異なる世代の子供たちとの触れ合いも良い経験になっていると思います。
*にこスマキャンプ
小児がん体験者にとっても重要な就労問題
柳澤:キャンプ以外の活動はありますか?
井本:小児がんの治療を終え、成長していった18歳~35歳の体験者を対象として、自身の悩みや不安を共有する場「にこトーク*」を開催しています。この世代は、健康で過ごしていても迷いや不安が多い世代です。これに病気のことを考えるとより複雑になります。そんなことを話したり、他の人の経験を聞くだけでも安心できることもあるようです。
柳澤:AYA世代を迎えた小児がん体験者の支援、とても大切なことですね。特にどのような問題が重要と考えていますか?
井本:自分自身も体験して感じるのは、やはり就職、就労についてでしょうか。近年、がん対策基本計画等でも注目される「がんと就労」ですが、これは小児がん体験者にとっても重要です。しかも、働いたことのある成人のがんとは異なり、一度も働いたり就職したことがない小児がん体験者もいて、成人の就労問題とは異なった支援が必要だと思っています。
柳澤:そのような問題解決にはどんなことが必要だと思っていますか?
井本:治療成績が改善されてきたのはとても喜ばしいことですが、長く生きることで、罹患後どのように人生を過ごしていくかという問題が生じていて、まさにこれは小児がん体験者と就労という問題につながります。就労支援には、まずは就労場所の確保が必要になっており、願わくばにこスマ九州自体がそのステップになることができればとも思っています。
*にこトーク
小児がんという目に見えない問題
柳澤:井本さんの活動はもう15年に及ぶと思うのですが、NPO活動を継続するにはいろいろご苦労もあったでしょう。
井本:一番の問題は、活動資金を集めることです。これは片手間でできることではなく、私はNPOの専任の事務局長として仕事にあたっています。
柳澤:私もNPO運営に10年以上関わり、資金調達の難しさは身にしみてわかっています。
井本:先にも触れた通り、小児がん患者の治療成績は向上し、より長生きするようになった体験者の新たな問題への活動、そしてそれらの方々への社会保障も実現できるような提言書など、取り組むことは多岐にわたってきて大変です。
柳澤:そんな中での活動資金に確保は?
井本:認定NPO法人ですから、個人・団体・企業からのご寄付や、毎年製作するチャリティーカレンダーでの寄付金を活動資金に充てています。このカレンダーは小児がんと闘う子ども達の作品を集めて制作しています。企業としては、コストコ*さんにたくさんご支援いただいています。店舗でのチャリティーカレンダーの寄付の呼びかけやにこスマキャンプにも参加していただいており感謝しています。
柳澤:井本さんが活動を始めた頃と随分も時代も変わったと思いますが、井本さんのこれからは?
井本:日本は災害など目に見える困難が多い国です。九州で言えば熊本地震、新年早々の能登半島地震、これらには多くの寄付や支援が届いています。これは日本、日本人の素晴らしい点だと思います。一方で、小児がん患者の多くは治療を終えた後、どのような問題に直面しているかなどが外から見えにくい状態にあります。そのような意味で、小児がん、AYA世代を迎えた患者や現状の啓発、それらの問題解決に向けた働きかけも行わないといけないと思っています。
柳澤:昨年のオンコロでのチャリティーライブでの啓発セッション、井本さんは、体験者である女性と結婚し、お子様をもうけられたと伺いました。ある種、これからの小児がんサバイバーのロールモデルの一人であるかもしれません。益々のご活躍を祈念しています。
*コストコホールセール