※オラパリブ(商品名リンパルザ)は、2017年11月6日、現在、米国で承認されているものの日本では承認されていません。承認申請済みとなり、現在、審査中となります。

遺伝性乳がん・卵巣がん(HBOC)と新薬オラパリブ(リンパルザ)

遺伝性乳がん・卵巣がん(HBOC)とは?

「がん」の原因には、環境要因(日常生活が影響するもの)と遺伝要因(生まれつきもったもの)があると言われています。卵巣がんや乳がん患者さんの中には、遺伝的に極めてがんにかかりやすい体質を持っている人が存在する。

このような体質を持った方々は、「若くして卵巣がんや乳がんを発症する傾向が強く」、「一度乳がんに罹患しても、もう片方の乳房に乳がんが発症したり」、また、「乳房温存療法で治療した方では、温存乳房内で再度乳がんが出現しうる確率が高い」と言われる。

卵巣がん患者や乳がん患者の5~10%が遺伝要因にて発症したものであると言われており、そのうち最も多いものが遺伝性乳がん・卵巣がん(HBOC)となる。

遺伝性乳がん・卵巣がんは、遺伝要因がはっきりしているがんの1つ。BRCA(ぶらっか、ぶらか、びーあーるしーえー)と呼ばれる遺伝子に変異があると、乳がんと卵巣がんに罹患するリスクが高いことがわかっている。

70歳までに乳がん及び卵巣がんにかかる可能性
・BRCA変異陽性乳がん:49%~57%(一般の方(9%)の5~6倍)
・BRCA変異陽性卵巣がん:18%~40%(一般の方(1%)の18~40倍)

乳がん患者の約5%がBRCA変異を有していると言われており、以下の特徴がある。

・若年で乳がんを発症する。
・トリプルネガティブ乳がんである。
・両方の乳房にがんを発症する。
・片側の乳房に複数の乳がんを発症する。
・乳がんと卵巣がんの両方を発症する。
・男性で乳がんを発症する。
・家族内に乳がん、卵巣がん、すい臓がんおよび前立腺がんの方がいる。

※参照元『遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をご理解いただくために(Ver.3)』(2015年11月修正)

アメリカの大女優アンジョリーナ・ジョリーが乳房や卵巣を摘出したのは、BRCA1遺伝子に変異がみつかり、乳がんや卵巣がんの発症を防ぐ目的で摘出したことは記憶に新しい。このような予防療法は欧米では既に実施され始めている。

BRCA遺伝子変異検査を受ける40歳以下の乳がん患者が年々増加 JAMA Oncol(オンコロニュース2016.06.24)

しかしながら、日本において、現在、BRCA遺伝子検査を保険診療にて受けることはできない。一部の医療機関にて、自費で受けることは可能であるが、約20万円程度の費用負担となる。よって、まずはHBOCの可能性が高いか否かをカウンセリングする必要がある。なお、BRCA遺伝子検査は、全米を代表とするがんセンターで結成されたガイドライン策定組織NCCN(National Comprehensive Cancer Network)という団体のガイドラインを主軸に基づいて実施されることが多い。

なお、BRCA遺伝子変異が見つかるとことは、その子孫にも遺伝することを意味しており(子供であれば1/2の確率で遺伝する)、慎重に検査を受けるか決定することが望まれる。

BRCA遺伝子変異とPARP阻害剤オラパリブ(リンパルザ)

ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)とは、DNAの修復に関与する酵素である。PARPはDNA損傷に伴い活性化することで核タンパク質へADP-リボース残基を付加重合する翻訳後修飾反応を行い、DNA損傷の検出と修復、クロマチン修復、転写制御、エネルギー代謝の制御と細胞死誘導の役割を果たすと考えられている。

PARPはDNAの一本鎖切断(single strand break: SSB)、二本鎖切断(double strand breaks: DSB)の両方の修復に関与しており、一本鎖切断の修復は塩基除去修復(baseexcisionrepair: BER)により、二本鎖切断の修復は相同組換え(homologous recombination: HR)により行われる。

オラパリブ(商品名リンパルザ)をはじめとしたPARP阻害剤がBRCA遺伝子変異のある卵巣がん、乳がんの治療薬として注目されたのは、BRCA遺伝子が相同組換え(HR)に関与しているからである。BRCA1は相同組み換え(HR)開始時における一本鎖突出末端の切り出し、BRCA2は相同組換え(HR)を進行させるRAD51フィラメントの形成に関わっているが、BRCA1/BRCA2が欠損したがん細胞では相同組換え(HR)が正常に機能しない。

しかし、BRCA遺伝子に異常があってもPARPの塩基除去修復(BER)によりDNA損傷は修復される。そこで、PARP阻害剤によりPARP機能を不全にすることでPARP、BRCAの両遺伝子ともに欠損させることで細胞死が引き起こされる。このような双方の欠損が合わさり細胞が死に至る状態を合成致死と呼ぶ。

BRCA遺伝子変異

図2

卵巣がんとオラパリブ(リンパルザ)

卵巣がんは子宮頸がん、子宮体がんに次いで罹患者数が増加している婦人科がんであり、死亡者数では婦人科がんの中で最多である。卵巣がんの中でもがん抑制遺伝子として知られるBRCA1/BRCA2遺伝子変異を伴う卵巣がん患者の割合は欧米では5〜10%、国内では7.4%と報告されているようにBRCA遺伝子変異陽性卵巣がん患者の数は少なくない。

BRCA遺伝子変異陽性卵巣がんは、他の卵巣がんとは異なる病態的特性を持つことからもその分子生物学上の特性を考慮した治療薬が必要と考えられていた。そんな背景のなか、2014年12月19日、”3回以上の化学療法による治療歴のある病的あるいは病的であることが疑われる生殖細胞系BRCA 遺伝子変異陽性(gBRCAm)進行卵巣がん”の適応でリンパルザが米国食品医薬品局(FDA)より承認された。

本承認はBRCA遺伝子変異陽性進行がん患者(N=298人,卵巣がん患者193人を含む)に対してリンパルザ単剤療法を投与し、主要評価項目として腫瘍縮小効果、副次評価項目として安全性などを検証した第II相の試験(NCT01078662)である。

本試験の結果、主要評価項目である腫瘍縮小効果は患者全体で26.2% (95%信頼区間;21.3〜31.6%) 、卵巣がん患者では31.1%(95%信頼区間;24.6〜38.1%)であった。また副次評価項目である安全性として最も一般的な有害事象は疲労、吐気、嘔吐、そして貧血であった。グレード3以上の有害事象としては54%の患者で確認された。

以上の第2相の試験における有効性、安全性の結果より、リンパルザは米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けた。なお、2017年8月17日、”BRCA遺伝子変異の有無を問わず、プラチナ製剤ベースの化学療法後に奏効を示している再発上皮性卵巣がん、卵管がんあるいは原発性腹膜がん成人患者に対する維持療法”の適応でリンパルザが米国食品医薬品局(FDA)より追加承認された。

卵巣がんの新薬オラパリブ(リンパルザ)、プラチナ製剤ベース治療後の維持療法が米国で承認(オンコロニュース2017.08.28)

BRCA変異陽性再発卵巣がん 錠剤型のオラパリブ(リンパルザ)がプラチナ製剤後の維持療法で病勢沈静 Lancet Oncologyより(オンコロニュース2017.09.04)

乳がんとオラパリブ(リンパルザ)

欧米では乳がんの罹患者数、死亡者数ともに減少傾向にあるが、日本ではどちらも増加の一途をたどり、1999年以降、乳がんは女性のがんでは胃がんを抜いて第1位の罹患者数、死亡者数である。

乳がんの中でもがん抑制遺伝子として知られるBRCA1/BRCA2遺伝子変異をはじめ遺伝性乳がん患者の割合は乳がん全体の約5〜10%、遺伝性乳がんの約20-25%を占める。BRCA1/BRCA2のいずれかの遺伝子変異保有者の約80%は70歳までに乳がんを発症することが判っているため、その患者には家族歴聴取をはじめスクリーニング検査が重要である。

実際、スクリーニング検査によりBRCA1/BRCA2遺伝子変異を有することが判れば、リスク軽減乳房切除(RRM)により乳がん発症リスクを90%以上減少させられることが判っている。しかし、日本ではリスク軽減乳房切除(RRM)をはじめBRCA1/BRCA2遺伝子変異陽性乳がんに対して保険診療の体制が整っていないのが現状である。

そんな背景のなか、2017年10月23日、”BRCA遺伝子変異陽性の手術不能または再発乳癌”の適応でリンパルザの医薬品製造販売承認申請を日本で行ったことをアストラゼネカが自社のプレスリリースで公表した。

本申請はBRCA1/BRCA2遺伝子変異を有するHER2陰性転移性乳がん患者(N=302人)に対してリンパルザを投与する群(N=205人)、または主治医選択の化学療法(カペシタビン、ビノレルビン、エリブリンのいずれか1つ)を投与する群(N=97人)に無作為に2:1の割合で振り分け、主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)を比較検証した第3相のOlympiAD(NCT02000622)試験の結果に基づくものである。

主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)中央値は化学療法群4.2ヶ月に対してリンパルザ群7.0ヶ月と、リンパルザは病勢進行または死亡のリスク(PFS)を42%(ハザード比0.58,95%信頼区間:0.43-0.80,p<0.001)統計学的有意に減少することが証明された。 以上の第3相の試験における有効性、安全性の結果より、リンパルザは医薬品医療機器総合機構(PMDA)より審査を受け、その承認判断が2018年下半期までに下る予定である。 BRCA遺伝子変異陽性乳がん オラパリブ(リンパルザ)により42%進行リスクを軽減 ~PARP阻害薬による初の実証~ ASCO2017&NEJM(オンコロニュース2017.06.05)

オラパリブ(リンパルザ)の拡大治験

PMDAのサイトによると、現在、以下の拡大治験が実施されています。

・BRCA遺伝子変異を有する進行又は再発卵巣癌

・BRCA変異を有する転移性乳癌(2017/11/23より)

詳しくは以下をご覧ください。

2017年10月31日アップデートされた拡大治験情報 ~BRCA変異陽性乳がんオラパリブが追加~(オンコロブログ2017.10.31)

オラパリブ(リンパルザ)の治験

米国Clinicaltrials.gov(英語)をを確認する限り、以下の治験が参加登録中となっています。日本の臨床試験登録サイトであるJAPICやUMINに掲載されている情報の場合、そちらの情報にリンク示しております。

乳がん対象のオラパリブ(リンパルザ)の治験

十分な局所性治療及び術前補助化学療法又は術後補助化学療法を終了した高リスク生殖細胞系BRCA1/2変異陽性HER2陰性原発乳癌患者に対する術後補助療法としてのオラパリブ(リンパルザ)の有効性と安全性を評価する無作為化二重盲検並行群間比較プラセボ対照多施設共同第3相試験(JapicCTI-142604)

卵巣がん対象のオラパリブ(リンパルザ)の治験

Randomized, Double-Blind, Phase III Trial Olaparib vs. Placebo Patients With Advanced FIGO Stage IIIB-IV High Grade Serious or Endometrioid Ovarian, Fallopian Tube, or Peritoneal Cancer Treated Standard First-Line Treatment(PAOLA-1)(NCT02477644)
(意訳)進行性FIGOステージ3-4ハイグレードの漿液性または子宮内膜性卵巣がん、卵管がん、または腹膜がんに対する初回治療として、標準療法にオラパリブまたはプラセボを上乗せしたときの第III相無作為化二重盲検比較試験

再発プラチナ感受性卵巣癌、卵管癌又は原発性腹膜癌女性患者を対象にオラパリブ単剤又はセジラニブとオラパリブの併用を標準的なプラチナベースの化学療法と比較する 第Ⅲ相試験(UMIN000026475)

前立腺がん対象のオラパリブ(リンパルザ)の治験

新規ホルモン製剤による前治療が無効であった相同組換え修復関連遺伝子変異陽性の転移性去勢抵抗性前立腺癌患者に対するオラパリブ(Lynparza)の有効性と安全性をエンザルタミド又はアビラテロン酢酸エステルと比較して評価する無作為割付け非盲検第3相試験(PROfound)(JapicCTI-173552)

(文:山田 創 & 可知 健太)


この記事に利益相反はありません。

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