大腸がん体験でオストメイトである山下恵子さん。いくつもの苦労があったにもかかわらずとても前向きな性格で人への感謝をとても大切されている山下さんですが、今回「少しでも皆さんのお役にたてるなら」とオンコロな人への出演をして頂けることになりました。夫である山下秀也さんのお話とともに是非ともご覧ください。

山下恵子さん オンコロな人前:山下恵子さん
年齢:50歳
性別:女性
居住:神奈川県
職業:大手電機メーカー
大腸がん体験者

 

Q がんが見つかった経緯を教えてください

ちょうど16年程前になりますが、がんの種類は大腸がんで、直腸がんと診断されました。

排便の際に違和感がある状態が続いていた頃に下血があり、かなり大量の出血をしたので気になって病院に行きました。その場では触診だけだったのですが、1週間後ぐらいに内視鏡の検査を行い「直腸がんです」という告知を受けました。

Q どのような検査や治療をされましたか?

内科で全身くまなく転移していないか、他の部位にがんがないか検査をしました。放射線治療をして、その後に手術をして切除という形をとりました。手術後、飲み薬の抗がん剤治療を半年くらい続けました。その後は他の部位に転移や再発も無く、16年が過ぎています。

Q 告知を受けた時の心境を教えてください

その時はとにかく頭の中が真っ白になった状態で正直何も考えられず、ただただ涙が出てきました。ちょうど結婚して1年ぐらい経った頃だったので、結婚して1年で主人と死別しなければいけないのかという思いがとにかく頭の中に芽生え、死を覚悟しました。最初はそれしかなかったです。

Q ご主人とはどのような相談をされましたか?

手術を受けることはもちろんですが、直腸がんということは、「手術をする=人工肛門を作る」ということになりますので、それをまず回避できるかどうかというところを悩んでいました。

子供のこともありますし、その先の人生のこともありましたのでまずはどこまでの治療をして、どこまでをセーブするのか、最大限の治療をするのかというところを相談しました。例えば、子供のことも考えて放射線を当てる回数を減らしたりするべきかというところの話が一番多かったかなと思います。

Q ご主人のしてくれたことや存在について教えてください

とても大きな存在でした。私がショックのあまり、ほとんど自分から何かをするということが出来なかったので、私に代わって諸々の病気のこと、治療のこと、手術のことについて調べてくれました。まず私が生きる、生き続けることを最優先に治療方針を決めました。

Q 放射線治療について教えてください

放射線治療は手術の前に受けたのですが、手術とは違い痛くも痒くも無く、ただ寝ているだけでよかったという印象です。

Q 手術について教えてください

手術そのものは精神安定剤のようなものを術前に打たれ、それを打たれてすぐ次の瞬間くらいから記憶がありませんでした。次に目が覚めた時には集中治療室で、家族等が周りにいて覗きこんでいる状態でした。気づいたら手術が終わっていました。その日中と翌日ぐらいはモルヒネが入っていたので、痛みも全く無くて病院のフロア内をグルッと歩きました。

モルヒネが取れてからがとにかく痛かったです。お腹の傷も勿論なんですが、お尻の傷も痛くて仰向けに寝られませんでした。どちらか左右に横を向くしか無いのですが、寝返りをうつときも1回仰向けになるのでその瞬間がまた痛かったです。とにかく前後両方が痛かったので、それは辛かったです。

Q 抗がん剤治療についておしえてください

最初は抗がん剤と聞くと髪が抜けちゃうかなとか、気持ち悪くて吐き気がするのかなという印象がありました。主治医から「そんなに強い薬じゃないよ」という話は聞かされていました。
実際治療を始めてみたら、ちょっとムカムカする事はありましたが吐き気までは起きませんでしたし、髪が抜けるとかそういった症状も出なかったので抗がん剤治療に関しては、半年間無事に何の問題も無く終えることが出来ました。

Q 経済的な面についていかがでしたか?

私は仕事をしていましたが、休職中の保障や健康保険などもしっかりしていたので金銭的な不安は正直に言って、ありませんでした。がん保険にも入っていましたのでそちらも使いましたし、金銭的には比較的心配が無い治療が出来たという様に思っています。

Q 病気になったことで何か気づけたものや感謝していることはありますか?

やはり、家族のありがたみはすごく感じました。主人も勿論そうですけれど、主人の両親がすごく良くしてくれました。それこそ、結婚して1年で嫁がこのようなことになったというのは、おそらく主人の両親もショックだったと思います。しかしそういったことはおくびにも出さず、病気に対しての不安を吐き出したりもせず、私に対しての態度等は一切変わりませんでした。

その当時主人の母は、まだ現役で仕事を続けていたのですが愛知県の自宅からほぼ毎週こちらに駆けつけてくれて、家のことや私の下着の洗濯までしてくれて、色んな意味で支えて貰っていたなと今でも感謝しています。

どちらかと言うと私の父は、娘の病気にかなり動揺したようで、自分の親よりも主人の親に精神的に助けて貰ったなと感じています。

Q 医療制度について何か感じたことはありますか?

16年前の話にはなりますが…今でこそセカンドオピニオンは割とメジャーになってきましたし、当時もセカンドオピニオンという言葉自体はありましたがそこまでメジャーではありませんでした。

人工肛門にしなくても済むような治療は無いか、手術の方法が無いか等相談をしたかったのですが、私が手術を受けた病院では全部取ってしまい人工肛門にするしかないというのが前提でした。他の病院を探そうかとも思ったのですが、データを貰うのもこちらから言い出せず、他の病院を受診するにしてもまた同じようなちょっと辛い検査を受けないといけないというのがありましたので、結局は最初に受診した病院で手術を受ける決意をしました。

今は少し時代が違うかもしれませんが、その当時にもう少しデータを貰えて、同じ検査を何度も受けなくても治療方針の話を聞けるような制度があったら良かったのかなという様に思うことはあります。

Q 今後の目標やみなさんに伝えたいことはありますか?

去年同じようにインタビューを受けたことがあるのですが、それまでは正直なところ、あまり自分が病気をしたことで誰かの助けになるということを全く意識していませんでした。

必ずしもがんではない人もいるのですが、ストーマ(人工肛門)と一緒に生活をしていてオストメイトの会に参加して、これから手術をする人や同じような手術をする方から、オストメイトになるということに対して不安であるとか、悩みだとか、どういうことが出来て、どういうことが逆に出来ないのかなどについて、ご本人やご友人、家族の方から相談を受け個人的にお話したことがありました。

自分の体験したことや経験をお話することで、同じような経験をする方の気が少しでも楽になればいいなという思いはありましたが、具体的にどうすればいいかということは思い付けていませんでした。

先日少しセミナーに参加させて頂きましたが、そこでお話をする機会があり、今後もしそういったところでお話する機会があれば、お役に立ちたいなという気持ちはあります。

Q 医療従事者の方に、治療だけでなくて精神的にも支えられたというエピソードはありますか?

今でもすごいなと思いますが、内科で全身くまなく検査を受けたときの看護師さんには、メンタル面ですごく支えて貰いました。すごく気配りが利くというか、看護師さんの存在ってすごく大きいなと思いました。

私が1回退院して、その後に放射線治療を受けると言った際、私が少しいない時に主人に対しても「元気に明るく振舞っているけど、奥さんかなりショックを受けていると思うから、支えてあげて下さいね」と看護師さんがおっしゃっていたそうです。
それを聞いたときに、患者だけでは無くて家族に対してのコメント等もすごく患者のことを思って下さっているんだなということが良く分かりました。外科では元気な看護師さんが多くて、こちらも鬱々としているところに「山下さん元気?」なんて言われると、それもまた「家族だけでなく、周りの人がとても支えてくれているんだな。」と思えたりもしました。

主治医の先生はかなりお忙しいので、なかなかお会いする機会がなかったのですが、看護師さんにはすごく助けられたなと思っています。
下着等を「男の人じゃ分かんないから、私が買ってきてあげる」と言って、買ってきてくれる看護師さんがいらっしゃったこともありました。そういう意味ではすごく助けられて支えられたなと思っています。

Q 医療業界に対して何かご意見はありますか

そうですね…主治医の先生が非常に忙しいという、それは仕方がないことだと思うのですが、直接お話する機会が日々ある訳ではないので、こういうことを聞きたいなと思ったときにすぐに聞けないことが辛いと感じていました。もちろん面談があるのですが、色々他にも聞かなければならないことがあって、なかなかその時に教えてほしいことを聞けなかったりしたことが、困ったところではありました。

自分の体のことについて、今後どういうふうに変わっていくのか?逆に変わらないでいるのかっていうところは勿論人にもよりますし、先のことについては誰もはっきりと分からないことだと思うのですけれど…。

もう少し分かりやすい医学書みたいなものがあるとよいなと思いました。ただ、私がそうだったように冷静に物事を考えられず、現実を見るのが辛くて現実から逃避する傾向にある場合、わかりやすい医学書みたいなものがあっても、ひょっとすると自分が避けてしまった可能性があるかもしれません。それでもあると良かったかなと思うことがあります。

インタビューを終えて

山下さんのお話は周囲の方への感謝の気持ちで溢れていました。旦那さん、家族、先生、看護師さんなど、誰かに助けてもらったという話が多いのはそのことが山下さんのなかで強く印象に残っているからだと思います。周囲の方の支えががん患者さんにとってどれだけありがたいものなのかが、話を聞いていてとても良くわかりました。

医療についてのご意見ではセカンドオピニオンについてもっと情報が欲しかったという話がありました。医療に関する情報は専門性が高く理解が難しく、また医療機関からも十分に話が聞けないという、知りたくても知ることが出来ないというもどかしい状況にあったようです。このオンコロでは知りたくても知ることが出来ない情報や実は知っておいたほうが良いという情報を少しでも多く掲載することで、当時の山下さんと同じような悩みを持つ方へ貢献していきたいと思います。

オンコロな人担当 HAMA

 恵子さんは突然のがんの告知、手術という現実に心細く不安だったと思いますが、毎日決まった時間に夫の英也さんが来てくれることで毎日の生きがいや楽しみになったのではないかと思いました。
病気にかかった時、御家族の支えというのは一番大きいということを感じ、それを支えるのは医療従事者であるということにも改めて気付きました。将来、初めて抗がん剤を使う患者さん、御家族の不安を少しでも取り除き支えていくことのできる薬剤師になりたいです。

薬学ガール(白石由莉)

山下恵子さんの旦那さん、山下秀和さんへのインタビューはコチラ

がん体験談


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