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乳がんステージ4、休職せずにホルモン療法を続けながらこれまで通りの日常を楽しむ日々

[公開日] 2026.11.05[最終更新日] 2026.10.28

プロフィール

お名前
kaofukuさん(ニックネーム)
年代
50代
性別
女性
家族構成
夫と2人暮らし
仕事
会社員
がんの種類
乳がん(ホルモン受容体陽性、HER2陰性、ルミナルA)
診断時ステージ
ステージ4
診断年
2022年
現在の居住地
東京都
写真はイメージです。(AIによる生成)
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 30代で乳がん疑いの手術を経験し、定期的に検診を受けていたkaofukuさん。49歳のとき、胸のへこみに気づいて再検査を受けた結果、乳がんのステージ4と診断されます。突然の宣告にショックを受けたものの、身内の言葉から「がんと共存する」という希望を見出しました。現在は仕事を休むことなくホルモン療法を続け、夫婦での海外旅行など、これまでの日常を大切に過ごしています。そんなkaofukuさんに、病気の発覚から現在の心境、がんと共に生きるための工夫についてお話しいただきました。

30代の乳がん疑いから判明した良性腫瘍

実は私が胸のしこりに初めて気がついたのは、今回がんが見つかるずっと前のことでした。近所のクリニックを受診したところ、触診の段階で「おそらく良性でしょう」と言われました。ただ、「もし心配なら大きな病院に行ってください」と勧められたのですが、そのまま行かずに放置してしまっていたのです。それから少し時間が経ち、30歳を迎えたときに受けた健康診断で、「これは大きな病院に行ったほうがいい」と改めて指摘されました。そこで紹介状をもらい、総合病院を受診することになりました。 当時は現在のように太い針でしっかり組織を採る生検ではなく、細い針を刺して細胞を調べる検査が主流でした。その結果はグレーで、はっきりとした確定診断は出ませんでした。しかし、当時の担当医は非常に経験豊富な方で、画像診断の結果やこれまでの経験から「これは乳がんであろう」と判断されました。すぐに入院と手術の日程が組まれ、本来であれば乳房を全摘出する予定で手術に臨みました。 ところが、術中迅速診断で組織を調べたところ、乳がんではなく良性腫瘍であることがわかったのです。そのため全摘出は行わず、しこりの部分だけを摘出して胸を閉じることになりました。当時も現在と同じように事務職として働いていましたが、職場は常に人手不足の状態でした。そのため、入院する際も同僚たちは「早く治療して戻ってきてね」と温かく送り出してくれました。乳がんでなかったこともあり、退院後はすぐに元の職場へ復帰し、今まで通りの生活に戻ることができました。

数年のブランクを経て再開した病院での定期検査

それからというもの、毎年同じ総合病院で年に1回の定期検査を受け続けるようになりました。元々乳腺症になりやすい体質だったのか、その後の定期検査の間に、左右の胸に乳腺症のしこりが何度か見つかりました。そのたびにしこりを摘出する手術を受け、結果的に良性の乳腺症の手術を3回経験することになりました。そのため、私の胸には手術の跡があり、決して綺麗な形をしているわけではありませんでした。 そんな定期検査の習慣に変化が訪れたのは、病院側のシステムが変わったことがきっかけでした。これまで毎年受けていた定期検査がその病院では受けられなくなってしまいましたが、それでも職場で受ける一般的な定期健康診断は毎年欠かさずに受けていました。 定期検査に通わなくなってから数年後、2年に1度の乳がん検診を受けた際、再び胸の異常を指摘されました。「大きい病院に行った方がいい」と言われ、再び以前通っていた総合病院を受診しました。しかしこのときも、行われたのは細い針での検査だけでした。エコー画像で見るとしこりがコロッとした丸い形をしており、細い針での検査結果も悪くなかったため、「今回もこれまでと同じ、ただの乳腺症だろう」と判断されました。これを機に、またその総合病院での定期検査を再開することになりました。

胸のへこみから判明した乳がんステージ4

定期検査を再開してから2、3年が経過したころ、自分の胸の形に少し違和感を覚えるようになりました。以前から乳腺症の手術を繰り返していたため、年齢とともに形が崩れてきたのかなと最初は軽く考えていました。しかし、ある部分が少しへこんできているのが気になり、2022年の9月、私が49歳のときに受けた定期検査で「先生、ちょっと胸が引っ込んできちゃったんですけど」と自ら申告しました。 その言葉を聞いて、今度はしっかりと太い針を使って組織を採る生検が行われました。その結果、これまでの良性の乳腺症とは異なり、正式に乳がんであることが確定したのです。さらに全身の詳しい検査としてCTやMRI、骨シンチグラフィなどを行った結果、胸骨とリンパ節への転移も見つかりました。原発のしこりの大きさは約5 cmになっていました。遠隔転移があるため、診断はステージ4でした。 長年、良性の乳腺症を繰り返してきた私にとって、ついに悪性のがん、しかもステージ4だと言われたことは大変なショックでした。告知を受けた直後は動揺を抑えきれず、思わず医師に「余命はどれくらいですか」と直接尋ねてしまいました。しかし医師は落ち着いた様子で、「今は全然そういう段階ではありませんよ」と答えてくれました。家に帰ってからインターネットで骨転移の余命について検索してしまったこともありますが、ネット上では悪い情報ばかりが目についてしまい、心配しすぎて体調を崩してはいけないと感じました。それ以降は集中的に調べるのをやめ、必要な情報だけを適度に見るように心がけました。

義弟の言葉で希望を持てたがんとの共存

乳がんでステージ4という診断結果に、私以上にショックを受けていたのは夫でした。夫は以前の職場の同僚でもあり、30代のときに私が乳がんの疑いで手術を受けたことも知っていました。「毎年きちんと検査に行っていたのに、どうして」と戸惑い、精神的に少し追い詰められているように見えました。逆に、私が夫を落ち着かせなければならないほどでした。 そんな中、私に大きな希望を与えてくれたのは、妹の夫である義弟の言葉でした。彼は精神科の医師をしており、今後もしかすると何か手助けが必要になるかもしれないと考え、妹夫婦にだけは病気のことを打ち明けていました。その際、義弟はこう言ってくれました。「一昔前まで、がんは亡くなってしまう不治の病というイメージだったけれど、今はがんと共存しながら長く生きていける方向に転換している時期だ。エイズも昔は死の病だったけれど、ウイルスと共存して生きていける時代になった。がんも同じような経過をたどるだろうから心配しなくていいよ」と。 この言葉に私は深く納得し、気持ちがとても楽になりました。インターネットで骨転移のみのステージ4の乳がんの10年生存率が20~25 %程度だというデータも見ていましたが、それはあくまで過去のデータです。医学は日々進歩していますから、自分が10年経つころにはさらに新しい薬が出ていて、生存率はもっと上がっているはずだと思えるようになりました。1日でも長く生きていれば、新しい治療法に出会える。そう信じることで、将来に対する不安は消えていきました。

下痢の副作用に対処する服薬タイミングの工夫

私の乳がんはルミナルAという、ホルモン受容体陽性で比較的おとなしいタイプでした。また骨転移もあったため、手術はせず、薬物療法で治療を行っていくことになりました。 治療はホルモン療法が中心で、リュープリンとフェソロデックスという2種類の注射に加え、分子標的薬であるベージニオが処方されました。治療を始めたばかりのころは、注射を打った直後に体がだるくなったり、動悸を感じたりすることがありました。また、ホルモンを抑えて生理を止める薬を使用していたため、更年期障害のような症状が出るのではないかと心配していましたが、幸いなことにそういった症状は全く出ませんでした。リュープリンの注射については、年齢的にもう必要ないだろうという医師の判断で、今年の4月に終了しています。 一方で、ベージニオの副作用である下痢には現在も悩まされています。これまでの人生で下痢になった経験が数えるほどしかなかったため、「下痢ってこんなにつらいものなのか」と驚きました。1日2回薬を飲むのですが、通勤電車の中で腹痛が起きると困るので、朝は電車を降りて職場に着いてから飲むなど、自分なりにタイミングを調整しています。

職場の理解を得て休職せずに続ける仕事

仕事に関しては、法律事務所の事務職を現在も休むことなく続けています。私は1人の弁護士の先生に専属でついており、個人情報の観点から他の事務員と仕事を共有することがありません。そのため、病気のことは直属の上司と、仕事でペアを組む同僚の2人にしか伝えていません。 上司にステージ4だと報告した際、最初は手術や入院が必要になるかもしれないと思っていたため、「入院することになっても派遣社員を雇って対応するから、仕事のことは何も心配しないで治療に専念して」と温かい言葉をかけてくれました。結果的に入院は必要なくなり、現在は月に1回の診察の日に午後から半休をもらう形で、無理なく仕事と治療を両立できています。

がんになって見直した生活習慣

がんになってから、生活習慣も少し見直すようになりました。以前は風邪を引いてもすぐに治っていたのですが、治療を始めてからは風邪が長引くように感じることが増えました。風邪を引いてしまうと、抑え込んでいるがん細胞が増えてしまうのではないかという心配があり、人混みに出るときなどは常にマスクをして風邪予防を徹底しています。 また、食事の内容も大きく変わりました。元々は洋食が大好きで、海藻類やキノコ類、お魚などはあまり好んで食べていませんでした。しかし、病気になってからは少しでも健康的なものをと考え、海藻やキノコを意識して食事に取り入れ、全体的に和食中心のメニューにシフトしました。 さらに、運動の習慣も取り入れました。元々運動は好きではないのですが、体力を維持するために、週に3、4回は1日30~40分ほどのウォーキングを続けています。こうした生活習慣の改善は、がんが見つかったからこそ意識できるようになったポジティブな変化だと捉えています。

過度な心配をせず、がんと共に生きる日々

私は昔から旅行が好きで、夫と年に1回は海外旅行に行くのを楽しみにしていました。がんになった今も3年先まで旅プランを決めており、この楽しみを手放すことはしていません。イタリアやフランス、スペインなど、飛行機に乗る時間が長くて体力がいる遠方の国には、行けるうちにどんどん行っておこうと考えています。長期旅行に行く前には、必ず主治医に血液検査の結果を診てもらい、「この期間は薬を休んでも大丈夫ですか」と相談して許可をもらってから出発しています。今では年に1回の海外旅行の際は、休薬しても問題ないという状態を保てています。 病気が見つかってから数年が経ちますが、最初のころに比べると気持ちはだいぶ落ち着きました。最初に5 cmあった胸のしこりは、治療のおかげで現在2 cmほどまで小さくなり、胸骨への転移も大きくなることなく現状維持できています。これ以上腫瘍が大きくなりさえしなければ、それで十分だと思っています。 病気になったからといって、過度に心配しすぎて自分の行動範囲を狭めてしまうのはもったいないことです。私の場合、トイレの場所を事前に確認するなど、下痢に対する備えは必要ですが、それ以外は病気になる前とほとんど変わらない生活を送れています。これからも過度なストレスを溜め込まず、これまで通りの日常を大切にしながら、がんと一緒に生きていきたいと思っています。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がんと向き合っている方に、私からお伝えしたいことがあります。 過度に心配して自分の行動範囲を狭めないでください 病気のことを心配しすぎると、それがかえってストレスになってしまうことがあります。私はステージ4の乳がんですが、これまでとほとんど変わらない日常を送ることができています。余計な心配をして、ご自身の行動範囲や楽しみを狭めないようにしてほしいと思います。 インターネットの情報は参考程度に受け止めましょう ネット上にはさまざまな情報があふれており、調べると悪い情報ばかりが目について不安になることもあるかもしれません。いい情報も悪い情報も、あくまで「参考程度」として受け止めることが大切です。過度に振り回されず、心穏やかに過ごすことを心がけてみてください。

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