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乳がんステージ2B、再発後も職場の温かい配慮で仕事を続けながら大切にする当たり前の日常

[公開日] 2026.11.06[最終更新日] 2026.11.05

プロフィール

お名前
みなみさん(ニックネーム)
年代
40代
性別
女性
家族構成
夫と子ども3人との5人暮らし
仕事
看護師
がんの種類
乳がん(ホルモン受容体陽性、HER2陰性)
診断時ステージ
ステージ2B
診断年
2021年
現在の居住地
関東地方
写真はイメージです。(AIによる生成)
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 2021年、みなみさんは自治体の乳がん検診と医師から勧められたエコー検査をきっかけに乳がんと診断されました。術前化学療法による副作用を乗り越え、左乳房の全摘出手術を受け、その後の治験へも参加しました。しかし、2026年、多発骨転移と肝転移が判明。大きなショックを受けながらも、職場の温かい理解と配慮に支えられて仕事を継続し、現在も新たな治療と向き合っています。当たり前だと思っていた日常の大切さに気づき、周囲への感謝を言葉にして伝えるようになったこれまでの経緯と、今を生きる思いについてお話しいただきました。

乳がんが見つかったきっかけは追加で受けたエコー検査

毎年、自治体から配布されるクーポンを利用し、近所のクリニックでマンモグラフィによるがん検診を受けていました。ある年、担当の医師から「マンモグラフィは乳腺の密度が高いと病変が見えにくく、単独での乳がん感度は約50%にとどまるため、エコー検査を追加すれば感度がさらに向上する」と勧められました。仕事の都合で後日エコー検査を受けた際、医師が左胸を入念に確認しており、「少し気になる箇所がある」と指摘されました。翌月に再検査し、細胞診を受けましたが、その時点では「良性」という判定でした。その後は3か月ごとにエコーで経過観察を続けることになりました。なお、その年のマンモグラフィ検査自体は異常なしという判定でした。 2021年の2月と5月に検査を受けたところ、腫瘍のサイズが徐々に大きくなり、5月の時点では2.4〜2.5cmに達していました。医師からは「これ以上大きくなるようなら、良性であっても摘出したほうがよい」と言われ、次回の8月に判断することになりました。しかし、8月のエコー検査では、これまで綺麗な円形だった腫瘍の境界が不明瞭でギザギザとした形に変化しており、医師の顔色が変わりました。すぐに総合病院を紹介され、その病院であらためて一通りの検査と生検を行いました。1週間後の2021年8月30日、乳がんであることを告知されました。診断時のステージは2Bで、サブタイプはホルモン受容体陽性、HER2陰性でした。

左乳房の全摘出手術を選んだ理由

診断を受けた総合病院の担当医が退職するということで、治療は大学病院で行うことになりました。大学病院では、9月に一通りの精密検査と並行して、遺伝性乳がん卵巣がん症候群を調べるためのBRCA遺伝子検査を受けました。かつて職場の先輩が乳がんに罹患した際は保険適用外だったため高額を理由に受けなかったそうですが、私は保険が使えたため検査を受け、結果は陰性でした。 手術に先行して、2021年9月30日から術前化学療法としてEC療法(エピルビシン、シクロホスファミド)を開始しました。開始前から「この薬は髪の毛がすべて抜ける」と医師から説明を受けていたため、事前にウィッグを準備し、長かった髪も短く切っておきました。治療開始から2週間ほど経つと、手櫛だけで髪がごっそりと抜けるようになりました。その後、12月からはドセタキセルという抗がん剤に変更されました。この薬の副作用で、髪の毛だけでなく眉毛やまつ毛もすべて抜け落ちました。飲み込みづらさを感じる時期もありましたが、食事が全く取れなくなることはありませんでした。 容姿が大きく変わっていく中で、当時まだ小学校の低学年だった長男は、髪がなくなった私の姿を見て少なからずショックを受けていたようでした。娘たちも最初は戸惑って話しかけづらそうにしており、特に次女は高校受験を控える大事な時期だったため、これ以上の動揺を与えないように家では極力明るく振る舞うよう努めました。また、実家の両親には全摘出手術が終わるまでがんであることを隠していました。家でも弱音を吐き出せる場所がなく、精神的に負担を感じる時期でもありました。 半年以上にわたる抗がん剤治療を終え、2022年4月に手術を受けました。医師からは乳房温存手術と全摘出手術の選択肢が提示されましたが、がん細胞を取り残すリスクが少しでもあるのなら生きる確率を高めたいと考え、迷わず左乳房の全摘出手術を選択しました。また、事前の検査で腋窩リンパ節への転移も確認されていたため、リンパ節郭清も同時に行われました。切除した組織の病理検査の結果、腫瘍の広がりは4cmでした。

乳房再建の過程で乗り越えたエキスパンダー感染

術後の治療方針としては、病理結果や今後の乳房再建計画への影響などを総合的に考慮した結果、放射線治療は行わず、ホルモン療法を行うことになりました。その治療開始のタイミングで、主治医から「治験の条件を満たしているため、新しい治験薬による治療の選択肢がある」と提案を受けました。そこで術後補助療法としてのSERD(選択的エストロゲン受容体分解薬)を評価する治験に参加することを決め、治療を開始しました。 全摘出手術によって斜めに一本線の傷ができ、左胸を失った後は、体に左右差がある状態が続きました。衣服の上からはわかりにくいものの、夏場に体のラインが出る服を着るときや、旅行先で大浴場に行くときなどに、周囲からの視線が気になり引け目を感じることがありました。「出産・授乳もとうに終え、子どもたちも大きくなってきたのだから、胸が2つ並ぶことに意味があるのか」と自分に言い聞かせ、割り切ったつもりでいました。しかし、抗がん剤治療で髪が抜け、左胸を失ったことで、女性としての自信をなくしている自分に気づきました。 体調が落ち着き、仕事に復帰していく中で、徐々に「元の姿を取り戻したい」という気持ちが芽生えてきました。一度しかない人生で後悔したくない。もし将来、病状が進行して再建ができなくなったときに後悔したくないと考え、乳房再建を決意しました。私の場合、全摘と同じタイミングでの再建(同時再建)は適応ではなかったため、後日改めて再建を行うことになりました。 2023年12月、左胸にティッシュエキスパンダーと呼ばれる組織拡張器を挿入する手術を受けました。これは、皮膚の下に風船のような器具を入れ、定期的に生理食塩水を注入して少しずつ皮膚を伸ばしていく処置です。 しかし、2024年の2~3月ころから体調が著しく悪化しました。起き上がれない日もあり、挿入部の傷口が化膿し始めました。病院に3日間通って抗生剤の点滴を受け、内服薬も1か月近く飲み続けましたが症状は改善せず、ついには内部のエキスパンダーの一部が皮膚の外に露出してしまいました。感染による悪化のリスクを考慮し、2024年4月にエキスパンダーを一旦除去する手術を受けました。順調に進んでいた再建治療が振り出しに戻ったことは精神的にもつらい経験でした。感染した組織を洗浄して閉じ、半年近く期間を空けた後、2024年9月に再びエキスパンダーを挿入し、皮膚の拡張を再開しました。 その後は感染などのトラブルもなく、皮膚が十分に伸びたことを確認し、2025年9月に遊離皮弁術を行いました。これは、自身の腹部などの脂肪や血管を胸に移植する手術です。 自家組織を入れる場合、膨らみを出すために立体的にする必要があり、胸の傷口はレモン型でツギハギのようになりました(傷口は徐々に薄くなると言われています)。また、下腹部には横に大きな一本線の傷ができ、左右の側腹部は不格好に飛び出た状態(例えるならカレーパンマンの口のような形)になりました。それでも、生理食塩水で膨らませたエキスパンダー特有の硬さとは違い、自家組織を用いた再建によって自然な柔らかさが得られ、服の上から触れても左右差がない状態を取り戻すことができ、大きな喜びを感じました。 今後の乳頭・乳輪の再建については、単体での日帰りオペとなる予定です。乳輪再建には、医療タトゥー(医師が色味を調整しながら複数回注入)や、皮膚移植(外陰部などから移植)といった選択肢があり、私は医療タトゥーを選択する予定です。なお、再建をしない場合でも、シリコン製のトップを専用の糊で貼り付ける方法があり、温泉に入っても取れないそうです。

再発後の仕事を支えてくれたのは職場からの温かい言葉

乳房再建が完了し、ようやく自分の体を取り戻せたと思っていた矢先の2026年1月、仕事始めの時期に強い腰痛を感じるようになりました。階段を下りるのもつらいほどの痛みでしたが、寒い時期だったため坐骨神経痛だろうと思い込んでいました。しかし、痛みが1か月経っても引かなかったため、1月末の定期診察で主治医に相談しました。念のため骨転移を調べることになり、2月に骨シンチグラフィを受けました。その結果を受けて、3月にPET-CT検査、さらに後日造影CTと肝臓のエコー検査が追加されました。乳がんの検査でなぜ肝臓を調べるのかと疑問に思っていましたが、翌日、夫とともに診察室へ呼ばれ、乳がんの再発を告知されました。 再発部位は腰椎や左右の肋骨などの多発骨転移に加え、肝臓にも1cmほどの腫瘍が見つかりました。骨転移だけであれば長期にわたって病気と付き合っていくことも可能ですが、肝臓への転移がある場合、進行具合によっては余命が年単位と短くなる可能性があると説明されました。 実は、前年の12月に父を肝内胆管がんで亡くしたばかりでした。父はがんが判明してからわずか3か月で急逝し、2026年3月に私自身の再発がわかりました。しかも父と同じ肝臓に腫瘍があると言われ、そのショックは計り知れないものがありました。医師からは「原発のがんと遠隔転移では腫瘍組織も違うものですよ」と説明を受けましたが、自分の体を取り戻した直後の宣告、そして父の死の直後ということも重なり、ショックは大きく、帰りの道中は言葉が出ませんでした。 その当時、私は看護師として、保育園で医療的ケア児などを担当する仕事をしていました。保育園で担当する子どもは体重が15〜16kgあり、抱きかかえて移動する介助が日常的に発生します。しかし、多発骨転移がある状態では骨が脆くなっており、介助中に骨折するリスクや、子どもに怪我をさせてしまう危険性がありました。かといって仕事を辞めてしまえば、今後の治療費を稼ぐことができなくなります。どうすべきか悩みながら職場に相談へ行ったところ、管理者や園長から「体調を見ながら、決して無理はせず、働ける範囲で続けてほしい。家に閉じこもるよりも、体調が良いときは外に出たほうが絶対に気分転換になるから」と温かい言葉をかけていただきました。その言葉が嬉しくて涙が出ました。職場の理解と配慮に支えられ、現在も仕事を続けています。

病気を経験して気づいた当たり前の日常に対する感謝

再発と転移が判明したことで、それまで参加していた治験は対象外となり中止されました。代わって、ベージニオの内服と、骨転移に対するランマークの注射による治療が始まりました。ベージニオは非常に高価な薬で、すぐに高額療養費制度の申請を行いました。主な副作用として下痢がありましたが、整腸剤などを併用して症状をコントロールしながら治療を続けました。 しかし、治療開始から約3か月後となる6月に効果判定のCT検査を受けたところ、骨転移に変化はなかったものの、肝臓の腫瘍が1cmから1.4cmに拡大していました。薬の効果が不十分であるとの判断から、7月にカペシタビンへと治療が変更されました。その後、9月に改めて効果判定のCT検査を受けた結果、肝臓の腫瘍が縮小しており、骨転移の画像所見にも改善が見られました。薬の効果が確認できたことで、現在はひとまず安堵しています。 私自身ががんになり、さらに父が肝内胆管がんで急逝した経験を通して、死生観に大きな変化がありました。父の病状の進行は想定以上に早く、訪問看護の経験を生かして自宅で看取りたいという願いも、80歳になる母の介護負担を考慮して断念せざるを得ないほどあっという間の出来事でした。 自分自身の再発や、父が急激に衰弱していく現実を目の当たりにしたことで、当たり前のように続くと思っていた日常は、いつどうなるかわからないのだと痛感しました。だからこそ、家族や友人への感謝の気持ちは、心の中で思っているだけでなく、伝えられるときに言葉にして伝えるようになりました。同年代の人たちには、時間を作ってでもがん検診に行ってほしいと強く伝えています。病状の経過には一喜一憂することもありますが、先のことを調べすぎたり悲観したりせず、今は自分にできることを少しずつやっていこうと思っています。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がんと向き合っている方にお伝えしたいことがあります。 家族や友人への感謝は、思っているだけでなく言葉で伝えてください 私自身ががんになり、そして父を看取った経験から、これまで当たり前に続くと思っていた日常は、いつどうなるかわからないものだと実感しました。だからこそ、家族や友人への感謝の気持ちは、心の中で思うだけでなく、今伝えられるときにしっかり言葉にして伝えていくことが大切だと感じています。 先のことを考えすぎず、今できることを少しずつやっていきましょう 先のことを調べすぎてもきりがなく、悲観して悪い方向へ考えてしまうことがあります。気休めにしかならないかもしれませんが、まだわからない先のことを考えすぎず、今自分にできることを少しずつやっていくことが大切だと思っています。 一人で抱え込まず、思いを吐き出せる存在を作ってください 不安やつらいことなどを一人で抱え込まず、誰かしら、何かしらに吐き出せる存在を作ることが大切です。気持ちが塞ぎ込んで、なかなか前向きになれないときもあるかもしれませんが、家の中に閉じこもらずに、外に出て陽を浴びて、空気を吸って、人と話してみてください。キャンサー友達(キャン友)のように、同じ境遇で共感し合える存在があれば、なおさら心強いのではないかと私個人の思いとして感じています。

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