プロフィール
- お名前
- まぁちゃんさん(ニックネーム)
- 年代
- 60代
- 性別
- 女性
- 家族構成
- 夫と子ども夫婦と孫との5人暮らし
- 仕事
- 音楽大学講師
- がんの種類
- 乳がん(ホルモン受容体陽性、HER2陰性)
- 診断時ステージ
- ステージ3A
- 診断年
- 2009年
- 現在の居住地
- 東京都

乳がん診断のきっかけは、自分で見つけた乳房のしこり
音楽大学の講師として働いていた2008年11月、私は自分で胸にしこりを見つけました。たまたま翌日に、両親が通院している総合病院へ付き添いで行く予定があったため、その際に親の主治医に私のしこりについても相談しました。 するとその医師がすぐに手配してくださり、外科で診察を受け、後日超音波(エコー)検査やマンモグラフィ、生検などのさまざまな検査を受けることになりました。当時の見立てでは、「9mmくらいのごく初期の段階であり、抗がん剤は必要なく、治療するとすれば手術後に放射線治療を行う」というお話でした。 しかし、その総合病院には乳腺の専門科がなかったため、担当医から乳腺専門科がある大学病院への転院を提案されました。その言葉を受け、私はすぐに紹介された大学病院へ転院することにしました。大学病院では、前の病院で行った生検のプレパラートは持参できたものの、それ以外の検査はすべて一からやり直すことになりました。治療方針が定まらない中で抱いた仕事への不安
大学病院で一から検査をやり直しましたが、診察ではしこりの具体的な大きさについては明言されませんでした。最も気がかりだった抗がん剤治療の有無についても、「手術をしてみないと何とも言えない。必要ないかもしれないが、断定はできない」という曖昧な説明でした。 私は音楽大学で講師をしており、抗がん剤治療を行うかどうかによって、翌年度の非常勤の勤務や担当するクラスがどうなるかが大きく変わってしまいます。そのため、年が明けた2月の時点でも今後の見通しが立たないことに、大きな不安を抱えていました。私のその不安を主治医もとても心配してくださり、「多分大丈夫だと思うし、仕事は続けられると思います」と親身に励ましてくださいました。当時の大学病院は手術まで半年から1年近く待つ方もおられる状況でしたが、なぜか私は運良く2月末に手術の予約を取ることができました。私は主治医の「仕事は続けられる」という言葉を頼りに、まずは手術を先行して受けることになりました。手術を経て確定したステージ3Aの診断
2009年2月に、乳房温存手術を受けました。手術は予定よりもはるかに長い時間がかかり、病室に戻ったときはびっくりしました。次の患者さんの手術も遅れてしまうほど、長時間の想定外の事態になっていたそうです。 主治医は床に手をつくほど「非常に申し訳なかった」と謝罪され、「開けてみたらちょっと大変な状況でした」と説明されました。当初の予定通りしこりの場所をくり抜いた後、周りにがん細胞が残っていないか病理検査に出したところ、がん細胞が残っていることが判明したそうです。そのため、もう一度周りをくり抜いて検査を行ったそうですが、そこにもがんがあったため、計3回くり抜いてようやく断端陰性になったということでした。 結果的に乳房を温存することはできましたが、術後の確定診断で突きつけられた現実は厳しいものでした。がんの形状が普通の丸い形ではなく星のように放射状に広がっており、非常に悪性度が高いタイプだと言われました。最初に見つかっていた腫瘍の大きさも2cmを超え、3cmに近い大きさになっており、リンパ節への転移も認められました。診断はステージ3A、ホルモン受容体陽性、HER2陰性でした。 主治医からは「抗がん剤、放射線治療、ホルモン療法がこれから始まります。ちょっと仕事も難しいのではないかと思います」と告げられ、当初の見立てとは全く異なる状況になってしまいました。3月には大学の入試審査員の仕事があったため、仕事に影響が出ないよう主治医が考慮して手術日程を組んでくれていました。しかし、想定外のリンパ節郭清などの手術によって入院期間が数日延びてしまい、結果として退院した翌日にそのまま仕事へ復帰することになりました。自分なりの工夫で乗り切った抗がん剤治療
3月上旬に退院し、4月10日から通院でのCEF療法(シクロホスファミド、エピルビシン、5-FU)が始まりました。3週間に1回のペースで全6コースが終わった後、ドセタキセルを3週間に1回、全4コース行いました。この間、血液検査で白血球などの数値が低すぎて投薬ができず、そのまま帰宅して1週間から2週間後に再挑戦したことが数回あり、結局12月ごろまでかかりました。 食事の面では、味覚障害でご飯が粘土の味に、トマトが血の味になり、味噌汁などの味もわからなくなりました。そこで、自分にとって美味しく食べられるものを探すためにビュッフェに行ったりしました。 また、体も思うように動かなくなり、駅の階段が一気に上がれず途中で休んだり、平坦だと思っていた道が急な坂のように感じられたりしました。勤務先までは電車で1時間ほどかかるため、途中で気分が悪くなってもすぐに降りられるよう、ラッシュを避けて早く家を出て各駅停車を利用するなど、時間にゆとりを持った移動を心がけました。 ほかにも、脱毛を経験したり、爪がすべて剥がれてピアノを弾くのがしんどくなったりと、つらいこともありました。それでも、日々の生活で工夫を重ねたことで、私は大学の授業を一度も休講にすることなく治療を続けることができました。 さらに、日常生活を守るうえで欠かせなかったのが、リンパ浮腫への対策でした。手術でリンパ節を切除した影響でむくみの症状が現れましたが、看護師さんに教わったリンパドレナージを自分で実践しました。また、きつい結婚指輪を外して少し緩めの指輪に付け替え、手がむくんでいないかを毎日確認する習慣をつけるなど、ここでも自分なりの対策を続けました。仕事を続けるために決断したホルモン療法の終了
抗がん剤治療を終え、2010年1月からは全35回の放射線治療が始まりました。雪が降る寒い時期でしたが、平日毎日休まず通院しました。タクシーに乗っても具合が悪いという他の患者さんの声を聞いていましたが、私はあえて片道30分ほどかけて自転車で通うことにしました。交通費を節約する目的もありましたが、帰りに美味しいパンを1個買うなど、つらい治療の中にもささやかな楽しみを見つけてなんとか通い切りました。 2010年4月から始まったホルモン療法では、薬の副作用が生活の質に大きな影響を与えました。特につらかったのが手根管症候群による手のこわばりと強い痛みです。朝起きたときはトイレットペーパーをちぎることもできず、ピアノを弾く際も指を自由に動かすことができず仕事に支障が出ました。リンパ浮腫の専門科を紹介され、サポーターや湿布で対応しましたが、痛みは限界に達していました。ホルモン療法は、当初は最低5年、できれば10年続ける予定でしたが、「元の自分に戻りたい」という強い思いから、約6年が経過した時点で主治医と相談し、終了する決断をしました。主治医に託した一枚のメモに込めた想い
このように自分の気持ちや状況を率直に伝え、主治医と相談しながら治療を進める姿勢は、抗がん剤治療の当時から変わりませんでした。抗がん剤治療中は腫瘍内科医の担当となるため、主治医と話す機会は少なくなりましたが、主治医は、当初「抗がん剤はないだろう」という見立てだったのが一転して治療が必要になったことや、私の今後の仕事への影響をとても心配してくださっていました。そこで私は、自分が今どのような状況で、どのように工夫して治療を受けているかを簡単にメモ書きし、担当の腫瘍内科医にお渡ししました。 すると、腫瘍内科医がすぐに主治医へメモを届けてくださり、それを読んだ主治医が私のところに飛んできてくださいました。 当時は抗がん剤治療に対する恐怖心から、聞いただけで尻込みしたり、一度の副作用で治療を拒否してしまったりする患者さんも多い状況でした。そうした中で、副作用のつらさに自分なりの工夫で立ち向かい、一度も仕事を休まず前向きに治療を乗り切っている私の取り組みに、主治医はとても感銘を受けてくださったのです。 主治医からは「抗がん剤を恐れて諦めてしまう方が多いなか、このように工夫して前向きに乗り切っておられる実体験は本当に貴重です。ありがとうございます。このお話を、ぜひ他の患者さんたちにも伝えさせてください」と大変感謝されました。病気を経験して変化した人生観
がんになる前、私は「努力すれば何でもできる、頑張ることが大事」と信じて生きてきました。しかし、同じ時期に入院し、抗がん剤治療に耐えられず途中でやめてしまったり、何も悪くないのに亡くなってしまったりする同室の方々を目の当たりにしました。 その経験から、「どんなに頑張っても思うようにいかないことがある」という事実と向き合ったことで、私の人生観は大きく変わりました。できないことを悲しむのではなく、ダメなことはダメと受け入れ、その上で今自分にできることを見つけて楽しむという思考に切り替わりました。 また、同居する家族が私を過剰に病人扱いせず、いい意味でいつも通りに接してくれたことも、大きな心の支えになりました。現在、手術から約17年半以上が経過しました。術後10年で大学病院の定期フォローは卒業し、今は地元のクリニックで年に1回、マンモグラフィとエコー検査を受けています。 私は今も、がんに罹る前と変わりなく日常生活も行い、音楽大学の講師として休むことなく仕事を続けています。がんサバイバーとして暗く落ち込むのではなく、毎日を明るく普通に過ごす私の姿が、他の悩みを持つ方々に対して少しでも前向きな力になれているのなら、がんの経験にも大きな意味があったのだと心から感じています。今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 今できることを見つけて楽しむことが大切です 治療中は「頑張れば乗り越えられる」と思いがちですが、どれほど努力してもどうにもならない現実もあります。できないことを悲しむのではなく、「ダメなものはダメ」と一度受け入れ、その上で人それぞれ違う方法がある中「今の自分にできること」を見つけて、ささやかな楽しみを探すことが、前向きに治療を乗り切る力になります。 自分なりの工夫で治療のつらさは和らげられることもあります 食事の工夫の見直しなど、自分なりに過ごしやすい方法を探して実践することが大切です。与えられた治療にただ耐えるだけでなく、「どうすれば快適に過ごせるか」を考えて工夫することが、前向きな気持ちを保つ助けになると思います。がん体験に関するインタビュー参加者募集中
オンコロでは、がん体験をお話しいただける方を対象としたインタビューを実施しております。応募条件など、詳細は下記の応募フォームをご確認ください。この体験談をきっかけに、治験についてもっと知ってみませんか?
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