• 検索
  • お問い合わせ
  • お知らせ
  • メニュー
  • がん種
  • ニュース
  • 特集
  • 治験
  • リサーチ
  • イベント
  • 動画
  • 患者会
  • 辞典
  • お役立ち

非小細胞肺がんステージ3B、治療と仕事を両立し家族との今を大切に生きる

[公開日] 2026.10.19[最終更新日] 2026.10.06

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:カツノリさん(ニックネーム) 年代:50代 性別:男性 家族構成:妻と子ども2人との4人暮らし 仕事:会社員 がんの種類:非小細胞肺がん(肺腺がん) 診断時ステージ:ステージ3B 診断年:2024年 現在の居住地:千葉県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 2024年12月、カツノリさんは、非小細胞肺がんステージ3Bと診断されました。仕事や家庭で重責を担う中でのがん告知でしたが、カツノリさんは、入院中もリモートワークを活用して治療と仕事を両立させました。免疫チェックポイント阻害薬による維持療法中に脳転移も経験しましたが、標準治療を完遂し、現在は定期的な経過観察を受けながら日常を送っています。がんを経験したことで、家族と過ごす時間を最優先にするなど、生活における優先順位を見直したカツノリさんに、治療中の心の持ち方や、日々の生活を充実させるための工夫についてお話しいただきました。

胸の痛みから発覚した肺がんの疑い

最初に身体の異変を感じたのは、2024年8月下旬のことでした。夜、布団に入って仰向けになると右胸に痛みを感じるようになり、痛みを避けるために横向きで寝る日々が続きました。当初は逆流性食道炎を疑い、近所のクリニックで胃内視鏡検査を受けました。結果として逆流性食道炎は見つかったものの、最も軽症であるグレード1との診断であり、胸の痛みの直接的な原因とは考えにくいと医師から説明を受けました。 しかし、その後も胸の痛みが続いていたため、10月30日に総合病院で人間ドックを受診しました。その際、自分でも胸の症状が気がかりだったことから、オプションとして胸部CT検査を追加しました。すると、11月1日の金曜日に総合病院から「人間ドックの結果について直接お話ししたいことがある」と電話が入りました。予定が合わず、翌週の11月9日に病院へ向かうと、追加した胸部CT検査の画像から肺がんの疑いがあると告げられました。 私は翌日の11月10日から仕事でヨーロッパへの出張が控えていました。その事情を総合病院の医師に伝えると、出張から戻った後にすぐ詳しい検査が受けられるよう、がん専門病院への紹介や予約の手配を即座に行ってくれました。出張中も不安はありましたが、がん専門病院で精密検査を受ければ実はがんではなかったと言われるのではないかという一縷の望みも抱いていました。

ヨーロッパ出張中の情報収集

出張中、「もし、本当にがんだったら」と最悪の事態を想定し、スマートフォンでさまざまな情報を調べ始めました。一番知りたかったのは、余命や残された時間の目安、治療にかかる費用、子どもたちにどう伝えるべきかという点でした。 当時、私の両親はすでに亡くなっていたのですが、父親は食道がんだったこともあり、自分もいつかがんになる可能性があるという思いは以前からありました。また、これまで自分の人生を頑張って生きてきたという自負もあったので、自分自身の命が短くなることに対する恐怖はあまり感じませんでした。それよりも、亡くなった後に残される家族に対して今何をしておくべきかという現実的な対応策に関心が向いていました。

非小細胞肺がんステージ3Bと診断

出張から帰国した直後の11月20日、紹介されたがん専門病院を受診しました。当初は呼吸器外科に案内されましたが、画像検査の結果、腫瘍の広がりなどから外科的な手術の適応にならない可能性があると判断され、すぐに呼吸器内科へ回されました。その日と翌日の2日間及び12月2日に精密検査を受け、12月6日の診察で非小細胞肺がん(肺腺がん)のステージ3Bと診断されました。腫瘍の大きさは4cm程度でしたが、リンパ節への転移がありました。 治療方針は、抗がん剤治療に放射線治療を併用する同時化学放射線療法で、完治を目指すという明確なものでした。主治医からは「必ず完治するわけではない」と念を押されましたが、治療への道筋がはっきりと示された状態でした。また、これまで別の病院で受けてきた過去4年分の健康診断の画像データを取り寄せて確認してもらいましたが、前年の画像には明確な腫瘍の影は見当たらず、1年で急速に進行した可能性が高いことがわかりました。 また、非小細胞がんの治療において鍵となる遺伝子検査についても、この最初の精密検査の段階で行われていたようです。ただ、当時の私には遺伝子変異や分子標的薬といった知識がなく、医師から説明があったのかもしれませんが、全く覚えていません。後になって自身で調べて知識がついてから主治医に「遺伝子変異があり、私に適合する分子標的薬はありますか」と尋ねたところ、「最初の検査の時点で調べており、適合するものはない」と説明を受けました。

娘は検索履歴から病状を察知

診断結果を聞いたその日のうちに、病院に付き添ってもらい一緒に主治医から説明を聞いた妻とともに子どもたちに病気のことを伝えました。当時、上の子どもは小学5年生、下の子どもは小学3年生でした。私が「お父さん、がんになっちゃったんだ」と告げると、上の娘からは「知っていたよ」という思いがけない言葉が返ってきました。娘に私のスマートフォンを貸した際、検索履歴に肺がんやステージといった言葉が残っているのを見て、娘はインターネットで検索し、状況を察していたのです。さらに、私と妻がひそひそと深刻な話をしている様子を見て確信を持っていたようでした。一方、下の息子はまだ幼く、気にしていない様子でした。 その後、病院に相談したところ、学校の担任教師にも病気の事実を伝えたほうがいいというアドバイスを受けました。親ががんに罹患したことを学校に共有しておくことで、子どもたちの態度が不安定になったり、変わった様子が見られたりした際にすぐ連絡を取り合えるようにするためです。

休職せずに個室でのリモートワークを選択

12月に12日間、と翌年1月に10日間入院し、シスプラチンとビノレルビンを用いた抗がん剤治療を受けながら、並行して全30回の放射線治療を受けました。 私は会社に対して、肺がんの疑いが出た段階で近い上司に報告し、確定診断が出た後に必要な同僚に情報を共有しました。治療に際して、休職制度や病気休暇を利用することはしませんでした。約10日間の入院中、抗がん剤を投与するのは2日間(1日目と8日目)だけであり、副作用で体がつらくなったら横になればいいと思いました。概ね体調は安定していましたが、だるさを感じた日もあり、その場合は横になって休むようにしました。会社の上司や同僚に情報を共有していたことで、仕事の連絡メールに対応できないときは同僚がカバーしてくれました。 入院中は会社に在宅勤務の扱いとして申請し、病室にパソコンを2台持ち込んで仕事を続けました。出張先のホテルで仕事をするような感覚で、食事も提供され、時折看護師が体温を測りに来る環境の中で、おおむね通常通り業務をこなすことができました。事前に有給休暇を申請することはせず、抗がん剤の副作用でパソコンを立ち上げられなかった日だけを事後報告で休みにする形で対応しました。がん保険に加入していたため、診断一時金として支払われた100万円を使って、個室に入院することができました。そのため、周囲に気兼ねなく仕事ができ、体調が悪いときにすぐ専用のトイレを使える環境は精神的な負担を劇的に減らしてくれました。 1日目の抗がん剤を投与する日に気分が悪くなることはありませんでしたが、その日は制吐剤や生理食塩水も大量に点滴にて投与します。1回500mlの生理食塩水を1時間程度かけて何度か投与するのですが、終わると30分後にはトイレに行きたくなります。実際、同程度のお小水が出ますし、抗がん剤によって腎臓機能に影響が出ていないかを調べるために、その都度、お小水を紙コップに取って量を計測します。また、抗がん剤投与の翌日以降に吐き気を感じることがあると事前に言われていたので、トイレが近くにあり、気分が悪くなればすぐ行けるという安心感は入院生活の負担を大きく和らげてくれました。

食欲不振を救ったカップ焼きそば

私の場合、1回目の入院時の抗がん剤の副作用は比較的軽い方でした。抗がん剤を投与した翌日は普段通りで、翌々日の朝食後から全身のだるさや軽い吐き気が現れた程度でした。その日は無理をせず、仕事を休んでベッドでゆっくりと過ごしました。 しかし、2回目の入院の際は、抗がん剤投与の翌日以降に少し副作用が強く出ました。食欲自体はあるものの、病院の食事が喉を通らず、投与前は10分で食べ終えるはずの食事を30分かけても半分残してしまう日が数日続きました。次の食事が運ばれてくるのが憂鬱になるほどでした。そんな夜の8時ごろ、何か食べられそうなものはないかと病院内のコンビニにいったところ、ふとカップ焼きそばなら食べられそうな気がしました。コンビニで提供しているお湯を入れて病室に持ち帰り食べたところ、とても美味しく完食することができました。 翌日、食事を残してしまったことを看護師に謝罪し、正直にカップ焼きそばを食べたことを伝えると、看護師は「食べられなくなるのが普通です。食べられるものは何でも食べたほうがいいですよ」と肯定してくれました。気持ちが悪くても、自分が食べられるものを見つければ食べられるのだという事実は、治療中の気持ちを少し明るくしてくれました。

同時化学放射線療法を終えて維持療法を開始

全30回(60Gy)に及ぶ放射線治療は、12月下旬の第1コース入院中(1〜4回目)からスタートしました。その後、年末年始の外来通院(5〜12回目)、1月中旬の第2コース入院(13〜20回目)、そして最後の外来通院(21〜30回目)と、抗がん剤治療のスケジュールと並行して進められました。なお、2回目の入院の終盤には、病床の空き状況の都合もあり予定を1日早めて退院することもありました。 放射線治療は 事前の説明通り、最初のうちは何も感じませんでしたが、2回目の入院中であった15回目あたりから喉に飲み込みにくさや痛みが出始めました。後半の通院期間は食事をすることが少しつらかったですが、これも医師の説明通り、2月上上旬に全30回の治療を終えて2週間ほど経過すると自然に痛みが治まりました。 こうして抗がん剤と放射線を組み合わせた同時化学放射線療法を完遂し、2025年3月から免疫チェックポイント阻害薬であるイミフィンジの投与が始まりました。4週間ごとの投与を1年間、計13回続ける治療方針です。毎回の投与前には必ず血液検査とX線検査を行い、間質性肺炎などの重篤な副作用が出ていないかを医師が慎重に確認した上で、投与を受けるというサイクルを繰り返しました。

イミフィンジ開始後3か月で脳転移が判明

イミフィンジの投与を続けていた2025年6月、定期検査で脳転移が見つかりました。医師からは事前に肺がんは脳に転移しやすいという説明を受けていたものの、やはり脳への転移と聞いたときは大きなショックを受けました。 すぐに脳転移の治療を専門とする別の病院を紹介され、ガンマナイフ治療を受けることになりました。不安を抱えて受診しましたが、治療自体は2泊3日の短い入院ですぐに終わりました。紹介先の病院の看護師さんたちが日常的なトーンで接してくれたことで、がん治療において脳転移に対するガンマナイフは特別なことではないのだと理解でき、精神的にとても救われました。 その後もイミフィンジの投与を1年間続け、2026年2月にすべての予定を完了しました。現在は3か月に1回のペースで、主治医がいるがん専門病院に加えて脳転移の治療を受けた病院の両方に通い、経過観察を続けています。脳転移はガンマナイフによって検査で認められなくなり、肺の原発巣も落ち着いた状態を維持しています。

がんを経験した同僚たちのサポート

私が会社でがんであることを隠さずに働き続けている影響は、思わぬところにあらわれました。職場に復帰して以降、「実は私も治療中なんです」「過去にがんを経験しました」と、同僚たちから個別に相談を受けることが増えたのです。 私ががんを公表してからの2年弱の間で、膵臓がんの60代男性や慢性骨髄性白血病の40代男性など、4人の同僚から相談を受けました。働きながらがんの治療をしている人が、自分のすぐ身近にこんなにもいることに深く驚きました。私は彼らから相談を受けた際、自分の経験を踏まえて、仕事への向き合い方や治療に関する不安を解消するためのサポートを行っています。

家族との経験を優先する価値観への変化

がんになってから、体の変化によりできなくなったことは特にありません。味覚も治療後しばらくして完全に戻り、現在では食事もビールも美味しく楽しめています。趣味の水泳も続けており、大会に出るなどの目標に向けた練習も行えています。 一方で、気持ちや価値観には大きな変化がありました。いわゆる終活のような意識が芽生え、しばらく会っていなかった知人に連絡を取って会うようになりました。また、時間とお金の使い方に対する優先順位が変わりました。将来のために貯蓄を残すことよりも、自分が元気な今この瞬間に、家族との時間を大切にしようと思うようになりました。上の子どもの受験時期などは配慮しましたが、家族旅行の回数を増やしたり、旅行で宿泊するホテルのグレードを上げたりとお金をより思い出作りを優先するようになりました。 また、長年仕事のために続けていた英語の勉強もきっぱりとやめました。限られた時間の中で、自分が本当に読みたい日本語の本がまだたくさんあることに気付いたからです。今をより充実させるための選択をするようになりました。 がんという病気に直面し、治療と仕事を両立させる中で、自分にとって何が本当に大切かが明確になりました。これからも医療の進歩を信じ、同じように職場で悩む同僚たちの力になりながら、無理のないペースで働き続けていくつもりです。そして何より、家族と笑顔で過ごせる「今」この瞬間の時間を、一日一日大切に重ねていきたいと思っています。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 公的制度を活用して過度な経済的不安を和らげてください がんの治療には莫大な費用がかかると思い込み、先行きに強い恐怖を感じる方は少なくありません。しかし、日本の公的医療保険には高額療養費制度があり、これを利用することでひと月の自己負担額を一定の上限に抑えることが可能です。「青天井で何百万円も治療費がかかるかもしれない」という未知の不安は、制度を正しく知ることで和らぐはずです。 過去の生存率にとらわれず前を向いてください インターネットで病気について調べると、過去の厳しい統計データに直面し悲観的になってしまうことがあります。しかし、医療は私たちが想像する以上のスピードで日々進歩しています。私自身、周囲に働きながら治療を続けている同僚がたくさんいることを知りました。がんに罹患したからといってすべてが終わるわけではありません。過度に恐れすぎず、進歩する医療の力に期待しながら日々の生活を大切に過ごしていってください。

がん体験に関するインタビュー参加者募集中

オンコロでは、がん体験をお話しいただける方を対象としたインタビューを実施しております。応募条件など、詳細は下記の応募フォームをご確認ください。

この体験談をきっかけに、治験についてもっと知ってみませんか?

?ほかの患者さんは、どんな治験を経験したの?
?自分が参加できる治験はある?
?治験について、もっと知りたい

そんな疑問に応えるのが「がん治験ナビ」です。

がん治験ナビでは、治験を「知る」「探す」「相談する」ための情報をまとめています。さまざまながんの治験体験談もご覧いただけます。

がん治験ナビを見る >
体験談 肺がん

おすすめ記事

治験・臨床試験

一覧を見る

リサーチ・調査

一覧を見る

ニュース

一覧を見る

イベント

一覧を見る

動画

一覧を見る

体験談

一覧を見る

患者会

一覧を見る

電話受付:平日(月〜金)10:00-18:00

※はじめに自動音声が流れます。音声に従ってご希望の番号を押していただくと、担当者へおつなぎいたします。