写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:のぶさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:男性
家族構成:両親と妻との4人暮らし(子どもは地方赴任中)
仕事:建築コンサル(診断時は設計事務所勤務)
がんの種類:腎細胞がん
診断時ステージ:ステージ4
診断年:2004年
現在の居住地:千葉県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
のぶさんは、2004年に血尿をきっかけに腎臓がんと診断されました。当時4歳だった息子を残して死ぬかもしれないという絶望を味わいながらも、右腎臓の全摘出手術を受けました。その後、精神的な不調によるうつ状態を長く経験し、2015年には脳転移、2020年には膵臓への転移が発覚し、その都度手術で乗り越えてきました。しかし、2024年に判明した3度目の転移では手術不可となり、余命5か月を宣告されました。現在はオプジーボによる治療を受けながら、がんと共存する日々を送っています。20年以上にわたる闘病の経緯と、病気と向き合う現在の心境についてお話しいただきました。
血尿をきっかけとした受診で突然のがん告知
2004年の夏、業務で徹夜や休日出勤、残業が続いていました。ある朝、起床して出勤の準備をしているとき、用を足した際に血尿が出ていることに気がつきました。数週間前に受けた健康診断では全く問題がないという結果だったため、最初は疲れが原因だろうと考えました。そのまま数日は通常通り仕事に行き、普段と同じように過ごしていましたが、4日が経過しても血尿が止まりませんでした。 異常を感じて総合病院を受診しました。尿検査や血液検査では異常が見つかりませんでしたが、超音波(エコー)検査を受けたところ、検査中、医師が探触子を動かしながら「お子さんはいるの」「おいくつ」「まだ小さいんだね」と、診断内容とは関係のない話をしてきました。その様子から、私自身も状況の深刻さを察していました。検査が終わると、医師からすぐに「右の腎臓に大きながんがあります。心臓を圧迫するほどの大きさになっており、すぐに手術をする必要があります」と告げられました。その後、CT検査も受けた結果、腎臓がんと診断されました。がん=死という絶望から転院
当時の私には、がん=死というイメージがありました。「もう先がない。これで終わりだ。来年はない」と愕然としました。4歳の息子にまだ何も教えられていない、遊んであげられていないという思いや、進めている仕事が途中になってしまうという無念さが込み上げてきました。この診断結果を家族や周囲の人にどう伝えたらよいか迷い、その日の夜は泣きながら首都高を車で周回して走っていました。 しかし、告知を受けた総合病院でそのまま手術を受けることには不安を感じたため、検査結果のデータを受け取り、がんセンターへ向かいました。改めて検査と診察を受けましたが、医師からは「手術や入院までに半年以上待つことになる。あなたには待っている時間はないので、他の病院で対応を求めたほうが良い」と言われました。そこで転院先に選んだのが、別の総合病院でした。以前公務員をしていた関係で系列病院として馴染みがあったこと、そして恩師からも「医療の調査研究に熱心な優れた病院だ」と勧められていたことが、この病院を選択する決め手となりました。「手術すれば生きられるかも」と思い気持ちが前向きに
総合病院での診察後、その日のうちに手術の日程が決まりました。肝臓に転移している可能性があるため、右の腎臓を副腎ごと全摘出し、肝臓も一部切除するかもしれないという説明を受けました。その話を聞いた瞬間、「切り取れば治るかもしれない」と思いました。そして同時に、1か月前に健康診断を受けた健診センターに対して、「45歳以上から受けられるエコー検査を、年齢に関係なく受けられるように意見を言いに行くぞ」という強い思いが芽生えました。 当時は設計事務所に勤めており、数年続けてがんで亡くなる同僚がいました。私自身も「次は自分か」と感じていましたが、この意見を伝えるためにも「必ず生きて戻る」という目標ができました。 退院後、実際に保険組合の健診センターに赴き、センター長に「建築を業務としている人間は、健康診断という理由がない限り仕事を休んで検査を受けることができない。エコー検査が受けられないために亡くなる人が出ます。有料でもよいので受けられる選択肢を作ってほしい」と伝えました。その結果、翌年から30代でも有料でエコー検査を選択できるようになりました。10年以上たってからの脳転移
2004年に、右腎臓を全摘出する手術を受けました。手術は無事に終わりましたが、退院後の2004年11月ごろから不眠や食事が摂れないなどの精神的に不安定な状況が続くようになりました。通院して診察を受けた結果、うつ状態であると診断されました。この精神的な不調は、2015年4月まで10年以上続きました。2004年の手術以降、総合病院の泌尿器科で定期的な検査と診察を受け続けていました。 2015年5月、定期検査の過程で右頭部に髄膜腫の疑いが見つかりました。脳外科を受診したところ、悪性腫瘍であるという診断を受けました。2015年6月に入院し、頭皮と頭蓋骨の悪性腫瘍を摘出する手術を受け、2週間後に退院しました。術後の病理検査の結果、頭部の腫瘍は腎細胞がんの転移であることがわかりました。2004年の手術時は腫瘍が巨大で病理検査での詳細な特定が難しく、私自身も「腎臓がん」とだけ認識していたのですが、今回の手術で得られた細胞を調べたことで、はじめて腎細胞がんであったことが確定しました。そのため、造影CT検査を行うことで、なるべく早期に再発や転移を見つけて対処するという治療方針に変更されました。膵臓への転移と度重なる膵炎
その後も定期的な通院を続けていましたが、2020年7月に受けた造影CT検査で、膵臓にがんが見つかり、転移の可能性が高いという診断でした。同年9月に入院し、膵頭十二指腸切除術を受け、3週間後に退院しました。 手術からしばらく経った2022年3月、左腹部から背中にかけて強い痛みを感じました。翌日、総合病院の消化器外科へ電話連絡をしたところ、すぐに通院するように言われました。診察の結果、その場で膵炎と診断され入院することになりました。退院後は、それまで以上に下痢が続く日が多くなり、食べ物の消化も悪くなったと感じるようになりました。 2022年11月初旬から左腹部に再び違和感を覚え、消化器外科へ連絡しました。診察を受けると前回と同様に膵炎と診断されました。また、入院時に消化器外科での対応は不可とされ、担当が消化器内科へと変更になりました。膵管の施術と在宅勤務への移行
2023年1月から8月にかけて、消化器内科の担当医のもとで「内視鏡的膵管ステント留置術」と「内視鏡的膵管ドレナージ術」を受けました。これは膵液の流れを再開させるための施術でした。この期間に計7回の入退院を繰り返しました。 また退院の際、下痢が続くことへの対応としてリパクレオンという膵消化酵素の補充薬を処方していただきました。これにより症状はかなり改善しました。 仕事に関しては、2020年9月の膵臓の手術以降、体力が低下していたため、すでに在宅勤務の日数を増やして対応していました。今回、一連の膵管への施術を受けたことで、膵炎による強い痛みは改善されました。しかし、痛みに近い違和感は日々残り、食事量もさらに減っていきました。それに伴って体力と体重も落ち、横になって過ごす日が多くなったため、この時期を境に業務を完全に在宅勤務へと切り替えて対応することにしました。3度目の転移とオプジーボによる延命治療
2024年の6月ごろから腹部に違和感と痛みがありました。7月の検査時には腫瘍を確認できませんでしたが、12月にPET-CT検査と採血、採尿の検査を受けたところ、再び膵臓への転移と診断されました。6月からの違和感と痛みはこれが原因でした。 この時点で転移巣は1cm程度まで進行していました。がんの分類としては高リスクに該当すると説明されました。2度目の膵臓への転移ということもあり、術後の状態やQOLの観点から、今回は手術が不可能であると告げられました。余命5か月という宣告を受け、延命治療として可能性のある投薬で対応することになりました。2025年1月より、延命治療としてオプジーボとヤーボイの併用療法を開始しました。まさかの脳内への副作用、そしてヤーボイは2回で終了
2025年2月にオプジーボとヤーボイの投与を受けた後、発熱、腹痛、頭痛が続くようになりました。翌週から耐えられないほどの激しい頭痛が続き、食欲も全くなくなりました。担当医に連絡するとすぐに通院するように指示され、翌日に通院しました。 そのまま即入院となり検査を受けたところ、ヤーボイの副作用によって下垂体炎を発症していることがわかりました。下垂体の機能が停止し、甲状腺や副腎からホルモンが出せない状態に陥っていました。そのため、ヤーボイは2回で終了し、すぐにステロイドの点滴治療を受けたところ、すぐに頭痛が解消されました。退院後は、不足するホルモンを補充するために、「コートリル」と「チラーヂン」という薬を毎日服用する生活が始まりました。ヤーボイは中止となりましたが、オプジーボは継続しています。入院中のリハビリと夜景鑑賞
これまでの長い闘病生活の中で、入院中に努めてきたことが2つあります。 1つはリハビリです。2004年の初回の腎細胞がん手術後は、痛みのためにリハビリをすることなく、ベッドで寝てばかりいました。退院後も自宅で同じような生活を続けた結果、体力が落ち、痛みをかばうために姿勢も悪くなってしまいました。 この反省を踏まえ、脳転移で手術を受けたときからは、極力背筋を伸ばして歩くようにしました。膵臓への転移の際も、腹部が痛むため姿勢を良くすると痛みが増すのですが、それに耐えてひたすら歩きました。目標は、病棟の廊下を往復し1日10km歩くことでした。入院中のリハビリは大変ですが、これをやっておくと退院後の生活が非常に楽になります。 2つ目は、夜景鑑賞です。総合病院が周辺の開発が進む地域にあるため、入院するたびに新しく立ち上がるビルの姿や、天気によって変わる景色、街の流れを窓から眺めることで気分を変えていました。医療スタッフへの感謝と再発するがんへの意識の変化
診断から20年以上が過ぎ、気がつけば還暦を超えていました。闘病によって時間やお金を使い、マイナスな点も多いですが、この疾患を通じてさまざまな方とのつながりができました。 入院や通院の際に対応してくださった看護師や医師の方々は、親身に対応をしてくださり、安心して治療を受けることができました。名前を覚えていただき、リラックスして過ごすこともできました。入院回数が多いためか、ある退院時には看護師さんから「またね。あ、言ってはいけないですね」と冗談交じりに言われたこともありました。 現在、不謹慎かもしれませんが、私はがん治療を楽しんでいる部分があります。今回は手術することはできなさそうですが、がんに対して「悪さをしなければこのままお腹にいていいよ」と話しかけています。手術で何度取っても転移するので、きっと居心地が良いのでしょう。そして腫瘍を「がん」と言うといかにも悪い物のように感じますし、何より再発した際の心境もよくありません。そのため今は体の中に暮らし続けている腫瘍のことを「がんちゃん」や「がんさん」と呼ぶようにしています。結果、少し気分が楽になった気がしています。投薬を受ける前の時間も楽しんでいますし、治療を受ける環境も良く、医療スタッフの皆さんにお会いすることが楽しみになっています。このことがこれからも長く続く治療への「ひとつの心の支え」になっていると感じています。がんとの共存と命をつなぐ治療
2026年9月に検査を受け、その結果次第で局所治療となる重粒子線治療も考えられるとのことでした。しかし、先日の診察で、がんが血管に非常に近いことや、他の転移箇所の状況から、重粒子線治療は難しいかもしれないと言われました。この話を聞いたとき、本音では少し嬉しく感じてしまいました。借り暮らしの「がんちゃん」との旅がまだ続くと思ったからです。 余命宣告や根治不可という絶望を味わったためか、ささやかなことにも大きな喜びを感じられ、転移くらいでは落ち込むことなく過ごせています。先生方はいろいろな対応を検討してくださっています。時間稼ぎかもしれませんが、今の治療を受け続け、次の良い方法が見つかるまで命をつなげていきたいです。友人や周りの皆さんからいただいている大きな支えに応えるためにも、必ず乗り越えていきます。そしてこうして進んでいけることに、皆さんには心から感謝の気持ちでいっぱいです。 家族や他の人には絶対にこのような経験はさせたくありません。そのためにも「何かできることは」と模索しています。模索する中で強く思うことは、がんになったのが私で本当に良かったということです。ただ、余命を耳にしてから困ったことに、未だに半年後や来年のことを想像することはできません。その状況に変化を与えてくれたのが、今後のスケジュールに友人と会う予定が入ることでした。その日がひとつの目標になり、今はそれがとても嬉しく、楽しみに感じています。今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 体だけでなく心のケアも大切にしてください がんと診断を受けると、体だけでなく心もダメージを受けます。私自身もうつ状態と診断され、長く苦しみました。まずは医学の進歩を信じ、医師や看護師の皆さん、そして家族や周囲の応援を感じながら、少しでも前向きな気持ちで治療を受けることをお薦めします。 闘病中は食べたいもの・美味しいと思える物を食べたいときに食べてください がん闘病中、栄養バランスを考えた食事を摂らねばと思い準備しても食欲がなく食べられないことが多いです。治療のためという考え方を変え、筋力を付けパワーアップの方向に転換し、今はカロリーを優先しカップラーメンやファーストフードも迷わず食べるようにしています。そのためか気持ちも楽になり体重も増え、軽い筋トレも始めました。食べたいときに食べ、食事による気分転換も良いと思います。筋力・体力を維持するためなら、ジャンクフードも大いにOKだと割り切っています。食事を楽しむことも大切かと思います。 自身の違和感をためらわずに医師へ伝えてください 通院治療や診察を受ける際、自身の勘や違和感、痛みをためらうことなく医師にお話しください。私にとって通算4度目のがん(3度の転移)は、CTや血液検査の結果では全く問題ありませんでしたが、自身の違和感がきっかけで見つかりました。その違和感を戯言と思わず、真摯に検査を続けていただいたことで転移がわかりました。このことが無ければ今ここに居なかったと思います。 今日とは違う明日が来ます。諦めることなく前に進みましょう 治療を続ける中で、以前よりはさまざまなことのペースが落ちるかもしれません。先のことが想像できず不安になることもあると思います。それでも、先生方は患者の表情や言葉から状態を察し、いろいろな対応を検討してくださっています。効果が思わしくない治療が続いても、今日とは違う明日が来ます。それを信じ、次の良い方法が見つかるまで命をつなぎ、諦めることなく、自信のペースで前に進んでいきましょう。私も頑張っていますので、一緒に頑張りましょう。がん体験に関するインタビュー参加者募集中
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