写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
プロフィール
お名前:メロンさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:女性
家族構成:夫と子ども3人との5人暮らし
仕事:障害者施設の支援員
がんの種類:胃がん(スキルス胃がん)
診断時ステージ:ステージ1A
診断年:2023年
現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
2023年11月、メロンさんは健康診断で受けた胃内視鏡検査をきっかけに胃がんと診断されました。当初は内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)による治療で終わる見通しでしたが、病理検査の結果、未分化型のスキルス胃がんであることが判明。子どもの受験という家族にとって重要な時期と重なる中、別の総合病院へ転院し、胃の2/3を切除する追加手術を受けました。術後は食事に関する悩みやダンピング症状と向き合いながらも、家族や職場のサポートを得て仕事に復帰し、現在も経過観察を続けておられます。病気発覚から手術の経緯、術後の生活の変化や周囲への感謝についてお話しいただきました。
経鼻内視鏡検査で胃がんを発見
胃がんが見つかったのは、職場の健康診断がきっかけでした。毎年バリウム検査を受けていましたが、げっぷをしてしまい上手く検査ができないことが続いていました。そのため、「来年からは内視鏡検査を受けてください」と言われており、2023年11月に自宅近くの総合病院で経鼻内視鏡検査を受けました。 麻酔はかけずに検査を受けたため、自分でもモニター画像を見ることができました。検査を担当していたのは若い医師でしたが、途中で「何かあるな」という雰囲気になり、上司の医師が呼ばれました。代わった上の医師が画面を見た瞬間に「あ、ダメだね」と言ったのが聞こえ、その時点で「何か悪いものが見つかったのだな」と察しました。 その日は組織を採取して帰り、約1か月後の結果説明で、はっきりと「胃がんです」と診断されました。予想はしていたものの、やはりショックを受けました。子どもの受験と重なった治療
がんと診断された時期は、私にとって非常に慌ただしいタイミングでした。大学受験を1年後に控えた高校2年生の長男を含め、中学3年生の次男が地方の高専への進学を目指しており、進路を決める重要な時期を迎えていたからです。 胃がんの診断を受けて泣いていた日は、次男が高専の推薦を受けられる成績かどうかの発表日でもありました。次男は予想を覆して成績を上げ、無事に推薦が決定。診断のショックと息子の進路が決まった安堵感がないまぜになる中、私の意識は治療スケジュールと受験日程(出願や地方での入試日)のすり合わせへ一気に向けられました。 翌年には長男も大学受験を控えていました。そのため、私の最大の関心事は子どもの受験であり、自分の病気についてはあえて深く考えないようにしていました。インターネットで自分の病状について検索することも、怖くてできませんでした。 最初の診断ではステージ1Aという見立てであり、医師からは「ESDだけで済むだろう」と説明を受けました。そのためタイミングさえ調整すれば、自分の生活に大きな影響はないだろうと考えました。 私は正規職員として働いていたため、診断を受けた日に職場の上司に電話をし、「胃がんと診断されたため、年末年始にかけて数週間休ませてほしい」と伝えました。上司からすぐに了承を得られたことで、安心したことを覚えています。 年末年始の休みを1週間早めに取らせてもらうことにしたのですが、入院日の朝ギリギリまで高専や中学校と次男の出願手続きについて連絡を取り合っていたのを覚えています。また、入院中も職場や協会けんぽに傷病手当金の問い合わせをし、申請の準備を進めていました。ESDの治療そのものよりも、頭の中は諸々の手続きでいっぱいだったのです。 術後は少しずつ食事を戻し、年末年始にお刺身などの生ものを避けたぐらいで大きな影響はありませんでした。体重が少し減り、元々ぽっちゃり気味だったこともあって、服のサイズが小さくなった(ワンサイズ落ちた)ことを無邪気に喜んでいました。スキルス胃がんの判明と追加手術の決断
年明けに職場へ復帰し、ESDの詳しい病理検査の結果を聞くために再診に行きました。そのときの医師の顔つきが、それまでとは全く違って非常に険しかったことを鮮明に覚えています。医師からは「未分化のスキルス胃がんでした」と告げられました。 私はスキルス胃がんという言葉を知らなかったため、それがどのようなものか質問しました。医師からは「あまり経過が良くないものなのです。念のため3月にもう一度詳しい検査をしましょう」と説明されました。尋常ではない状況だと悟り、帰宅して初めてインターネットで調べたところ、非常に深刻な状態であることを理解しました。予後が悪いことばかりでどれだけ探しても明るい情報は見つけられませんでした。この事実は、夫と職場の上司の2人にだけ伝えました。これまで何でも相談してきた実家の兄弟たちにも心配や負担をかけてしまうと思い、話すことができませんでした。子どもたちにも話せませんでした。 3月の再検査で内視鏡やCTなどの画像検査を受けたところ、幸いにも新たな病変は見つかりませんでした。しかし、医師からは「スキルス胃がんは再発リスクが高いので、まだ若いですしやはり追加手術をした方がいい」と強く勧められました。そして、ロボット支援下手術ができる別の総合病院を紹介されました。 その時期は、次男の進学先が地方の学校に決まり、入学式のために夫婦で現地へ行く直前でした。人生で一番大きな波が来ているような慌ただしさでしたが、ゆっくり様子を見るよりは早く治療を進めたいという思いが強く、迷わずに手術を受ける決断をしました。安心した術後の病理検査の結果
3月末の木曜日に紹介状を書いてもらい、週明けの月曜日に紹介先の都心の総合病院を受診しました。その場で1か月先の手術日を仮押さえしてもらい、職場への打診や日程調整、事前の精密検査などを経て、2024年5月1日にロボット支援下手術を受けることになりました。当初聞いていた予定よりも手術時間が長引き、昼過ぎに手術室に入ってからかなり待つことになったようです。 手術の日はゴールデンウィーク中だったこともあり、大学生の長女と夫だけでなく、寮生活を始めたばかりの次男や、授業を終えた長男も含め、家族全員が病院に駆けつけてくれました。息子たちには「胃の手術をする」とだけ伝えており、がんであることは伏せていました。 手術の結果、胃の下部2/3を切除しました。幸いにもリンパ節への転移は見られず、追加の抗がん剤治療は不要となりました。術後の病理検査の結果が出た際、担当医が「この結果なら5年生存率の数字は高いですし、再発のリスクは本当に少ないと思ってください」とさらさらと書きながら言ってくれたことが、強く印象に残っています。術後の悩みは食事が楽しめなくなったこと
胃の2/3を切除したことで、術後は食事に関する大きな変化がありました。食べ方が良くないと、急に眠くなったり、すぐにトイレに駆け込んだりするようになりました。冷や汗が出るほどではありませんでしたが、血糖値が急激に上がって下がるような感覚があり、「これがダンピング症状なのかな」と感じることもありました。 病院の栄養相談も利用しましたが、自分が本当に知りたいこととアドバイスが噛み合わず、もやもやすることがありました。タンパク質を効率よく摂る方法を相談した際、「クリームパンやアイスクリームなど、乳製品が含まれるものを食べればいいですよ」と言われたことがありました。確かに間違いではないのでしょうが、私が求めていたのは、日常生活の中で健康的にタンパク質を摂るための具体的な工夫だったため、戸惑いを感じました。 また、以前は自分で豆を挽いてコーヒーを楽しむ趣味がありましたが、術後にコーヒーを飲むと調子が悪くなることに気がつき、飲むのをやめました。楽しみをひとつ失ってしまったようで、少し残念な気持ちになりました。 食事に対する自信も失い、北海道へ旅行に行った際も「何を食べたら美味しいだろうか」と無邪気に楽しむ気持ちになれず、残念に思いました。それでも、長男のアルバイト先のラーメン店に行ったときに美味しく食べられたことで少し自信を取り戻すなど、試行錯誤しながら食事と向き合っています。 ロボット手術の直後は体重がグッと減り、診断前より10kg近く落ちました。外見も「痩せて嬉しい」というより、「痩せてしまった」「ガリガリで悲しい」「周りはどう見るだろう」と、どちらかといえば否定的な感情ばかりが湧いていました。 現在は少しずつ体重が戻りつつあります。お腹はぽっこり、胸はガリガリの体型で決して嬉しくはないものの、以前ほどネガティブには受け止めなくなりました。それよりも、体力の低下を防ぐために食事と運動のバランスを意識するようになり、プレッシャーにならない範囲で楽しみながらできることを探そうと常にアンテナを張っています。術後1年目には合気道の稽古を8年ぶりに再開したほか、最近は近所の公園で月1回ほどモルックの練習会にも参加しています。医療スタッフの配慮と職場への復帰
手術から復帰までの間、多くの人に助けられました。入院中は、看護師がタブレット端末を用意してくれ、手術後の全身麻酔から覚めたタイミングで家族と画面越しに面会できたことがとても嬉しかったです。転院先の主治医も、職場復帰の際に必要な書類を窓口を通さずにその場で書いてくださるなど、親身に対応していただきました。 職場の方々のサポートも本当にありがたいものでした。私が休んでいる間も人員の補充はなく、皆さんが私の分の仕事を分担して支えてくれました。復帰後も「最初は半日からでいいよ」「週3日からでいいよ」と、少しずつ体を慣らしていけるよう配慮していただきました。 仕事を持たずに生活していれば楽かもしれないと思うこともありますが、仕事を通じて社会とつながっていられることは、私にとって非常に重要です。もし仕事がなかったら、病気のことや家族のことばかり考えてしまい、私自身の気持ちが重く沈み込んでいたでしょう。そうなっていれば、家庭内が暗くなり、子どもたちの進路決定にも良くない影響を与えていたかもしれません。社会に参加できる場所があることに、深く感謝しています。がんと向き合ったことによる心境の変化
がんを経験し、「人生には限りがある」ということを強く意識するようになりました。以前は「いつかあれをしよう、これをしよう」とぼんやり考えていましたが、その「いつか」は来ないかもしれないと思うようになりました。そのため、本当にやりたいことや叶えたいことは、具体的に計画を立てて先延ばしにしないと決めています。例えば、子育てがひと段落した今、人生の次のステージへ、スカスカだった夫婦の時間をもっと大切にしようと思うようになりました。 また、自分が今こうして生かしてもらっていることは当たり前ではないと思っているため、その恩返しとして、自分にできることがあれば出し惜しみをせずにやっていきたいと思うようになりました。限界を簡単に決めず、面白そうなことやありがたいと感じることには、どんどん前に出て取り組んでいきたいです。 後になってから、「もしかしたら最初のESDだけで様子を見てもよかったのではないか」という医療情報を見かけることもありました。それを知ったときは、食事の不調などもあるため「胃が残っていれば」と少し残念な気持ちにもなりました。しかし、人生には予期せぬことやがっかりすることがあります。あのときは子どもの受験と向き合いながら精一杯の選択をしたのですから、それでよかったのだと思える自分がいます。揺らぐことはあっても崩れることなく、残りの人生を前向きに送っていくことが何より大切だと感じています。今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 決して無理はしないでください 病気と向き合う中で、ご自身もつらいですし、支えてくれるご家族など周囲の方たちも心配されていることと思います。心身ともにさまざまな揺らぎがある時期ですから、まずはご自身のペースを大切にし、決して無理をしないようにしていただきたいです。ありのままの自分でいいと思います。 少しずつ前を向いて世界を広げてみてください 無理をする必要はありませんが、下ばかりを見ずに、少しずつ前を向いて進んでいけたら良いのではないかと思います。あなたの周りには、力を貸したい、支えたいと願っている人が必ずたくさんいます。そうした人たちに頼りながら、少しずつご自分の世界や楽しみを広げていってください。私もその一人です。気持ちは揺らいでばかりですが、誰かに支えられたり、支えたりしながら、この先の人生を歩んでいこうと思います。がん体験に関するインタビュー参加者募集中
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