写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:マサさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:男性
家族構成:妻と子どもとの3人暮らし
仕事:会社員
がんの種類:大腸がん(直腸がん)
診断時ステージ:ステージ2A
診断年:2024年
現在の居住地:広島県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
2024年、マサさんは人間ドックで便潜血検査が陽性となり、精密検査を経て大腸がんステージ2Aと診断されました。これまで献血や骨髄バンクを通したドナーになるなど、ご自身の健康には絶大な自信を持たれていたため、がんの告知は大きなショックだったそうです。ロボット支援下手術や術後補助化学療法、排便障害などの後遺症に向き合いながら復職された経緯や、病気を通じて変化した心境、ご家族との関わり、そして今後の目標についてお話しいただきました。
人間ドックでの便潜血陽性から始まった大腸がん
私が大腸がんと診断されたきっかけは、会社で毎年受診していた人間ドックでした。35歳のころから毎年、自分の誕生月である4月に人間ドックを受けており、2024年も4月17日に受診しました。その際の便潜血検査で、2日分提出した検体の両方で陽性という結果が出ました。 私自身は毎年受けている検査であったため、これまで同様問題ないと思っていました。しかし、人間ドックの結果通知で要精密検査となっており、会社の医務室からも精密検査を受けるように促されました。 私は人間ドックからの紹介状を持参し、5月27日に自宅近くの消化器内科クリニックを受診しました。そこで大腸内視鏡検査を受けたところ、検査を行った医師から「大変です」と告げられました。私が「大変というのは、がんということでしょうか」と尋ねると、医師は「そうです、がんです」とはっきりと仰いました。 まだ組織検査の結果も出ていない段階で、画像観察だけで判断できるのか半信半疑でしたが、医師からの説明を受け、現実として受け止めるほかありませんでした。初診時にいきなり提示された治療スケジュール
5月28日、仕事中にクリニックから電話で「明日、大学病院の予約ができました」と連絡があり、翌日、大学病院を受診しました。受診するとすぐにさまざまな検査が実施されましたが、驚いたのは検査が行われる前の段階で、今後の具体的な治療スケジュールが提示されたことです。 医師からは「6月18日に入院し、6月20日に手術を行います。何事もなければ6月29日に退院とします」と、具体的な日程を言い渡されました。外来でそこまで速やかにスケジュールが組まれることに対して、それだけ迅速な処置が必要な状態なのかと感じる部分もありました。 その後、6月1日にPET検査を受け、6月5日には妻とともに大学病院へ足を運び、検査結果を踏まえた説明を受けました。診断されたステージは2Aの直腸がんであり、腫瘍の位置からして「おそらく人工肛門(ストーマ)にはならず、肛門は残せる見込みである」と説明されました。人間ドックの指摘から大学病院での手術決定まで、極めて早いテンポで治療方針が定まっていきました。健康という自負があったからこそ受けた告知のショック
私にとって、直腸がんという診断は受け入れがたいほどの大きなショックでした。というのも、私は自分の健康状態に絶対の自信を持っていたからです。 私は過去に332回に及ぶ献血を行ってきたほか、2017年には骨髄バンクを通じて骨髄提供を行った経験もありました。定期的な人間ドックでもこれまで異常を指摘されたことはなく、自分は病気とは無縁の健康体であると自負していました。そのため、精密検査を受ける前も「せいぜいポリープがあるくらいだろう」と考えていました。 しかし、現実には大腸がんという確定診断を下されました。健康管理に気を配り、献血や骨髄提供を行ってきた自分がなぜがんなのかという強いギャップに苛まれました。健康であるという自負が根底から崩れ去り、精神的には天国から地獄へ突き落とされたような感覚を味わいました。 大腸がんは進行が緩やかであると聞いていたため、過去の便潜血検査のタイミングや、内視鏡検査をオプションで追加していなかったことなど、さまざまな思いが頭を巡りました。ロボット支援下手術と術後補助化学療法
手術は、ロボット支援下で行われることになりました。ロボット支援下手術という言葉自体、それまで耳にしたことがありませんでしたが、体への負担が少なく、社会復帰も早いという説明を受けたため、前向きな気持ちで手術に臨むことができました。 予定通り6月20日に手術が実施され、直腸の腫瘍を切除しました。懸念されていた人工肛門の設置は回避することができました。当初の予定では6月29日の退院を目指していましたが、退院直前の血液検査の結果、若干数値が悪かったため、退院日が数日間延期となりました。最終的には7月2日に退院となり、入院期間は合計で15日間でした。術後の経過観察を経て、最終的な病期判定もステージ2Aと確定しました。 退院後、手術のみで治療が終了すると思っていましたが、術後検査の結果を考慮し、再発予防を目的としたカペシタビンによる治療が提案されました。7月22日の術後検診を経て、8月からカペシタビンの服用を開始しました。当初は1日6錠の服薬でしたが、血液検査で骨髄抑制がわかり、休薬期間後に5錠に減薬して全8コースを7か月間かけて受けました。 副作用に関しては、医師から説明されていた通り「手足症候群」が起こりました。手の甲や足、指先の皮膚が変色して荒れる症状が現れ、爪にも影響が出ました。特に顕著だったのは、手の指の指紋が消失してしまったことです。その結果、スマートフォンに登録していた指紋認証が反応しなくなるという事態が起こり、副作用の程度を実感することになりました。幸いにも、仕事でのパソコン操作などに著しい支障が出るまでには至りませんでしたが、皮膚の変化や変色は明確に現れました。直腸切除後に直面した排便障害
抗がん剤の副作用以上に私の日常に大きな影響を及ぼしたのは、直腸を切除したことによる排便障害でした。直腸を切除したことにより、1日に何度も便意を催す頻便症状が強く現れるようになりました。 7月中旬から半日勤務で仕事を再開し、8月からはフルタイム勤務へ復帰しました。職場へは車で片道30分弱かけて通勤していますが、移動の途中で強い便意に襲われ、行き帰りの道中にコンビニなどのトイレへ1日あたり往復で10回ほど駆け込むような状態でした。仕事中でも、頻繁にトイレに立つような状況が続きました。食後にすぐ便意を催す傾向が強く、日常の行動計画は常にトイレの有無や位置を意識せざるを得なくなりました。 医師からは「時間の経過とともに徐々に落ち着いてくる」と説明されており、実際に当初よりは改善が見られるものの、切除した直腸が元に戻るわけではないため、自分なりの折り合いをつけて付き合っていく必要があると認識しています。再発防止を意識した行動セーブと生活習慣の変化
がんの診断と手術を経て、私の日常の行動パターンや意識には明確な変化が生じました。術後5年続く経過観察の期間中は自分の中でセーブしようと考え、急な動作による排便障害への不安や感染症予防への意識から、自主的に行動を制限するようになったのです。 以前であれば、横断歩道の青信号が点滅し始めると小走りで駆け抜けていましたが、病後は点滅を見た瞬間に立ち止まるようになりました。急なダッシュや腹圧がかかる動作、極端に重い荷物を持つような行為は避けるようになりました。自分の体を保護しようとする意識が強く働くようになったためです。 また、感染症予防の観点から人混みを避けるようになりました。外出時は常にマスクの着用を徹底しており、マスクを外すのは自宅内や自家用車の運転中のみという生活スタイルを続けています。5年間の経過観察が終わるまでは、体に過度な負担をかけず、安全を最重視した生活スタイルを維持していくつもりです。家族の気遣いに対する葛藤
がんの発症は、私自身だけでなく家族との関係性や接し方にも変化をもたらしました。妻や子どもは私の体調を非常に心配してくれましたが、その気遣いが私にとって精神的な負担となる場面がありました。 特に治療の初期段階では、自分自身のがんという現実を受け止めきれておらず、精神的な余裕が全くありませんでした。そのため、妻から「大丈夫?」と声をかけられることに対しても素直に応じることができず、「大丈夫なわけがない。ほっといてほしい」とイライラを募らせ、口論になってしまうことがありました。妻が食事面などで配慮してくれていることは理解しつつも、自分の感情をコントロールできない葛藤がありました。 そうした中、大学病院で開催されていた患者同士の交流の場である「おしゃべり会」の存在を知り、2回ほど参加しました。そこでは同じようにがんを経験した患者たちが集まり、病状や悩みを語り合っていました。 おしゃべり会に参加したことで、「家族と口論になった際、家族側がどのような心境で接しているか」についての意見を聞くことができ、客観的に自分の状況や家族の気持ちを見つめ直すきっかけとなりました。日常の生活に戻れば現実的なつらさは残るものの、他者の視点を取り入れる良い機会となりました。医療従事者への感謝を胸に、がん以前の自分を取り戻す
がんの当事者となったことで、医療や社会に対する見方は大きく変化しました。今回がんの治療を受けた大学病院は、かつて骨髄バンクのドナーとして骨髄提供の手術を受けた場所と同じ病院でした。しかし、健康なドナーとして訪れたときと、がん患者として入院したときとでは、病院内で目にする景色も抱く不安も全く異なっていました。患者という立場になって初めて、先が見えない不安の中で寄り添ってくれる医師や看護師をはじめとする医療従事者の方々のありがたさを、身をもって実感しました。 また、現在、日々の生活を送る上での大きなモチベーションとなっているのは、「がんになる前の自分を取り戻すこと」です。私にとってその象徴となるのが、かつて継続して行っていた献血などの社会貢献活動や、完走を果たしたフルマラソンへ再び挑戦できる体に戻ることです。 支えてくれた医療従事者の方々への感謝を胸に、がん以前の自分を取り戻すことを目標として、まずは5年間の経過観察期間を無事に乗り切りたいと考えています。そのために焦ることなく前を向き、一日一日を大切に生きていこうと思っています。 ※日本赤十字社の基準により、がんの治療歴がある方は治療終了から5年が経過し経過が良好な場合、献血することができます(血液がんの既往歴除く)。今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 気になる変化や不安があれば、医師に相談し検査を検討してみてください 毎年受診していた便潜血検査によってがんが発見されたものの、私自身の中には「あらかじめ大腸内視鏡検査を受けていれば、さらに早い段階で対処できたのではないか」という個人的な思いもありました。検診や検査にはそれぞれ特徴や体への負担があるため一概には言えませんが、もし日常の中で少しでも気になる変化や不安がある場合は、放置せず医師に相談した上で、内視鏡を含めた詳しい検査を検討してみることもひとつの選択肢だと感じています。自分の健康を過信せず、ご自身の体調と丁寧に向き合うきっかけにしていただければ幸いです。 疲れたときは無理をしないでください 治療中や手術後の回復期において、体が不調や倦怠感を訴えているときは、決して無理をせず十分に休養をとることが大切です。体の限界を押して頑張ろうとするのではなく、疲れたら休むという姿勢を最優先にしてください。自分自身のペースを守り、無理のない範囲で日々を過ごすことが回復への近道となります。 あせらずに自分のペースで日々の生活を送ってください がんの告知や治療の過程では、感情の起伏が大きくなったり、周囲の気遣いに対して余裕を持った対応ができなかったりすることがあります。職場への復帰に焦りを感じることもあるかもしれませんが、周囲と比較せず、自分なりのペースで一歩ずつ進んでいくことが重要です。時には静かに休む時間を作りながら、自分の状態に合わせて日々を重ねていってください。がん体験に関するインタビュー参加者募集中
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