写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:うさぎさん(ニックネーム)
年代:60代
性別:女性
家族構成:夫と2人暮らし(子ども2人は独立)
仕事:無職
がんの種類:乳がん(ホルモン受容体陽性、HER2陰性)
診断時ステージ:ステージ1
悪性度:グレード1
診断年:2026年
現在の居住地:非公開
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
うさぎさんは、2年ぶりに受けた乳がん検診をきっかけに、ステージ1の乳がんと診断されました。最初の主治医からラジオ波焼灼療法(RFA)を強く勧められましたが、対応や説明への違和感が拭えず、セカンドオピニオンを受診しました。専門医の意見や知人が紹介してくれた先輩患者さんの言葉に背中を押され、別の総合病院で温存手術を受ける決断をしました。自ら徹底的に情報を調べ、納得のいく治療にたどり着くまでの経緯や周囲への感謝、がんを経験して変化した生き方についてお話しいただきました。
要精密検査の通知を機に始めた情報収集
私は以前から定期的に乳がん検診を受けていました。「今年も大丈夫だろう」と、2年ぶりに近くの総合病院でマンモグラフィ検査を受けたのが2025年11月のことです。しかし、結果は要精密検査でした。 その後、検診を受けた総合病院で超音波(エコー)検査、組織診、MRI検査と段階を踏んで詳しい検査が進んでいきました。細胞診は外科の医師が担当しました。細胞診で疑陽性だったため、外科医に組織診(針生検)に進むことを告げられました。そのときに私が外科医に「組織診までして、がんではないことってあるのですか」と聞くと無言だったのです。その反応を見て、私は「おそらくがんなのだろう」と覚悟を決めました。 年末年始を挟んだため、最終的な検査結果が出るまでには時間がかかり、不安な気持ちを抱えたまま年越しを迎えました。その間、私は患者さんのための乳がん診療ガイドラインを読んだり、SNSで他の患者さんの体験談を探したりと、乳がんに関する知識を自分なりに猛勉強し始めました。ラジオ波焼灼療法を強く推す主治医に対する違和感
2026年1月22日、検査結果を聞く日が来ました。夫と一緒に診察室に入ると、乳腺外科の医師から「女性ホルモンを餌にして大きくなるがんで、ステージは1です」と告知を受けました。事前に自分で勉強していた私は、「悪性度(グレード)はどうですか」と自ら尋ねて「グレードは1です」という回答を引き出し、「オンコタイプDXの検査はどうなりますか」と専門的な用語を交えて質問しました。医師は私がそこまで調べているとは思っていなかったようで、「オンコタイプDXまで知っているなんて、結構調べましたね」と少し驚いているようでした。 私は事前に覚悟を決めていたため、告知を受けても取り乱すことはなく、むしろ笑顔で「私は大丈夫です」とアピールしながら冷静に話を聞いていました。医師からは、手術の選択肢として乳房温存手術と乳房全摘出術、そして針を刺してがん細胞を熱で焼くラジオ波焼灼療法の3つが提示されました。 このエリアでは、ラジオ波焼灼療法ができる医師はその先生1人だけでした。最初は「傷が小さくて済む新しい治療を受けられるなんて運がいい」と思っていました。 しかし、2月3日の診察で術式を決める際、医師の態度に少しずつ違和感を覚えるようになりました。医師は明らかにラジオ波焼灼療法を強く推しており、「あなたは選ばれた人です」「傷は針の穴のように小さく、乳房の変形も少ないので友達と気兼ねなく温泉に行けますよ」と繰り返しました。私が「ラジオ波焼灼療法のデメリットは何ですか」と尋ねても、はっきりとした回答はありませんでした。 夫が「センチネルリンパ節生検と手術を分けてできませんか」と尋ねた際も、「傷が治るまでに時間がかかり、腫瘍が1.5cmを超えたらラジオ波焼灼療法ができなくなるから」と言われました。さらに、組織診で「ラジオ波焼灼療法のためにあらかじめ多く細胞を採っておいた」と言われたことや、私が最終的な術式を決定する前であるにもかかわらず「実はもう来週に手術の日程を押さえてあるんです」と告げられたことで、違和感はさらに大きくなりました。違和感を解消するために受けたセカンドオピニオン
すでに2月中旬に手術日が設定されており、入院の準備も進めていました。しかし、手術を直前に控えた2月6日の金曜日の夜、乳がん専門医が書いた記事をインターネットで見つけました。そこには「ラジオ波焼灼療法をやりたくて仕方がない医師がいるので気をつけて」という趣旨のことが書かれていました。その言葉を読んだ瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けました。振り返ってみれば、担当医は乳房温存手術や全摘出術についての詳しい説明をほとんどせず、「温泉に行けますよ」とばかり強調していました。実績を積みたいがために、私をその治療に誘導しているのではないかと感じました。 「このままラジオ波焼灼療法を受けたら、私は一生後悔する」 そう思った私は、金曜日の夜は一睡もせずに情報を調べ続けました。翌日の土曜日の朝、私は迷わず病院の病棟に電話をかけました。そして、担当の看護師に「ラジオ波焼灼療法をキャンセルしてセカンドオピニオンを受けたいです」とはっきりと伝えました。自らの判断でラジオ波焼灼療法を一旦白紙に戻し、私は、ラジオ波焼灼療法を行っていない病院と、ラジオ波焼灼療法を推進している医師がいる病院の2か所にセカンドオピニオンを申し込みました。前者の病院を候補にしたのは、知人に紹介された先輩患者さんから、「丁寧で信頼できる先生で良かった」と聞いていましたし、ラジオ波焼灼療法をやっていない病院の医師の意見も聞いてみたいと思ったからです。もし毎日放射線治療に通うことになっても、駅から近いので電車で通いやすいということもありました。乳房温存手術への決意を固めた専門医や周囲からの言葉
最初にセカンドオピニオンを受けたラジオ波焼灼療法を行っていない病院の医師は、私の状況に理解を示し、「現状では3つの選択肢どれも平等に選べる状態ですが、あえて優先順位を下げるなら全摘出術ですね」との意見でした。 次に、ラジオ波焼灼療法を推進している医師のセカンドオピニオンを受けました。最初は少し怖そうな印象でしたが、私が「ラジオ波焼灼療法のデメリットは何ですか」と尋ねると、医師は一拍置いて「腫瘍を取り出せないことです」とはっきりと答えてくれました。がん細胞を焼いてしまうため、手術後に病理検査でがんの正確な性質を調べることができないという点でした。その言葉を聞いて、「やっぱり、そうだよね」と自分が思っていたことは正しかったのだと再確認できました。 さらに、その医師は数分の会話の中で私の性格や考え方を察知し、「あなたの場合は、乳房温存手術が良いですね」と言ってくれました。私は、腫瘍を切除して病理検査で正確な性質を確かめ、納得のいく治療を受けたいと考えていました。見た目の傷の小ささではなく、治療の確実性と病状把握を重視する私の価値観を、先生はわずか数分の対話の中で見抜いてくれたのです。会話も弾み、最後は笑顔でセカンドオピニオンを終えることができました。 また、転院先を検討する中で決め手となったのは、私が現在かかっている主治医の元で治療を受けている先輩患者さんからの言葉です。 「患者も知識を持って、医師と対等に向き合うことが必要なので、気持ちに曇りを持ったまま、治療に流されることは、誰にとってもいいことはないです。是非これからも、自分の中の違和感を大切にして、治療に臨んでいただきたいです」 このメッセージをもらい、自分の中の違和感は間違っていなかったのだと確信し、私はラジオ波焼灼療法を断って、その信頼できる医師のもとで乳房温存手術を受ける決意を固めました。転院先での治療を経て気づいた自分を大切にする生き方
私は最初の病院の主治医に「今後の治療は別の病院で考えています。今までの診療には感謝しています」と伝え、転院の手続きをしました。無事に紹介状を受け取り、ラジオ波焼灼療法を行っていない現在の総合病院へ転院しました。 4月2日に転院先の総合病院で乳房温存手術を受けました。手術で切除した組織の病理検査の結果、センチネルリンパ節への転移はありませんでしたが、がんの性質を示すHER2の数値が組織診では1+だったものが2+に変わっていました。この結果を見て、「やはり腫瘍をしっかりと取り出して詳しく調べる手術を選んで本当に良かった」と心から思いました。 条件が合いラジオ波焼灼療法を望む患者さんにとっては、いい治療法だと思います。ただ、私は自分の価値観に合わなかったから選択しませんでした。 また、放射線科の医師が腫瘍をスライスした写真が載っている病理レポートを見せてくれたため、「これをもらえないか」と尋ねたところ、「主治医の先生に聞いてね」と言われました。そこで主治医に相談したところ、「病理レポートは渡せないけれど写真なら良いですよ」と撮影の許可を得られ、スマートフォンで撮影させてもらえました。ずっと確かめたいと願っていた病理診断の結果を自らの目で確認することができ、大きな安心につながりました。 術後は、同じ病院に片道2時間かけて16回の放射線治療に通いました。遠方からの通院でしたが、放射線科のスタッフが皆さん優しかったので、全く苦にならず、むしろ毎日清々しい気持ちで楽しく通うことができました。 現在は再発を防ぐためにレトロゾールというホルモン剤を服用しています。10年、20年経ってからでも再発する可能性があるため、不安がないわけではありません。しかし、今のところ目立った副作用はなく、以前と変わらない生活を送ることができています。趣味であったクラシックバレエのレッスンも再開し、「やりたいことはすべてやろう」という思いから、新しくピアノも習い始めました。 がんを経験し、死を意識したことで、私の心境には「自分ファーストで生きる」という大きな変化がありました。これまで、周囲のために無理をして我慢することが多くありましたが、今は「嫌なことは嫌だ」「できないことはできない」と言えるようになりたいと思うようになりました。自分の気持ちに正直に、自分を大切にして生きようと思っています。今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 違和感を大切にして納得のいく治療を選んでください 私が治療を選ぶ中で最も支えになったのは、先輩患者さんから教えてもらった「知識を持って医師と対等に向き合い、自分の中の違和感を大切にする」ということです。命に関わる大切な治療において、すべてを医師任せにするのではなく、自分で調べ、知識を持って考えることが何よりも重要です。医師から勧められた治療法であっても、少しでも疑問や違和感があれば立ち止まり、他の医師の意見を聞く勇気を持ってください。自分が心から納得して選んだ治療であれば、後悔することなく前を向いて進むことができます。 周囲の助けを借りることをためらわないでください 私が納得のいく治療にたどり着けたのは、自分一人の力ではありませんでした。先輩患者さん、友人の医療従事者、そして家族など、本当に多くの方々に支えてもらいました。病気になると孤独を感じやすいですが、どうか一人で抱え込まず、周囲の人に助けを求めてください。周りを頼ることで、新しい道が開け、必ず自分を支えてくれる力になります。感謝の気持ちを忘れず、周囲のサポートをしっかりと受け取ってください。がん体験に関するインタビュー参加者募集中
オンコロでは、がん体験をお話しいただける方を対象としたインタビューを実施しております。応募条件など、詳細は下記の応募フォームをご確認ください。この体験談をきっかけに、治験についてもっと知ってみませんか?
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