写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:としさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:男性
家族構成:妻と2人暮らし
仕事:会社員(コールセンター勤務)
がんの種類:大腸がん(S状結腸がん)
診断時ステージ:ステージ3B
診断年:2022年
現在の居住地:神奈川県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
2022年、としさんは大腸がんステージ3Bの診断を受けました。血友病Aという持病を持ちながら、手術やストーマ(人工肛門)造設という大きな決断を迫られましたが、ご家族の支えとご自身の徹底した情報収集によって治療を乗り越えました。現在はコールセンターでの管理業務に復帰し、前向きな日々を送られています。血友病とがん治療の両立、ストーマ生活への適応、そして病気との向き合い方についてお話しいただきました。
ポリープ切除の見送りから5年後のがん宣告
2017年、会社の人間ドックを受診した際、便潜血検査で異常を指摘されました。すぐに自宅近くのクリニックを受診し、大腸内視鏡検査を受けたところ、腸内に1cmほどのポリープが見つかりました。 通常であれば、内視鏡の検査中にその場でポリープを切除するケースが多いですが、私には血友病Aの持病がありました。親から聞かされた話では、私が2、3歳ころに出血がきっかけで判明したそうです。凝固因子活性がわずか1.5%程度という状態であり、20歳ごろまでは何もしていなくても月に1、2回は肘や膝の関節で出血が起こり、腫れ上がって動けなくなることが続いていました。成人してからは自分で血液凝固因子製剤の自己注射ができるようになり、症状をコントロールできていました。しかし、何の準備もせずにポリープを切除すれば、血が止まらなくなる危険性が高かったため、もしポリープが見つかっても切除せず、そのままにしてほしいと事前にクリニックの医師へ伝えていました。 そのため、ポリープが見つかったものの、何の準備もせずに切除することができないため、その場での切除は見送りになりました。その後、日々の業務が忙しかったこともあり、ポリープの存在をすっかり忘れてしまっていました。さらに、翌年、翌々年の人間ドックでは、たまたま便潜血検査で異常が出なかったこともあり、すっかり安心しきっていました。 しかし、5年後の2022年の人間ドックで再び便潜血で引っかかりました。仕事が少し落ち着いたタイミングだったこともあり、普段から血友病の定期診察で通っていた大学病院で大腸内視鏡検査を受けました。すると、S状結腸に5cmほどの腫瘍ができていることがわかりました。その翌日に行ったCTなどの精密検査でリンパ節への転移も疑われ、大腸がんのステージ3Bの可能性が高いと診断されました。専門性の壁を知り、納得して選んだ大学病院
大腸がんと診断された直後は精神的に大きく落ち込み、治療に対する意欲を失いかけていました。どこの病院でもいいと投げやりな気持ちになっていましたが、妻が「一緒に頑張ろうよ」と励ましてくれました。 妻はインターネットで熱心に調べ、がん治療で有名ながん専門病院で診てもらった方がいいのではないかと提案してくれました。私は、妻の勧めもあってそのがん専門病院へ電話をかけ、血友病でも受け入れてもらえるかを確認しました。受付の担当者が消化器外科の部長に確認してくれた結果、「血友病患者さんの治療経験がないためお役に立てません」と断られてしまいました。 血友病患者の手術を安全に行うためには、がんを切除する外科医や全身管理を行う麻酔科医に加え、血友病による凝固異常に精通した血液内科医が加わり、事前の綿密な治療計画と高度な連携を行うことが不可欠です。がん専門病院にも血液内科はありますが、それは血液がんを治療する専門医であり、同じ診療科であっても血友病の専門医が不在であれば、安全な手術体制を組むことはできません。 がん治療のスペシャリストが集まるトップクラスの病院であっても、自分の持病に対応できる細分化された専門医が揃っていなければ、対応できないケースがあるのだとこのとき初めて知りました。この経緯があったことで、かえって踏ん切りがつき、血友病の専門医が在籍し、各科が高度に連携して手術に臨める現在の大学病院こそが、自分の命を預けるのに最適な環境なのだと心から納得し、当初の予定通り手術をお任せすることに決めました。命を優先したストーマ造設の決断
大学病院の消化器外科の担当医からは、ロボット支援下手術を行うという説明を受けました。血液内科の専門医がチームに入り、周術期に凝固因子製剤を厳密に管理することで出血リスクに対処する計画でした。しかし、具体的な手術方法の検討において、医師からストーマ(人工肛門)の造設を勧められました。腫瘍の位置からすれば必ずしもストーマが必須となる症例ではありませんでしたが、過去の臨床経験から、血友病患者の場合は縫合部での出血や血腫が原因となり、腸がうまくつながらず縫合不全を起こす危険性があると説明されました。 万が一、縫合不全を起こして腸液が漏れ出せば緊急手術が必要となり、最悪の場合は命に関わります。ストーマを造設しない選択肢もありましたが、私は命のリスクを最優先に考えました。ストーマに対する不安もありましたが、インターネットで調べた際にあるストーマモデルの方が「私は生きるためにストーマを選んだ」と語っているのを知り、その言葉に深く納得しました。 命には代えられないと判断し、ストーマ造設を受け入れる決断をしました。手術当日は、血液内科医による厳密な管理の下、凝固因子製剤の補充を行いながら約7時間に及ぶロボット支援下手術が予定通り実施されました。術後も定期的な製剤の投与により止血管理が徹底され、懸念されていた大きな出血トラブルもなく経過は良好でした。血友病に伴う予期せぬトラブルへの不安から、本来12日間の予定であった入院期間を2日延長してもらい、手術から14日目に無事退院することができました。会社の理解によるスムーズな職場復帰
10月末に退院し、約1か月の自宅療養を経て、12月1日にはコールセンターの仕事に復帰しました。私が勤める会社は病気に対する理解が非常に深く、完全なバックアップ体制を整えてくれていました。 実はがんが発覚する直前、大きなプロジェクトの管理者を任される予定になっていました。病気の治療に入ることによって一度はそのポジションから外れましたが、復帰後に「もう一度やってみるか」と会社側から打診され、どうするかは私の判断に委ねてくれました。病気を理由に不利益な扱いを受けることはなく、自分の体調や希望に合わせて柔軟に対応してもらえたため、スムーズに職場へ戻ることができました。職場の同僚にも、がんのことやストーマになったことをすべて伝えています。 退院から約3か月が経過したころ、仕事をしながら補助化学療法としてゼローダの服用を開始しました。副作用としては、服用開始から1か月ほど経ったころから手の皮膚がむける症状が出始めました。対策として毎日保湿クリームを塗り、100円ショップで綿の手袋を購入し、就寝時や自宅にいる間は常にはめるようにしました。仕事でのパソコン作業時に手袋をすることもありましたが、足には全く症状が出ず、通勤や歩行に支障をきたすことはありませんでした。副作用はそれほど重くなく、日常生活を大きく制限されることはありませんでした。情報収集によるストーマ生活への適応
ストーマでの生活については、退院直後からインターネットや動画共有サイトで徹底的に情報収集を行いました。私はもともと、家電製品などを購入する際にカタログを集めて徹底的に比較検討する調査好きな性格でした。がんやストーマに関する情報も、発信者の背景や情報の信憑性を確認しながら自ら進んで調べました。 特に、ストーマ造設者の個人が発信している動画は、装具の具体的な取扱いや、食べ物による便の状態への影響など、医療者からは聞けないリアルな生活情報が得られ、非常に役立ちました。また、退院後2年間はストーマの患者会にも参加し、生活の質を下げることなく過ごすための工夫について情報交換を行いました。 ストーマを造設した直後は、自分のお腹から腸が出ており、そこから便が排泄されるという現実を目の当たりにして、精神的に沈む時期もありました。特に臭いを気にして相談した際、皮膚・排泄ケア認定看護師(WOCナース)から「普通の人がトイレに入って用を足した後、出てきて臭いと言われないのと同じです。臭いはすぐに消えるから過剰に気にしなくていいですよ」と言われ、気が楽になりました。 温泉や公衆浴場を利用する際も、ストーマが左側にあるため、左側に人がいない端の洗い場を選ぶなどの工夫をしています。職場のコールセンターでも、座席が固まっているため左側に人が来ない席にしてもらうなど、周囲に配慮してもらいながら過ごしています。急な便意を我慢する必要がない点など、以前よりポジティブに捉えられる面も増えました。妻の支えで薄れていった死への不安
病気になった直後は、いつまで生きられるかという不安から、「5年連用日記」を書き始めました。大腸がんのステージ3Bの5年生存率が70%程度と知り、残りの30%に入ってしまったら生きられないと思い詰めていたからです。 最初は毎日細かく記録していましたが、2年以上書き続けた日記も、術後3年が近づくころには自然と書かなくなりました。日々の生活や仕事に追われる中で、いつの間にか死への恐怖や不安が薄れていったのだと思います。 過去にも脳梗塞や肝炎など、死にかけるような大きな病気を経験してきました。その際も、妻は普段はおとなしいですが、いざというときには気丈に行動して私を支えてくれました。今回のがん治療においても、消化に良い食事の配慮や、多岐にわたるストーマ関連の装具の在庫管理など、日常的にあらゆるサポートをしてくれています。妻がいなければ、これほどスムーズに生活を立て直すことはできなかったと感じています。これからは妻と一緒に国内を旅行したり、やりたいことを楽しむ前向きな生活を意識しています。自ら動いて取得した障害年金
病気や生活に関する各種手続きについても、自分から情報を得て動くことが重要だと学びました。ストーマ造設に伴う障害者手帳の申請については、入院中に大学病院の医療事務の担当者が病室まで来て、そのような制度があることを教えてくれました。日本の社会保障は、自分で調べて申請しないと補助やサービスが受けられない仕組みになっていることが多いです。教えてもらった情報をきっかけに、自分で必要な書類を揃えて役所に申請を行いました。 私が携わっているコールセンターの業務に通じることですが、病院の相談支援センターなどの窓口も、まずは自分からアクセスして必要な情報を引き出す姿勢が求められます。相談者の思いを汲み取り、適切な窓口につなぐには受け手である担当者のスキルも大きく影響しますが、まずは自分から電話や窓口で相談してみないことには何も始まりません。 私は自分で調べる性格だったことと、大学病院のサポート体制がしっかりと整っていたおかげで、適切な支援を受けることができました。現在も半年に1回の定期検査を受け、地元のクリニックでも大腸内視鏡検査を行うなど、油断することなく万全の態勢で経過観察を続けています。今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 自分に合った病院という観点で考えてみてください 病院選びにおいて、知名度やランキングだけで決めるのではなく、自分の身体状況や持病に確実に対応できるかを見極めることが大切です。私のように血友病などの持病がある場合は、専門的なバックアップ体制が整っており、相談しやすい環境の病院を選ぶことで、安心して治療に臨むことができます。情報に左右されず、総合的に診てもらえる病院を探すことをお勧めします。 治療後の具体的な目標を持ってください がんと診断されたときの不安な気持ちは、とてもよくわかります。その気持ちを和らげるためにも、治療後の仕事復帰や家族との旅行など、前向きな目標を設定することをお勧めします。具体的な目的を持って手続きや準備で忙しく過ごすことで、病気について悩む時間が減り、精神的な安定につながります。がん体験に関するインタビュー参加者募集中
オンコロでは、がん体験をお話しいただける方を対象としたインタビューを実施しております。応募条件など、詳細は下記の応募フォームをご確認ください。この体験談をきっかけに、治験についてもっと知ってみませんか?
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