• 検索
  • お問い合わせ
  • お知らせ
  • メニュー
  • がん種
  • ニュース
  • 特集
  • 治験
  • リサーチ
  • イベント
  • 動画
  • 患者会
  • 辞典
  • お役立ち

急性骨髄性白血病、余命2週間の宣告から骨髄移植を経て見つけた新たな生き方

[公開日] 2026.09.25[最終更新日] 2026.09.24

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:みなとさん(ニックネーム) 年代:30代 性別:女性 家族構成:1人暮らし 仕事:休職中(診断時は会社員) がんの種類:急性骨髄性白血病 診断時ステージ:- 診断年:2025年 現在の居住地:関東地方
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 2025年4月、子宮頸がんの疑いによる術前検査をきっかけに、急性骨髄性白血病と診断されたみなとさん。診断直後に余命2週間の可能性を告げられるという状況から、過酷な寛解導入療法、そして弟をドナーとしたハプロ移植を受けました。闘病中は、少しでも気持ちを明るく保つためコスプレで過ごし、SNSで同年代の経験者とつながるなど、自分らしい生き方を貫いています。現在は休職しつつ、予備自衛官としての活動を再開するなど、病気を経て見つけたこれからの目標や、患者同士のつながりの重要性についてお話しいただきました。

子宮頸がんの術前検査で判明した急性骨髄性白血病

2025年4月、私は子宮頸がんの疑いがあり、詳しく調べるために総合病院の婦人科で円錐切除術を受ける予定でした。元々は5月に予定していた手術ですが、たまたまキャンセル枠が出たため、1か月前倒しで術前の血液検査を受けることになりました。白血病の自覚症状は全くと言っていいほどなく、前週には登山をするレベルで元気でした。しかし、血液検査の結果を見た婦人科の医師から「抗がん剤治療を受けていますか。血液の中身が何もなく、普通に生きていられるのが不思議な状態ですよ」と告げられ、そのまま同じ病院の血液内科へ案内されました。 末梢血から白血病細胞が出なかったため白血病は否定され、この時点では再生不良性貧血が疑われました。逆に再生不良性貧血の疑いだったからこそ「そこまで急がなくても大丈夫、末梢血をもう少し分析しつつ骨髄検査も次回の受診時にやりましょう」と言われましたが、私は「どうしても今日骨髄検査をしてほしい。何時間でも待ちます」とお願いしました。病床の空きがなかったこともあり、検査結果が出るまでの約1週間を自宅待機で過ごすことになりました。しかし実際には、この待機中、私の好中球の数値は極端に低く、いつ重篤な感染症にかかって命を落としてもおかしくない、非常に危険な状態のまま過ごしていたのです。 1週間後、骨髄検査の結果が出て急性骨髄性白血病と診断されました。血液データは前週と比べてありえないほど悪く、医師からは「もし治療がうまくいかなければ、2週間程度で命を落とすケースも考えられる。次回入院までに身辺整理をして、会いたい人に会ってきてほしい」と厳しい見通しを伝えられました。全く予期していなかった余命宣告は、非常に衝撃的であまりに実感が湧きませんでした。「2週間で私はこの世を去る」この事態を理解するのに必死で、悲しむ時間すら湧きませんでした。遺伝子検査の結果、小児の急性骨髄性白血病には多いですが、大人では珍しい遺伝子変異が見つかりました。最近になって予後不良群から中間群になった型のため、再発リスクは高いと判断され、最初から同種造血幹細胞移植を前提とした治療方針が決定しました。「体はいい大人なのに、中身は小児科なの?」とあまりに自分自身のひねくれっぷりに呆れを通り越して笑ってしまったのを今でも覚えています。

闘病中、最もつらかった寛解導入療法

すぐに総合病院に入院し、寛解導入療法(シタラビンとダウノルビシン)を開始しました。いざ治療が始まると、私を苦しめたのは子宮頸部の病変でした。抗がん剤の影響で血小板が減少すると、子宮頸がんの疑いがあった病変から大量に出血し、血が止まらなくなってしまったのです。 懸命に輸血で補っても追いつかないような状態で、2日に1回のペースで輸血をしなければ命に関わる状態でした。輸血した分だけ出血し、輸血するとアレルギーを起こすという、連日ひどい体調不良に悩まされました。この最初の寛解導入療法が一番過酷でした。具合が悪すぎて当時の記憶が曖昧になるほどで、ベッドの上でただ耐え続けるほかありませんでした。試行錯誤の上、ホルモン剤で子宮と卵巣の働きを抑制したことをきっかけに何とか出血が治まり、一気に状態は好転し命の危機を脱することができました。

クリリンのコスプレで過ごした入院生活

寛解導入療法が一段落して血液の数値が少し回復してきたころ、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜け始めました。四隅に少しだけ髪が残るような抜け方だったため、「こんな昆虫の触覚みたいな頭になるくらいならスキンヘッドにするほうがマシだ」と思い、私は面会に来た友人に手伝ってもらい、自ら進んでスキンヘッドにしました。 余命の2週間は何とか超えたものの、いつこの世を去っても不思議ではないという感覚が強かった私は、「どうせ生きるなら開き直って楽しく過ごしたい」という気持ちが強くなっていました。医療用の帽子をかぶって周囲から気を遣われるよりは、どんなときでも自分は自分であり続けたいという思いでした。そこで、「頭がスキンヘッドならクリリンのコスプレをすればいいじゃない。元気玉ポーズをすれば元気が集められるのでは」と考え、ネット通販で、コスプレ用の衣装を注文し、院内のコンビニエンスストアで受け取りました。 総合病院は病棟外の移動が自由だったため、クリリンの衣装を着て院内を歩き、リクエストされて元気玉ポーズをとったりしました。私の姿を見て他の患者さんや医療スタッフ・売店や清掃スタッフが代わる代わる声をかけてくれるようになり、「病棟の雰囲気が和やかになったし、逆に元気になったよ」と言われたときはとても嬉しく思いました。自分らしく振る舞うことで誰かの笑顔を作ることができ、それが結果として私自身のパワーの源となり精神的な支えにもなっていました。

地固め療法の1回目後に受けた円錐切除術

寛解導入療法を終えて一旦退院した後、私は再び総合病院で1回目の地固め療法として大量シタラビン療法を受けました。その治療を終えたタイミングで、元々予定していた子宮頸部の円錐切除術を受けました。 このタイミングで手術を急いだのには理由があります。今後の骨髄移植(同種造血幹細胞移植)後には、免疫抑制剤を長期間服用する必要があり、その間に子宮頸部の病変が進行してしまうと、大掛かりな治療ができなくなってしまうため、移植前に子宮頸がんの疑いをはっきりさせておく必要があったのです。 手術後の病理検査の結果、幸いにも当初疑われていたがん細胞は見つからず、子宮頸がんとは診断されませんでした。直前の白血病治療の抗がん剤の影響の可能性も考えられましたが、明確な理由は不明でした。その後、抗がん剤の影響を受けた子宮粘膜が2cmほど裂傷し、大量の出血と拳大の血の塊が出てくるトラブルがありました。数針縫う処置を受けましたが、しっかりと経過観察を行っていたため早期に対処していただきました。移植前に無事に婦人科の手術を終えられたことは、これから待ち受けている同種造血幹細胞移植に安心して臨むことができる、ひとつのターニングポイントでした。

激しい吐き気に耐え抜いた弟からのハプロ移植

円錐切除術を終え、私は同種造血幹細胞移植を受けるための当初の予定通り、設備が整っている大学病院へ転院し、そこで2回目の地固め療法を受けました。同種造血幹細胞移植を見据えた治療方針だったため、寛解導入療法開始直後からドナーを探していましたが、血縁者やドナーバンクではフルマッチ(完全適合)のドナーは見つかりませんでした。完全一致ではありませんでしたが、最終的に実の弟をドナーとしたハプロ移植(半合致移植)を実施することになりました。 移植前の前処置として強い抗がん剤治療や放射線、分子標的薬を受けましたが、その副作用はどれも凄まじいものでした。吐き気止めが全く効かない体質で、毎日20回ほどの吐き気や、十分に眠れない日々が1か月半ほど続きました。毎日が過酷な我慢大会のような時間でしたが、最初の寛解導入療法のときの状態が悪すぎたため、それに比べればなんとか耐え抜くことができました。移植後、懸念されていた急性GVHD(移植片対宿主病)についても、分子標的薬で私自身の免疫細胞を極端に減らしたため消化管にはGVHD症状が出ず、皮膚の症状にとどまりました。ハプロ移植の中でも通常より重めの前処置ではありましたが、ステロイドの塗り薬で対応できる程度の軽い症状で済んだことは、非常に幸運だったと思っています。 ※がんの薬物療法に伴う副作用の出方や程度には、大きな個人差があります。また、現代の医療では副作用をあらかじめ予防したり、症状を抑えたりする対策(支持療法)が非常に進歩しています。体験談の描写に過度な不安を抱かず、主治医や医療スタッフに安心してご相談ください。

自身の状況を把握するために情報収集

私が住んでいる地域では、30代の急性骨髄性白血病患者は少なく、同年代の患者仲間を身近で見つけることは困難でした。自分が今どの段階にいて、これからどれくらい生きられるのか、移植に向けてどのような経過をたどるのかを把握するため、私は情報収集をしました。幸いなことに、子宮頸がんに関することは助産師の友人に、白血病に関しては血液内科に勤めている看護師の友人に相談し、医療従事者の視点からの意見をもらいました。 さらに、SNS(X)を活用して、実際に私が転院を予定していた大学病院で骨髄移植を経験した先輩患者の方を見つけ、直接メッセージを送って連絡を取り合いました。その方からは、大学病院の無菌室には監視カメラがついていて、トイレ以外は常に映っていることや、30歩ほどの範囲しかない移植病棟内のみで行動が制限され買い物にも行けないこと、面会は事前の登録者1名のみでガラス越しに30分間だけという厳しいルールがあることを事前に教えていただきました。閉鎖的な環境で孤独と闘うことになるという現実を事前に知ることができたおかげで、心の準備を整えることができました。また、その先輩患者の方の生き方や、ネガティブになりがちな患者に対する柔らかく温かい言葉選びからは、精神面でも多くのことを学ばせてもらいました。

再開した予備自衛官の活動

病気になる前、私は建設業でクレーンを操作する仕事をしていました。しかし、骨髄移植後は紫外線への過度な曝露を避ける必要があり、衛生環境にも配慮しなければなりませんでした。そのため、今現在の体では、長時間の屋外の現場作業に復帰することは難しく、会社には籍を置かせていただいていますが、現在も休職を続けています。 一方で、私は以前から予備自衛官として活動していました。元々は災害派遣などの最前線に出るための訓練を受けていましたが、現在の状態では過酷な現場に赴くことは諦めざるを得ず、一時は悲壮感もありました。ありがたいことに予備自衛官として別の新たな役割をいただき、最近になって活動に復帰することができました。最前線での活動ではなくなりましたが、陰ながら誰かの役に立っているという実感が、私の気持ちを常に前向きにし、今では生きるための大きな活力となっています。

当たり前の日常への感謝とこれからの新しい目標

急性骨髄性白血病になって、心身ともに大きな変化がありました。医師からは、同種造血幹細胞移植はあくまで命をつなぐための措置であるという厳しい言葉もかけられました。移植したことで生きられる時間(砂時計の砂)が増えたとしても、再発の不安や焦燥感は決してなくなりません。だからこそ、普通にご飯を食べて普通に生活できることの幸せに感謝し、今日も楽しかったよと言える生活を送っています。普通に生きていることが、実は凄いことで、一日一日が奇跡の連続なんだと思います。 今後は、以前からの夢であった語学留学に挑戦し、新しいスキルを身につけて転職したいと考えています。一般的な白血病患者のイメージを覆し、「治療後でもこんなこともできる」という前例をひとつでも多く作れるようにさまざまなことに挑戦していきたいと思っています。病気によって諦めたこともたくさんあります。しかし、闘病を超えた今の自分だからこそできる生き方や感性を大切にしたいと思っています。前例がないなら私が作ればいい。私の生き方や活動が闘病仲間の励みや可能性に少しでもつながればと思っています。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 今日をいかに楽しく過ごすかを考えてみてください 治療中はつらいことが多く、命の期限を意識させられると、どうしても前向きになれない日があると思います。無理にポジティブになる必要はありません。ですが、「今日一日をいかに楽しく過ごせるか」に少しだけ意識を向けてほしいです。「妄想する」「面白い動画を見る」「ゲームをする」「看護師さんに冗談をいう」「病室で踊り狂う」など、どんなことでもいいと思います。また、前向きになれず、ついネガティブになってしまうこともあるかもしれません。そういうときは、「楽しく過ごすしかない」と私は割り切り、つらいときこそ笑って乗り越えてきました。「笑顔」は自分の不安を緩和させるだけでなく、周囲にもパワーのおすそ分けになります。そのおすそ分けパワーが100倍にも200倍にもなって自分自身に戻ってくるんだということを闘病を通して実感しました。一日を積み重ねていくと1週間になり、1か月になり、やがて1年になります。そうするうちに、新しい治療法が生まれます。今日を楽しく過ごすことが未来につながると確信しています。 一人で抱え込まず、先輩患者さんとつながって情報交換してみてください 白血病をはじめ、がん治療は病気との闘いであると同時に、孤独との闘いでもあります。同じ年代や境遇の患者が身近にいなければ、ぜひインターネットを活用して同じ病で闘っている先輩患者さんを探してみてください。同じ苦しみを乗り越えた先輩患者の言葉や配慮は、何よりも心に響き、精神的な支えになるとともに、治験情報や治療に対してのアドバイスなど、知識面でも大きな支えとなってくれます。決して、一人で抱え込まず、社会や仲間とのつながりを求めて一歩を踏み出してみてください。私は、病気を通して自分と向き合う生き方を見つけました。この体験談を読んでいるあなたも、自分と向き合う素敵な人生を歩むことを願っています。

がん体験に関するインタビュー参加者募集中

オンコロでは、がん体験をお話しいただける方を対象としたインタビューを実施しております。応募条件など、詳細は下記の応募フォームをご確認ください。

この体験談をきっかけに、治験についてもっと知ってみませんか?

?ほかの患者さんは、どんな治験を経験したの?
?自分が参加できる治験はある?
?治験について、もっと知りたい

そんな疑問に応えるのが「がん治験ナビ」です。

がん治験ナビでは、治験を「知る」「探す」「相談する」ための情報をまとめています。さまざまながんの治験体験談もご覧いただけます。

がん治験ナビを見る >
体験談 白血病 急性骨髄性白血病

おすすめ記事

治験・臨床試験

一覧を見る

リサーチ・調査

一覧を見る

ニュース

一覧を見る

イベント

一覧を見る

動画

一覧を見る

体験談

一覧を見る

患者会

一覧を見る

電話受付:平日(月〜金)10:00-18:00

※オペレーターが受付いたします。内容に応じて専門のスタッフへおつなぎいたします。