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慢性骨髄性白血病の診断から10年、患者会で見つけた同じ患者を支える生き方

[公開日] 2026.09.10[最終更新日] 2026.09.10

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:KAZUさん(ニックネーム) 年代:60代 性別:男性 家族構成:1人暮らし 仕事:無職(診断時は技術員) がんの種類:慢性骨髄性白血病 診断時病期(フェーズ):慢性期 診断年:2016年 現在の居住地:広島県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 2016年、KAZUさんは人間ドックをきっかけに慢性骨髄性白血病と診断されました。自身の白血病告知と同時に別居する母親も胃がんの宣告を受けるという慌ただしい状況の中、分子標的薬による治療がスタートしました。長年にわたる服薬中に経験した予期せぬ副作用による薬の変更、地方における医療格差の現実、孤独な闘病生活を支えてくれた患者会との出会いや、現在のボランティア活動についてお話しいただきました。

自覚症状がないまま人間ドックで見つかった血液異常

私は当時、小学校の技術員の仕事をしていました。もともと疲れやすかったり体がだるくなりやすかったりする体質ではありましたが、日常生活を送る上で特にどこかが悪いというような異常を感じることはなく、元気に仕事をしていました。 白血病が発覚したのは、2016年の2月後半に受診した人間ドックがきっかけでした。検査結果を見た医師から、「血液の数値に異常があります。ここでは詳しく調べられないので、専門医を紹介します。そちらで必ず再検査を受けてください」と突然告げられたのです。私が住んでいる地域には血液内科の専門医がいる総合病院がなかったため、隣町にある総合病院を紹介されました。そこは新しく血液内科を開設した病院でした。地方に住んでいると、専門医のいる病院の選択肢が少なく、車で遠くまで行かなければならないことが多くあります。 紹介先の総合病院を受診し、人間ドックのデータを見てもらったところ、さらに詳しい検査が必要だということになりました。慢性骨髄性白血病が疑われるということで、骨髄検査を受けました。その結果、フィラデルフィア染色体陽性がわかり、慢性骨髄性白血病という確定診断を受けました。

同時期に母親も胃がん告知

診断を受けた際、医師からは「すぐに入院して治療を始めてください」と言われました。あいにくその日は病床が空いておらず、2日後に入院することが決まりました。白血病というたった3文字の病名を聞いた瞬間、私の年代だと山口百恵さんのテレビドラマや、夏目雅子さん、本田美奈子さんなど、白血病で闘病された著名人のイメージが強く、「ああ、自分はこのまま死んでしまうのかな」と一瞬頭をよぎったことを覚えています。しかし、自覚症状が全くなかったため、医師から重い病気だと言われても、どこか人ごとのような感覚もありました。 病名を告げられた後、すぐに入院の準備をしなければなりませんでした。私は1人暮らしをしていたため、別居している実家の両親と兄夫婦のところに病気のことを伝えに行きました。ところが、実家に着くと大変なことが起きていました。同時期に、私の母親も胃がん告知を受けて入院することになっていたのです。家の中は母親のがんのことで大騒ぎになっていました。私も自分の病気とすぐに入院が必要であることを家族に説明しましたが、みんなの意識は母親の方に向いており、「今は母の方で手一杯だから仕方ないな」と悟りました。そのため、自分の入院手続きなどはすべて自分一人で行うことになりました。職場にもすぐに出向き、「こういう病気になり、すぐに入院が必要なので休ませてください」と伝えて、病気休暇の手続きを取りました。

「大丈夫ですよ」という主治医の言葉

一人で病院に向かい、入院生活が始まりました。主治医からは、「今は分子標的薬という薬で症状を抑えることができます。その代わり、この薬を一生飲み続けてください」という詳しい説明を受けました。医師は「薬を飲んでいれば大丈夫ですよ」と明るく言ってくれました。たまたま主治医が私と同い年だったこともあり、「タメですね」とフランクに接してくれたおかげで、死に対する恐怖は和らぎ、精神的にとても助けられました。 治療はスプリセルという分子標的薬を飲むことから始まりました。入院中は胃薬なども一緒に出されていましたが、特に目立った副作用もなく、自覚症状もなかったため、ただベッドで横になったり散歩をしたりして過ごしていました。医師が毎日様子を見に来てくれるという安心感もあり、自分が深刻な病気であるという実感は少しずつ減っていきました。当初は2週間から3週間の入院と言われていましたが、経過が良かったため10日ほどで退院することができました。 退院後も病気休暇を利用して2週間ほど休みましたが、医師から「もう仕事に出てもいいよ」と許可が出たため、元の技術員の仕事に復帰しました。医師からは「体がだるくなったら休ませてもらってくださいね」という簡単な注意があったくらいで、それまでと大きく変わらない生活に戻ることができました。

主治医の異動を機に受けたセカンドオピニオン

治療を続けていく中で、地方の医療格差という大きな壁にも直面しました。スプリセルの治療を始めて5年ほど経ったころ、通院していた隣町の総合病院で、唯一の血液内科常勤医が転勤することになってしまったのです。常勤医がいなくなるという状況になり、私はこれを機に以前から患者会で勧められていたセカンドオピニオンを受けてみることにしました。私の知らない治療法や、病院によってどのようなアドバイスの違いがあるのかを知りたかったからです。 しかし、地方では血液内科の専門医がいる病院の選択肢が極端に少なく、新しい病院を探すのにも苦労しました。私が住んでいる場所から通える範囲では、車で1時間20分ほどかかる病院しか選択肢がありませんでした。都会の患者さんとお話しすると、「あっちの病院、こっちの病院」とたくさんの選択肢があることを知り、地方と都会の医療環境の格差を痛感しました。最終的に、私は車で1時間以上かかる総合病院でセカンドオピニオンを受け、そのままその病院へ転院して治療を続けることになりました。

約9年後に現れた予期せぬ副作用と薬の変更

転院後も毎日薬を服用しながら通院を続けました。途中で臨床試験に参加した時期もありましたが、治療開始から約9年間は何事もなく順調に経過しました。「もう一生この薬を飲んでいれば大丈夫」とすっかり安心しきっていました。しかし、2025年の1月ごろになって、突然肺に水が溜まる胸水という副作用が現れました。レントゲンを撮ってもらうと、肺の下部が真っ白になっており、医師から「このままでは大変なので、薬を変えてみましょう」と提案されました。一生付き合っていくはずだった薬が急に合わなくなったことに、私は不安を感じました。 スプリセルの次に、タシグナという別の薬に変更して様子を見ることになりました。薬を変えた直後は副作用を警戒して「毎週来てください」と言われ、それまで3か月に1回だった診察が週に1回になりました。しかし、タシグナも短期間で心膜に水が溜まってしまい、これも中止となりました。 その後、セムブリックスに変更したところ、血液の数値が良くなり、副作用も起こりませんでした。現在までその薬を服用し、診察も3か月に1回に戻っています。ただ、セムブリックスは食間(空腹時)に飲まなければならず、つい薬を飲むタイミングを忘れてしまうことがあります。医師からは「1日飲み忘れたからといって、翌日に倍の量を飲んではいけません。1日の規定量を必ず守ってください」と厳しく指導されており、それを守りながら生活しています。

短い診察時間と患者会でのリアルな情報収集

通院での診察は、各検査の結果に問題がなければわずか5分程度で終わってしまいます。医師は次の患者さんが待っているため忙しそうで、自分が知りたいことやちょっとした疑問があっても、「はい、次の方」という雰囲気になり、なかなか思うように質問することができませんでした。 そこで私は、インターネットで病気について調べたり、複数の患者会に参加するようになりました。以前はネットの文字情報だけを読んで、なんとなくわかったような気持ちになっていたのですが、同じ白血病の患者同士の生の声を聞くことは全く違いました。医師には言えない治療費の負担に関する切実な悩みや、病院に対する不満、副作用で治療を断念した人の話など、生々しい実体験を知ることができました。 そんな中、患者会で「薬をやめて5年経つが大丈夫だ」という休薬に成功した方の話を聞いたことがあります。私自身も「いつか薬を止めたい」という思いがありましたが、休薬することで病気が進行するのではないかという不安もあり、心が揺れ動くことも多々ありました。 こうした患者会を通して得られた情報は、私にとって大きな財産です。それまで孤独に病気と向き合っていましたが、オンラインでの交流などを通じて、日本全国に自分と同じ慢性骨髄性白血病と闘う仲間がたくさんいると知ることができました。同じ悩みを共有できる仲間の存在は、私に前を向くための大きな勇気を与えてくれました。

病気を経て始めた支援活動と今後の目標

自分ががんになるまでは、病気について深く考えることもなく、がん保険にも入っていませんでした。しかし、白血病という病気を経験したことで、自分から進んで医療や支援に関する情報を調べるようになりました。 現在は、骨髄バンクの登録会のメンバーとしてボランティア活動に参加し、献血と骨髄バンク登録の呼びかけを行ったりしています。また、SNSで白血病に関するコミュニティを立ち上げて情報を発信し、不安を抱えている他の患者さんと直接電話で話をして相談に乗るなど、サポーター側に回る活動も行っています。 地方では患者同士がリアルに集まる機会が少ないため、いつかは地元で白血病の対面型の患者会を立ち上げたいという目標を持っています。そのためにあちこちの病院を回って、「患者会を作りたい」とお願いに行ったこともありましたが、最初は話を聞いてくれても、最終的には断られてしまうことが多く、まだ実現には至っていません。 それでも、オンラインだけでなく直接顔を合わせて話すことの重要性を感じているため、これからも諦めずに自分にできる支援や情報発信を続けていきたいと思っています。今年の7月、65歳を迎えたタイミングで技術員の仕事は退職し、現在は無職となりましたが、これからも病気とうまく付き合いながら、自分らしい人生を歩んでいくつもりです。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 一人で抱え込まずに話せる人を探してください 病名を告げられたときは、誰もがショックを受けて戸惑い、パニック状態になると思います。そのようなときは一人で悩まずに、誰かに話を聞いてもらうことが大切です。病院の相談窓口で聞いてみたり、インターネットで患者会を探して参加してください。自分と同じ境遇の人と話をするだけでも、心の負担は大きく和らぎます。 患者同士の生の声に耳を傾けてみてください 短い診察時間の中では、医師にすべての不安や疑問をぶつけるのは難しいかもしれません。患者会などの場を活用すれば、自分と同じ治療をしている人のリアルな体験談や、高額な医療費への対策、生活上の工夫を知ることができます。文字の情報だけでなく、生身の人間と悩みを共有し、共感し合えるつながりを持つことは、長い治療生活を乗り越えるための大きな力になります。

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