• 検索
  • お問い合わせ
  • お知らせ
  • メニュー
  • がん種
  • ニュース
  • 特集
  • 治験
  • リサーチ
  • イベント
  • 動画
  • 患者会
  • 辞典
  • お役立ち

大腸がんステージ4の診断と余命宣告、主治医の言葉で気づいた「まだ生きられる」という未来

[公開日] 2026.08.28[最終更新日] 2026.08.25

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:まさまるさん(ニックネーム) 年代:50代 性別:男性 家族構成:1人暮らし 仕事:講師 がんの種類:大腸がん(S状結腸がん) 診断時ステージ:ステージ4 診断年:2024年 現在の居住地:神奈川県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 2024年、糖尿病の定期検査をきっかけに大腸がんステージ4と診断されたまさまるさん。余命1年の宣告を受けながらも、主治医を信じて手術と抗がん剤治療を受けました。抗がん剤治療中に心不全という予期せぬ命の危機も乗り越え、現在は経過観察を続けています。1人暮らしでの過酷な闘病生活や、主治医の言葉で気づいた生きる喜びについてお話しいただきました。

糖尿病の定期検査で見つかった異常な貧血

がんが判明する1年ほど前、脱水症を起こしたことをきっかけに、糖尿病の傾向があることがわかりました。その後は地元のクリニックへ通い、月に1回のペースで糖尿病の定期検査を受けるようになりました。 その定期検査の血液検査で、異常な数値の貧血が出ていると指摘され、造血剤を処方されました。最初は「大したことではないだろう」と思いたくて、その薬を飲んでごまかしていましたが、症状は全く改善されませんでした。クリニックの医師から「これほど貧血の数値が異常なのは、胃や腸のどこかで出血している可能性があります。すぐに内視鏡検査をしてください」と言われ、胃と大腸の検査を受けることになりました。

大腸がんステージ4の診断と余命宣告

クリニックの医師からの指示で、別の病院へ胃と大腸の内視鏡検査を受けに行きました。胃内視鏡検査では異常は見つかりませんでしたが、大腸内視鏡検査で腸の奥まで内視鏡が通らないほどS状結腸の内部が大きく腫れ上がっていることがわかりました。検査をした医師からは「紹介状を書くから、今すぐ大きな病院の消化器外科へ行きなさい」と急かされ、指示された総合病院を受診しました。 総合病院で大腸内視鏡検査の画像を見た医師は、最初は「病変は大きいけれど、切れば大丈夫だろう」と言っていました。しかし、血液検査の数値を見た医師が「もしかすると転移があるかもしれないから、もう一度CTをしっかり撮ろう」と提案し、CT検査を受けました。 その結果、大腸のS状結腸にある大きな腫瘍に加えて、所属リンパ節や傍大動脈リンパ節への転移がわかりました。医師からは「S状結腸は手術で切除できるが、傍大動脈リンパ節の転移は今の状態では手の出しようがない。ステージ4と言わざるをえない。あまり長くは生きられないかもしれない」と告げられました。私が「どのくらい生きられますか」と尋ねると、「早ければ1年持つか持たないか」という余命宣告を受けました。

主治医の言葉を信じて決断した治療

余命1年という厳しい宣告を受けたにもかかわらず、私はそれほど大きなショックを受けず、絶望することもありませんでした。以前、私が勤めていた職場でがんの研究をされている先生がおり、がんという病気の仕組みや最新の治療法(ノーベル賞を受賞した免疫療法など)について、わかりやすく教えてもらう機会があったからです。そのため、「今は、がん治療も進歩し、がんは治らない病気ではない」ということを知っていたため、自分ががんになったと聞いたときも、ひどく取り乱すことなく客観的に状況を受け止めることができました。 また、主治医の先生が非常に前向きな方だったことも大きな救いでした。先生は「今こういう状態ではあるけれど、まずは手術をしましょう。傍大動脈リンパ節への転移のことはその後で様子を見ながら考えればいいと思います。今は薬も治療法も進歩しているので、まずは治療を受けて、生きることを考えてください」と力強く励ましてくれました。まずは標準治療をしっかりやってみようという先生の言葉に背中を押され、私は治療に踏み切る決意をしました。

S状結腸の切除手術から始まった抗がん剤治療

2024年7月、開腹手術を受けました。当初は腹腔鏡手術も検討されましたが、腫瘍や所属リンパ節への広がりを直接目で確認するため、開腹での手術となりました。手術では、S状結腸にある10数cmの大きな腫瘍と、目視できる所属リンパ節をすべて切除しました。術前の説明では人工肛門(ストーマ)になる可能性も示唆されていましたが、幸いにもストーマは免れました。傍大動脈リンパ節の転移は手術できず残った状態でした。 体力が回復した8月ごろ、今後の治療方針について説明がありました。当初は肩からカテーテル(CVポート)を入れて長期間の抗がん剤治療を行う予定でした。しかし、退院時の検査で腫瘍マーカーの数値が劇的に減少していることがわかりました。そのため、体に負担をかけてCVポートを埋め込む治療は避け、通院での点滴と飲み薬によるXELOX療法(ゼローダ、オキサリプラチン)とベバシズマブを8コース行う方針に切り替わりました。 9月に入り、本格的な抗がん剤治療がスタートしました。副作用として、冷たいものに触れられなくなる冷気過敏や、手足のしびれが現れました。治療が進むにつれて症状はきつくなり、指先の感覚が鈍ってシャツのボタンが留められなくなることもありました。

心不全の発症により治療を中止

3コース目の治療が終わったころのCT検査で、残っていた傍大動脈リンパ節の転移も、画像検査では認められない状態になりました。回復が予想以上に早かったのですが、目に見えないがん細胞を叩く予防の意味も込めて、予定通り治療を継続することになりました。 しかし、12月の頭ごろから、体に異変が起き始めました。息苦しさを感じるようになり、夜寝ているときに肺に水が溜まっているような「ポコポコ」という感覚と同時に血痰が出るようになりました。たまらず病院を受診したところ、「心不全を起こしています。心臓が通常の3割程度しか働いておらず、水が漏れて肺にも溜まっている状態です」と診断されました。真っ先に頭に浮かんだのが、がんの再発または新たながんの発症でしたが、「がんではない」と明言され、その意味ではひと安心でした。 ただちに抗がん剤治療は中止となり、そのまま循環器内科へ入院することになりました。原因ははっきりしませんでしたが、長時間の手術による心臓への負担や、退院後すぐに仕事を再開したことによる疲労、そして何より抗がん剤の副作用が複合的に影響したのではないかと言われました。そのまま12月いっぱいは入院して治療を受け、心臓の機能が回復するのを待ちました。

経過観察開始から1年以上落ち着いた状態を維持

抗がん剤を休止している間、心臓の症状は全く出なくなり、入院中に体調はすっかり元に戻りました。年が明けた2025年1月中は念のため治療を休み、主治医と相談した結果、2月からXELOX療法を再開することにしました。 再開後、5、6コース目までは特に問題なく進みました。しかし、持病である糖尿病のインスリン注射を打ったタイミングで、一時的に頻脈が起こるようになりました。内科の先生とも相談し、点滴の抗がん剤とインスリンの相性が悪いのかもしれないという結論に至りました。また、点滴による手足のしびれも蓄積する時期であったため、心臓へのリスクも考慮し、オキサリプラチンは中止してゼローダのみで治療を続けることになりました。 その後もゼローダの治療を続け、2025年4月末に受けたCT検査と血液検査でも、再発や増悪の兆候は全く見られませんでした。この結果を受け、次回のCT検査で何もみられなければゼローダも止めてみるとの提案がありました。そして、2026年7月末、ついに飲み薬も終了することになりました。手術からちょうど丸2年のこの日、主治医からは「大腸がんの完治の目安とされる5年には達していませんが、画像上はがんが見えず、非常に落ち着いた状態を維持できています。治療は一旦終了しましょう」と説明を受けました。現在はすべての治療を終え、腫瘍マーカーも標準値となり、経過観察の日々を送っています。 ※がんの薬物療法に伴う副作用の出方や程度には、大きな個人差があります。また、現代の医療では副作用をあらかじめ予防したり、症状を抑えたりする対策(支持療法)が非常に進歩しています。体験談の描写に過度な不安を抱かず、主治医や医療スタッフに安心してご相談ください。

1人暮らしの療養生活を支えた友人との交流

私は1人暮らしをしているため、抗がん剤治療中の日常生活は困難の連続でした。特に冬場は冷気過敏の副作用がつらく、朝起きて冷たい床を歩くことや、水に触れることが大きな負担でした。洗濯をするときは、手元に温かいお湯を入れたバケツを用意し、手を温めながら瞬間的に冷たい洗濯物を取り出して干すという工夫をしていました。誰も代わってくれない環境での家事は、肉体的にも精神的にもこたえました。 そんな孤独な闘病生活を支えてくれたのは、同時期に別のがんと診断された友人でした。お互いに連絡を取り合い、「抗がん剤を入れたらつらいね」「あと何回の我慢だね」と愚痴や励ましの言葉を交わすことで、苦しい時期を乗り越えることができました。自分一人ではこの過酷な治療にはとても耐えられなかったと思います。一人では生きていけないということを、がんになって改めて実感しました。 仕事に関しても、会社には病気と治療のことを正直に伝えました。私の担当業務については会社が配慮し、調整をしてくれたおかげで、無理のない範囲で教育関連の講師の仕事を続けることができました。

インターネットの情報に振り回されないための心構え

がんを告知されてから、インターネットやSNSでさまざまな情報を調べました。しかし、情報が溢れすぎていて、どれを信じていいのかわからなくなることが多々ありました。特に目についたのは、「抗がん剤を入れると命が縮む」「標準治療はしない方がいい」といった、治療を否定するネガティブな意見でした。 そうした否定的な意見の多くは、「知り合いの友達がそうだった」といった遠い伝聞であり、本人の実体験ではないことに気づきました。そのため、私はそうした不確かな情報には振り回されず、ご本人が前向きに体験を語っている情報だけを参考にするようにしました。 そして何より、「主治医を信じて標準治療をやってみる」ということを自分の中のルールに決めました。どのお医者さんも看護師さんも、患者のために一生懸命やってくださっています。もし治療の甲斐なく命が短くなったとしても、それが自分の寿命なのだと受け入れる覚悟で、先生の提案を信じて治療に向き合いました。

主治医の言葉で気づいた生きることへの思い

治療が順調に進み、CTの画像からがんが完全に見えなくなったときのことです。診察室に入った瞬間、主治医がものすごく大きな声で「まさまるさん、生きられるよ!」と言ってくれました。以前の画像と今日の画像を並べて、「ほら、背中のここにあった腫れも見えないでしょう。他の臓器にも転移はないし、生きられるよ!」と心から喜んでくれたのです。 その言葉を聞いたとき、自分でも驚くほど嬉しい感情が湧き上がってきました。それまで私は、余命宣告を受けても冷静で、死への恐怖もあまり感じていないつもりでいました。しかし、心の奥底ではやはり身辺整理のことなどを考えており、無意識のうちに死を覚悟していたのだと思います。「生きられる」と言われて初めて、「ああ、自分は生きたかったんだな」と、生への強い執着を持っていたことに気がつきました。 この経験を経て、日々の何気ない生活がいかに尊いものかを知りました。好きなものを美味しく食べられること、水が飲めること、朝起きて夜眠れること。その一つひとつに感謝し、1日1日を大切に生きていこうと思うようになりました。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がん治療をしている方、そしてこの記事を読んでいるすべての方にお伝えしたいことがあります。 早期発見のためにためらわずに検査を受けてください がんという病気に対して怖いイメージを持ち、検査をためらってしまう気持ちはよくわかります。私自身も便潜血などの検査を怠り、結果的にステージ4になるまで発見が遅れてしまいました。今のがん治療は昔とは違い、治る可能性も十分にあります。手遅れにならないよう、定期的な検査を受けてください。 経済的な負担に備えてがん保険を検討してください 治療が始まると、想像以上にお金がかかります。高額療養費制度などの補助はありますが、それでも毎月数万円の出費が続きます。さらに、副作用で寒さに弱くなり、暖房費や給湯費などの光熱費が大幅に跳ね上がるといった、見えない生活費も増大します。いざというときのために、健康なうちからがん保険に加入し、経済的な備えをしておくことをお勧めします。 主治医を信じて治療を受け入れてください インターネットにはさまざまな情報が溢れていますが、まずはご自身の病気を受け入れ、目の前の主治医を信じることが大切です。医師や医療スタッフは、患者を治すために最善を尽くしてくれています。不安なことがあれば一人で抱え込まず、信頼できる医師と共に、前向きな気持ちで治療に取り組んでいただきたいと思います。

がん体験に関するインタビュー参加者募集中

オンコロでは、がん体験をお話しいただける方を対象としたインタビューを実施しております。応募条件など、詳細は下記の応募フォームをご確認ください。
体験談 大腸がん

おすすめ記事

治験・臨床試験

一覧を見る

リサーチ・調査

一覧を見る

ニュース

一覧を見る

イベント

一覧を見る

動画

一覧を見る

体験談

一覧を見る

患者会

一覧を見る

電話受付:平日(月〜金)10:00-18:00

※オペレーターが受付いたします。内容に応じて専門のスタッフへおつなぎいたします。