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胆のうがんステージ4B、がん患者家族からがん患者になって気が付いた一人の人間としての生き方

[公開日] 2026.08.27[最終更新日] 2026.08.24

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:ろみさん(ニックネーム) 年代:60代 性別:女性 家族構成:1人暮らし(子ども2人は独立) 仕事:igannet代表理事、全国がん患者団体連合会事務局長 がんの種類:胆道がん(胆のうがん) 診断時ステージ:ステージ4B 診断年:2025年 現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 長年がん患者支援の活動を続けてきたろみさんは、2025年、体調不良を機に胆道がん(胆のうがん)のステージ4Bと診断されました。切迫した状況の中でGCP療法を開始し、現在はキイトルーダの単独療法を続けながら、患者支援の活動に取り組んでいます。支援者としての知識が医師との対話に役立った一方で、「患者自身が医療知識を持たなければならない」という風潮に疑問を呈しています。当事者となって見えた日常生活に寄り添うサポートの必要性や、がん患者ではなく一人の人間としての人生を歩み続けることの意義についてお話しいただきました。

抗生物質も効かない高熱と悪性腫瘍の疑い

2025年3月の末ごろから、体にだるさを感じるようになりました。当時、全国がん患者団体連合会の活動として国会に参考人として出席するなど忙しくしていたため、最初は疲労からくるやメンタルの不調が原因ではないかと考えていました。また、それまで人と会うことに積極的だったにもかかわらず、人と会いたくない、特に飲食を伴う場には行きたくないと思うようになりました。 そのため、メンタルクリニックを受診する一方で、体の異常も疑い、以前からかかりつけだった内科も受診しました。そこから3か月に1度のペースで血液検査を受けるようになりました。6月の検査の段階では、リウマチや膠原病に関わる数値が少し上がっている程度で、大きな異常は見られず、経過を観察することになりました。 しかし、8月の終わりに受けた血液検査で状況が変わりました。炎症反応を示す数値が、入院が必要なレベルにまで高くなっていたのです。最初は細菌感染を疑われ、抗生物質を処方されて飲みましたが、全く効果がありませんでした。この時点で、かかりつけ医も悪性腫瘍の可能性を疑ったのだと思います。すぐに画像検査を受けるよう指示されました。

総合診療科からがん専門病院へ

画像検査を受けるにあたり医師から病院の候補を示されましたが、私は通院歴のある総合診療科を受診したいと希望しました。もし悪性腫瘍ではなく、膠原病など他の病気であった場合でも、広く診断してもらえると考え、紹介状を書いてもらって受診しました。 総合病院の総合診療科で画像検査を受けた結果、胆のうに腫瘍があることがわかりました。医師に「悪性腫瘍(がん)の可能性が高いですか」と尋ねると、「総合的に考えてその可能性が高いです」との返答でした。私は、もし悪性腫瘍に絞られるのであれば、専門的な治療を受けたいと考え、その場ですぐにがん専門病院への転院を希望しました。

確定診断を受けたその日に抗がん剤治療を開始

がん専門病院へ転院し、さらに詳しい検査を受けることになりました。検査入院をして、内視鏡を使って組織を採取する生検を行いました。さらに、CT、MRI、PET検査を受けました。 このときの生検は、単に良性か悪性かを確認するだけでなく、別の可能性を探るための重要なものでした。画像検査の段階で、胆のうの腫瘍に加えてリンパ節にも広範な転移が見られ、さらにかなり離れた場所にあるリンパ節にも転移が疑われていました。胆のうがんでこれほど特徴的な広がり方をするのは珍しいため、「神経内分泌腫瘍(NET)」である可能性も否定できず、その鑑別が必要だったのです。 10月2日の午前中に検査結果の説明を受けました。NETの可能性は否定され、胆のうがんであることが確定しました。転移の状況から、ステージは4Bであると説明されました。医師からは、一刻を争う状況であり、今日の午後からすぐに抗がん剤治療を始めなければならないと告げられました。9月ごろから腫瘍による高熱も続いており、私自身もかなり進行した状態であると自覚していました。

治験を見送りGCP療法を開始

以前、スキルス胃がんだった夫がフェーズ1の治験に参加した経験があったため、私自身ももし自分がその立場になったら治験に参加したいという思いがありました。治療効果の有無にかかわらず、自分のデータが将来の医療に役立つのであれば、参加したいと考えていたのです。 確定診断を受けた際、私は主治医に治験の可能性について尋ねました。しかし、主治医からは「治験の選択肢がないわけではありませんが、今はそんなことを言っている場合ではないです。今日すぐに抗がん剤を始めなければならない状態です」とはっきり言われました。治験に参加するためには、さらに検査を受け、適格条件に合致するかの確認に時間がかかります。私の体調はそれらを待つ猶予がないほど切迫していたため、治験への参加は見送り、提案された標準治療であるGCP療法(ゲムシタビン、シスプラチン、ペンブロリズマブ)を開始することになりました。

予想以上に進行していた病状

GCP療法の最初の点滴を受けるにあたり、私は副作用による体調悪化を懸念し、「入院させてほしい」と頼みました。しかし、医師からは「通院で十分対応できる」と言われ、通院で治療を受けることになりました。 実際にGCP療法を受けてみると、初回投与の翌日には、信じられないほど体が軽く、爽快感がありました。副作用で苦しむどころか、久しぶりに体調が良いとさえ感じたのです。 しかし、その1週間後に2回目の点滴を受けに行った際、主治医から思いがけない事実を告げられました。「薬が効いていて良かった。実は、2回目の点滴は打てないのではないかと思うほど進行していたのです。もしこの薬が効かなかったら、次に何をすべきか悩む状態でした」と言われたのです。私は体が楽になったことで安心しかけていましたが、医師の言葉を聞き、自分の病状がいかに厳しかったかを改めて思い知らされました。 幸いにも治療は奏効し、11月の時点では腫瘍マーカーが正常値になり、画像上でも腫瘍が縮小してがんの残骸が見える程度の状態になりました。その後、治療を続ける中で、2026年の春ごろにはシスプラチンの投与量が限度に達したため、シスプラチンは投与中止になりました。さらにその後、ゲムシタビンの副作用による骨髄抑制が現れ始めました。 主治医から「ゲムシタビンをやめるかどうか、一緒に考えましょう」と提案された際、私は即座に「ゲムシタビンはいりません。ペンブロリズマブ単独でやっていきたいです」と伝えました。こうして、ペンブロリズマブの単独療法へと移行することになりました。

知識がなくても適切な医療が受けられる仕組みへの思い

私が即座に治療の選択を決断できたのは、長年夫の闘病を支え、患者支援団体の活動を通じて医療情報を学んできたからです。その経験により、医師の言葉の意味を理解し、シスプラチンの限度量やゲムシタビンの副作用といった状況を予測できていたため、医師と対等に話し合うことができました。 しかし、私がここで強くお伝えしたいのは、「患者自身が知識を持たなければならない」ということではありません。知識があったからといって、私自身決して冷静になれたわけではないからです。むしろ、知識があるが故に先の悪い状況まで過剰に予測してしまい、「これは厳しい状況だ」と焦って身辺整理(断捨離)を急いでしまうなど、知識が必ずしもプラスに働いたとは言えませんでした。 「知識がなかったから適切な治療につながらなかった」といった風潮は決して良くありません。患者がわからないことはわからないままで構わないと思います。一般の人に医療知識を求めるのは酷なことであり、必要なのは、診断の初期段階から一緒に考え、不安を紐解いてくれる相談支援センターなどの「伴走者」と確実につながる仕組みです。安心してうろたえることができる世の中にする必要があると、当事者になって改めて強く感じました。

当事者になって気づいた課題

私は2025年11月1日に、新たな患者支援団体「一般社団法人 igannet」の設立を公表する予定でした。奇しくもその直前に自身の胆のうがんが判明しましたが、以前から準備していたことであり、「私ががんになったから以前の団体(認定NPO法人 希望の会)を解散した」と誤解されることを避けるため、予定通りに公表を行いました。 支援者から当事者となって気づいたのは、就労支援やアピアランスケアなどの社会的な対策は進んでいる一方で、誰にも見られていない「日常」における支援がいかに手薄かということです。例えば、免疫チェックポイント阻害薬は予測できない多様な有害事象が起こる可能性があるため、「体がだるい」といった些細なことでも不安になります。しかし、「忙しい医療者にこんなことで連絡していいのだろうか」と患者は遠慮してしまいます。「いつでもどんなことでも相談してください」と言われても、具体的な基準がわからなければ、患者はどうしていいかわからないのです。せめて、基準がわかれば、その基準に従って相談することができるかもしれませんが、多くのがん患者さんは、声を上げられないのが現状だと思います。そうした患者さんのためにも、日常生活に寄り添う支援がもっと必要だと痛感しています。 また、日常の中で不安やつらさを感じていても、それを素直に口にするのは容易ではありません。現在、私は治療が奏効しているため、周囲からは「良かったね」と声をかけられます。しかし、この「良かったね」という言葉が、逆に自分の不安やつらさを声に出しにくくさせてしまうことがあります。「こんなに良い結果が出ているのに、弱音を吐くなんてわがままなのではないか」と、自分を抑え込んでしまうのです。 そこで、心の整理のために私が活用したのがAIでした。相手が人ではなくAIであれば、気兼ねなくありのままの感情を吐き出すことができます。言葉にならないモヤモヤとした思いを入力し、返ってくる言葉を見ることで、「自分が何に不安を感じているのか」を客観的に可視化することができました。AIの回答に依存するのではなく、人に気を遣わずに心を整えるための「もう一人の伴走者」として、非常に有効なツールだと感じました。

がん患者としてではなく、一人の人間として続く人生

がんになると、周囲から「自分らしく生きましょう」という言葉をかけられることが増えます。しかし、当事者になってみると、この言葉がプレッシャーになることに気づきました。「がん患者だからこうあるべき」という社会が受け入れやすい言葉に覆われ、それに乗れない人はわからずやのように扱われてしまうのは酷なことです。 私は、毎日を「がん患者」として生きているわけではありません。がんになっても、それまでの人生が途切れたわけではなく、私という一人の人間の人生はずっとつながっています。がん治療は、がんを撲滅することだけが目的ではなく、今までと変わらず生きていけることを支えるためのものです。私はこれからも、がん治療を有効に利用しながら、がん患者という枠にとらわれず、私自身の人生を歩んでいきたいと考えています。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 本当の想いを言葉にすることで、あなたの最適がみえてきます がんを告げられたとき、どんなに知識があってもうろたえるのは当然のことです。「理解力のあるいい患者」になる必要はありません。自分の本当の気持ちや不安を、この人になら伝えられるという場所(医療者、相談支援センター、患者会など)を見つけて、どうか声に出してみてください。 あなたの人生は、がんになってもつながっています 「がん患者だから」と自分を制限したり、周囲の「こうあるべき」という言葉に縛られたりしないでください。がんは人生の一部であって、あなたのすべてではありません。がんになっても、あなたという一人の人間の人生は、途切れることなく続いています。医療を味方につけながら、日常を大切に過ごしてください。

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