写真はイメージです。(AIによる生成)プロフィール
お名前:かおりさん(ニックネーム)
年代:50代
性別:女性
家族構成:1人暮らし
仕事:会社員(現在は休職中)
がんの種類:乳がん(小葉がん)、ホルモン受容体陽性、
HER2陰性、Ki-67:90、ルミナルB
診断時ステージ:ステージ3C
悪性度:グレード3
診断年:2022年
現在の居住地:東京都
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。
2021年12月、胸の痛みを機にクリニックを受診したかおりさんは、その後の詳しい検査の結果、2022年に乳がん(小葉がん)ステージ3Cと診断されました。乳房全摘出手術と術後治療を乗り越え、当初は仕事との両立を目指しました。しかし、治療による認知機能の低下などを経験して自身の限界を自覚し、現在は休職して療養しています。医療スタッフとの信頼関係を支えにこれからの生き方を模索するかおりさんに、治療の経緯と正しい情報収集の重要性についてお話しいただきました。
胸の痛みをきっかけに乳腺外科クリニックへ
2021年の12月、胸に痛みを感じるようになりました。まずは自治体の乳がん検診を受診しましたが、その検診はマンモグラフィと超音波(エコー)検査のみで、医師による触診や視診がありませんでした。さらに、結果が出るまでに1か月かかると案内されました。私自身の中に「これはがんではないか」という強い懸念があったため、結果を1か月も待つことはできないと判断しました。
私は以前、医療関連の学会をお手伝いする仕事をしており、医療に関する基礎的な知識を持っていました。乳房の異変に対しては婦人科ではなく乳腺外科を受診すべきだとわかっていたため、会社の近くに新しくできた乳腺外科クリニックを受診しました。
クリニックでマンモグラフィとエコー検査を受けたところ、その日の画像診断の段階で医師から「よろしくない状態だと思う」と告げられました。細胞診を行い、本来は結果が出るまで1週間かかるところを、1日早く電話で結果の連絡をもらい、乳がんの可能性が高いことがわかりました。
大学病院での小葉がんの確定診断と手術を優先した決断
クリニックの医師からは、すぐに大きな病院を紹介すると言われました。最も早く診察を受けられる大学病院の予約を取ってもらい、紹介状を持って受診しました。大学病院で改めて生検を含めた精密検査を受け、その結果を元に、私の乳がんは「小葉がん」であるという診断を受けました。
今後の治療方針を決めるにあたり、主治医からは小葉がんの特性について説明がありました。「小葉がんは画像検査で広がりの範囲が把握しにくく、術前に抗がん剤治療を行っても効果が期待しづらい。もし薬が効かなかった場合、その分の時間が無駄になってしまうため、すぐに手術をした方がいい」ということでした。また、医師から治療方針の決定者(キーパーソン)の有無を尋ねられましたが、両親は高齢で持病があり、妹にも障害があったため、「病状や治療方針はすべて私に直接話してください」と伝えました。
私は最初のクリニックの医師も、この大学病院の主治医も心から信頼できると感じていました。小葉がんは手術してみないと実際の広がりがわからないというリスクも説明されていたため、中途半端に残すのではなく、全摘出手術を受けることに納得しました。一刻も早い手術を優先したため、全身への遠隔転移を調べるPET検査を受ける時間はなく、転移の有無はわからないまま手術に臨むことになりました。
手術により判明した腫瘍の広がりとリンパ節転移
事前の画像検査では、がんの大きさは約7cmと言われていました。また、リンパ節への転移は確認されなかったため、腋窩リンパ節郭清はしない可能性もありました。
しかし、状況は術前の予測を超えて進行していました。胸部の皮下組織にがん細胞が広がっており、切除した腫瘍のサイズは15cm×14cm×8cmで、皮膚の近くまで達していました。さらに、手術中に行ったセンチネルリンパ節生検で5個すべてに転移が認められたため、腋窩リンパ節の郭清(切除)を行いました。その後の詳しい病理検査の結果、切除した41個のリンパ節のうち、39個にがんの転移があったことが判明しました。がんの悪性度を示すグレードは3、細胞の増殖能力を示すKi-67の数値は90%で、サブタイプはホルモン受容体陽性HER2陰性のルミナルBでした。
リンパ節への転移数からステージ3Cであるといわれました。主治医からは、抗がん剤、放射線治療、分子標的薬とホルモン療法の併用療法など一連の治療が必要であると告げられました。
術後治療の開始と副作用による痛みへの対処
手術後、まずはdd(dose-dense:用量密度化)EC療法とddパクリタキセルという抗がん剤治療を、2週間に1回のペースで合計4か月間受けました。副作用は、脱毛や生理の停止に加え、強い倦怠感や眠気、手足と口の中のしびれ、味覚障害、頭痛などを経験しました。
特にパクリタキセルの投与翌日からは全身に強い痛みが生じました。処方された痛み止めでは効果を感じられない状態でした。この時期、乳がんに関する学会が横浜で開催されており、患者参加プログラムに申し込んでホテルまで予約していましたが、痛みが強くホテルで休養することになり、ほとんど参加することができませんでした。
抗がん剤治療を終えた後は、放射線治療を受け、その後、再発を抑えるためのベージニオとタモキシフェンの併用療法を開始しました。その治療を続けながら、放射線治療を終えた半年後には、自家組織(お腹の脂肪)を使った乳房の二次再建手術も無事に受けることができました。ベージニオは副作用の影響で2年弱で服用を終了し、現在は10年間の予定でタモキシフェンのみを継続しています。
復帰後に自覚した認知機能の低下による仕事との両立の限界
治療が始まった当初は、仕事と両立できると考えていました。手術のための1か月間は休みをもらいましたが、当時はコロナ禍で在宅勤務が推奨されていたこともあり、復帰後は自宅での後方支援業務を中心に仕事をしていました。
しかし、復帰後は仕事をしていても疲れや倦怠感を感じるようになりました。私にはがんの他にも持病があります。そのため、こうした体調不良の原因が、がん治療によるものなのか、持病によるものなのかは判断できませんでした。
復帰してしばらくすると、「ケモブレイン(抗がん剤治療による認知機能の低下)」と思われる症状が現れ始めました。記憶力が低下し、半年間隣の席に座っていた同僚の名前が思い出せなくなりました。思考の回転が遅くなり、本来できるはずの業務の半分もこなせなくなりました。
さらに、ケアレスミスが増加しました。単純な計算ができなくなり、自分が作った書類に間違いがあっても自覚できない状態に陥りました。先輩や上司から指摘されて初めて気づくということが続き、一人で仕事を任せてもらえる状態ではなくなりました。
※がんの薬物療法に伴う副作用の出方や程度には、大きな個人差があります。また、現代の医療では副作用をあらかじめ予防したり、症状を抑えたりする対策(支持療法)が非常に進歩しています。体験談の描写に過度な不安を抱かず、主治医や医療スタッフに安心してご相談ください。
長期休職を経て理解した自身の特性
ミスが続いたため、業務の調整や確認を目的として、毎日のように上司と面談を行いました。面談で自身の状況を話すたびに、周囲に多大な迷惑をかけているという申し訳なさを痛感し、泣けてくる日々が続きました。会社にいること自体が大きなストレスとなり、いっそ辞めるべきだと思い詰めました。しかし、会社には2年間の休職制度がありました。上司から休むことを勧められ、まずは治療と回復に専念する決断をしました。
休職し、就労支援の相談窓口を訪れた際に、自分にはADHDの特性があることがわかりました。この特性を持つ人は心身の疲労のサインに気づきにくく、仕事に対して常にアクセルを全開にしてしまう傾向があるそうです。私は支援員の方から「普通の人は毎日100%の力で仕事をしているわけではない」と聞き、衝撃を受けました。私はこれまで、限界を超えるまで仕事にのめり込んでいたのだと気づきました。「今の私は、以前のようには働けない」という事実を受け入れました。無理をして周囲に迷惑をかけるのではなく、まずはしっかりと休み、これからの自分がどのように生きていくべきかを模索している最中です。
心の支えとなった医療者への信頼と感謝
私が一連の治療を継続できているのは、医療スタッフへの信頼があるからです。一番初めのクリニックの医師からは日本乳癌学会が発行している「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」という本を勧められ、それを読んだことで自分自身の病状への理解が深まりました。
また、大学病院のサポート体制も整っていました。医師や看護師が常に「困っていることはありませんか」「手伝えることはありませんか」と声をかけてくれました。自家組織(お腹の脂肪)を使った乳房再建手術を受けた後、お腹の傷の保護のため体を伸ばさないように指示され、歩行器を使って前かがみで病院内を歩いていたときのことです。私が胸ポケットから眼鏡を落としてしまった際、たまたま通りかかった医師2人が、サッと歩行器を止め、しゃがんで眼鏡を拾ってくれました。医師が患者に対してごく自然にそのような配慮をしてくれたことに感動し、病院全体への信頼感がさらに高まりました。そうした医療者の方々のサポートがあったからこそ、予期せぬ大きな腫瘍の切除や、強い副作用、そして仕事との両立の挫折といった数々の困難を乗り越え、今の私があります。
現在は休職中であり、以前のようにバリバリと働くことはできなくなってしまいましたが、それもまた自分のひとつの特性であると受け入れることができました。これからは無理をして自分の限界を超えるのではなく、医療スタッフへの感謝を胸に、自分の心と体に寄り添いながら、生きていく道を見つけていきたいと思っています。
今、がんと向き合っている方へのメッセージ
今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。
エビデンスに基づく情報を参考にしてください
病気について調べる際、信頼できるのは各学会から出ている公式な情報や、患者向けのガイドラインです。インターネット上にはさまざまな情報がありますが、まずはエビデンスに基づいた正確な情報を基盤にして、ご自身の病状を理解してほしいと思います。
個人の体験談はひとつの参考にとどめてください
私自身もSNSで情報を発信していますが、誰か一人の体験がそのまま自分に当てはまることはほぼありません。がんの症状や治療の経過は人それぞれです。他の患者さんの体験談に振り回されすぎず、あくまでひとつの参考例として捉え、主治医と相談しながら自分に合った治療を進めてください。
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