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膠芽腫グレード4、寿命の制約を力に変え事業と自己成長に挑む日々

[公開日] 2026.08.13[最終更新日] 2026.08.07

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール お名前:カズヒコさん(ニックネーム) 年代:50代 性別:男性 家族構成:母親と2人暮らし(妻と子どもは別居) 仕事:会社経営 がんの種類:膠芽腫 診断時グレード:グレード4 診断年:2024年 現在の居住地:神奈川県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 2024年9月、突然の視界異常と見当識障害を起こした礒﨑和彦さんは、受診したクリニックから大学病院を紹介され、膠芽腫のグレード4と診断されました。10時間の手術と放射線治療を経て、がん治療を続けながら会社を経営しています。治療方針は主治医に完全にお任せする一方で、自らの寿命に制約ができたことを「思考のストッパーを外す大義名分」と捉え、取り組んでいる事業の目標達成に向けて新たな戦略を構築しています。現在も再発なく毎日筋トレを続ける礒﨑さんに、病気への向き合い方と独自の死生観についてお話しいただきました。

突然の視界異常から始まった膠芽腫との闘い

2024年9月26日の夕方、自宅から徒歩5分ほどのコンビニで複合機を使い、住民票の発行操作をしているときでした。突然めまいがして視界が狭くなり、店内で人と何度もぶつかりました。目の右下の方で換気扇のような何かがぐるぐる回っている幻覚がありました。別居中の妻に「俺、ダメなのかも。度のきついメガネをかけているような感じだ」とLINEを送り、なんとか帰宅しました。 しかし、帰宅後に顔を洗おうとしても洗面所がどこにあるか全くわからず、狭い部屋の中の同じ場所をぐるぐると徘徊してしまいました。私はその様子を客観的に記録しておくべきだと考え、鏡の前に立ち、自分がどんな顔をしているか動画に撮影しました。 私はそのままベッドに横になって寝ていたかったのですが、LINEを受けた妻が、母親と同居している家に来て「病院に行くよ」と急かされました。私は「別に寝ていればいい」と言ったのですが、「ダメ」と促されるまま、近所の脳神経外科クリニックを受診しました。そこで検査を受けた結果、悪性脳腫瘍の可能性を指摘され、大学病院を紹介され精密検査を受けることになりました。

健康問題より経済問題を優先し受診を1日延期

9月28日に紹介先の大学病院へ行く予定でしたが、取引先から即日の支払いを要求されてしまいました。私は資金繰りに奔走して時間を取られたため、この日に病院へ行くことを断念しました。私にとっては健康問題よりも、目の前の経済問題の方がはるかに重要だったからです。 翌29日に、ようやく大学病院へ行き、そのまま検査入院となりました。めまいがありICUへ移動し、その後10月9日に痙攣発作が起きました。左側の視界が完全に見えなくなり、病院の廊下を歩いていても人と衝突したり、まっすぐ歩けなくなったりしました。翌10日、MRIの検査画像を見た医師から、予想以上にがんの進行が早いと告げられ、手術のスケジュールが前倒しになりました。

がん告知でまず思ったのは「面白そう」

私はがんの告知を受けたとき、不謹慎かもしれませんが不安よりも「面白そう」と思いました。これからどんな治療を受け、自分がどのような経過をたどるのかがわからないことが、逆に好奇心をかき立てたのだと思います。 主治医は膠芽腫の分野で日本トップクラスの権威でした。手術の数日前から、主治医が他の医師を引き連れて私のベッドに来ることが何度かありました。これほど高度な技術を持つ人間の仕事ぶりを間近で観察できる幸運に、私は喜びを感じました。 回診の際に率直な質問をぶつけ、その高みに至った道筋を聞くことで、自分も能力を向上させなければと強い刺激を受けました。治るか治らないかには関心がなく、残された時間でどれだけ質の高い時間を過ごし、自分を高められるかが重要だと考えていました。 10月11日、全身麻酔で約10時間の手術を受けました。私自身の感覚では、フィレンツェの街並みを高いところから眺める夢を見ていて、5分ほどしか経っていない感覚でした。妻や弟の呼ぶ声で目覚め、「いつ手術が始まるのか」と聞くと、泣き叫ぶ妻から「もう終わったよ」と返され、人生初の手術はあまりにあっさりしていて拍子抜けするものでした。 術後は1晩ICUに入りました。ふくらはぎを大男に強く絞られているような圧迫感がありましたが、看護師に確認すると素足でした。脳のむくみが原因とのことで、点滴をすると圧迫感は消えました

治療方針は専門家である医師に一任

10月22日、病理検査の結果について医師から説明を受けました。悪性脳腫瘍は細かく分類すると何種類も存在しますが、今回はその中でも最も悪性度の高い膠芽腫であることが判明しました。医師からは「可能な限りのことを行い最善を尽くす」と言われました。治療方針については専門家である医師に完全に丸投げし、「治療に失敗して死んでも問題ないので気楽にやってください」と伝えました。 翌23日に一度退院し、その後、10月28日から放射線治療のため再入院しました。治療は月曜日から金曜日までの週5日のペースで、6週間にわたり合計30回行う計画です。入院後は治療計画などの準備を経て、30日(水)から実際の照射が始まりました。そして翌日の10月31日、2回目の放射線治療を終えた段階で退院となりました。 しかし、帰宅して大きなショックを受けました。デスクの上に家賃や借入返済など、あらゆる支払いの滞納を示す膨大な請求書が山積みになっていたからです。どうにもならない気持ちになり、健康問題よりも、目の前の経済問題の方がはるかに厄介だと痛感しました。

抗がん剤による維持療法と医療機器のストレス

放射線治療として並行して抗がん剤(テモゾロミド)の服用が始まりました。その後の維持療法も含めて毎月薬が処方され、ひたすら飲み続けましたが、幸いにも懸念していたような副作用は全くありませんでした。 一方で、12月に入ると左の視界に透明の波のようなものが見える幻覚や、左側の視界の欠損、足の先のしびれなどがありました。そこで2025年1月からは、抗がん剤の服用と並行して、頭部に電極を貼付する「オプチューン」という医療機器の装着を開始しました。 しかし、オプチューンは24時間外すことができず、コードの重みや本体を持ち運ぶ手間など、生活上のストレスが極めて大きかったです。特にお風呂上がりは、湿気がこもって最悪の気分でした。QOL(生活の質)を著しく下げるため、4月ごろに医師に「この治療を辞めたい」と言い、オプチューンの装着のみ中断することにしました。なお、抗がん剤の服用はその後も予定通り続け、2025年11月末をもって無事に維持治療の期間を終了しました。

がんになったことで手に入れたプレミアムチケット

私は2006年にサラリーマンを辞めて独立したときから、収入がゼロになるリスクを背負い、死を覚悟して生きてきました。そのため、今回がんを告知されても精神状態は変わりませんでした。世の中の人は命そのものを大事にしすぎていますが、命そのものに価値はなく、その命を手段として何を成すかが重要だと考えています。 私は現在、空き家問題を解決する事業に取り組んでいます。これまでは寿命が続く前提で、国が目標とする件数の10%程度を40年や50年かけて達成する計画を立てていました。しかし、持ち時間が例えば3年になったと仮定したことで、計画を抜本的に修正する必要に迫られました。 必要に迫られ必死に考えた結果、「世界中の天才を集結させれば実現できるかもしれない」といった発想ができるようになりました。「自分の持ち時間がないから、あなたに声をかけたんです」と言えば、一角の人物を説得する強力な武器になると考えたからです。がんになったことで、突拍子もない挑戦をしていいという大義名分、プレミアムチケットを手に入れた感覚でした。

自分のがん体験を社会的な価値や収入に

私は遺伝子パネル検査により、適応となり得る分子標的薬が見つかりました。膠芽腫でこの薬に適応するのは非常に確率が低いことで、医師からは「宝くじに当たりましたね」と言われました。現在はその薬を使う段階には至っておらず、維持治療の抗がん剤も終了し、経過観察に入っています。 膠芽腫は治療を受けても生存期間の中央値は14か月程度と言われており、私はすでにその期間を過ぎていますが、再発も副作用もなく、毎日筋トレをして生活しています。主治医からは、この状態を維持できれば長期生存のコースに入った可能性があると言われました。 自分の実感としても、5年以内に死ぬとはとても思えません。私はこの非常に珍しい状態や私自身のデータや経験を生かし、何らかの形で社会的な価値や収入に変えたいと真剣に考えています。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 未来がある前提で毎日を過ごしましょう がんになって悲観し、すがるような態度になっても良いことはありません。最後まで明るいエネルギーの発信源であり続けることが大切です。残りの時間が短くても、寿命がまだ90年ある人のように、未来がある前提の過ごし方を毎日実践してみてください。 がんの経験を生かすことを考えてみてください 健康なときには「自分には無理だ」と心のストッパーをかけてしまうことでも、残された時間が限られているという事実は、大胆に行動するための強力な大義名分になります。普段なら躊躇してしまうような大きな目標に挑戦したり、高いハードルを感じていたことに挑んだりと、これまでの枠を超えるための武器として使ってみてください。 自らを高め、体を美しい状態に保ちましょう 悲観して泣いている時間があるなら、体を鍛え、頭脳を鍛え、最後までファイティングポーズを崩さずに成長を追求しましょう。私は、体は借り物であるという感覚を持っています。メタボで不潔な状態ではなく、アイロンをかけて糊付けしたようにきれいな形に鍛え上げて返却する意識を持つことをお勧めします。

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