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腰痛から判明した多発性骨髄腫、がんを経験して変わった自分を大切にする生き方

[公開日] 2026.08.20[最終更新日] 2026.08.18

写真はイメージです。(AIによる生成)
プロフィール ・お名前:suzuranさん(ニックネーム) ・年代:50代 ・性別:女性 ・家族構成:子ども2人との3人暮らし(子ども1人は独立) ・仕事:教員(診断時は放課後等デイサービスの保育士) ・がんの種類:多発性骨髄腫 ・診断時ステージ:ステージ1 ・診断年:2018年 ・現在の居住地:和歌山県
※本体験談は、患者さん個人の経験に基づくものです。治療の経過や副作用には個人差があります。オンコロマイストーリー含め、ネット上の情報には、進行や再発といった厳しい闘病を経験された方の発信が多く残る傾向がありますが、実際には再発なく平穏に過ごされている方も数多くいらっしゃいます。情報の一つとして受け止め、治療方針の決定の際には、必ず主治医や医療従事者にご相談ください。 2018年4月、suzuranさんは腰痛をきっかけに、多発性骨髄腫と診断されました。当時、放課後等デイサービスで働きながら子育てをしていたsuzuranさんは、入院治療と強い副作用を乗り越え、仕事に復帰しました。その後、体の状況を考慮して働き方を見直し、2025年に教員採用試験に合格して現在は教員として働いています。自ら病気について調べた経緯や、入院中の準無菌室での生活、がんサロンで得た患者同士のつながりの大切さ、そして病気を経験して変化した「自分を大切にする生き方」についてお話しいただきました。

腰痛から始まった多発性骨髄腫

2018年のことでした。当初は左側の腰のあたりがひどく痛み、寝返りを打つのもつらく、朝起き上がる際には「痛い」と声に出しながらでないと起き上がれない状態になっていました。私は仕事で体を動かすこともあったため、最初は「ただのひどい腰痛だろう」と考えていました。まずは近所の整形外科のクリニックを受診しました。レントゲンを撮りましたが「骨はきれいです」と言われ、湿布薬を処方され様子を見ることになりました。 しかし、その1週間後、ついに朝起き上がることができなくなってしまいました。これはただ事ではないと思い、総合病院の整形外科を受診してCT検査を受けました。その結果、腰椎に近い胸椎の部分に圧迫骨折が起きていることがわかり、医師からは「1か月間の安静が必要です」と言われました。 この時点では、医師から骨折の診断を受けただけで、がんの疑いについては何も言われませんでした。しかし、私の中には大きな疑問がありました。どこかに強くぶつけたり、転んだりした覚えは全くないにもかかわらず、起き上がれないほどの圧迫骨折をしているのはどう考えても不自然だったからです。看護師の妹からも圧迫骨折は高齢者がなりやすいものだと聞きました。そのころ、会社の健康診断の結果が返ってきて、貧血であることが判明しました。

自ら情報を調べ、血液内科を受診

私は気になって、インターネットで「貧血」「腰痛」「圧迫骨折」などのキーワードで検索し、いろいろと情報を調べました。すると、血液のがんである多発性骨髄腫という病気が、骨を脆くして骨折を引き起こす症状があることを知りました。自分の中で「もしかしたら、ただの骨折ではなく、この病気かもしれない」という思いが強くなりました。 受診していた総合病院の整形外科では詳しい血液の病気まではわからなかったため、別の血液内科がある総合病院を紹介してもらうことになりました。紹介先の血液内科を受診し、腰の骨に専用の針を刺して骨髄液を採取するマルク(骨髄検査)を受けました。 検査から1週間後、結果を聞きに行くと、私が事前にネットで調べて懸念していた通り、ステージ1の多発性骨髄腫と診断されました。当時はまだ上の子どもが大学生で、下の子どもも小学3年生でした。「これからどうなるのだろう」という不安はありましたが、ある程度自分で調べて病気の可能性を予測していたため、事実として冷静に受け止めていたように思います。

入院治療中の家族のサポート

多発性骨髄腫の治療としては、抗がん剤を組み合わせた薬物療法とその後の自家造血幹細胞移植のための長期間の入院が必要になることがわかりました。 当時、子どもたちはまだ学生で、毎日のお弁当作りや送迎など、母親としてやるべきことがたくさんありました。私が入院して家を空けることで、家族の生活が回るのかどうか、一番心配だったのはその点でした。 しかし、私が入院している間、みんなで家事を分担したりして、しっかりと家庭を守ってくれました。また、子どもたち自身も成長しており、自分たちでできることは自分たちでやってくれていたため、大きな混乱もなく過ごすことができました。

準無菌室での生活と副作用による強い倦怠感

まずは、VRd療法(レブラミド、ベルケイド、デキサメタゾン)という強力な初期治療(導入療法)が始まりました。仕事を続けながら、この治療を受けて、その後、夏休みが明けた9月半ばに自家移植に向けて入院することになりました。 移植に先立ち、自分の造血幹細胞を採取しました。その後、前処置として限界まで強い大量の抗がん剤(メルファラン)を点滴し、採取しておいた自分の造血幹細胞を体内に戻しました。 この一連の治療によって免疫力が著しく低下するため、戻した細胞が定着して血液の数値が回復するまでの間は、感染症を防ぐ目的で準無菌室に入らなければなりませんでした。リハビリとシャワーを浴びるときを除いて、部屋から出ることもできず、閉じ込められているような閉塞感を感じていました。 治療の副作用で一番つらかったのは、脱毛です。髪が抜けてきて地肌が見えてくると、とてもショックで涙が止まりませんでした。脱毛によって外見が変わることに対する不安は、とても強かったです。また、倦怠感もつらい副作用のひとつでした。治療の後半になって少し元気が戻ってくるまでは、テレビを見る気力すら起きず、ベッドの上でただじっと耐えるしかありませんでした。

がんサロンでの交流とウィッグの工夫

入院中に、病院の臨床心理士の方から「がんサロン」という患者同士の集まりがあることを教えてもらいました。自家移植を受ける前に、そのサロンに参加してみることにしました。 そこには、乳がんや大腸がんなど、いろいろながん患者さんたちが集まっていました。がん種は違っても、抗がん剤治療のつらさや、脱毛、感染症への不安など、共通する悩みを皆抱えていました。「あの薬はつらいよね」「こういうときは、どうしている?」といった、当事者同士でしかわかり合えない話ができ、情報を共有できたことは、精神的にとても大きな支えになりました。 サロンに来ている方から得られた、脱毛やウィッグについての情報は大いに参考になりました。医療用のウィッグは高価なものが多く、何十万円もするものもあります。しかし、手頃な値段で販売されているウィッグもあると教えてもらいました。ケア帽子のことも教えてもらい、プレゼントもしてくれました。 私もそれを参考に、高価なものは買わず、病院内の売店で自分に合うウィッグを見つけて活用しました。末っ子が小学3年生で、私のはげた頭を見てショックを受けさせたくなかったので、退院後、入浴時以外はずっとウィッグを着けていました。脱毛から9か月間、使用しました。

治療と仕事の両立、そして働き方の見直し

自家造血幹細胞移植の退院後は、地固め療法を経て、維持療法が始まりました。この維持療法を通院で続けながら、以前の職場であった放課後等デイサービスの仕事に復帰しました。自家移植から3か月後の2019年1月のことでした。 復帰にあたっては、職場の方々に自分の病気のこと、特に骨が脆くなっており骨折しやすいことや、感染症に気をつけなければならないことをしっかりと説明しました。職場の方々は私の状況を深く理解してくださり、子どもたちと激しく体を動かして遊ぶような役割は避けさせてくれるなど、体に負担のかからないように配慮してくださいました。 しかし、復帰から1年ほど経ったころ、仕事と病気のバランスについて改めて考えるようになりました。放課後等デイサービスは小学生などの小さな子どもたちを相手にする仕事であり、突発的な動きに対応しなければならない場面もあります。また、子どもたちから風邪などの感染症をもらうリスクもゼロではありません。自分の骨の状態や免疫力のことを考えると、長期的にこの仕事を続けていくのは少し不安がありました。

教員採用試験への挑戦と、教員としての新たなスタート

「もっと自分の体の負担が少ない仕事に変えた方がいい」と考え、2020年4月から定時制高校で支援員として働くことにしました。そこで5年間勤めている間に、学校現場で働く楽しさや、やりがいを感じました。その後、常勤講師として特別支援学校で働きながら、教員採用試験を受け、2025年に合格することができ、教諭として新たなスタートを切ることができました。 現在の職場である学校では、私が多発性骨髄腫の治療歴があることはあえて伝えていません。現在は病状が落ち着いており、仕事に支障をきたすような症状や行動制限もないため、特別に配慮してもらう必要がないからです。生徒たちと向き合いながら、充実した毎日を送ることができています。

再発の兆候と変化した価値観

病気が発覚してから数年間は順調に経過観察を続けていましたが、2023年の8月ごろから、血液検査でがんの勢いを示すフリーライトチェーンの数値が少しずつ上がり始めました。 数値は徐々に上がっていますが、すぐに治療を再開しなければならない基準には達していないため、現在も治療は行わず、定期的な検査で経過観察を続けています。主治医とは、もし次に治療が必要になった場合にはどのような薬を使うかなどの大まかな方針について話し合っていますが、今すぐどうこうという状況ではないため、焦らずに日常生活を送っています。 病気になってから、私の中で大きな価値観の変化がありました。以前は、子どもたちや家族のことを最優先にして、自分のことは後回しにしがちでした。しかし、「自分もいつどうなるかわからない」という経験をしたことで、「食べたいものは食べる」「行きたいところに行く」「やりたい仕事に挑戦する」と考え、自分を大切にして生きていこうと思えるようになりました。子どもたちも成長し、私が自分自身を楽しんでいる姿を見て安心しているようです。 病気になった当初は「長く生きられないのではないか」と不安に思うこともありましたが、今ではがんという病気に対するイメージも変わりました。医療は確実に進歩しており、がんは「すぐに死に至る病気」ではなく、「長く付き合っていく慢性疾患」のようなものだと感じています。

今、がんと向き合っている方へのメッセージ

今、がん治療をしている方にお伝えしたいことがあります。 医療の進歩を信じてください 私が子どものころに持っていたがんのイメージと、実際に自分が治療を受けた今の医療現場は全く違いました。新しい薬や治療法が開発されており、がんは長く付き合いながら生活できる病気になりつつあります。インターネットの古い情報やネガティブな情報に振り回されすぎず、目の前の主治医を信頼し、医療の進歩を信じて前向きに治療に向き合ってください。 患者同士のつながりを持ってみてください 治療中は孤独を感じやすいですが、同じ病気や似た状況を経験している患者さんとの交流は、大きな心の支えになります。病院のがんサロンや地域の患者会などに参加し、悩みを共有したり、日常のちょっとした工夫(ウィッグやアピアランスケアのことなど)を聞いたりすることで、気持ちがとても楽になります。一人で抱え込まず、共感し合える場所を見つけてみてください。 自分の人生を大切にし、やりたいことを後回しにしないでください 病気になると、これからのことに不安を感じるかもしれませんが、だからこそ今を大切に生きることが重要だと思います。自分のやりたいこと、食べたいもの、行きたい場所を後回しにせず、自分自身の人生を楽しんでください。いろいろなことに挑戦したり、楽しんでいる自分の姿を見せることが、心配してくれた両親や家族、友人を安心させることにつながります。

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